第6話
「何ダ、お前たち二人だけで行くのカ」
「うん。今回は留守番頼むわ」
「先方からの要望ですので。」
レイとジホが依頼に向かうために準備をしている。
その後ろでシャオが唇を尖らせている。
「いいナ、わたしもつれてけヨ」
「無茶言うなよ、よし、準備できたな。シャオ、いい子にしてるんだぞ」
レイがシャオの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「子ども扱いすんナ!バカレイ!」
シャオがレイの背中に吠えた。
一人になったシャオはどうやって過ごすか考える。
「サクラのところにいくカ?…昨日会ったばっかりだけどナ」
戦の会社に引き取られたサクラと、シャオは時々会っていた。
サクラは清良との記憶こそ失ってしまったが、元々高性能なアンドロイドであったこともあり、様々なことを吸収し、受付用アンドロイドとして引き取られたはずが、その優秀さから、戦の秘書として働くまでに成長した。
シャオが遊びにいくと、いつも戦は快くサクラと会わせてくれた。
シャオは戦に電話を掛ける。
取次で、サクラが出た。
『はい、株式会社、紅内、サクラが承ります。』
「お!サクラ!」
電話の向こうでサクラが笑ったのが分かる。
『シャオ。今日はどうした?ボスに用事?ではないようだが。』
「サクラに用事!レイもジホも依頼でいないんダ。サクラ、遊ぼうヨ」
『すまない、シャオ、今日はボスと出てしまっている。僕がシャオに土産を買って帰るから、許してくれ』
「・・・うまいやつがイイ」
『承知した。僕もシャオと遊ぶのは楽しい。また会えるのを楽しみにしている。』
そういって電話が切れる。
「…散歩でもいくカ」
シャオはそうつぶやくと立ち上がって事務所を出た。
東上洞の街を歩くのは、悪くない。シャオはこの街が好きだった。
ルールや秩序は世間とはかけ離れているが、ここには、ここなりのルールがあり、この場所を皆愛しているようにさえ思えた。
東上洞にも、商店街はある。
高架外ほどではないが、美味いのだ。
シャオは商店街でコロッケを買うと、その場で食べ始める。
「シャオちゃん、唐揚げ、おまけしておくね」
「謝謝。ありがとナ」
肉屋のおばさんに言われ嬉しそうに受け取る。
喜びのあまり、うっかり母国語が出た。ほとんど話していないはずなのに。
「そういや、ジホはよく韓国語話すナ。なんでダロ」
シャオの独り言は曇り空に消えた。
コロッケと唐揚げを交互に食べながら歩いていると、路地裏から声がした。
「離してください!」
「おいおい、いいじゃねぇか」
シャオは立ち止まり、路地裏を覗き込む。
そこには、ゴシックロリータに身を包んだ美少女が、柄の悪い男たちに絡まれていた。
シャオはコロッケと唐揚げを一気に頬張り、咀嚼する。
路地裏をずんずん進んでいき
「オイ、なにしてル。嫌がってんダロ」
と、男と少女の間に割って入った。
「なにしやがんだ!邪魔すんじゃねぇ」
男が何やらわめいている。
「ハァ?女の子の嫌がるコトしてるやつがなに言うネ」
「お前、生意気なガキが!」
男の一人がシャオに殴り掛かる。
シャオは拳を受け止め、ひっくり返した。
その男の後ろから来るもう一人の男の首元に綺麗に蹴りを入れる。
「なにしやがんだ!」
「オイ、跳ぶから、掴んどけヨ」
シャオは少女にそういうと、ヒョイと担いだ。
そしてそのまま、ぐっと膝を踏み込んで、高く跳び、走り出す。
塀を一つ越え、二つ超えていくたびに追手が減っていく。
ビルの間を飛び移っていくと、屋上にたどり着く。
男たちの一人が待ち伏せしていた。
「へへへ、これで逃げられないぜ」
