第17話

そのころ、意識を取り戻したレイは拘束を解き、部屋を出ていた。


「くそ、薬が抜けきってねぇな…体が思うように動かん」


レイは重たい身体を引きずるようにして壁にもたれながら歩く。


「あぁ、どうなってるんだこれ…あいつらは無事なのか…?」


レイはここに連れ込まれた時に端末も奪われているので、ジホやシャオの居場所をしることも、助けを呼ぶこともできなかった。


「とにかく、なんかPCでもある部屋を探そう」




ジホとサクラは端末を確認しながらレイの拘束されている部屋を目指していた。


「止まりなさい」


パキパキ、と音がして、地面が凍っている。


「…なんでしょうね、これは」

「アンドロイドか?まるで魔法使いだな」


ジホとサクラは足止めを食らう。

凍った床の奥には、花魁のような恰好をし、水色の髪を垂らした女性。


「アンドロイドだね。あんたたち。」

「…なんのことでしょう」

「レイという男を知っているか?」

「知りませんね」


ジホがいうと、女はにっこりと笑った。


「私はミファ。私は化学が得意でね。氷だろうが炎だろうが、自由自在なのよ」


ミファはそういうと、ふうーっと息を吹き、炎を立たせて見せた。


「厄介だ。ジホ、先に行け。」


サクラがすっと前に出る。


「任せました。」


ジホが先に向かおうとすると、目の前に氷の壁だ。


ジホはじっとミファをにらむ。


「…本当に人間のなせる業ですかね」


ジホがいうと、ミファはにっこりと笑った。


「かわいそうなアンドロイド。時代遅れだねぇ。私はアンドロイドと人間、ヒューマンの進化した存在。ヒューマノイド。このくらいの芸当出来て当然なんだよ。」

「ヒューマノイド…」


ジホはその言葉に心当たりがあった。

以前、フェニックスディグと関わった時に紅蘭というアンドロイドが、ヒューマノイドに進化したと言っていたことがあった。


「…清良ですか」


ジホが思考を巡らせると、一瞬で身体が拘束される。


「ぐっ」

「アンドロイドのような機械は寒さに弱いねぇ。寒さがあると機械が動くのに時間がかかるから。動きもにぶくなるってわけ。残念だったわね。」


ミファはあっさりとジホを拘束し、反撃しようとするサクラを氷で足止めする。


「あんたには用はないのよ。」


ミファはひらひらと手を振ってその場を去っていく。

サクラはぐっと力を入れるが思うように体が動かない。


「う~さむさむ。なにこれぇ。ミファってば後片付けしろよな」


人影が見える。


「…」


サクラはその人物をじっと睨んだ。


「わあ、いいところにいい実験体だー」


その人物はにっこりと笑って、小さな黒い箱をサクラに見せる。


「これがなんだかわかる?」

「知らない。お前は誰だ」

「ボクはソシレ。キミはさ、サクラじゃない?清良に捨てられてレイに拾われた、無様なアンドロイド。」

「清良?誰だそれは。」


サクラがいうと、ソシレは驚いた顔をする。


「えー!びっくり!何も知らないんだね。哀れなアンドロイド。でもね、ダイジョブ。ボクがすぐに君を楽にしてあげるよ。レイの技術をボクが超えるんだ。どんな顔をすると思う?」

「…興味もない」

「嘘ばっかり」


ソシレからすっと表情が消える。

サクラの背中のハッチを無理に開くと、小さな黒い箱を無理やり埋め込んだ。

声にならない悲鳴をあげるサクラ。


「えぇ?痛いわけないでしょう。キミはアンドロイドなんだから。機械なんだよ。わかる?痛みや感情なんて無意味なの。ただのプログラム。生意気なんだよ」


ソシレは無表情でそういいながら、どこか虚ろな瞳でサクラを殴り、蹴る。


「レイに作られたってだけで調子に乗るなよ。ゴミ。ボクのヒューマノイドちゃんたちの方がすごいって証明するよ。ここにいろよ。苦しんでいろよ。そして…」


ここで言葉を止めてソシレはにっこりと笑う。


「ちゃあんとレイに見つかれよ」


ソシレはそういうと、その場を去っていった。



ソシレの研究室には、台に乗せられるシャオと、運び込まれたジホ。


その横にはドシラとミファもいる。


ソシレが戻ると、ミファは膝をついた。


「ご主人様、お戻りですか」


ソシレは無視してPCに向かった。

その背中はどこか機嫌がよかった。



レイはいくつもある部屋の中から鍵の開いている部屋を見つけた。

幸いPCもあるようだ。


レイは軽く手を握って開くと、電源を入れる。

当たり前のように現れるパスワード入力の画面。


「はあ」


深く息を吐いて、また吸う。

軽く目を閉じたレイは、首をひねると、勢いよくキーボードをたたき始めた。

画面上にいくつも打ち出される文字列。

あっという間にパスワードが解除される。


レイはそのまま、文字列を打ち込み続ける。

画面には、ジホとシャオの現在地。


「…このビルの中にいる?」


レイはそのまま位置情報を過去に戻し、足取りをたどる。

そして、ビル内でそれぞれ電源が強制的に落とされていることがわかった。


「まずい」


レイの頭の中にソシレの顔が浮かぶ。


「あいつはどうやらジホとシャオに興味があるようだった…」


レイはすぐにデリートボタンを押し、痕跡を消すと部屋から出た。


フロアを駆け回り、ジホとシャオの痕跡がないか探す。


「早く見つけないと、まずい」


その時、レイは勢いよく壁にぶつかった。


「どわぁっ」


壁にしては少しやわらかい壁から声がする。


「いてて…」


小さなことは気にしないレイはしりもちをついて打った臀部をさすりながら顔を上げる。


「大丈夫か?!」

「壁がしゃべった?!」


レイはそこでやっと驚いて飛び退いた。


「壁じゃない!俺だ!想だよ!」


想はレイの肩を掴んでレイの前髪を上げる。


「…なんだ想か」

「前髪を切った方がいいな!視界を塞いでいるようだ!」

「いやこれはおしゃれなの!」

「おしゃれは犠牲がつきものというが…犠牲…なるほどそういうことだったか」

「そういうことだよ」


一瞬の沈黙。


「え、なんでいんの?」


レイの至極まっとうな疑問。


「今更ね…」


想の後ろで雪怜がため息をついている。


「シャオから連絡がきたんだ」

「シャオから?」

「レイがピンチだと」

「…まじか」

「まじだ。レイがピンチなら助けに行く、一択だった。それに、俺たちが探しているものもここにあるからな」

「できれば僕はここに来たくなかったよ…」


雪怜の後ろでうなだれるのは紫苑。


「紫苑はこの会社に何かと因縁があるようだな!」


想が豪快に笑う。

紫苑の纏う闇がさらに深くなる。

レイはなんとなく触れるのをやめておいた。


「紫苑はな、昔はここで働かされていたんだ。やりたくもないハッカーを、殺すと脅されながら。そんなとき、俺がこの会社に運び込まれたんだ。研究の為と言われてな。でも俺は嫌な予感がしたから、飛び出したんだ。その時、紫苑が俺を助けてくれたんだ」

「…いやその激重な話、いまする?俺あえて触れなかったんだけど…」

「何言ってるんだよ。僕を助けたのは君でしょう。想。」

「…続けるんだ」

「いや、あの時紫苑が俺の自爆装置を解除してくれなかったら俺は今頃スクラップだ」

「目の前で爆発されても後味悪いし…」

「誰がなんといおうと、あの時努力家の天才ハッカーに俺は助けられたんだ。」


想はまっすぐとした視線を紫苑に向けた。

レイはまぶしくて目を閉じた。


「今そんな話をしている場合じゃないでしょう。シャオとジホの状況は?紫苑。」


冷静に雪怜が言う。

紫苑がPCを開き、3人に見せる。


「さっきレイも見たからわかると思うけど、ここで電源を切られている。記憶装置には問題のない手順で行われていると思うよ。ただ気になるのが一つ。あ、でもこれは言わないほうがいいかな…」

「いい。話せ」

「ブラックボックスに異様な反応が出ているんだ…」


その言葉を聞いたレイの顔色が変わる。


「どういうことだ。ブラックボックスは誰にも触れられないはずだろう。触れてはいけないだろう。あいつらがあいつらでなくなっちまうだろ!その研究室はどこだ、どこだよ!」

「落ち着け、レイ。」

「落ち着けるかよ。アンドロイドにとってブラックボックスはその個体自体の記憶と存在とそいつがそいつであるための大切な部分だ。誰も安易に触れてはいけないんだよ。わかるだろ」

「わかる。だから、落ち着けと言っている。」


想がレイをなだめる。


「…反応といっても、暴走したりとかそういうことはなさそうだ」


紫苑がいうとレイは安堵のため息をつく。


「ソシレだ。おそらく。俺を拘束した男がそう呼んでいた。心当たりはあるか、紫苑」


ソシレの名前を聞くと紫苑の顔が青ざめる。

紫苑は自分の肩を抱いて語り始めた。


「あぁ…悪魔だよあいつは…僕をここに閉じ込めたのもあいつだ。あいつは人間だろうがアンドロイドだろうが、関係ない。すべて自分の思い通りにしないと気が済まないやつなんだ。そして飛びぬけた技術力で、ここのトップに入社3日で認められ、自由に使える部屋と部下を与えられた。化学にも精通していて、アンドロイドに効くものも、人間に効くものもどちらの開発もできる。ソシレはすぐに部下で実験を始めたよ…。忠実なモルモットって感じで…。とてもひどかったよ。まあかくいう僕もそのモルモットの中の一つさ。まあ僕は幸い薬なんか使わなくてもいうこと聞いたから楽だったんじゃないかな…ソシレは人類とアンドロイドを全てヒューマノイド化することをもくろんでいる。」

「・・・なんだよそれ」

「おそらくもう実験は始まっていて、ジホやシャオに目を付けたあたり、ほぼ完成に近いんじゃないか?」


レイは首を振る。


「いや、ヒューマノイドとかいう気分の悪い物、俺は見たぞ。清良のやつ…」

「おそらくそれは完成形ではない。必要なはずなんだ。アンドロイドウイルスが」


想が言う。


「どういうことだ」

「俺たちが探しているアンドロイドウイルスの欠片は、完成するとアンドロイドを感染させるだけではなく、おそらくアンドロイドの主導権を完全に奪うことが出来るんだ。完全にだ。ブラックボックスすら書き換えらえる。」

「…は?」

「だから完成させてはいけないんだ。だからこうして俺たちは探している。人間もアンドロイドも、それぞれいいはずなんだ。」


再びPCを操作していた紫苑が言う。


「でたよ。おそらくこの場所がソシレの研究室だ。そしてそこに…」

「ジホとシャオはいる。」

「よし、俺たちも行くぞ、レイ」

「でもお前たちはお前たちのやることがあるだろ」

「なに、お前たち鏡虎団には助けられたからな。ついでだ!」


想はそういうと駆けだした。


4人は紫苑のガイドの元、ソシレの研究室に向かう。




そのころ、ソシレの研究室では、シャオとジホが研究されようとしていた。

ソシレはそっとブラックボックスに触れようとする。

しかし、中々たどり着けなかった。


「…さっすがレイだね。このボクでもブラックボックスにたどり着けないなんてさ…。いいや。他の記憶装置を見てみよう…」


ソシレはにわかにいらだちをにじませていた。




ソシレに何かを飲まされたサクラは記憶の渦の中にいた。

知らないはずの情報がなだれ込んでいる。

知らないはずなのに、知っている。

知っているはずなのに、知らない。

痛みはないけれど、痛い。

苦しくないのに、空気が吸えない。

吐きだせない。

身体のダメージはほとんど修復できているのに、サクラはその場から動けずにいた。


「戦様…レイ………清良…」


ひどくなつかしい感じのする名前を音声として入力した瞬間、サクラから感情があふれ出す。

アンドロイドにはないはずの、感情。

忘れていたが、大切だったもの。


「忘れたく…なかった」


「…サクラ…」


ちょうど、レイが到着した。

レイは肩で息をしながらサクラに近づく。

サクラは泣きそうな顔でレイを見る。


「…レイか。すまない、今、その、混乱していて…」

「ごめんな、サクラ、俺はあの時、お前を止められなかった」


レイはサクラの隣で両ひざをつく。


「お前の大事な記憶、戻してやれなかった…」


サクラは少し考える。

増幅している知らない記憶と、感情のすきまで、今までの生活を思い返す。

戦は自分に仕事をくれた。

役にたつ喜びを教えてくれた。

清良とは違う、温かさがそこにはあった。


「レイ、私は、僕は…それでもこれまで幸せに生きてこられたと思う。それは君のおかげだ。」

「サクラ…でもなんで急に思い出したんだ」

「ここの研究者に、よくわからないものをぶちこまれた。そこから記憶装置と感情機能の増幅が止まらないのを感じる。これは新種のウイルスだろう。私は今、自我を保つので精一杯で身体機能を動かすことが出来ない。」

「サクラ、背中開けるぞ」

「構わない」


レイは急いでサクラの背中のハッチをあける。


「紫苑、手を貸してくれ」

「え、僕?」

「そうだ」


紫苑は頷いてレイの隣に駆け寄る。


「この線をそこのPCにつないでくれ。解析できるか」

「わかった」


レイにいわれた通り、紫苑はサクラを自分のPCに繋げる。

サクラの中に、黒いスライムのようなものがまとわりついている。


「うん、やっぱりブラックボックスに反応が出ている。ふたりのよりかなり大きいよ。」


紫苑は解析を続ける。


「…あった。これだ。AIウイルスだ」

「詳細は」

「今解析中。すぐに出るよ」


レイはサクラから、そのウイルスを剥がしていく。

物理的にまとわりつくその黒いスライムのようなものをレイはサクラを傷つけないように丁寧に剥がしていく。


「出たよ。ブラックボックスに直接干渉して、機能増幅をさせている。知らなかったことや個体記憶を呼び覚ましている。そして、感情機能にも干渉し、今まで知りえなかった感情を膨らませている。記憶から関連される感情が強く出されるようだね」

「なにが狙いなんだ」


想が割って入ってくる。

紫苑は少し考える仕草をする。


「…レイ、君はブラックボックスは触れてはいけないといったでしょ」

「当たり前だろ。そいつがそいつであるための、唯一のものだから」

「そこだと思う。その唯一のものを破壊できれば、あとは言うことを聞くだろって思ってるんじゃないかな」

「…何がしたいんだ」

「そんなことは僕たちにはわからない。」

「厄介だな。ジホとシャオにそれを使われると、厄介なのではないか」

「どういう意味だよ、想」

「わからないのか、レイ。お前はあの二人にどれだけの機能を持たせている。あの二人は現存するアンドロイドのなかで最強と言っても過言ではないのではないか」


レイは黙り込む。


「とにかく急ごう。雪怜。サクラを頼む。」

「了解。」

「私は問題ない」

「いいえ、ウイルスを取り除いたばかりよ。無理に動いてはいけない。動けるようになったら追えばいいのよ」


雪怜はサクラに微笑んだ。

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