第8話

鏡虎団の事務所兼住居のドアがけたたましく叩かれる。


レイは無視を決め込み、布団をかぶる。


「レーイーくーん!いるのはわかってるんだよーー!!」


大きな声で叫ばれる。


「レイ、やつがきたゾ」


シャオがパンダの顔のフードを深くまで被り、レイをにらみつける。


「あーもーうるせぇなあ」


レイがしぶしぶ布団から出て、玄関を開けた。


「レイくーん!遅いじゃないか!やあやあハローハロー!元気ぃ?シャオちゃんもいるじゃないかぁ!」

「うるせぇナ朝カラ」


シャオが不機嫌に声の主をにらみつける。


「なんの用すか、ミゲルさん。家賃はもう払ったすけど」


声の主、ミゲルは、鏡虎団の事務所兼住居の大家だった。

肩まで伸ばした手入れの行き届いた金髪を雑に後ろに束ね、アロハシャツをきた35歳男性。

年齢にしては、若く見える整った顔立ちとスタイルの男だ。


「いやあね!君たちに依頼があるんだよ!」


元気がいい。声が大きい。朝の高架下にミゲルの声が響き渡る。

ちなみに、ミゲルは偽名だ。

本名は誰も知らない。

彼は、普通には部屋を借りられない東上洞のアンドロイドや人間に部屋を貸す、変わり者だった。


「依頼?めずらしいすね」


レイもまた、外の世界では部屋の借りられない人間で、ミゲルには助けられていた。


「まずはモーニングにしようか!お腹が空いた!」


元気に言うミゲル。

シャオも横で挙手をして


「私も腹減っタ!」


と元気よく言う。


「シャオちゃんは元気がよくていいね!」

「お前には負けるヨ!」


静観していたジホが小さくため息をつくと、キッチンに向かった。


レイがソファに座ると、向かいにミゲルとシャオも座る。


「で、依頼ってなんですか」

「ん~いい匂いがしてきたねぇ!レイくん、そんなに急いじゃだめだよ!」

「時間がかかりそうなので、先に依頼のお話をされていて構いませんよ」


ジホがキッチンからにこにこと声を掛ける。


「そうかい?じゃあ遠慮なく!君たちに、ぜひ探してほしいものがあるんだ!」

「探してほしいもの?」

「うん!これだよ」


ミゲルはポケットから一枚の紙を取りだす。


「なんだ?これ。イラスト?」


その紙には、不死鳥のようなイラストが描かれていた。


「うん。フェニックスだよ!これを見つけてほしいんだ!」

「気ぃ狂ったノカ?それは想像上の生き物ダロ」


シャオの辛辣な突っ込み。


「ははは~シャオちゃん、夢がないねぇ。でもそうさ、なにもホントのフェニックスを探してほしいというわけではないんだよ。この壁画が東上洞のどこかにあるらしいんだ。そして、そこを根城にしている人たちに、僕は用があるんだよ!」

「用?」

「ふふふ、それは、ナイショ。君たちにはこの壁画を探してもらうだけで充分さ!」

「どのくらいの大きさなんだ?」

「わかんない!」

「は?」


レイがあんぐりと口を開ける。


「わからないんだ。もしかしたら手の平位なのかもしれないし、大きいのかもしれないし!僕にはさっぱりわからない!」

「どういうことだよ」

「そのままの意味さ!!だから君たちに頼んでいるんじゃないか!」

「まあそうだろうけど…」

「ん~!たまごやきのいい匂いだ!そろそろ完成かな??ジホ君!」


ミゲルはキッチンを見る。

ジホがちょうど盛り付けを終えたところだった。


「こわ、なんでわかったんだよ」


レイが肩をすくめた。


ミゲルというこの男は東上洞に関わりのある人間やアンドロイドではよく知られているが、実際の所、この男がどんな人間であるかどうかはほとんど知る者はいなかった。

レイもまた、同様だ。


「お待たせしました」


ジホがことりとスクランブルエッグの乗った皿をテーブルに置いた。


「ところで君たちは本当に不思議だよねえ」


ミゲルがのんびりと言うと、レイは片眉をあげた。


「何が?」

「だってさ、アンドロイドは普通は食事をしないんだよ。でも君たちがここにきてから、東上洞のアンドロイドたちは食事をするようになった。外の世界では考えられないことってわかってるかい?」

