第3話

「…戦様、車の準備が出来ました。」

「そうか。」

「戦様?そちらの写真は…」

「なに、昔の友だよ。詮索してくれるな」

「失礼しました。」


右目に眼帯をつけた一人の男が一枚の写真を机に置いた。

そこには、3人の少年が映っていた。





「あれ?なあジホ?俺のプリンしらね?」

「昨日作ったやつですね?僕は3つ作って冷蔵庫に入れておきましたよ」

「だよな?俺まだ食ってないのに、ないんだよ」

「不思議ですね」

「くっそ、シャオのやつだろ絶対…」

「残念ながらシャオは夢の中です。」

「アンドロイドも夢見るの?」


レイの問いに、ジホは顎に手を当てて考える素振りをする。


「どうでしょう?夢というのは情報の整理をする意味合いもあるそうですからね。そういった意味では夢を見るのかもしれません」

「あぁ…難しくてわからんわ」

「レイには少し早かったでしょうか」

「あーあ、プリン食いたかったな」

「また作りますよ」

「いや、今買ってくるわ。すぐ食いたい。」

「そうですか、いってらっしゃい。気を付けて」


レイは財布を持って事務所を出た。



事務所の前に黒塗りの高級車が止まる。


「おー?なんだか高そうな車が止まってるネ」


ソファからシャオが顔を出す。

シャオの言葉を聞いてジホも外を見る。


「おや、あのナンバー見覚えが…」


ジホが呟いた瞬間にドアが開く。


「邪魔するぞ。レイはいるか」


ツーブロックの黒髪に、右目に眼帯を付けた男が入ってくる。

どうやらレイの知り合いらしい。


シャオがさりげなく警戒する。


「お前、レイの知り合いカ?」


シャオが言うと、眼帯の男は表情を崩さずに


「レイはいつ戻る?」


といった。


「お前誰ヨ。名乗れヨ」


シャオが男をにらみつける。

ジホがさらっと間に入り


「レイは今買い物に出ています。ご用件をお伺いしましょうか」


と物腰柔らかく微笑んだ。


「買い物は長くかかるのか?」

「少しすれば戻るかとは思いますが。」

「そうか」


少しの沈黙。

あまりよくない雰囲気が二人の間を流れる。


それを破ったのは勢いよく扉が開く音だった。


「ただいまーっ。うまそうな新商品あったからそれも買ってきちゃったぜ。お?あれ!戦じゃん!どしたん!」


レイが笑顔で言う。

戦、とよばれた眼帯の男も少しだけ雰囲気が柔らかくなる。


「こちら、レイのお知合いですか?」


ジホが聞く。

笑っているが、目が据わっている。

レイは本能でなにかがあったことを感じ取った。


「あ、悪い、こいつ、紅内戦。俺のガキのときからの仲間だよ。今は外の会社で頭取やってる。そうだろ?」


レイがいうと、戦は頷いた。


「あー、こいつ、昔から表情硬くてさ、いつもこんななんだ。悪い奴じゃないんだ。わかってやって」

「レイの友だちならそれでいいヨ。」

「そういえば、以前酔いつぶれたレイを送り届けてくださったことがありましたよね」

「よく覚えてるな」


戦が驚いた顔をする。


「ナンバーに見覚えがありました。」

「ジホは記憶力がいいからナ」


シャオとジホもやっと警戒を解く。


「申し遅れました、僕はジホといいます。レイの仕事仲間です。」

「私はシャオ。よろしくナ」


二人の自己紹介を聞いて、戦は頷いた。


「俺は、戦だ。今日はレイに頼みがあってきた。」

「珍しいな。どうした」

「俺の部下が、東上洞の組織ともめ事を起こした。身柄を拘束されている。」

「助けたいってことか?」

「いや、違う。その部下は、人様のテリトリーでいかがわしいブツを売りさばいていたらしい。」

「ほう」

「だが、俺たちはそいつが自分の意志で行動したと思えない。裏で手を引いているやつがいると考えた。」

「そんで、そいつの目星もついていると」

「そうだ。だが、起きたのは東上洞の中だ。俺たちは何もできない。」


戦は姿勢を正し、机の上に一枚の写真を置いた。


「俺たちはこいつが裏で手を引いていると思っている。」

「こいつを捕まえればいいのカ?」

「あぁ。」

「なるほど…この方は一体?」

「表向きは外で絵商人をしている。が、裏で若者に東上洞で、怪しいブツを売りさばくように指示しているらしい。」


レイはため息をついて、ソファに寄りかかった。


「あのさあ、戦。ごめんけど、今回のこれは受けられないな」


シャオとジホは驚いてレイを見る。


戦だけは、わかっていたかのように、視線を下げた。


「そうか。やはりお前でも難しいか」

「というか、俺たちだから難しいんじゃないのか。お前残酷だよ。」

「そうだな。俺もそう思う。だが、東上洞に出入りできるのはお前たちだけなんだ。他に頼めない。」

「…そうかもな。でもお前の部下は指示であってもなんでも、売っちゃいけないもの売っちまって、捕まったってことだろ。それはもう仕方ねーだろ」


