第三話「鏡の囁き」
その夜、
翌朝。ホームルームが終わると同時に、
「そんなに気になるか? 夜に誰かが旧館に入ったかどうかなんて、窓からじゃわかんないだろ」
「うん……わかってる。でも、どうしても気になるんだ。昨日のあの音の噂……金属の
それは校内のSNSで急速に拡散されている“怪情報”でもあった。深夜、旧館付近で物音を聞き、何者かの足跡を見たという生々しい書き込みも。誇張かもしれないが、完全な
「よし、今日の放課後は、ジュリ先輩と合流してもう一度あの換気口を調べよう」
ユウタがそう提案したとき、まるで呼応するかのように教室の外から声がかかった。
「……狭山さん、ちょっと来てもらえる?」
顔をのぞかせたのは、資料室の鍵を管理する
「……
「え、あ、あの、別に私たちは怪しいことをしているわけじゃ……」
動揺しながら答えるみのりを、江藤先生はじっと見据える。疑いの目なのか、あるいは何かを訴えたそうなまなざしなのか、一瞬判断がつかなかった。
「……滝川が気になるなら、彼女に直接きちんと話をすればいい。資料室のことが知りたいなら、私に聞いてくれてもいいんだ。けれど、あまり深追いしないように。わかったね?」
言葉の裏にどんな意味が込められているのか。やさしげともとれる口調だが、その奥に何かを伏せたような重苦しさを感じて、みのりの胸はざわりとした。しかし、質問を返す間もなく、江藤先生は「また話す機会があれば」と言い残して足早に去っていく。
「何だろう……先生、私たちを心配してくれたのかな? それとも警告……?」
戻ってきたみのりに、ユウタは不安げに目を向ける。
「わからない。ただ、先生は明らかに何かを知ってる。……しかも、ジュリ先輩を
放課後、みのりとユウタは約束通りジュリと合流し、再び旧館裏へと足を進めた。昨日見つけた換気口は変わらず存在していたが、よく見ると
「これ、やっぱり人為的にいじった痕跡だね。昼間には気づかなかった細工が増えてるわ」
ジュリはスマートフォンのライトを照らしながら、柵の周囲を
「ここに出入りしている人が、旧館の中で何をしてるんだろう。鏡を探してるとか? それとも、既に鏡を手に入れようとしてるのかな……」
みのりがつぶやくと、ジュリは少し考え込んでから口を開く。
「私が聞いた話では、あの“
「記録リストが改ざんされたのは、その鏡をめぐるトラブルを隠すため……って可能性はあるのかな?」
ユウタが
「そうかもしれない。江藤先生は“システムの不具合”なんて言ってるけど、本当は誰かが鏡の情報を消したがっているんだと思う。……もっと言えば、江藤先生自身がそれに関わってる可能性も否定できない」
まさか、管理者が自ら
「ところで……もうひとつ気になる噂があるの。かなり昔、旧館である“事件”があったらしい。でも詳しい記録がほとんど残っていない。正確な時期すら曖昧でね」
ジュリは小さく息をつき、続ける。
「その事件が何だったのか、誰もはっきり言わない。でも“歪んだ鏡”がそれと関わっているって話だけは、先輩たちの間でも
みのりとユウタはジュリを見つめた。彼女が旧館の謎を追い求め続けている理由が、少しだけ見えてきた気がする。彼女は好奇心だけではなく、過去に何か個人的な思いを抱いたのではないだろうか。
「……まずは、“事件”が本当にあったのかどうか、その痕跡を探そう。私たちだけで動くのは危険かもしれないけど、誰にも知られずに探すしかなさそうだ」
みのりの提案に、ジュリとユウタが互いに顔を見合わせ、深く
そのとき、ふいに携帯のバイブレーションが鳴り、ユウタが画面を
「……誰だ? “気をつけて”って書き込みが届いてる。発信元は不明。しかも学園内部からのアクセスみたい」
突然の警告めいたメッセージに、三人は一瞬言葉を失う。思わず周囲の建物や窓を見渡してしまうが、人の気配は薄い。
しかし、そのどこかに、こちらを監視する視線が存在しているのかもしれない。まるで、歪んだ鏡の奥底から、覗き込んでいる誰かがいるように……。
換気口から吹く湿った風が、みのりの
探るべき謎は山積みだ。旧館の事件、隠された鏡の記録、それを消そうとする影。さらに、江藤先生の警告にも似た言動。そして
真実が
──この学園に降り積もった、長い年月の“
まだ誰もその真実を、まっすぐに見つめることはできないでいた。
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