初めてのおつかい

藤泉都理

初めてのおつかい




「師匠。いいですか? マスカルポーネ。ですよ。マスカルポーネ。やっぱり紙に書いて持って行った方がいいのではないですか?」

「あのなあ」


 師匠は自分の硬く短い髪の毛を乱暴に掻き回した。


「確かに俺は修行修行修行ばっかりの情けない師匠だけど。家事全般を弟子であるおまえに一切合切任せてるけど。買い物の一つくらいはメモがなくてもできる。斑蛾図鑑だろ。本屋で店員に訊けば一発だっての」

「マスカルポーネですよ。チーズですよ。食料品売り場ですよ。いいですよもう、やっぱり私が買ってきますから」

「い~からいいから。俺が買って来るって。また買い物に行くなんて面倒だろうが」

「面倒じゃないんでいいです。買い忘れた私がいけないんですから。師匠はゆっくり身体を休めていてください。修行が待っていますよ」

「いいっていいって。ずっとおまえに家の事を任せっきりだったのが気がかりだったんだよ。時間がある時くらい、手伝わせてくれよ。漫談瓦斯だろ。今日はカセットコンロを使った鍋かあ」

「マスカルポーネチーズだって言ってるじゃないですか」

「冗談だって。マスカルポーネチーズだろ。大丈夫大丈夫」

「でも今日はとびっきり寒いですし。今にも雪でも降って来そうな曇り空ですし。師匠が風邪をひいたら大変ですし。せめてそのペラペラの道着の上に厚着していってくださいよ」

「いや要らない。俺、ペラペラ道着だけで十二分。基礎体温高いからよお。重ね着して動いたらすぐに汗をかいちまう。それこそ風邪をひいちまう。要らねえよ」


 玄関先から奥の部屋へと廊下を駆け走って、マフラー、耳当て、手袋、ジャンバー、もこもこ靴下を持っては急いで戻って来た弟子は、確かにと頷いだ。


「師匠の傍に居ると暖房要らずですもんね」

「そーゆーこった。心配してくれてありがとな」

「では、ご武運をお祈りしています」

「大袈裟だなあ」


 カチカチと。

 火打石を打ち鳴らしながら見送る弟子に苦笑しながら、師匠は玄関の扉を開いて外へと歩き出したのでった。


「さて。マスカルポーネ。マスカルポーネ」

「マーイーカマーシャドーマイナンマギアナマグカルゴマクノシタマグマッグマグマラシマケンカニマシェードマシマシラマスカーニャマスキッパマダツボミマタドガスマッギョマッシブーンマッスグママナフィマニューラマネネマフィティフマフォクシーマホイップマホミルママンボウマメバッタマメパトマユルドマラカッチマリルマリルリマルノームマルマインマルクヤクデマンキーマンタインマンムー」

「………マーイーカ?」

「マーイーカマーシャドーマイナンマギアナマグカルゴマクノシタマグマッグマグマラシマケンカニマシェードマシマシラマスカーニャマスキッパマダツボミマタドガスマッギョマッシブーンマッスグママナフィマニューラマネネマフィティフマフォクシーマホイップマホミルママンボウマメバッタマメパトマユルドマラカッチマリルマリルリマルノームマルマインマルクヤクデマンキーマンタインマンムー。マ行のポケモン。ようやく覚えたんだよ。すごいだろ?」

「おおお。すごいな」


 師匠が家を出てからすぐに隣で歩き始めたのは、隣家に住むポケモン大好きな少年であり、弟子の友人でもある、かっちゃんだ。


「おまえもスーパーに行くのか?」

「うん。ポケモンのお菓子を買いに行くんだ」

「おまえ。本当に好きだなあ。ポケモン」

「師匠の修行くらいにな」

「おお。それはすんげえ好きだな」

「おう。すんげえ好きだ。マーイーカマーシャドーマイナンマギアナマグカルゴマクノシタマグマッグマグマラシマケンカニマシェードマシマシラマスカーニャマスキッパマダツボミマタドガスマッギョマッシブーンマッスグママナフィマニューラマネネマフィティフマフォクシーマホイップマホミルママンボウマメバッタマメパトマユルドマラカッチマリルマリルリマルノームマルマインマルクヤクデマンキーマンタインマンムー。ほら。師匠も言ってみろよ。スーパーに着くまでに覚えさせてやるよ」

「いやいいよ。興味ないし」

「まあまあ。遠慮すんなって。マーイーカマーシャドーマイナンマギアナマグカルゴマクノシタマグマッグマグマラシマケンカニマシェードマシマシラマスカーニャマスキッパマダツボミマタドガスマッギョマッシブーンマッスグママナフィマニューラマネネマフィティフマフォクシーマホイップマホミルママンボウマメバッタマメパトマユルドマラカッチマリルマリルリマルノームマルマインマルクヤクデマンキーマンタインマンムー」

「あ。ちょ」

「マーイーカマーシャドーマイナンマギアナマグカルゴマクノシタマグマッグマグマラシマケンカニマシェードマシマシラマスカーニャマスキッパマダツボミマタドガスマッギョマッシブーンマッスグママナフィマニューラマネネマフィティフマフォクシーマホイップマホミルママンボウマメバッタマメパトマユルドマラカッチマリルマリルリマルノームマルマインマルクヤクデマンキーマンタインマンムー」

「おーい。ちょっと。名前言うの止めてくんねえ?」

「止めねえ。マーイーカマーシャドーマイナンマギアナマグカルゴマクノシタマグマッグマグマラシマケンカニマシェードマシマシラマスカーニャマスキッパマダツボミマタドガスマッギョマッシブーンマッスグママナフィマニューラマネネマフィティフマフォクシーマホイップマホミルママンボウマメバッタマメパトマユルドマラカッチマリルマリルリマルノームマルマインマルクヤクデマンキーマンタインマンムー」





















「ポケモンの襲撃から無事に生還したぜ。ほら。マーカラシャッタポメパチャタンペッペラボンパタラリアンペペペモッコナイセイペヒョロンマッチャハコッコココナンタラカンタラポケモンマスカルポーネチーズだ。店員が困惑していたぜ。普通のマスカルポーネチーズはありますけど、そんな長い名称のマスカルポーネチーズはないってな。しょうがねえから、普通のマスカルポーネチーズを買って来たぜ」

「ええ。普通のマスカルポーネチーズでいいんです。ありがとうございます」


 一時間半後。

 徒歩十五分で到着するスーパーでの買い物にしては遅い迎えに行った方がいや師匠の矜持が傷つくかと悶々としながら玄関先でひたすらに待っていた弟子は、喜色満面で五体満足無事に生還した師匠を目いっぱい褒め称えたのち、マスカルポーネを受け取った。


「今日は一月七日。七草粥を食べる日ですからね。このマスカルポーネを入れて、とびっきり美味しい七草粥を作りますから、待っていてくださいね」

「おう。ああ。楽しみだなあ。あ。かっちゃんも呼んでいいか?」

「あ。いいです。呼ばなくて。当分。ポケモンの話ばっかりで、頭が痛くなりますから」

「あ。ああ。そう」

「少し期間をあけて、呼びますよ。その時はティラミスを作ります。師匠が買ってきてくれたマスカルポーネを使わせてもらいますね」

「おう。たんと使ってくれ」











(2025.1.7)




「参考文献 : 『ポケモンセンターオンライン』より「ポケモンから探す」「マ行のポケモン」より参照」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初めてのおつかい 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説