第2話

「だぁ~ひまダヨ。おい、レイ、なにかおもしろいことシロ」

「ねぇわそんなもん。」

「なにしてる、それ」

「ん?もうすぐできるから見とけ」


シャオは事務所のソファから顔を出す。

レイが集中して何かを作っていた。


「ほい、完成」

「オモ、これはボタンちゃんですね?」

「さすがジホ。正解」

「うわぁ、レイ上手ネ。ふわふわヨ!なにで作った?」


シャオがふかふかの猫のぬいぐるみを抱きしめる。

レイは得意げに鼻をこする。


「布と綿だよ」

「不思議ネ~あったかい」

「中にヒーターを埋め込んだ!」

「なるほど、そのヒーターで本当に生きているかのようなぬくもりを感じられるわけですね」

「そゆこと」

「ヨクシ、レイ。手先が器用ですね」


ジホとシャオがネコのぬいぐるみを撫でていると、事務所の戸が叩かれた。


「お客様ですね」


ジホが戸を開ける。


「助けてくれ、頼む」


そこに立っていたのはボロボロの少年だった。


「なんだ、お前ぼろぼろじゃんか」

「助けてくれ、ここは何でも屋なんだろ」

「そりゃ助けるけど、まずどうしたんだよ。お前名前は?」

「ユキ。藤堂ユキ」

「お?藤堂って聞いたことアルヨ~?」

「藤堂財閥となにか関係があるんでしょうか?」

「俺んちだよ。」


藤堂財閥。それは、この国においての様々な事業を手に掛ける大財閥だ。


「へぇ、おまえお坊ちゃんなんだな」


レイが言うと、ユキはつまらなさそうに視線を逸らす。

その様子にジホとレイか顔を見合わせる。


「まあいいや、で、なにをどう助けてほしいんだ」

「俺の兄貴が中のギャングに掴まったんだ。喧嘩賭博で今もボロボロにされてる」

「喧嘩賭博…ということは、日系ギャングでしょうか」

「そうだろうな。そんで、その兄貴はなんで喧嘩賭博なんか」


レイの質問にユキが口ごもる。


「…さらわれたんだよ。うちに金があるから。いくらでも引っ張ってこれるだろ。」

「兄貴喧嘩できんの?」

「兄貴はボクサーとしてこっちではそれなりに成績も残している。」

「ふうん。で、どう助けてほしいの?」

「…兄貴を連れ戻してほしい。」


ユキはぎゅっと唇を噛んだ。


「最初に連れていかれるのは俺のはずだったんだ。でも兄貴は自分の方が強いからって…代わりに…」

「いい兄貴だな」


レイが言うと、ユキはこくんと頷いた。


「ところで、ユキの家は喧嘩賭博にお金を出しているんですか?そうじゃないと…儲けはでませんよね」

「…そうだ。兄貴を通じて家に脅迫状が届いた。俺の家の裏金をバラすと。仕方なくおやじたちは兄貴に多額の掛け金を払って価値を吊り上げてる。そんなことしているから、東上洞に縄張りがあるマフィアに目をつけられ始めてる。だから他の所には頼めない。おやじがいったんだ。俺になんとかしろと、それで…」

