第9話

3人は東上洞の中でも奥の位置に来ていた。

あまり治安がさらに良くない。


「兄ちゃん、腹減ったよ~なんか食べたいよ~」


流暢な日本語を話すシャオ。


「俺も腹減ったよ~あ、あんなところに店があるよ、いこ、兄ちゃん」


レイもジホに甘える。


「なぜ僕が兄……やばそうな店だな」


少し疲れた様子のジホ。


看板が破れている店に入る3人。

店の前には、汚れた身なりの者たちが床に寝そべっている。

歩いていく3人を品定めするように見ていた。


「やばいな、これ」


レイが小さな声で言う。


「…聞いてはいたけどここまでとはナ」

「2人とも、集中してください」


ジホはいつものような優しい笑顔がなく、無表情だ。


店の中は店員はおらず、3人は店内を見渡す。


「…なんだこれは」


店の中は大きく荒れ、割れたガラスや壊れた椅子やテーブルが散乱している。


「でるか」


レイが言う。


店を出ようと、踵を返すと後ろから何者かに自由を奪われる。


「ぐっ」

「わぁ!なにこれ!兄ちゃん!助けて!」


レイとシャオの演技。


「やめろ、なんなんだ、お前ら!」


ジホが言う。これも、演技だ。


「お前たち、見ない顔だな」


ジホを締めあげる男が言う。


「ここに流れてきたんだ、ここは一体何なんだ」

「ここはフェニックスディグのアジトだ。本当に何も知らないできたのか?」

「あぁ、何も知らなかった」

「ほんとかなあ?」

「きゃあっ!痛いよ!兄ちゃん!」


シャオをしめる男がさらに締め上げた。

シャオが悲鳴を上げる。表情は相手から見えていないのをいいことに、べっと舌を出している。

レイはそれを見て苦笑する。


「やめろ!妹を放せ!」


ジホが叫ぶ。


「へへ、嬢ちゃんかわいい顔してるじゃないか。ほら、こっちにこい!」

「兄ちゃん!助けて!兄ちゃん!」


レイとジホは椅子に縛られ、シャオが男たちにつれさられていってしまう。

その場所にはレイとジホだけが残される。

2人は、あたりを警戒する。


レイが開発したステルスコミュニケーション装置を起動する。

これは、会話をしなくても、脳内の言葉を直接文字に変換し、相手に伝えるものだった。

コンタクトレンズ型のスクリーンを目の中に入れており、そこに文字が映し出される。


シャオからの伝達が来る。


[なんだか奥の方に連れていかれたヨ。心配するナ。]

[安心しろ。誰もお前の心配はしてない]

[ハ?心配しろヨ]

[シャオ、状況を伝えてください]

[ウン。さっき私たちを襲った男たちが5人いるヨ。他にはいない。モニターでお前たちを監視しているヨ。下手なことはできないナ]

[カメラか。予想通りだな。ジホ、カメラハッキングできるか]

[得意分野ではないのですが…やってみます]

[シャオ、引き続き、状況が変わったら報告してくれ]

[オイ、一人増えたゾ。…アイツボスだと思ウ]

[根拠は]

[羊が言ってたダロ。幹部には腕にフェニックスマーク。ボスは右頬にフェニックスマークがあるっテ]

[あるのか]

[…ある。あいつヤバイ。めちゃめちゃ強いぞ。やばい感じがすごくスル。しかも…]


シャオはそこで言葉を留めた。


[シャオ?どうした]

[あいつ、人間じゃないみたいダ]

[は?それって…]


シャオからの通信が途切れる



レイとジホは顔を見合わせる。


[嫌な予感がする…]

[とりあえずシャオを信じるしかないですね。]

[カメラハッキングできたか]

[…今やっています。]


そこで、スピーカーのような音がする。


「なんだ…」


目の前に現れるスクリーン。

映し出されたのは、壁に縛り上げられるシャオの姿。


[冷静に。演技を忘れずに。レイ]


ジホからの警告にレイは一瞬短く息を吐いた。

それから


「やめろ!妹になにしやがんだ!」


と叫んだ。


『兄ちゃん!そこにいるの?兄ちゃん!助けて!』


スクリーンの中でシャオが叫ぶ。


[レイ、シャオの指を見てください]


