第7話
ここは、東上洞と、東京の境である高架下。
そこに事務所を構える、何でも屋 鏡虎団。
まだ朝は早く、うっすらと暗い世界でジホは目を覚ました。
他の二人はまだ起きる気配はない。
なんとなく、目が覚めたジホは二度寝するかどうか考えた。
そもそも、アンドロイドに睡眠はそこまで重要じゃない。
元々は人間の生活をなぞるために設定されたプログラムでしかなかった。
しかし、ジホはそんな睡眠を気に入っていた。
「もう少し、寝ますか」
そう呟いて、ジホはもう一度目を閉じた。
しかし、起動された脳はなかなか睡眠まで落ちることが難しかった。
ジホは昔のことを思い出していた。
あまり気持ちよくのない、レイと出会う前の記憶データだった。
ジホが生み出されたのは、韓国の大手会社の工場だった。
他のアンドロイドと決して何も変わらない、大量生産された中の一体。
工場内で生産された後は個別に能力や知識が与えられるためのアンドロイド学習施設に送られる。
均一に大量生産される身体を少しずつカスタマイズさせ優良な個体を選別していく。
なぜか、適合、不適合が存在したのだ。
技術力の高い韓国製のアンドロイドは、ホログラムを浮かび上がらせたり、様々な探知機能を学習させられたりと自由度が高かった。
ジホが送られた学習施設は、殺戮用アンドロイドを生産する施設だった。
ジホは少しずつ解体されては、新しい機能を埋め込まれる。
ジホは、生産ラインで突然変異を起こし、記憶装置を埋め込まれる前から、個体認識能力を持っていた。
つまり、ただの機械の体にも、記憶が存在している。
アンドロイドなので、痛みは感じないが、自分の一部が切り取られ、無機質な何かが取り付けられる記憶は気分のいいものではなかった。
しかし、当時のジホには感情は存在しないので、あくまでも、“いまおもえば”だ。
ジホは学習施設で、人間の急所、アンドロイドの急所ともに学習してきた。
人間に擬態するために、人間の生活リズムや、感情形態を学習した。
優秀な個体と認識され、とてももてはやされた。
ジホにとっては、なんてことのない造作もないことだった。
言われたことをやるだけ。
ジホは生産から僅か3週間で買い手が付き、任務を申し付けられた。
アンドロイドの学習完了、および出荷は平均2ヵ月を要すると言われていた。
『8091番、今回のターゲットだ。』
ただ一言、番号を呼ばれ差し出された写真にうつる何かを抹殺するだけ。
ただそれだけのことだった。
ジホはミスをしたことがなかった。
レイと出会うきっかけになったあの事件が初めてのミスだった。
ジホは淡々と任務をこなす中で自分の中で自問自答を繰り返していた。
感情とは別の場所から生まれている、何かと。
日々に意味を感じなくなっていった。
そして、あの事件が起きた。
『シバル、このケッセッキが!ぐあっ』
ジホに最大限の悪口を言ったターゲット。
誰にも見られずに始末したはずだった。
『アッパ…?アッパ…?どうして動かないの…?』
ターゲットの娘だ。
情報によると、確か年は九つ。
まだ子供だ。
ジホはすぐに連絡を入れる。
「娘に目撃されました。始末しますか」
『当然だ』
ジホはゆらりとターゲットの娘に近づく。
娘はなぜか、ジホを怖がらなかった。
「アンドロイドのオッパ、かわいそうに。本当は自由になりたいのよね」
その娘は確かにそういった。
「理解しかねます」
「…オッパの嘘つき。嘘を吐けるアンドロイドは優秀ね。ありがとう。アッパを殺してくれて」
ジホはますますわからなくなった。
「アッパは私のこと愛してなかったの。知ってたわ。あなたがやらなければ、私がやっていたかもしれない」
「?あなたはまだ幼いでしょう」
「そうよ。だから私にはできなかった。だからあなたにありがとうといったの。コマウォヨ」
娘はそういうと、ジホの頬にキスをした。
そして自分のあたまにジホの脚から抜いた銃を突きつける。
「あ、アンデ。」
ジホは慌てて止める。
「アンニョン」
娘はそう呟くと、迷いなく引き金を引いた。