シャオはため息をついた。
「なめられたもんネ」
そういうと、少女を抱えたまま、足蹴りをする。
男はシャオの足を掴んだ。
一瞬バランスを崩すがすぐに持ち直す。
男の首に足を巻き付け、床にたたきつけた。
「ぐがっ」
「ハア、お前ら、なんなんだ」
後ろからまた追手の気配がする。
「チッ、しつこいネ」
シャオはまた駆け出す。
ある程度距離が取れたところで、少女を下す。
「悪いナ、急に持ち上げてしまったナ。私はシャオ!この街で何でも屋をやってル!」
「何でも屋?」
少女が驚いた顔をした。
「ウン!困ったことがあったら、鏡虎団をごひいきに!」
「…私は、立華黒絵。クロエって呼ばれているわ。」
「立華…立華…なんか聞いたことあるヨ。有名人カ?」
「ふふ、きっとママとパパのことじゃない?」
「?クロエのママとパパは有名人なのカ」
「うん。私のママは女優をしているの」
「あ!思い出したヨ!このまえ見た映画に出てたネ!じゃあパパは?」
「…パパは…政治家をしているわ」
「ふうん、悪いナ、ここに住んでると、そういう難しいことはワカラン!」
「…!」
クロエは大きな瞳をさらに大きく見開いた。
シャオは、人形みたいだな、とクロエに見とれた。
「そっか、なんだか安心したわ」
「??そんで、さっきのやつらはなんでクロエに絡んでたんだ?」
「…パパに因縁があったようね。パパは東上洞反対派だから…」
「ふうん」
「だからさっきのマフィアの人たちが私を使って交渉しようと思ったんだと思うわ」
「…クロエ、なんだか慣れてるナ?」
「シャオはなんでもわかるのね。…そうね、慣れてしまったのかもしれないわ。子どものころから誘拐や脅しはしょっちゅうだったから。」
シャオは悲しそうな顔をする。
「そんなんに慣れたらダメヨ」
「優しいのね」
「安心シロ!私がクロエを守るヨ!」
「!!」
「さっき見たダロ。私は強い!だからクロエを守るヨ!」
クロエは目をキラキラさせて、シャオに抱き着いた。
「じゃあ、友だちになってくれる?」
今度はシャオが驚いた顔をする。
「そんなの当たり前ヨ!!」
シャオが言うと、クロエは心から嬉しそうな顔をする。
「私、友だちって初めてなの!うれしいわ!」
「私もクロエと友だちになれてうれしいヨ!」
そのまま二人は、追手が来ていないことを確認して商店街に戻った。
商店街で食べ歩きをする。
クロエはすべてのものに目を輝かせて、楽しんでいた。
「あ~こんなに楽しいのは初めて!とっても素敵な街ね!」
「それならよかったヨ!私もこの街が好きなんダ。みんないかれてるけど、みんないいやつダ」
シャオはそういって笑った。
クロエは少しだけ悲しそうに視線を伏せた。
「そんだけど、クロエの服はすっごいナ。初めて見たヨ」
「ふふ、素敵でしょう?大好きなの」
「うん、よく似合ってるヨ」
「ありがとう」
クロエはその場で回って見せた。
スカートがふわっと広がり、本物のプリンセスのようだった。
その時だった。
クロエの前に黒い影が落ちる。
「クロエ!」
シャオが叫んだ時には、クロエの体は自由を奪われ、男に掴まれていた。
シャオはすぐに地面をけり、男の顔面に蹴りを食らわせると同時に、クロエを取り返した。
はずだった。
シャオの手にはクロエのヘッドドレスが握られているだけで、クロエの姿はなかった。
男が煙玉のようなものをなげ、視界が悪くなる。
シャオは、瞳を暗視モードに変え、すぐに男を追った。
黒ずくめの男はクロエを抱えて走っている。
シャオは足のギアを一つ上げて、さらにスピードを上げて追いかける。
男が路地裏に入るのを見て、シャオも追いかけた。