ジホからのメッセ―ジを見てレイはシャオの指を見る。

シャオは指文字で伝えていた。


【問題ない。続行する】


レイは軽くうなずいた。

スクリーンに右頬にミゲルから渡されたのと同じタトゥーが入った男が映る。


『お前たちか、こそこそと嗅ぎまわっていたのは』

「なんなんだよ、お前ら」

『しらばっくれずともよい』

「は?」

『鏡虎団だな?お前たち』

「なんだそれしらねぇな」

『ふん、無駄な。俺はフェニックスディグのボス。冥蘭だ。ここにいるのは、鏡虎団のシャオ、お前らはレイ、ジホだな』


レイがじっとスクリーンをにらみつける。


『心配するな。俺はお前たちの敵じゃない。』

「…」


レイもジホも答えない。


『…さすが、警戒心が強いな。交換条件だ。シャオをそちらに返す代わりに、もう俺たちとはかかわるな』

「残念だが、その提案は飲めない」


レイが答えた。

冥蘭はふっと笑う。


『交渉決裂か。仕方ない。お前たち、やれ』


冥蘭の指示で、周りに控えていた男たちがシャオに襲い掛かる。


「場所の特定、完了しました」


ジホが言う。

レイはにやりと笑うと、スクリーンに向かって言った。


「シャオ、暴れろ」


スクリーンの向こうでシャオもにっこりと笑った。

足のギアを一つ上げる。

腕のギアも同様に上げる。


シャオが男たちに反撃するのと同時に、レイとジホも駆け出した。


「案外、近くにいたようですね」


ジホが奥の扉を二つほど蹴り開けていくと、続く廊下。

3番目の扉を開けたところに、折り重なる男たちの上で飴を開封しているシャオがいた。


「遅かったナ」

「お前が早いんだよ」


レイはシャオに手を差し伸べる。

シャオはその手を取って男の山から降りた。


「あとはアイツだけヨ」


シャオが言う。

3人はじっと冥蘭をにらんだ。


「あぁ、もういい。早くここから去れ。俺はお前たちと争うつもりはない。敵じゃないといっただろう」

「さっきも言っていたが、どういう意味だ」

「説明は不要だ。もうここから去って、二度と関わるな」

「そういうわけにはいかないヨ。悪さするやつらで困ってる人がいる。助けるのが私たちの仕事ネ」

「そんな正義感で命を無駄にしないほうがいい」

「ずいぶんな言いぐさですね」


にらみ合う、3人と冥蘭。


瞬間、外で大きな爆発音がした。


「なんだ?!」

「くそ、またか」


冥蘭はそういうと駆け出した。

慌ててレイも追いかける。


「ついてくるな!関わるなと言っただろ!」

「納得ができないんだよ!」


冥蘭は足を止め、レイたちに向き直る。


「お前たちはフェニックスディグを追っているんだろ。国もルールも関係なく大暴れするこの街を壊しかねないやつら。」

「それのボスがお前なんじゃないのか」

「そうだ。だから、俺がなんとかする。」

「…なんなんだよ、さっきからこの違和感は。気持ち悪い」


レイが吐き捨てるように言う。


また外から大きな音がする。

今度は発砲音。


「くそ」


冥蘭が再び駆け出した。

レイが追いかけようとする。


「レイ、待て。なんか変だヨ」

「外で何があったか確認するだけだ」

「レイ、冷静になってください」

「なんか変だ、あいつ、なんか隠していやがるぞ。アンドロイドなんだろ?まるでお前らみたいな感じがする」


レイの表情はなぜか苦しそうだ。


「…レイ」

「なんだかわからないけど、あいつを放っておいてはいけない気がするんだ」


ジホとシャオは顔を見合わせる。


「レイのそういう勘は馬鹿にできないネ。追うか」


3人は一斉に外に向かって駆け出した。


外では、乱闘が起きていた。

中心には冥蘭の姿が。


「どういうことだ、なんでフェニックスディグの幹部がボスである冥蘭と戦ってるんだ」


フェニックスディグの幹部にはフェニックスのタトゥーがあると羊から情報をもらっている。

冥蘭と戦う男たちにはほとんど、腕にタトゥーが彫られていた。


冥蘭が背後を取られ、羽交い絞めにされる。

前から幹部の一人が、鉄パイプを持って殴りかかる。

冥蘭は衝撃に備え、目を閉じた。


衝撃はこない。

代わりに男たちのうめき声が聞こえてきた。

冥蘭が目を開けると、幹部たちと乱闘になっている、レイの姿が。


「なんで…」