いつになく冷たく返すレイに、不思議そうな顔をする、ジホとシャオ。


「…そうだな。悪かった。忘れてくれ。すまない。邪魔をした。失礼する。」


戦はそういうと、立ち上がって事務所を後にした。




「レイ、なんで依頼受けなかっタ?」


シャオがレイをにらむ。


「あいつ、困ってたダロ。それに、お前たち仲間じゃないノカ」


レイはシャオの問いに答えない。

代わりに帰ってきたのは沈黙だけだった。

レイはソファから立ち上がり、自室に行く。


「おい無視するナ!」


レイの背中にシャオがキレる。



「…仲間だから受けられねんだよ」


レイが小さく呟いたのを、ジホは聞き逃さなかった。


「なんダあいつ、意味わかんネーヨ。」


シャオがむくれてソファに座る。


「レイにも事情がありそうですよ」


ジホがシャオをなだめた。





カーテンを閉め切り暗い自室でレイはベッドに横たわった。


「はあ…くそ、なんであいつが…」


レイは写真を思い出す。

そこに映っていたのは間違いなく昔の知り合いだった。

シャオやジホと出会う前の知り合い。


レイは起き上がり、端末を操作した後、上着を羽織る。


部屋から出ると、ジホがレイに声を掛ける。


「おや、レイ、どこかに出かけるんですか」

「あぁ。ちょっとヤボ用」

「夕飯は食べますか?」

「いらねぇ」

「・・・あまり遅くならない内に帰って下さいね」

「おかんか。・・・わかったよ」


レイは事務所を出ると、高架外に向かって歩いて行く。


しばらく歩くと、高層ビルが立ち並ぶ区域にやってきた。

そのなかの一つのビルに迷い無く入っていく。


レイはビルの案内係に声を掛けられる。


「どちらにご用件ですか?」

「戦に会いに来た」

「・・・お約束はされていますか?どちら様でしょう?」


案内係はレイの全身を値踏みするように見て、いぶかしげな顔をする。


「・・・戦に言えばわかる」


レイは不機嫌に言った。


「どちら様でしょう?お名前をお伺いしてもいいですか」


案内係がもう一度言ったところで声がする。


「俺の関係者だ。通せ」

「戦。」

「・・・そうでしたか、大変失礼しました。どうぞ」


戦の一言で案内係の態度が一変し、恭しくレイに頭を下げる。


「悪いな、来てもらって」

「・・・いや、こっちこそ押しかけて悪い」

「あの子らには聞かせたくなかったか」

「・・・」

「配慮が足りなかったな。すまん」

「別に」


戦に案内され、奥の部屋に入る二人。


「そもそも、なんであいつが東上洞にいるんだ」


座るやいなや、レイが言う。


「・・・」

「お前のことだ、もうある程度調べはついてるんだろ」

「お見通しだな」


戦はふっと力を抜いて笑った。


「あいつは、お前に会いたがっているようだ」

「俺は会いたくないよ。お前だってそうだろ」

「あぁ。俺も会いたくは無い。でも俺たちはあのときのことを精算しないといけないんじゃないか」

「・・・精算も何も、あいつが全部やったことだろ」

「あいつはお前に執着しているんだ」


戦に言われ、レイはうつむく。


「俺はお前にだって、合わせる顔がないと思ってるんだぞ」


レイがぽつりと言った。

戦が左目を優しく細めて言う。


「右目のことか?」

「・・・俺のことなんかかばうから」

「ふっ、俺の意思だ」

「恨んでないのか?」

「恨むわけないだろう。」

「あいつのことは」

「・・・もうなんとも思ってない」

「戦は懐が広いな」

「そんなこともない。」


戦は少し考えるようにしてソファに座りなおした。


「何度も考えたんだ。あの時のことを頭の中で繰り返し。それでも答えは出なかった。あの時あぁするしか方法はなかったし、あんなことしたあいつの気持ちも理解ができないわけではない」

「は?俺は理解できねぇよ」

「お前はそうだろうな。お前は・・・善い人間だから」

「・・・なんだよそれ」


レイが戦をにらみつける。


そこへ、ノックの音がする。


「なんだ」


戦が返事をすると、外から水色の髪をうしろになでつけた青年が入ってくる。


「戦様。先方に動きがありました。」

「どんな」

「東上洞の中心地で、薬物をばらまいており、レイを連れて来いと騒いでいると情報が入りました。」

「・・・あいつ」

「あぁ。もたもたしている場合じゃなさそうだな」

「・・・シャオとジホは巻き込めない。戦はここで待ってろ。俺が一人で行く。」

「危険じゃないか」

「あいつの狙いは俺なんだろ。受けて立つよ」


レイはそれだけいうと、ビルの外に駆けだした。


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