「ここをたずねたというわけですね」


ジホの言葉にユキは頭を下げる。


「頼む。兄貴を助けてくれ。報酬はいくらでも出す。まずは依頼金で、これ」


ユキはそういうと札束を机の上に出す。

レイはじっと札束をにらみつけた。

ため息を吐いていう。


「…別にこんなのなくても受けるよ。そもそも外の人間が喧嘩賭博になんかに関わっていいわけがない。」

「そうですね。しかも無理やりだそうです。」

「私はこのお金嬉しいヨ?」


シャオは札束から目を離さない。

レイが座り直す。


「よし決まりだ。首、突っ込ませてもらうぞ。俺たちは東上洞のことならなんでもお任せ、何でも屋、鏡虎団だ」




「さて、誰が喧嘩賭博に参加するかだな~」

「レイが参加シロヨ。」

「え、俺?」

「レイ以外に誰がいるんですか?僕たちは参加できませんから」

「…だぁ~~~そうじゃんか。しっかたねぇな」

「最初から分かってたダロ」


シャオに言われ、レイはべーっと舌を出す。

ジホが端末を操作する。

ジホの手の平の上にホログラムが浮かび上がる。


「このビルの地下で喧嘩賭博が行われています。エントリーできるのはヒューマン、つまり人間のみ。アンドロイドは参加できない規定です。」

「そもそも違法だらけのこの街で規定なんか意味あんのかね」


レイが頬杖をついて言う。


「そしてここがポイントです。賭けにはアンドロイドも参加が可能です。」

「ということは」

「シャオと僕がレイに賭けます。レイが勝ち進めば、きっとユキのお兄さんと当たるでしょう。」

「そんで、俺が勝って連れ戻せばいいんだな?」

「楽な仕事ネ」

「お前はな!」






東上洞の奥深く。

ここは日系ギャングが管理する区域だ。


「あら、かわいい子ね、遊んで行かない?」

「やだ、あたしと遊びましょう」


ビルに到着するまでに芸妓に何度も声を掛けられた、ジホとレイ。


「あーいいからそういうの」


すでに疲れ果てていた。

その横で


「ナンデ私は誰も声かけない?」


とシャオが膨れている。


「魅力的すぎるんでしょう」


ジホがさりげなくフォローすると、シャオはすぐに機嫌を取り戻した。



「あ~ここか」

「はい。地下に入りますよ」


ビルに到着すると、3人は地下に進んでいく。


巨体の男が道をふさぐ。


「ここから先はガキはお断りだよ」

「あ?」


レイが下からにらみつける。

ジホがレイを腕で下がらせる。


「ここで喧嘩賭博があると聞きまして。アンドロイドも参加できるなんて!素晴らしいですね」

「お前、契約しているアンドロイドか?」

「はい。藤堂財閥の者の所有です。」


ジホが笑顔でうそをつく。


「藤堂…ふん、いいだろう。入れ。」


巨体の男は、ジホとシャオを迎え入れる。

レイだけが止められた。


「あ、俺も中に…」

「お前はダメだ。金を出せ」

「なんでだよ!あの二人は良くてなんで俺はダメなんだ!」

「人間は入場料がかかるんだよ。払え」

「持ってきてねーよ!」

「じゃあ、ここで稼ぐしかないな」


巨体の男はヒョイとレイを持ち上げる。


ジホとシャオはにこにこしながらレイを見送った。


「登録する手間が省けましたね」

「ちょろいネ」





レイは地下牢獄に放り込まれた。


「おい!なんだよここ!」

「ここは、喧嘩賭博の出場者の控室だ。お前、そのタトゥー、何でも屋だろ。こりゃ売れるぞ」

「…わかってて俺を連れて来たのかよ。どうなっても知らねーぞ」

「はっはっはっ、まあ死んじまえばわからねぇもんなぁ」


巨体の男は大声で笑うと去っていった。

レイはその後姿をにらみつける。


レイは牢獄の中を見渡した。


怯えるもの、にらみつけるもの。それぞれだった。

中にいる人間に共通しているのは、皆傷だらけだった。


「あんたたちも出場者なのか」


レイが尋ねる。

奥にいるかべに寄りかかる男が答えた。


「あぁ。でももう日の目を見ることは無いだろうな」

「なぜ?俺はここでてっぺんを獲るぜ」

「無理だよ、兄ちゃん。あいつが来てからはもう誰もかれもここからは出られない。」

「そもそも勝たないと出られないのか?ここは」

「あぁ。100勝するか、50敗して死ぬかしか出る方法はないよ」

「100…そりゃはんぱないな。で、あいつって?」

「藤堂財閥の息子だよ。ボクシングをやっていたらしい。素人は勝てやしないよ」

「ふうん」


レイは内心笑っていた。

情報は間違っていなかった。

作戦も問題なさそうだ。



しばらくすると、巨体の男がやってきてレイを連れ出した。


「初戦だ。」


そういわれ、明るい部屋に放り込まれる。


競技場のようなその場所は、円形になっていて、周りの客席は満席だった。

どれもこれも怒声を飛ばし、客席の後ろにはモニターに誰にいくらかけたかが表示されている。

レイは最前列にいるシャオとジホを見つけた。

2人の掛け金を確認したレイは目を見開いた。

慌てて2人に駆け寄る。

ストレッチをしているふりをして二人に話しかける。


「おい、なんで全額ぶっぱしてんだ!破産するだろ!初戦だぞこれ!」

「別にいーダロ。雑魚に負けなきゃいいだけ。それとも負ける気なのカ?ザコレイ」

「あ?負けるわけねぇだろ」

「では、問題ありませんね。頑張ってください。レイ」

「大儲けヨ!」

「そして、これは意味があります。全部で1億回収することができた勝者は解放され、さらに参加者を一人回収することができるそうです。それにはつまり、早めにレイの回収額を上げておいた方がいい、という話です。」

