第4話
東上洞の中心、噴水広場。
噴水装置から水はもう何年も出ていない。
その周りでは、それぞれのファッションに身を包んだ若者たちが空を仰いで寝ころんでいる。
集団の中心にいるのは、銀色の髪を胸まで無造作に伸ばした、細身の男。
羽織っているミリタリージャケットは切り傷だらけで、ぼろぼろだ。
「あーした天気になあれ~ひひっ」
男は履いていた下駄を寝ころぶ若者に思い切りぶつける。
下駄をぶつけられた若者は低くうめいた。
「あ~早く来ないかな~ボクのレイ・・・」
「なぜ、キミはそんなにレイという男に執着する」
銀髪の男のそばでたたずむのは、グレーの髪を耳の位置でツインテールにしている小柄な少女。身長は男の胸程で、黒いワンピースをなびかせ、大きな眼鏡をかけ、煙草をふかしている。
「サクラにはわからないよ~人を愛するって素晴らしいことだよ」
「清良に言われたくない。キミこそ愛なぞ知らないだろう」
グレー髪の少女はサクラ、銀髪の男は清良と言った。
「・・・そもそもキミに、清く良いという名前は似合わない。」
「え~?ボクほどこの名前が似合う人間は存在しないと思うけどなぁ~サクラもよく似合っているよ、その桜色の唇…美しいねぇ」
「ふざけたことを」
サクラが言うと、清良は目を細めた。
「本当だよ。ボクは美しいものが大好きなんだぁ。レイの心は本当に美しい。だから早くボクのものにしたいのに…やっと、やっと会えるよ」
「そんなにいいか、僕よりも。」
サクラが唇を尖らせると、清良はにっこりと笑う。
「サクラ~キミはもうボクのものだろう?揺るがない愛でつながっているんだ。心配せずとも、サクラはサクラ、レイはレイだよ。愛の種類が違うんだ。美しさも全然違う。」
清良はそういうと、サクラの口から煙草を奪い、キスをした。
サクラは満足そうに笑い、清良の背中に寄り添った。
清良はゆっくりと、サクラから奪った煙草を吸い始めた。
レイは高架下をくぐり、中央の噴水広場に向かっていた。
途中でジホからの着信。
レイはちらりと端末を見たが、出ないでいると、そのうち切れる。
「悪い」
レイがこぼした小さな謝罪はすぐに噴水広場の喧騒にかき消された。
「あぁ~レイ!来たんだね!」
レイの姿を確認した清良が嬉しそうに言う。
レイはまっすぐに清良をにらみつけた。
「・・・清良、てめぇ、なにしてやがる。お前はここに来ることは禁じられただろう。数年前に」
「レイ・・・その顔・・・いいねぇ、まだボクにそんな顔を向けてくれ、その声で名を呼んでくれるだなんて、うれしいよ」
「んなこたどうだっていいんだ。早くここから出ていけ。変なもんばらまきやがって」
「レイ?ここがどこだと思っているんだい。ここは東上洞だよ?ルールも秩序もないだろう!サクラ」
清良がサクラの名を呼ぶと、サクラは素早くレイを拘束する。
レイはサクラに打たれた注射ですぐに意識を飛ばした。
レイが次に目を覚ました時には、薄暗い廃墟の中だった。
「っ、くそ」
固く拘束された椅子に力を入れてみるもびくともしない。
「目覚めたか」
サクラがレイに声をかける。
レイは静かにサクラをにらみつけた。
「清良はどこだ」
レイが低くいう。
サクラは表情を変えない。
「疑問だな。なぜ自分の置かれている状況よりも先に清良の場所を気にする。」
「俺の目的だからだ」
「意図を図りかねる」
「お前に用ないんだよ。清良を早く出せ。あいつをぼこぼこにすんだよ」
「…意図がそれなのであれば清良をここに連れてくることは出来ない」
「は?」
サクラは視線を落とす。
「…清良はお前がいることで狂う。」
「は?なんだよそれ」
「清良はお前の心の美しさが欲しいという。」
「・・・・」
「僕にはそれが理解できない。僕のことも美しいというのに。欲しいのはレイだという」
「何言って・・・」
「お前さえいなくなれば、清良は狂うことはない」
サクラはそういうと、思い切りレイに殴りかかった。
レイは椅子ごと避ける。
「…しゃーなし。まずはお前からってことか」
レイはそういうと、袖からナイフを取り出し、拘束縄を切り落とした。
すぐに体制を立てなおし、再び殴り掛かってくるサクラを避けた。
「ジホ、レイはどこいったネ」
シャオが不機嫌にいう。
「今日は夕飯はいらないそうです」
「…おかしいナ」
「僕もそう思います。」
「あいつがどこに行ったかわかるカ?」
シャオに言われ、ジホは優しく微笑みながら、足跡を検索する。
「ビルに行った後、東上洞に戻ってきていますね」
「そんで」
「…噴水広場で途絶えています。」
「ハ?」
シャオとジホは顔を見合わせる。
そしてすぐに事務所を飛び出した。
噴水広場につくと、ジホは再び足跡センサーを起動させる。
「ここで、何者かに担がれたのか、ここで途絶えています」
「そいつはどこいったネ」
ジホは何も言わずに駆け出した。
シャオも後に続く。
入り組んだ東上洞の街をビルの合間を縫って跳ぶように移動する二人。
しばらくいくと、とある廃墟にたどり着いた。
「…ここは今は誰も管理していないはずのビルですね」
「じゃあ、レイをさらったやつはどっかのマフィアじゃないってことカ」
「そのようです。」
「…なんだかイヤな予感がするヨ」
「奇遇ですね。僕もです。」
ジホはセンサーで浮かび出た足跡をたどり、ビルの中に入っていく。
「ぐっ、くそ、なんなの、お前…」