気づくと、シャオは囲まれていた。
奥では、クロエを抱えた男がにやにやと笑っている。
「おい、ガキ一人でなにが出来るっていうんだ」
「お前らなんか私一人で十分ヨ」
「いーや、お前はいらないんだよ」
「ア?」
「お前を壊して、この女はもらうぜ」
「壊れるのはお前ダロ」
「ふん、ここまできて取り返して見ろ。よし、いけ」
男がそういうと、シャオを囲んでいた男たちが次々にシャオに襲い掛かる。
シャオは複数の男を相手でも、受け流したり、蹴りを入れたり殴ったりと対応していく。
しかし、数の多さでだんだんと押されていった。
「クソ、」
シャオはそういうと、一度大きく後ろに飛び退き、蹴りや拳のパワーギア、スピードのギアをそれぞれ最大値まであげる。
「絶対に、クロエは守るヨ」
そういいながら、頭の中に、レイの言葉がよぎった。
『これは、シャオを守るための機能だからな。無茶するなよ。ギアを最大まで上げた時の稼働時間は、5分だ。それ以上は機能が暴走するかもしれない。』
『5分?そんなのすぐじゃネーカ』
『だから一人で戦おうとするな。俺たちがいるだろ』
「でも…レイたちは依頼中…私がやるしかないネ」
シャオは細く長く息を吐く。
キッと顔をあげ、再び集団に突っ込んでいった。
さっきよりも早いスピードとパワーに、敵たちも次々に倒されていく。
あっという間に、クロエを捕らえる男の前にたどり着く。
「ほら、すぐにコレタっ……?!」
男がにやりと笑うと、シャオの目の前に屈強な男たちがずらりと並び、襲い掛かってきた。
「くそっ、きたねぇやつダナ!」
シャオは毒づきながらも、戦い続けた。
人数の多さに手間取られる。
だんだんと視界がぼやける。
「くそ、やばいナ」
時間を確認すると、最大値で動ける5分まで、あと20秒だった。
「クロエ、守ル…」
シャオはもう一度呟いて、立ち向かう。
シャオの脳内でタイマーがなった。
5分まであと10秒。活動限界だ。
シャオの動きがぴたりと止まる。
ここで暴走してしまったら、クロエを助けることはできない。
そう考えたら動くことはできなかった。
何か、何か策を考えよう。
シャオは頭をフル回転させる。
柄にもなく諦めかけた、その瞬間だった。
「やっと見つけたぜこのやろー!」
レイの声がして、次の瞬間に爆発音がする。
シャオが振り返ると、そこにはバズーカを肩に担ぐレイと、涼しい顔をしているジホがいた。
「シャオ、大丈夫か?」
レイはすぐにシャオに駆け寄る。
シャオの瞳が、最大ギア時の金色に輝いていることに気が付くと、腰のポーチにある器具を取り出す。
「お前、ギアあげたのか」
シャオが返事するよりも前に、レイはシャオの背中を開き、手際よく、シャオの各ギアを下げる。
「あっぶね」
表示されていた時間は、残り1秒。
「一人で戦うなって言っただろ」
レイが優しくシャオの額をなでた。
「…レイ…」
「よくこらえた。もう大丈夫だ。俺たちに任せろ」
「依頼は?どうしたんだヨ」
「依頼の心配が先かよ…。俺らの依頼も、あの子がらみだ。問題ないよ」
「そうか…」
「それより、シャオ、悪いんだけど、少しだけ動けるか」
「あぁ。動けるヨ」
「あの子を助けるぞ。」
レイはシャオの頭をくしゃくしゃとなでると、敵に突っ込んでいく。
シャオが振り返るとすでにジホが大多数を床に放り投げていた。
レイはクロエを捕らえる男にまっすぐに進んでいく。
そして、高く飛び上がると、男の首元に絡みついた。
そのままの勢いで男を放り投げる。
クロエが宙に放り出された。
「きゃっ」
クロエはぎゅっと目をつむる。
