第21話

「あのね、お話ししたかったの」

「…分かった、だからまず、刃物を置け」


 後ろ手でスマホを操作する、見えないように。

 通話のままにしておけば、きっと察してくれるはず。

 凪咲なぎさを刺激しちゃいけない、静かに、落ち着いて事を進めないと。


「やだ、これが無いと司君、話聞いてくれないもん」


 まさか、この女が一人で乗り込んでくるとは…完全に油断してた。

 テスト疲れに加えて、慣れない打ち上げパーティーもあった、言い訳になるが本当に疲れてたんだ。

 でも、これはまずい。

 とにかく、凪咲から刃物を取り上げないと。


「…聞く、約束するからそれを寄越せ」

「だめ、先にお話ししよ?」

「…刃物が先だ」

「お話ししよ?」

「…分かった、話を聞く」

「うん、やったぁ」


 とにかく、会話しながら打開策を考えるしかない。


「あのね、仲直りしたくて来たの」

「…それで、そのカッターか?」

「うん、償おうと思って」

「…だったら何で、こないだ教室に乗り込んで来たんだ?」

「わかんない、気がついたらああなってたの」

「…何だってんだ」


 回りが勝手に盛り上がったのか、中学時代俺をイジメてた女子グループでも居たのか、まあ今はいいか。


「あのな、今更中学の話を蒸し返されても困る、あれはもう終わった事だ」

「やだぁ、なんで?」

「大体お互いに不干渉っていうのは、話し合いで決まった事だろ」

「だって、せっかく同じ高校に入れたのに…」

「…お前、まさか狙って俺と同じ学校に入学してきたのか?」

「…うん」

「あー…くそっ」


 馬鹿なのかこの女は、ダメだ、怒鳴るな怒るな。

 まだ凪咲の手にカッターナイフがある、あれを使わせるな。

 でも、俺だって自分の意見は譲れないんだよ。


「お前が中学の時、なんであんな告白めいた手紙を郵便受けに入れたのかとか。

 それで何で呼び出し場所に来なかったのかとか。

 その後のことも全部ひっくるめて、お前と仲良くする理由が無い」

「あれは…」

「あの手紙は結局、お前の筆跡じゃなかった。だから俺が嘘つき呼ばわりされたんだが…俺はお前が手紙を入れたのを見てたんだ、じゃあ何だったのか?」

「ううっ…」

「結局、誰か他のやつに書かせたんだろ?グループで計画して、お前は投函役だっただけだ。だから正直にそれを言ってくれてたら、俺だってお前を此処まで恨んでなかったさ」

「…そんな事してないもん」

「またそれか、じゃああの手紙は誰が書いたんだよ、そして俺はお前が手紙を入れるのを間違いなく見てたんだ。

 お前はイジメ自体には関与してないけどな、お前の行動で俺の中学時代無茶苦茶になったのは事実だ、イラつくんだよ。

 けど、それもいい。頼むから俺のことは…もう放っておいてくれ」

「…うう、うううう!!」


 …やばい、言い過ぎたか。

 せめてカッターを取り上げてから言えばよかった。

 まだ然程刃を伸ばしてないし、今なら奪えるか?いや無理しちゃダメだ。


「おい、やめろ、早まるなよ」

「やだ、やだ、やだ…」

「くっそ、話しにならねえ」


 凪咲はうろたえながらも、ゆっくり近づいてくる。

 カッターを持つ手に力が入りすぎて、震えて音を立てていた。


 土足のまま廊下まで後ずさると、凪咲は律儀にローファーを脱いでから上がり込んできた。


 どうすりゃいい、どうすりゃ…。


 !?玄関、鍵を開ける音!!

 来たか、早いな!!


「兄さん!大丈夫ですか!?」

「え、カッター…?花城さんやめて!」

「ちょっと…あんた何してんのよ!」


 3人!?心愛に連絡したんだが、星沢と芽衣も来たのか?


「待てお前ら!刺激するな!!」

「兄さん危ないです!」

「司くん離れて!」

「俺に危険はない!!でも絶対刺激すんな!!」


 だって、さっきから凪咲がカッターを向けてるのは、自分自身に向けてなんだから。


「あはは、あはは」

「あ、あんた自分を…やめなさいよ」

「花城さんダメだよ…落ち着いて話し合おうよ、ね?」

「に、兄さん…どうしましょう」


 くそ、マジでどうすりゃいい…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る