血は出ない。
娘はアンドロイドだった。
銃で粉々になった記憶装置は、きっと元には戻らない。
そんなことはわかっていたのに、ジホは夢中でかき集めた。
そして、その場から逃げた。
積み荷に紛れて、日本に来た。
韓国よりは幾分、過ごしやすかった。
しかし、追手が来ているのも知っていた。
金はいくらでもあった雇い主は、海を越えようと、自分のしたことを知っているジホを消そうと躍起になっていた。
追ってもすべて薙ぎ払い、身体が壊れても、ジホは娘の記憶装置だけは大切に守った。
そしてようやくたどり着いたのが、東上洞だった。
「…もう…動けません。守れなくて、すみません。」
短期間で日本語も学習したジホ。
最後に呟いた言葉は日本語だった。
「あ?なんだお前、見ない顔だな」
その時に現れたのがレイだった。
直前まで機械いじりをしていたのか、顔はすすでよごれている。
頬をぐいっと拭くと、
「直してやろうか!」
と笑った。
それからレイは頼んでもいないのに、ジホを修理した。
「前より丈夫にしといたぞ。あと、自爆装置も捨てといた」
「そんなものが」
ジホは知らなかった。
コマの自分たちにそんなものがついていたとは。
「…記憶はどうする」
レイが悲しそうに聞く。
不思議だった。
今まで自分にそんな風に接する人間はどこにもいなかった。
「そのままでいいです」
ジホが答えると、レイは
「そっか」
と眉を下げて笑った。
「お前、名前は?」
「アンドロイドに名前はありません。」
「ふうん、お前、韓国製?」
「はい」
「日本語上手いな!」
「学習しました」
「そっか!優秀なんだな!」
レイの言葉を聞いたジホは目を見開いた。
「お前、その顔。感情があるんだな」
「アンドロイドに感情はありません。」
「でも何も感じないなら、そんな表情はしない」
「プログラムです」
「違うよ。お前が見て、感じたことはプログラムなんかじゃない。お前自身の物だ。」
「…バグです」
「ふっ、まあバグでもいいじゃん。ところで、それなに持ってんの」
レイがジホの手の中を指差す。
「記憶装置です。…もう粉々でなおらないと知っているのに、なぜか手放せなくて」
「俺、お前が戦ってるの見たよ。守りながら戦ってただろ」
「え?」
「俺がなおしてやるよ、それ。」
「できませんよ、粉々になっています」
「ふん、俺になおせないものはないんだよ」
レイは丁寧にジホから記憶装置を奪い取ると、どこかに歩いて行った。
ジホもなんとなくついていく。
歩き始めて気が付いた。
脚が軽い。
身体の動きも今までよりもスムーズだ。
それだけでわかる。
彼がかなり技術が高いことが。
「おーい、ジホ、起きろヨ」
パンダのパジャマを着たシャオがジホを覗き込んでいる。
いつの間にか、思考の波にのまれ、眠っていたようだ。
外はすっかり明るい。
ジホはゆっくり起き上がる。
いつもと変わらない事務所。
「おはようございます。シャオ」
「ウン!おはよ!腹減ったヨ」
「朝ご飯をつくりましょうか」
ジホはベッドから起き上がる。
そういえば、ジホとシャオに食べ物が食べられるようにしたのも、味覚をつけたのも、レイだった。
しばらくするとレイがぼりぼりと腹をかきながら起きてくる。
「んぁ…いい匂いだな。パンケーキか?」
「おはようございます。レイ。そうですよ。」
「いいねぇ、テンションあがる」
ジホは目を細めて笑った。
「今日のお昼は、東上洞の“タル”で食べませんか」
ジホの提案にシャオが大きくうなずく。
「いいねぇ!サランにも会いたいしナ!」
その日のお昼。3人は、東上洞の喫茶店、“タル”にきていた。
入り口には大きな月のオブジェが飾られている。
ドアを開けると、小柄なアンドロイドの少女が振り向く。
「いらっしゃい!あ!アンドロイドのオッパ!久しぶりね!」
「はい。サラン、お元気でしたか?」
【何でも屋 鏡虎団 ジホのお話 おしまい】
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