レイは苦戦を強いられていた。
全く読めない動きから繰り出される強烈な蹴り。
避け切れず受けた衝撃で、何度も体がバラバラになった感覚になる。
全身が心臓になったかのように脈を打ち、痛みが走る。
レイも数発サクラにいれているが、サクラは表情一つ変わらない。
「しつこい。始末する。」
サクラはそういうと、黒いロングワンピースをたくし上げ、太もものホルダーから銃を抜く。
「チッ」
レイはサクラ目掛けて駆ける。
「なぜ、清良はお前を美しいという。お前がいる限り、清良は僕を見ない。だから、消す。そうすれば、清良は僕のもの。あぁ、素晴らしい、清良と僕だけの家族の世界。そこには美しいものしか存在しない。その世界にお前は不要。消去する。」
サクラはレイの上に乗り、額に銃口を当てる。
レイは片頬をあげて笑う。
「何を笑っている。汚らわしい。」
「いーや、お前、清良のこと大好きなんだって思ってさ」
「・・・理解不能。消去。」
「わかるよ、俺も、大事なものを傷つけるやつは絶対に許せないからな。守りたい。全力で。どんな手を使ってでも。」
「会話の必要性を感じない。」
「いーよ、打ち込めよ」
レイに言われるもサクラはトリガーを引かない。
「でもさ、お前がボロボロになっても清良はきっとお前を助けには来ないんだろ。そんなの、家族じゃないだろ。」
形成逆転。
今度はレイがサクラに馬乗りになる。
銃口はレイの額に向けられたまま。
「いいのか、本当にそれで。」
「清良は僕のことも美しいという。でも一度もこちらを見ない。お前がこの街にいると知ってから、清良はお前しか欲しくないようだ。それなら僕が存在する理由もないだろう。」
「なんだよ、それ」
サクラは耳に付けられたピンを抜いた。
「なに、して」
「自爆装置だ。清良に愛されないこの世界に意味はない」
「何言ってんだ。キャンセルする方法は?お前どこ製のアンドロイドだよ!」
「黙秘。伝える必要性を感じない」
レイは舌打ちをすると、サクラの体をひっくり返す。
背中を開いてスイッチを探す。
「やめろ」
「残念だな。お前はもう動けない。俺が止めた。」
「なにっ」
その時だった。
「あ~~~それだよ!その美しさ!それがボクは欲しいんだ!!そしてその技術…レイはやっぱり最高の人材だねぇ!」
「…清良、てめえ」
「サクラ、強制終了して、自爆装置をもう一度起動しろ」
清良は冷たくサクラに言う
「は?何言ってんだ」
「強制終了したら、記憶装置がリセットされる。それは困る。清良を忘れたくない」
「サクラ?お前は何のために存在しているんだ?よく考えなよ、役立たず」
清良に言われ、サクラの瞳が少し揺らいだ。
「サクラ、んなことしなくていい」
「ん~レイ!さっきまでレイのこと襲ってきてたやつなのに、なんでそんなに優しいんだぁ!やっぱりレイの美しさは世界最高だよ、キミが欲しい!ボクはキミが欲しい!」
「んがっ」
清良は一気にレイまでの距離を詰める。
そして思い切りレイの首をしめた。
「サクラァ?早くしろ」
サクラはあきらめたように視線をさげると、うなじについている強制終了キーに手を伸ばした。
「いい子だねぇ、サクラ、愛してるよ」
清良はそういいながらサクラをレイごと抱き込んだ。
清良はにっこりと笑い
「一緒にみんなで逝こうなぁ」
と言った。
サクラが自爆キーに手を触れようとした瞬間だった。
清良の手から、サクラとレイが奪われる。
清良の体が横に吹っ飛んだ。
「…だあれ?邪魔するの」
清良が低く言う。
「バカを回収しに来ただけヨ。」
「すぐにおいとまします。」
シャオがサクラを、ジホがレイを抱えていた。
「大丈夫か、お前アンドロイドだナ?」
「…」
「強制終了させられてるナ…お前」
「…」
シャオは悲しそうな表情をして、サクラをそっと壁にもたれかからせた。
「なんでここがわかった」
「ふふ、見くびらないでくださいね。僕の機能を」
「あぁ、そういうことか」
「僕は怒っています。恐らくシャオも。」
「…」
「なぜ相談しないんです」
「俺の問題だから」
レイがいうとジホは眉をさげた
「それはとても、悲しい言葉ですね」
ジホの後ろから清良が殴り掛かる。
ジホはさっとそれを避け、清良をひっくり返した。
「…あなたは、レイに何をしたんでしょう」
「ふふふ、キミもいいね」
清良が笑う。
ジホもにっこりと笑った。
「心底気分が悪いですね。」
「ボクがレイになにをしたか聞きたいのかぁ?ふふふ、違うよ、レイがボクになにかしたんだよ。ねぇ、レイ?」
床に押し付けられながら清良があやしく笑った。
「レイがボクのものにならないから悪いんだよぉ」
「なんなんでしょう、その理屈。本当に不快です。」
「レイもなんとかいいなよ、実際、レイがボクになにもしていないわけじゃないんだしさ」
レイはわかりやすく視線をそらした。
「ねぇ、レイ、いいなよぉ、ボクの一番大切な物奪っておいて、なにもしていないっていうの?」
レイがため息を一つ吐く。
「確かに、俺たちはお前の一番大事なものを壊した。でもそれは、おまえを守ろうと…」
「違うよ、レイ、ママを壊したのは戦だ。レイが壊したのはボクなんだよ」
「…そうかもしれないな」
レイはそう呟いて、話始めた。
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