見えない未来の先に恋の炎が燃え上がる、か

@say0922jp

第1話 夜の公園は、いつもと違った

春夏秋冬を問わず、夜風は肌寒く思える。時刻は午前二時、大輝は両親の寝室の気配を伺い、寝静まっているのを確かめてから、こそこそ家を抜け出した。住宅街の街灯がぽつぽつと光を落としているだけで、なんの音も聴こえてこない。誰も見ていないはずだが、それでもどこで誰に見られるか分からない。だから大輝は、うつむき加減でいつものルートを急いだ。気が付いたら、いつも通りに近所の公園を歩いていた。自宅から数分の小さな公園をぐるりと一周し、誰もいないブランコを見送ったら帰る。それが彼の夜の「日課」だった。


大輝は、自分が嫌いだった。

勉強は嫌いではなかったが、成績はそれなり。体を動かすのは嫌いではないが、体育の成績は頑張って「3」を取れるかどうかという程度の運動神経だった。

だが、他人の未来を見ることができる。それが大輝の特殊な能力だった。

友達の進学先、家族のちょっとした失敗、近所のおばあさんが来週拾う宝くじの番号。それはまるで映画の予告編のように、勝手に脳内に流れ込んでくる。「雄介に、高校の受験先の試験範囲を教えてあげた時は、えらく喜ばれたよな。だって、僕が言ったとおりの問題が出たんだから」

そんなことを思い出していた。

なのに自分自身の未来だけはどうしても見通せない。試験の結果も、恋愛の行方も、数秒先の自分の選択すらも。どこかで予想を外し、裏切られるばかりだった。占い師が、自分自身を占っても、当たらないと聞いたことがある。大輝は、大方の占い師も自分が好きになれないんだろうかと、ふとそう思った。


ひとの未来はすぐにわかるのに、自分はこの先、どうなるのか全然、見通せないのだ。気が付いたら、学校に行くのがばからしくなった。

「結局、何も分からないんだ…」

そんな無力感に押しつぶされそうになるたび、彼はこの夜道を歩いた。人気のない公園を歩く間だけは、未来も過去も忘れられる気がしたのだ。


しかし、その夜はいつもと違った。

公園の中央、ベンチの上に白い影が見えた。人だ。薄手のワンピースを着た少女が、じっと空を見上げている。こんな時間に? 大輝の胸はざわついた。

「あ…」

無意識に蹴った小石が彼女の足元に当たる音がした。

「ごめん!」慌てて声をかけると、少女はゆっくりと顔をこちらに向けた。

そこにいたのは、まるで天使のような少女だった。長い銀髪が月光を受けて輝き、瞳は透き通るような青。少し儚げで、どこか現実感がない。

「痛くはないから、大丈夫よ」

澄んだ声がそう告げた瞬間、大輝の心臓が跳ねた。こんなにも美しい人が、この世界にいるなんて。まるで夢だ。

「こんな時間に、一人で何してるの?」大輝が尋ねると、少女は微笑んで首をかしげた。

「記憶を整理しているの」


「記憶?」

彼女は自分の名前を「セラ」と名乗った。そして、自分は「他人の記憶を保存するためだけに生まれた存在」だと語った。

どうやらセラは人間ではなかいようだ。天使でもない。ただ、誰かが「忘れたい記憶」を彼女の中に保存するために生み出された人工的な存在。彼女の脳には無限の記憶領域があり、他人の悲しみや苦しみ、過去の痛みを預かることで、人々は前を向いて生きていける。だがその代償として、彼女自身は何も感じることができない。感情も、未来への期待も、恋も。

「私は、ただの器なの」

彼女の言葉に、大輝は何も返せなかった。


その夜から、二人は公園で会うようになった。大輝は自分の中で膨らむ彼女への想いに気づきながらも、それを口にすることはできなかった。未来が見えない自分が何をしても、彼女には届かない気がしたからだ。

だが、それでも彼女と過ごす時間は、彼にとってかけがえのないものになっていった。


ある夜、大輝はついに勇気を振り絞って尋ねた。

「セラは、自分のことが好き?」

少女は少し考え込み、首を横に振った。

「分からない。私はただ、記憶を預かるために生きているだけだから」

「じゃあさ…自分のことを好きになるために、何かしてみようよ」

「例えば?」

「例えば…人間みたいに恋をするとかさ」

自分でも驚くほど軽い口調で言ったつもりだった。けれど心臓は激しく高鳴っていた。彼女の答えが、彼の全てを左右する気がしたからだ。

 セラは目を丸くして大輝を見つめた。そして、初めて迷うような表情を浮かべた。

「恋…?」

その一言が、静かな夜に響いた。


次の日から、二人は「人間らしいこと」を試し始めた。公園で花を摘んだり、星座を数えたり。セラは不器用ながらも少しずつ笑顔を見せるようになった。だが、彼女の微笑みを見るたびに、大輝の心は切なく締め付けられた。

「この時間が、ずっと続けばいいのに…」

彼女がいつか自分の元を離れる予感が、大輝の胸を曇らせた。


ある夜、彼は思い切って尋ねた。

「セラ、ずっとここにいられる?」

セラは静かに首を横に振った。

「私は記憶を預けた人が私を呼べば、そこに行かなければならない。それが私の使命だから」

大輝は唇を噛みしめた。それでも、言わなければならないことがあった。

「僕は…君が好きだ。未来が見えないのは怖いけど、それでも君と一緒にいたい」

セラの目が見開かれた。そして、ふっと笑った。

「ありがとう、大輝。私、こんな気持ち初めてだわ。でも、私には未来がないの。あなたと一緒にいることも、きっと長くは続かない」

それでも、大輝は彼女の手を取った。

「それでもいい。未来なんて見えなくても、今この瞬間があれば十分だよ」


セラがいつか自分の元を去る。その運命を変えることはできないと分かっていた。だが、大輝は初めて未来を恐れることなく、今という瞬間に向き合えた。彼女との時間は彼にとって、何よりも輝く宝物だったからだ。

あの公園には、もう誰もいない。でも、セラと過ごした日々は、大輝の心に深い刻印を残した。彼女が残した微笑みと共に、彼はまた新たな夜を歩き始める。

未来は見えなくても、進む道は自分で選べる。彼はそれを、彼女から教わったのだ。

「たとえ未来が見えなくても、僕は歩いていく。君が歩いていく道を、必ず見つけるから」

大輝の心に新たな決意が生まれた。


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