レイは冥蘭の手を取って駆け出した。


「埒があかねえ!一旦引くぞ!」

「離せ!」


冥蘭が言う。


「うるせぇ!あのまま戦ってもボコられて終わりだ!そんなん意味ないだろ!」


レイに怒鳴られ、冥蘭は黙った。

しばらく走り、路地裏に駆け込む。

追手は来ていないようだった。


「なんで幹部のやつらが襲ってきてんだ」

「…俺の責任だ」

「なんなんだ?冥蘭、お前関わるなとか俺の責任だとか、そんなことばっかしか言わないな。全部ひとりで背負うつもりか?そんなんムリだろ。」

「だとしても、お前には関係のないことだろう」

「もう首突っ込んじまってるんだよ。」


レイの言葉に冥蘭が目を見開く。

冥蘭は、レイにかつての相棒の姿を重ねていた。


ふっと息を吐く冥蘭。


「お前たちは、いいな。」

「なんだ?」

「良いチームだ。鏡虎団。」

「…まあな。あいつらが俺を助けてくれているだけだ」

「でもその二人を助けているのも、またお前だろ、レイ」

「なあ、話してくれよ。なにがあったのか。何か俺たちにできることがあるかもしれない」


レイが言うと、冥蘭は遠くを見つめながら話し出した。


冥蘭と紅蘭。

生まれた場所は異なるがまるで双子のように魂を分けていた。

やがて二人の周りに自然と人が集まり、出来上がったのが、フェニックスディグ。

理不尽に立ち向かう人に手を差し伸べる、助け合うチーム。

何度でもよみがえるフェニックスのように。


しかし、組織が大きくなるということは意思の統制も難しくなる。

1度目の内乱で、冥蘭は右側の身体を失った。


「だから、ほら、俺はもう人間じゃない」


冥蘭はそういって義手となった右手をレイに見せる。


レイはじっと冥蘭の腕を見つめる。


「壊れてんじゃん。」


先ほどの争いで義手の一部が破損していた。

レイは腰のポーチから道具を取り出すと手際よく修理していく。


「シャオが感じたのはこれだったんだな。」

「…人間を辞めてまで生きようとは思っていなかった。でも、紅蘭が俺を蘇生したんだ。それで、紅蘭は俺をかばって…。俺は紅蘭にもらったこの手で、紅蘭を弔ったんだ。」

「…その紅蘭ってやつは、お前に生きていてほしかったんだろう」

「でも紅蘭はいない。燃えてなにもなくなったよ。」


修理を終えたレイは冥蘭の義手をポンと叩く。


「ここにいるだろ。紅蘭は技術が高かったんだな。ヒトの部分との結合部があまりにもきれいだ。」

「あぁ、紅蘭はアンドロイドを作るのがうまかった。きっとこんなところにいなけりゃ立派に開発者として活躍していただろうよ」

「そうかもな。」

「紅蘭がいなくなって、さらに過激派が増えてしまった。理不尽な暴力から救うはずの組織が、今じゃ理不尽な暴力を与える側になってしまっている。どれだけの人を傷つけたか計り知れない。」

「このままでいいのか」


レイが低く聞く。

冥蘭はまっすぐにレイを見た。


「いいわけないだろう」


レイはにやりと笑う


「東上洞のことならおれたちに任せな。俺たちは何でも屋鏡虎団だ」



レイはすぐにシャオとジホに連絡を取る。




とあるビルの屋上。

レイたち3人と冥蘭は立っていた。


「さ、冥蘭、全員ぶっ倒すのは気が引けるんだろ?」

「それは望んでいない」

「制圧できれば、ということでしょうか?」


ジホの言葉に冥蘭はうなずいた。


「最後は俺が片をつける。そのためのサポートをしてほしい」

「任せろヨ」


まずシャオが特攻するため、ビルから飛び降りる。

ジホも続く。


「安心しろ。あの二人は戦闘において負けなしだ」


レイは得意げだ。


「俺もいこう」


冥蘭もビルから飛び降りる。


「…忘れてたわ。お前も足つよいんだったな。俺だけかよ!くっそ!」


レイは毒づくと、階段を下りて行った。




シャオ、ジホは過激化するフェニックスディグのメンバーたちを次々に制圧していく。

シャオが特攻し、ジホが確実に仕留め、最後はシャオが拘束する。

見事な連携だった。


冥蘭も、高い身体能力と、義手と義足の機能を使い、次々に制圧していく。

レイもそこに加わり、優勢な状況を作っていた。


状況が一変したのは一瞬だった。


「冥蘭?」

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