シャオがふわりとクロエを抱きとめた。
「ごめんナ、でも、もう大丈夫ヨ」
そういったシャオは今までないくらい優しい顔をしていた。
クロエも安心してふっと笑う。
「ありがとう、シャオ」
「…いや、私はなにもできなかったヨ。レイたちが来なければ今頃暴走して、クロエのこと傷つけてたかもしれないネ」
「…でもこうして私のこと守ってくれたじゃない」
クロエはにっこり笑ってシャオを抱きしめる。
「だから私はこうして傷一つないわ。シャオのおかげよ。ありがとう」
「クロエ…」
クロエの表情が一つ険しくなる。
クロエの視線をたどったシャオはレイとジホの姿に気が付く。
二人とも、いつもと違う服装だ。
「なんダ?あの服。」
「きっとあれは、うちのSPの服ね」
「あ?なにヨ」
「きっと、パパかママが頼んだのね。」
「クロエ?」
「ごめんなさい、シャオ。こうなったのは全部私のせいだわ。もうおしまいにするわね」
「なに言ってル?」
驚くシャオを安心させるかのようにクロエは微笑むと端末を取り出した。
「もしもし?私よ。もう帰るから、こんな茶番やめにしてちょうだい。」
クロエはそれだけ言うと、通話を切った。
「なにがなんだかわからないヨ」
シャオは混乱している。
ジホと戦っていた集団も、ぴたりと動きをとめ、その場に崩れ落ちる。
「おや、全員アンドロイドでしたか」
ジホは目を細める。
レイと戦っていた男も、その場に崩れ落ちた。
「こいつもか。なんなんだ一体」
レイも不思議そうに言う。
レイとジホがクロエのそばによる。
「黒絵お嬢様だろ?」
「えぇ。そうよ」
「俺たちと一緒に来てもらうぞ」
「おい、どういうことネ」
シャオがレイとクロエの間に割り込む。
「これが僕たちの依頼です。家出したお嬢様を連れ戻すこと。お嬢様のお母さまからの依頼です」
「ママだったのね…」
「お父様はひどく反対されたそうですよ。東上洞の何でも屋に依頼するなんて、品位が落ちると」
「パパ…」
ジホはいたって涼しい顔をしている。
「なあ、クロエっつったか?お前なんでこんなとこに家出した?なんか理由があるんだろ。その…パパ絡みで」
レイが言う。
「…お見通しなのね。そうよ。パパがこの街を解体しようとしていたの。私はこの街を一度も見たことがなかったから気になって見に来たのよ」
「んで、どうだった?」
レイの問いに、クロエは目を輝かせる。
「素晴らしい街だったわ!おいしいものに、素敵な人たち、それに…」
クロエはシャオを見る。
「素敵な友達がいるこの街を解体させたりなんかしないわ」
「クロエ…」
「だから、私は帰るわ。パパときちんと話をしないといけない」
そういうクロエは力強くシャオを抱きしめた。
「クロエ?」
「シャオ、本当にありがとう。シャオに出会えてよかったわ。」
「クロエ…」
「これからも友だちでいてくれる?」
クロエの問いに、シャオは大きくうなずいた。
「当たり前ヨ!」
レイとジホに送られて、クロエは家に帰っていった。
事務所のテレビではクロエの母親が出演する映画が流れている。
「美人ネ」
「お、クロエのママか」
「ウン。」
「シャオ、クロエと連絡とってるのか?」
「おう!今度、サクラとクロエと遊びに行く約束したヨ!」
「いいですね。どこにいくんですか?」
「もちろん、東上洞の商店街でたっぷり食べる対決ダヨ!」
「うわぁ、、、」
シャオは満足そうな笑顔で、窓の外を眺めた。
事務所の外の看板には、新しい文言が加わった。
【何でも屋 鏡虎団 有名女優のお墨付き!】
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