第四話「囚われの記憶」

 翌日、守端しゅたん学園ではいつものように朝のチャイムが鳴り響く。クラスメイトの雑談に混じって、「旧館にまつわる怪情報」の話題がひそひそと聞こえてくるのを、狭山さやまみのりは感じ取っていた。

 “夜中にあの通路をうろついている怪しい影がいる”――そんな噂をすでに何人もの生徒がSNSに書き込んでいる。多くは「ただの噂」で片づけられているが、みのりにはもはや他人事ではなかった。自分たちの捜索が少しずつ波紋はもんを広げているのだろうか。そう思うと、胸が締めつけられるような不安と奇妙な高揚感が同時にこみ上げる。


 放課後。みのりと木原きはらユウタ、そして滝川たきがわジュリの三人は、人気ひとけの少ない視聴覚室に集まった。ここは機材搬入があるとき以外は使われないため、隠れ場所としてはちょうどいい。

 ホワイトボードには、ジュリが調べた“過去の学園年表”や“新聞の切り抜き”が貼られている。むかし学園の関連施設であった美術館の閉館記事など、いかにも意味深な情報の断片ばかりだ。


「そもそも、この学園で“過去に起きた事件”というのは、実は美術館の閉鎖と何らかの関係があるらしいの。美術館が正式に閉館した時期は十数年前……ちょうど“鏡の記録”が途切れかけた頃とも重なるわ」


 ジュリの指先が、年表のある一点を示す。そこには“美術館閉館”という文字が赤いペンで強調されている。

 一方、ユウタはゴソゴソとリュックの中から古いアルバムのようなものを取り出した。


「これ、ばあちゃんの家から見つかったんだ。うちの親戚は昔、この学園で教師をしてたらしくて、何冊か写真を保管してたみたいなんだよね」


 そう言ってアルバムを開くと、そこには学園や美術館の古い写真がズラリと並んでいた。懐かしくも暗い色合いの写真には、今とほとんど変わらない旧館の外観と、ところどころ違う内装らしき場面が写り込んでいる。その一枚に、みのりの目が釘付けになった。


「……これって、廊下の端に大きな鏡が置いてあるわ。しかも、何かこの鏡……周囲がけずれてるように見えない?」


 確かに、鏡の縁が何者かに傷つけられたのか、大きく欠けている部分があった。しかも鏡の下には、なにやら人影が倒れ込んでいるようにも見える。写真が古く不鮮明ふせんめいだが、その場の不穏な空気が伝わってくるようだ。


「誰かがケガをした写真……? こんなものをわざわざ撮ったってことは、何か重大な出来事だった可能性が高いわね」


 ジュリの声がふるえているのを、みのりは感じ取った。事件の痕跡こんせき——まさにそれが、この写真に写り込んでいるのだろう。

 そっとページをめくると、今度は鏡が外されている様子が映っていた。運搬用らしき梱包こんぽう材に包まれ、どこかへ移動される途中のように見える。その写真には、うっすらと日付と地名が書かれていた。


「“××町の倉庫へ移送”……って読める。学園の美術館とは別の場所に移していたのかな? もしかすると、鏡があまりに危険だから……?」


 ユウタは思わず声を詰まらせた。

 その瞬間、視聴覚室のドアがかすかにきしむ音がした。三人は顔を見合わせる。誰かが廊下で立ち止まっているのかもしれない。息をひそめてしばし待っていたが、足音は遠ざかっていくようだった。


「……まだ大丈夫。だけど、もっと慎重に動かないといけないわ。江藤えとう先生に見つかったら、写真の存在ごと没収されるかもしれないし」


 ジュリの言葉に、みのりは小さくうなずいた。今まで以上に用心して捜査を進める必要がある。目立った行動を取れば、何か大きな力が働いて彼らを止めにかかるかもしれない。

 ──鏡を“倉庫”へ移送した後、いったいどうなったのか。今は旧館の奥底にひっそり安置されている、といううわさと食い違いはないだろうか。いずれにせよ、この鏡が“血塗ちぬられた事件”に関与している可能性は高まっている。


「地下配管のルートで誰かが夜な夜な出入りしているのも、鏡を再び動かそうとしてるからかも……。その人物は、記録を改ざんした犯人ともつながりがあるのかもしれないね」


 みのりが推理を口にすると、ユウタが肩をすくめる。


「だとすると、鏡そのものが狙われている? こんな危険な代物しろものを狙う理由って……いったい何なんだ?」


 誰も答えられない問いが、三人を重苦しい沈黙へといざなう。そんななか、ジュリは意を決したようにホワイトボードの鏡の写真に手をかけた。


「この先、もっと危険なことに踏み込む覚悟がある? 私は……たとえどんな秘密が隠されていても、知りたい。あのとき、江藤先生の前でひるんでしまった自分を後悔してるの。だから真実を突き止めたいのよ」


 その言葉に、みのりとユウタも無言でうなずいた。自分たちの胸の奥にも、得体えたいの知れない衝動がうずまいている。好奇心だけではない何か。まるで鏡にとらわれたように、後戻りできない場所まで来てしまったのだ。


「今夜、もう一度旧館付近を偵察ていさつしよう。いつまでも様子見ばかりじゃ、ラチがあかない。私とユウタで正面入口から周囲を見てくる。みのりは……念のため、図書室で“美術館の資料”を洗いざらい確認しておいてくれない?」


 ジュリの目は真剣だった。大胆な行動だが、分担して情報を集めなければ何も前に進まない。三人は、ほぼ同時に「やるしかない」という意識を共有する。


 こうして、夜の学園を舞台にした“鏡の捜査”はさらに踏み込んだ段階へ移る。

 ──薄暗い廊下の奥、誰もいないはずの資料室で、ゆがんだ鏡は今も目をらし、じっとこちらを見つめているのだろうか。そこに映るのは真実か、それとも幻か。

 まだ手探りの状態ながらも、三人は“囚われの記憶”の深淵しんえんへと進み始める。来るべき夜、どんな光景を目撃するのか――その答えは、すぐ目前に迫っている気がした。

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