「…」


レイはわかりやすく視線をそらした。


「やだなぁ~責めてないよ。素晴らしいことだよねって話さあ!ただ、君たちという存在はこの東上洞ではかなり大きなものなんだよ~。それに、胃袋のないはずのアンドロイドがどうやって消化しているのか、そして消化した食べ物はどうなっていくのか、僕は純粋に興味があるんだよねえ」


ミゲルの瞳の奥がするどく光る。


「食事中に下品ネ。日本の人間はそうなのカ?」


シャオが言う。

ジホもにこにことしているが、目の奥が笑っていない。


「あははは~大丈夫、大丈夫、僕は君たちの敵なんかじゃないよ」

「わかってますよ。こんな俺らに部屋貸してくれんだ。感謝しかないっすよ」


レイがへらりと笑うと、二人のまとう空気も少し弛んだ。




「じゃ、フェニックス探し、頼んだよ!」


ミゲルはぺろりと朝ごはんを平らげると、ひらひらと手を振って去っていった。


「なんだ、アイツ。変なやつネ」

「ここには変なやつしかいないだろ」

「…でもレイは信用しているんですよね?」


ジホの問いに視線を下げるレイ。


「うん。まあ、信用ってか、借りがたくさんあるからな」

「そうでしょうね。この部屋だって、彼のおかげでいられているわけですし」

「そういうこった。さ、フェニックス探し、するか」

「おうヨ!」


シャオが元気に言った。


「でも情報があまりに少なくはないですか?大きさ位わかるといいですけど…」

「ないなら知ってるやつにきくしかないだろう」


レイが立ち上がる。


「お!あいつのところに行くんだナ!」


シャオが嬉しそうに言う。

レイは対照的に苦い顔をしている。


「できるなら行きたくないけどな…」

「そうですか?僕は好きですけどね。彼」


レイがベッと舌を出して応えた。




東上洞の入り口すぐにある、ネオンきらめくビルの地下。

そこにあるバーに3人は来ていた。


「ホワイトレディーに、ラムを4滴」


レイがバーカウンターの中にいる青年に声をかけながら、ミゲルから渡された写真をカウンターにのせる。

カウンターの中にいるのは、黒髪をセンターわけにしたマッシュヘアで、シャツから覗く肌にはタトゥーがところせましと彫られている。

写真をじっくりと見ると、レイに向かって視線を向ける。


「…お代は」

「いや、持っているかどうかが先だろ」


レイが唇を片方だけあげて答える。


「…内容は」

「なんでもいい。場所でも大きさでも。」

「…これがなんなのかはいいのか」

「それは俺たちの依頼には関係ない」


青年は怪しむように目を細める。


「あーあー、羊に嘘はつかねーよ」


青年の名前は羊という。

彼はこの街の情報屋だ。


「…10」

「えー、高いよ」

「…」


羊は黙って首をふる


「え、なに、これそんなやばいもんなの」

「…知るならそれなりにリスクがある」

「まーじか、あのおっさん…何やらそうとしてんだ?」

「…ミゲルか」

「さすが、羊。正解」


羊は、目を細めてため息をついた。

レイは肩をすくめる。


「…代わりになるものは」

「ん~、じゃあジホを一日!」


レイが笑顔で言う。


「…」


羊はじっとジホを見つめる。

ジホはにっこりと笑顔を返した。


「僕はかまいません。ここのお仕事は以前お手伝いしましたがとても楽しかったです。」

「…そのあとに俺の部屋も」

「片付けましょうか」


ジホがいうと、羊はあまり表情は変わらないが、よくみると嬉しそうにしている。


「羊はジホが好きだな~」

「…造形が美しい。要領もいい。」

「わたしハ???」


シャオが乗り出す。


「…」

「あっ、オイ、目をそらすなヨ」


むくれるシャオ。


羊はシャオが苦手な様子だ。


「…シャオはあまりにも眩しい。」


その言葉を聞いてシャオはなぜか得意げだった。


「じゃあ、ジホの貸し出しで。さ、教えろ」

「…おそらく、大きさは手のひら大。」

「ふうん。じゃあ探すのが大変そうだな。場所のめどがつけばいいけど。まあしらみつぶしに探すか」

「…待て」


立ち上がろうとするレイを羊が止める。


「ん?もう情報はもらったぞ。払うものもない」

「…」


羊は座るように視線を向ける。

レイはおとなしく座った。


「…ここからは俺からの依頼だ。」

「めずらし、なに」


羊はコースターの裏に何かを書き込む。

それをカウンターに乗せた。


「…これがフェニックスの場所だ。」

「え、なんで」

「…依頼料。」

「まあいいわ、それで、依頼は?」

「…このシンボルマークを背負う連中をぶっ潰してほしい」


羊の言葉にレイが固まる。


「ますます珍しいじゃんか…どうした」

「…それは依頼には関係ない」

「まあ、そうだけど…」

「…俺の恩人がそいつらに殺された」

「は、」

「…そいつらは海外に本拠地を置くマフィアのはしくれ。そいつら自体は大したことが無いが、後ろ盾があまりにも大きく、東上洞のマフィアたちは手出しできない。それをいいことにつけあがり、ルールを無視した理不尽な殺し、理不尽な誘拐を行っている。…かなり危険だとは思うがどこにも属さない鏡虎団にしか…どうにもできないと思う」


羊はそれだけ言うと、3人にカクテルを差し出した。


「…ノンアルだ。飲め」


3人はグラスに口をつけた。


「うまいナ」


シャオは嬉しそうだ。


「…待てヨ?お前これなんか盛っただロ」


シャオが羊に詰め寄る。


「…害はない。」

「何を盛ったんだヨ」

「…あいつらはまともな人間、およびアンドロイドには近寄らない。変装が必要。体内に微量の薬物を入れることであいつらの嗅覚にひっかかる。」

「何者なんだよ、そいつら」


レイが聞く。


「…フェニックスディグ。そいつらの名前だ。情報はここまで。裏に回れ」


羊はグラスを拭き始めた。


「あーあ、なんだかわかってきちゃったよ」


レイが言う


「シャオ、ジホ、気合入れろ。久々にやばい依頼だ。」

「久々カ?ここんとこ体張ってばっかヨ」

「確かに、そうですね。でも、レイがやると決めたのなら、ついていきますよ。どこまでも」

「そうヨ。私たちは、レイのためならなんでもできるよ」


レイが頬をゆるませた。


「なにいってんだ、お前らになんかあってみろ。俺がお前らを守るよ」


3人は立ち上がり、バーの裏に回った。


そこには着替えと、羊の姿。


「…そのサングラスとタトゥーが鏡虎団の目印だ。外せ。」


そう言ってタトゥーカバーシールを手渡す。

3人はそれぞれ自分のタトゥーの場所にシールを貼った。

それから羊が用意した洋服に着替える。


レイはオーバーサイズの長袖にTシャツを重ね、さらにだぼだぼのズボンをはく。頭には大きなニット帽。

ジホは、タンクトップに、ゆるゆるのジャケットを羽織る。

シャオは、へそ出しのタンクトップに、ミニスカートだ。キャップをかぶり、トレードマークのお団子三つ編みは、ポニーテールにされ、キャップの後ろから出されていた。


レイとジホは着替え終えたシャオをじっと見る。


「なんだヨ。私の露出がうれしいカ」

「嬉しいわけがあるか」

「心配してるんですよ」


2人のリアクションを見て、シャオは満足気に頷いた。


「…3人は兄弟の設定だ。」

「なんでそこまでしてくれんだよ」

「…お前たちに死んでほしくない。この街にお前たちが必要だから」


レイが羊を見て肩をすくめる。


「怖いんだけど」

「…ただの賞賛だ。受け取っておけ」

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