「ま、ジホが言うならそうなんだろうよ。俺は100戦かったやつが出られると聞いた」

「そうですね。どちらかの条件をクリアすればいいはずです」

「わかった」


瞬間、大きな放送が鳴り響く。


『さあさあみなさんお待たせしました!忌々しき人間の喧嘩エンターテインメントへようこそ!』


会場が大きく沸く。


『今回は、元アンドロイド開発者、香坂VS初回参戦、何でも屋のレイ!レディー、ファイト!』


ゴングが鳴り響いた。


レイに対峙する男がレイになぐりかかる。

レイはそれを軽々と避けた。

それを何度か繰り返す。


「負けてくれ、俺はもうあとがないんだ。次で50敗になっちまう。」


男がレイにいう


「おっさんはなんでここに?」

「アンドロイドを開発していた!従順な、エラーのないアンドロイドを!」

「それはどうして?」

「アンドロイドは完璧でないといけない!エラーが起きるアンドロイドはこの世に必要ないだろう!このままでは中華製、韓国製に後れをとってしまう!」

「なるほど」


レイは不機嫌そうな顔をして、ぴたりと避けるのをやめた。


「もらった!」


男は思い切りレイに殴り掛かった。


瞬間、床にのびる男。


レイは予備動作なく、腕をつかんで男を背負い投げた。


「悪いね。」


レイはそういうと、男を投げ捨てた。


会場が沸く。


『勝利したのは!レイ!!』


「おぉ、見て、ジホ、こんなにお金増えたネ」

「これは…素晴らしいですね」






3日後。

レイは順当に勝ち進み、99勝していた。ここまで負けなし。

回収金額も、あと100万で1億になる。


「ついにか」


レイが呟く。


競技場で、ユキの兄、アキと対峙する。


3日間の間でわかったことがある。

この喧嘩賭博場では、ある程度勝ちあがると薬物を投与される。

レイは腕の合間に金属を素早く差し込み、打っているふりをしてしのいできた。

アキはとっくに正気を失っているようで、ただの喧嘩マシーンと化していた。


「おい、アキ、お前を助けにきたぞ」

「………」

「弟のユキがお前を心配して、うちに依頼にきた」

「………」

「…がっかりさせるなよ」






「負ける気がしねぇのよ」

「負けたら困ります。」

「まさか、今日も全額ぶっぱ?」

「あたり前ネ!やるならとことんヨ!」

「バカだろお前ら」

「雑魚レイは黙って勝ってこいヨ。そんでアキをユキんとこに返すんダロ」


シャオがレイの背中を叩いた。

レイがにやりと笑う。


ゴングが鳴る。





あっという間に勝負がついた。

レイの圧勝だった。

アキからゆらりゆらりと繰り出される攻撃は規則性は全くないが、レイにとって、それを見切るのは造作もないことだった。

簡単にアキの背後を取るレイ。

手刀で気絶させ、レイの勝利。


無事にレイの回収金額はゆうに1億を超え、勝利数も100となった。そして、奇しくもアキに初めて敗戦の記録がついた。


巨体の男がレイによる。


「お前は解放する。誰を回収する?」

「アキだ」

「ほう?それでは、アキは1億で売ってやろう」

「あ?どういうことだ」

「アキはおれたちの稼ぎ頭だ。簡単に回収させるわけにはいかないんだよ」

「じゃあ俺の回収金で買えるだろ」

「では、お前は残ることになるな」

「あ?」

「回収金が1億を満たなくなる」


レイは男をにらみつけた。

男はにやにやとわらっている。


「はぁ。くだらないですね」

「ほんとネ。じゃあもう力づくで連れて帰るしかなさそうネ」


レイは後ろを振り向くと、ジホとシャオが立っていた。


「お前ら…」

「こうなると思ってたヨ。最後はドンパチ!」

「レイはアキを連れて出てください。」

「わかった」


レイは巨体の男の横をすり抜け、アキを抱きかかえる。

シャオが巨体の男の首元に蹴りを入れる。

男がよろけたすきを狙って、ジホがたたみかけた。

男はジホの脚を掴む。

シャオが男の首元を締め上げる。


「ぐ、」

「邪魔はしちゃダメヨ」

「そもそもこのビル、あなたたちの所有じゃないようですね?」


ジホが男の腕を巻き取るように姿勢を変え、拘束からすり抜ける。

そのまま男の腹の上に立つ。


「ぐ、、それは」


シャオに締められ、男の顔色が悪くなる。


「僕らは優秀なので、同時に2件の依頼をこなすこともあるんですよ。ここはそもそも中国系マフィアの所有で、売り上げの数パーセントを献上するはずだった。しかし、1円も払われていないようですね。困るんです。ルールは守っていただかないと。」

