第二話「記録の断片」
翌朝、
「みのり、さっきの噂……聞いたか?」
隣の席の
「これ。今朝から急に拡散されてるみたい。『深夜の旧館から
実際、コメント欄には“
「気になるね。……昼休みになったら旧館の様子を見に行ってみない?」
みのりが提案すると、ユウタは力強く
そうして二人が放課後の予定を立てていると、不意に廊下から誰かが駆け寄ってくる足音が響いた。姿を見せたのは高校三年の
「……狭山さん、木原くん。ちょっといい?」
ジュリの声に、みのりはすぐ気づいて返事をした。彼女は人目を避けるように職員室のほうへ目をやり、どうやら「ここでは話したくない」という合図を送ってくる。二人はこっそり廊下へ出て、
「資料室にアクセスできるかもしれないルートを見つけたの。だけど、ちょっと普通じゃない方法。……地下配管の一部が、旧館の
ジュリは声を低めて続ける。
地下配管──それは普段、メンテナンススタッフぐらいしか立ち入らない領域だ。しかも、旧館の内部に
「地下配管? まさか、そんなところから中に入れるの?」
思わず目を丸くするみのりに、ジュリは頷いてみせる。
「私も確証はないけど、図書室で見つけた建築図面が少し古いものでね。そこに“非常口扱い”みたいな注釈があるの。正式には閉鎖されてるはずなんだけど……たぶん完全には
ユウタは腕組みをしながら、難しそうな顔をする。
「……でも、そんな場所に入り込むのは危険じゃないかな。さすがにまずいって、先生たちに怒られるぞ」
「だから先生には内緒にしてほしいの。もちろん無茶はしないわ。私も、実際にそこから潜りこむつもりはない。まずは入口が残っているかどうか、確認したいだけ」
ジュリの
「わかった。放課後、ぼくたちも一緒にその辺りを探してみるよ」
ユウタは真剣な面持ちで答える。するとジュリはほっとしたように笑みを浮かべ、階段を下りていった。
その背中からは、計り知れない責任感のようなものがにじみ出ている。まるで、ただ好奇心で探偵ごっこをしているのではなく、“何かを明らかにしなければならない理由”を抱えているようにも見えた。
昼休みになり、さっそくみのりとユウタは旧館の外周を探ってみる。
「当たり前かもしれないけど、そう簡単にはいかないね。……どうする、もう少し奥まで行く?」
「うん、せっかくだしもう少し見て回ろうよ」
コンクリートが
そうして廃棄物置き場の裏手に回ったときだ。ユウタがなにかに気づいたように、声を上げる。
「おい、みのり、ここ……見てくれ」
その指先の先には、壁の下部に
「こんなところ……普通は外から開かないはずだよね?」
みのりが軽く引っ張ると、がたん、と金属の音がして、鉄格子が少しずれた。その奥には、暗いトンネルのような空洞が広がっている。空気の冷たさがこちらにも伝わってきた。
「誰かが、ここを通れるよう細工した……? でも、これじゃ人ひとり通るのは厳しいかも。子どもならギリギリ……って感じかな」
もしこの奥が旧館の地下へと通じているならば、夜な夜な資料室に侵入している“誰か”がいる可能性もある。それが“リスト改ざん”の犯人なのだろうか。
「……どうする? 今ここに入ったら、まずいよな。昼休みだけじゃ時間もないし、道具もないし」
「そうだね。ジュリ先輩にも報告して、慎重に考えよう」
ほっと息をついた二人は、換気口の存在を頭に刻み込み、急いで元の場所へ戻る。チャイムが鳴ってもおかしくないほどの時間になっている。
しかし、何者かがここを利用している──そんな疑念がさらに強まった今、“歪んだ鏡”の謎は深みを増すばかりだ。
放課後、三人は校内の一角にある空き教室に集まった。ジュリは黒板に旧館の見取り図を描きながら、二人に尋ねる。
「で、実際に換気口が怪しかったと?」
「はい。誰かが手を加えたとしか思えない
みのりの報告に、ジュリは
ユウタが、ふと思いついたように言った。
「リストを改ざんした犯人が、夜にそこから侵入してる可能性はあるよね。……だけどどうして、そんな危険を
「鏡が関わってるのは、ほぼ確実よね。“鏡にまつわる作品”の記録だけが無くなっているわけだし」
ジュリはチョークを握りしめ、黒板に“鏡”と大きく書き込む。
──自分の姿が正しく映らない謎の鏡。過去の学園に寄贈されたという芸術品。それを誰かが意図的に隠そうとしているのか、それとも逆に“発見”しようとしているのか。
「そういえば、
ユウタが名前を出した瞬間、ジュリの表情がわずかに曇った。江藤先生は特別資料室の管理を任されている人物。表向きは「システムの誤作動」で片づけているようだが、何か裏があるのではないかとジュリは
「何度か話を聞きに行ったんだけど、はぐらかされてばかり。でも……私が小学生の頃、資料室の奥にある鏡を初めて見たとき、江藤先生がやけに慌てていたのを覚えてるの。あのときから、彼は何かを隠してると思う」
静かな空き教室に、一瞬の沈黙が落ちる。
みのりはそっと息をのみながら、廊下の窓ガラス越しに見える旧館の屋根を見つめた。夕闇が迫り、校舎の影が長く伸びている。いつもと変わらぬ学園の風景が、その影を潜り抜ければどんな秘密を抱えているのか、想像もつかない。
「まずは、地下から入るのは最後の手段として……資料室の正式な許可を取る方法も探してみよう。江藤先生が信用してくれればいいんだけど」
ジュリは小さく息をつきながら、そう提案する。正攻法で資料室の鍵を借りられれば危険を冒さずに済むが、改ざんの痕跡を隠しているのが江藤先生本人だとしたら、協力は期待できないかもしれない。それでも、捨ててはおけない選択肢だ。
「わかった。じゃあ、ぼくは明日、授業の合間に職員室へ行ってみるよ。陸上部の用事で頼みごともあるし、そのついでに先生と話してみる」
ユウタが申し出ると、ジュリは「無理しないでね」と声をかける。みのりも勢いで名乗り出たいところだが、江藤先生とはまだ面識が浅い。ユウタのほうが話しやすいだろう。
かくして、夜の
“地下配管から隠れて出入りする存在”“歪んだ鏡を巡る改ざんされたリスト”“隠し事を抱える管理人の江藤先生”──これらが繋がったとき、いったいどんな光景が浮かび上がるのか。
それは、まだ誰も見たことのない新たな地平の入り口。危険と好奇心が交錯する、いわば禁断の扉だった。
そして、この日の夜。学園の旧館付近を通りかかった近隣住民が、奇妙な音を聞いたと語る。
金属がこすれ合うようなガタン、ガタン、という響き。そして、ひそやかな人影の気配。
──誰が、何のために
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます