第16話

レイは一人の男とにらみあっていた。


「やれ」

「やだ」


レイは拒否の言葉を発すると舌を出した。


「強情なやつだ。」


男はそういうと、レイの腕に注射器を突き刺す。

声も出せないほどの痛みがレイの全身を駆け巡った。

レイは痛みを逃がすためにぐっと唇をかむ。


(殴られなくなっただけましか…)



遡ること1日前。

レイは依頼者からの呼び出しを受け、東上洞の噴水広場に来ていた。


噴水のふちに腰掛ける。

空を見上げると、どんよりした曇り空。

それでなくても東上洞の空気はいつもこもっていた。

でもそんな空気も街も、レイにとっては大切な自分の育った街だった。

大切な仲間と出会った、大事な場所。


「遅いな」


レイは手元の端末を確認する。

とうに約束の時間は過ぎているが、依頼者の姿は見えない。


「このあとジホと別件の約束があったんだけどな…」


レイの小さなつぶやきは、噴水の水の音に溶けていった。


広場の噴水は、時間で水の動きが変わる。

中央の噴水が高く上がり、周囲の小さな噴水も、大きなしぶきと水音を立てて動いている。


その音にレイの短い悲鳴はかき消され、男たちの足跡もしぶきに流された。


次にレイが目覚めた時には、真っ白な部屋に拘束されていた。


「なんだ、ここ…」


手足も動かせないし、首も動かない。

視線だけを使い、レイはあたりを見回すが、どこを見ても白い部屋。

窓もドアもわからない。


「目覚めたか」


背後から男の声。


「誰だよ、お前」


レイが言うと、男はレイの正面に立つ。

男の数は全部で3人。


真ん中に立つ男が言う。


「私の名前はツェーベ。ここはアヴィドの研究施設。私はアヴィドの幹部。お前は東上洞の何でも屋のレイ。高い技術を誇ると聞いた。お前はママを知っているだろう」


レイはぐっと奥歯を噛む。


「清良の手のものか」

「それは事実とは異なる。清良は取引先。私は純粋に興味がある。ママに。お前はママを復活させる技術を持っているだろう」

「持ってない。そんなもの」

「事実と異なる発言。」


ツェーベは一歩後ろに下がる。

隣に立っていた男二人がレイを殴る。


「お前は、ママを復活させる技術を持っているだろう。復活させろ」

「…そんなもん、持ってねぇし、やらねぇよ、ふぐっ」


再びレイは殴られる。


そこから数時間、レイは何度も暴行を受けた。


そして現在、暴行は謎の薬物に変わった。

少しずつレイの意識が曖昧になる。


「何でも屋。お前の作ったアンドロイドはどこにいる」

「…俺・・・おれは、アンドロイドは…つくってない」

「疑問。お前の仲間はお前が作ったのではないのか」

「・・・だま…れ」

「契約をしているなら、そいつらがここに来るのも時間の問題だろう。主を助けるようにプログラムされているはずだからな。そうしたら、私が研究するのだ。その2体を。」


レイはツェーベを睨むが力はない。


その時、どこからともなく扉が現れ、開くと小柄な少年が入って来た。


「ツェーベ?まだやってるのぉ?わぁ!本物のレイだあ!」

「ソシレ…私の管轄内だ。入室を拒否する。」

「あ?何言ってんのお前。ボクの方が立場は上だろ?わきまえろよ、グズ。」


ソシレと呼ばれた小柄な少年はツェーベの腹部に電撃をくわえる。

ツェーベは音もなくその場に崩れ落ちた。

ソシレの側近たちがツェーベを回収していく。


「やあ、レイ!ボクずっと君に会ってみたかったんだよお?会えてうれしいなあ」

「・・・くそ」

「あ~はははは!もう言い返す元気もないかあ~!いいよいいよ、ボクその顔大好き。もっと見せて」


ソシレはそういうと、レイの両頬に手を添えてうっとりとレイを見る。


「いい?レイ。君は優秀な技術者だね。ボクはさあ、レイのファンなんだよ?君のつくるアンドロイドはとても美しくて、強くて、高機能だよねえ。ボクはレイの目の前でレイの大事なもの壊してみたいんだよお」

「・・・それに・・・なんの、いみがある」

「意味?ボクの快感以外に何もなくない?ふふふ、ジホとシャオ、だっけか?いいよねえ」


ソシレはそういうと、端末を操作し、壁に映像を映し出す。

そこには噴水広場にいるジホとシャオの姿が。


レイが一瞬で意識を覚醒させる。


「やめろ、そいつらに何もすんな」

「やあだあ!いいね、いいね!」


ソシレは端末を操作する。

端末の画面をレイに向ける。


「この2体にここに来るように言って」

「いうわけねえだろ」

「まあいいよ。どっちにしてもこの2体はここにくる。」


ソシレはそういうと、レイの端末をひらひらと振って見せる。


「何する気だ」

「ふふふ、まぁまぁ見ててよ」


ソシレはレイの端末でどこかに通話をかけている。


『はい、レイ、どうしましたか』


ジホの声だ。

レイはソシレをにらみつける。

何か言いたいのに、ぐっと口とのどを押さえられ、音を発することができない。

そんなレイの様子を見てソシレはにっこりわらって、マイクを通して話す。


「明日朝11時にそこにこい」


ソシレは通話を終了させると、押さえていた手をはなす。


「これで、あの二人はここに来るよね」


レイは目をそらした。


「それまで君は殺さないよ。どうせ、君が死んだらあの二体になにか仕込んでるだろ」

「そんなことするかよ」

「あ~~いいねぇ、その顔。ボクそれずっと見ていられる。ねぇレイ?ボクのおもちゃになる気はない?」

「あ?」

「悪い話じゃないと思うよ。ボクのとなりで自由に研究も観察も創造もできる!ボクは君の隣で自由に遊ぶ!ね?いいでしょ?」

「お前の遊びは趣味が悪そうだから断る」


レイが断るとソシレの表情が一変する。


「は?なに。お前。つまんない」


ソシレが思い切りレイの腹と顎を狙って殴る。

抵抗のできないレイはそのまま意識を飛ばした。

ソシレは控えていた男に何かを指示してつまらなそうに部屋を出る。

男はレイに何かを注入した。


次の日。

ソシレはモニター越しに噴水広場を見ていた。


「わぁ、きたきた」


ジホとシャオの姿が見えると嬉しそうに跳びはねる。

レイの端末でジホに連絡をする。


『はい』

「来たか。その近くに止まっている車に乗れ」

『…レイ。なにがあって、何の目的なのか知らせてください』


ジホの言葉を聞いてますますソシレの笑みが深くなる。


(ぜぇーったいレイが言わないこと言おうっと)


「お前たちが知る必要はない。いいから車に乗れ」

『目的もわからないのに車に乗ることはできません』


(ひゃーっ、やっぱりレイの作ったおもちゃ、優秀~~!!)


『レイではないですね』


ソシレが興奮のあまりなにも言わないでいると、ジホの方から仕掛けてきた。


(音声認識システムでは感知できないはずなのに…)


ソシレは笑いが止まらない。

やっぱり、レイは最高だ。


「取引は失敗だ」


ソシレは通話を切る。


「うふふ、想像以上にいいねぇレイのおもちゃたち…これでラストピースまで釣れれば最高なんだけど」


ソシレはモニター前の椅子に座り、くるくると回る。

そして、手元の黒い箱をうっとりと眺める。


「もうすぐ完成するからね、ボクのベイビーちゃん」



戦たちはアヴィドの建物まで来ていた。


頷き合って二手に分かれる。

ジホとシャオとサクラは、クロエから預かった情報を基に、裏口に回る。

戦、シユは正面玄関から中に入る。


「お約束はされていますか?」


いたって普通の企業。

それが印象だった。


シユが一歩前に出る。


「僕は、ツァイホンのシユです。社長とお約束があります。」

「ツァイホンのシユさまですね。そちらの方々は?」

「僕の連れです。僕はアンドロイドですから、念のため人間をおいておかないと、不安がられてしまうのでね」

「ヴィド様はアンドロイドがお好きですから。心配はいりませんよ」

「えぇ、いつもよくしていただいています」


シユはにこにことやりとりをする。


ジホは裏口のシステムに侵入を試みていた。

案外、簡単に侵入ができる。


「開いた。行きますよ」


3人が中に入る。


クロエにもらった情報を基に、中を歩き回る3人。


「…まあそんな簡単にいかせてはくれないヨナ」


先頭を歩いていたシャオが立ち止まる。

目の前には、大きな体をした、男が立つ。


「侵入者。排除スル」


大きく手を振り下ろすと、ドスンを大きな衝撃音。

シャオはさらりと避けると、腕まくりをした。

1段階、ギアを上げる。


「暴走はしない程度に収めるヨ。ここは私が引き受ける。お前たちはいけヨ」

「いや、シャオ、ここは私が」

「サクラ、いきましょう」


ジホはサクラをひきずるようにしてその場を去る。


「シャオ、待ちませんよ」


ジホの言葉を聞いてシャオはにやりと笑う。


「誰に言ってるんダヨ」


シャオは脚に力を籠め、天井まで飛び上がる。

天井を足場に蹴り上げ、男の首根っこに足を振り下ろす。


男がよろける。


「やっぱ見た目通り頑丈ダナ」


シャオはぐいと口元を拭う。


「俺ハ、ドシラ。アヴィド幹部。侵入者、消ス」

「お前人間のくせに機械みたいダナ!」


ドシラの攻撃を避けながらシャオも反撃する。


「お前、人間ジャナイナ」

「ご名答!でも関係ないネ!」

「お前、シャオ、ダナ」

「あ?」


シャオの動きが一瞬鈍る。

その隙を逃されるはずもなく、ドシラに足を掴まれるシャオ。

足を掴まれ逆さに宙づりにされる。


「なにするんだヨ」

「中華製、アンドロイド。レイ製アンドロイド。確保スル。」

「レイ…?」


ドシラはシャオの口にチップを詰める。

シャオは吐き出そうとするが、ドシラに口をふさがれ、かなわない。

ゆっくりと、シャオの動きが止まった。





『ソシレ、シャオ、確保シタ』


ドシラからの通信に目を輝かせるソシレ。


「いい子だねぇドシラ!!はやく連れてきて!ボクは研究室にいるよ!」

『モウ着イタ』


扉が開く。

大きな体が扉をくぐれないドシラは、ソシレに向かってシャオを投げ込んだ。


「ちょっとぉ!大事にしてよね!ボクの大事なおもちゃなんだからさあ」


ソシレは頬を膨らませる。


ドシラは気にも留めず、去って行った。


ソシレはシャオを台の上に乗せる。


「あ~、レイの良い顔みたいなあ…でも、ボクのベイビーちゃんが完成すれば、勝手にみられるかぁ」


恍惚とした表情でソシレはシャオの背中を開く。

そして、一つのチップをピンセットでつまみあげる。


「ふふ、これで出来上がるよ、ボクのベイビーちゃん」


黒い箱にシャオから奪ったチップを入れる。

あやしく光り、起動音がする。


「できた。ブラックボックス干渉型ベイビーちゃん。これで、ラストピースまでぐっと近づけるよ」


ソシレは黒い箱に頬を寄せた。


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