「あっち側からは手出しできないからネ。あいつらも私たちに頼むしかないのヨ。別にあいつらに消してもらってもいいんだけどナ」

「シャオ、もう聞こえていないようです」

「わぁ、やりすぎた。スマン」

「思いのこもらない謝罪はいりませんよ、シャオ」


ジホはそういいながら手際よく男を縛り上げる。

端末でどこかに連絡をする。

すぐに黒服の屈強な男たちが現れ、男を回収していった。


「ゴクロウ。ヨクヤッタ」

「ありがとうございます。報酬はいつもの口座に」

「アァ。マタタノム」


なまった日本語を話す男を笑顔で見送るジホ。


「レイを追うゾ」


シャオが立ち上がり、駆け出した。

ジホも後に続く。





「兄ちゃん!!」


事務所で待機していたユキがレイとアキに駆け寄る。


「ぐうぁ!」


アキがユキに威嚇をする。


「兄ちゃん…」


ユキがひるむ。


「あぁ、悪い、説明してなかったな。変なクスリキメられちゃってんだ。」

「もう前の兄ちゃんには戻らない?」

「…いや、シャオなら方法がわかるかもしれない」



少しすると、事務所にシャオとジホが戻る。

レイが手短に状況を説明すると、シャオが


「あ~ちょっと待ってロ」


といい、事務所の奥から採血セットを持ってくる。

慣れた手つきでアキに鎮静剤を打ち、アキの血を採る。


それを終えると、様々な薬品を血液に入れ、容器を振る。


「ウン。大丈夫ネ。戻るヨ。レイ、お使い行ってコイ」


シャオはそう言って端末を操作する。


「リストを送った。30分以内に買ってコイヨ」

「人使い粗すぎだろ」


レイはそう言いながらも、上着を羽織、事務所を出ていった。


「心配しないでくださいね。シャオは医療の知識に長けていますから。どんな薬物を投入されても解毒剤をつくることができます。」



しばらくしてレイが戻ると、薬品を受け取り、調合を始めるシャオ。

あっと言う間に完成させると、眠るアキに解毒剤を打った。


「これで起きたら元通りヨ。」


ユキは下唇をぎゅっと噛んだ。




2時間後、アキが目をさました。


「…兄ちゃん!!」


ユキがアキに飛びつく。


「ユキ…」


アキはユキの頭を撫でた。


「よかったな、ユキ」


レイが優しく言う。


「あ…鏡虎団…迷惑かけたな」

「いいんだよ。報酬金ももらったしな」

「シャオも、ありがとう、兄ちゃんの解毒剤…」

「いいんだヨ。元々は医療用アンドロイドだからナ。ヨユーだ」

「医療用?そうはみえないが…」


アキが不思議そうにシャオを見る。


「うちでもアンドロイドの開発はしているが、こんな優秀な個体は見たことが無いよ」

「まあな~それほどでもアルヨ~」

「褒めんな褒めんな。そもそも俺が改良しなかったら今頃暴走してるだろって」


シャオがレイにかみつく


「いってぇな!」

「とにかく!本当に、ありがとう」


ユキが改めて頭を下げる。

となりでアキも深々と頭を下げていた。


「家に帰ろう、兄ちゃん」

「そうだな」

「…大丈夫なのか、お前ら」

「…うちの裏金のこと?それは俺らでなんとかするよ。」

「そうか」


アキとユキが事務所を出る。

3人も2人を見送った。


「あぁ、疲れた~」


レイがソファに横になる。


「あ!ところで、賭けで儲けた金はどうした?豪遊しようぜ」


レイが言うと、シャオとジホが顔を見合わせる。


「あ?なに?」


ジホが困ったように笑う。


「それは…」

「なんだよ」


シャオがクッキーの袋を開けながら


「回収する前に主催者ぼこぼこにしたからナイヨ」


と、なんでもないように言った。


「はああああああああ?????」



レイの大きな声が高架下に響き渡った。



事務所の中では笑顔で逃げるジホをレイが追いかける。


シャオは扉から外に出て看板をひっくり返す。


「ジホ!腹減った!なんか作れヨ!」

「そうですね、そうしましょう」

「俺の苦労を返せええええ!!!」



【何でも屋 鏡虎団  今日はおしまい】

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