熾火(ちいさな星の物語)

アイス・アルジ

第1話 熾火

 空にひとすじの星がスーっと流れた。流れ星は、赤い火の粉を振りまきながら落ちていった。夜の大地に一つの光がともった。


 熾火は大地の上におりたった。自分がどこから来たのか知らなかった。顔をカッと赤く輝かせ「おーい、誰か?」と呼んでみた。返事はなく風の音がするばかりだった。 驚いた虫たちは地面から顔を出してあたりを見回したが、赤い熾火が怖くなりスッと巣穴に引っ込んだ。熾火はひとりで寂しくて、シュンと黒っぽくなった。空の星はそっと見守っていた。


 夜の空気は冷たくて、クシュッと熾火はくしゃみをした。パチッと爆ぜて火の粉を飛ばした。火の粉はあたりに飛び散って砂まじりの地面に落ちた。熾火はよろこんで火の粉をどんどん飛ばし、地面の上を転がった。熾火は小石にぶつかってシュッと跳ねて、近くのサボテンの木の上に落ちた。熾火は風を受け、一瞬ハッと燃え上がった。サボテンは驚いてトゲを焦がしてふり落とした。こんどは枯枝の上に落ち、乾いた小枝に火が点いた。熾火はうれしくなって、大きく、大きく息を吸い再び強く燃え上がった。


 熾火は、こんどは高く跳ねて別の小枝に火を点けた。熾火は面白くなり、もっと、もっとと高く力いっぱい跳ねた。あたりでは燃え移った火が点々と小さな熾火となって、輪っかとなった。

「みんな、どこから来たの? 一緒に遊ぼうよ」 熾火は、小さな熾火と一緒に踊った。しばらく踊った、そして疲れて眠くなった。小さな熾火は一つ、また一つと消えてゆき、また一人になった。


 熾火はフアーとあくびをした。見上げると星が輝いている。「君は誰?」熾火は聞いた。そして星まで届こうと、とっても高く飛んだ。でも星までは届かない、もっと高く、もっと高くと飛んだ。もう少しで届くかと力いっぱい飛んだ。しかし熾火は星まで届くことなく地面に落ちた。


 星はまだそこにいた。「君は僕を知っているかい?」星は黙って瞬いた。北の星は、熾火が生まれるずっとずっと前から知っていた。 熾火はポツッと涙を流した。涙がジュっと蒸発し、熾火はだんだん暗くなり、黒い燃え殻となった。星は毎晩、熾火の燃え殻の上に輝いた。次の日も、また次の日も。


 ある日、一人の旅人が北の星を頼りに大地を旅した。旅人は風をよけ、サボテンの茂みに座り込んで、そして近くの枯枝を集めて火を点けた。足元の熾火の燃え殻には気づかなかった。旅人は火の傍らで眠った。火は一晩中、旅人の顔をゆらゆらとほのかに照らしていた。空が明るくなるころ火はとぼれて灰となり、熾火の燃え殻の上に、はらっとこぼれた。


 星はただひとり、じっと空の一点に座ったまま見守っていた。北の星は、熾火が赤く輝いたこと、高く飛んだあの日のことを今でも覚えている。そしてずーっとずーっと、優しく旅人を見送った。

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