第2話 版画の来歴

翌週、似たような惨劇が続けて報告された。

二人の被害者が、やはり両目から血を流して絶命していたのだ。

現場には必ず、着物姿の少女が赤い涙を流す版画のハガキが残されている。

警察は連続殺人事件として捜査を進めるが、被害者たちの職業も年齢もまちまちで共通点が見当たらない。

ただ一つの共通点は、その奇妙なハガキだった。


森山健二は捜査資料に目を通していたが、頭の中に霧がかかったような手応えのなさを感じていた。

現場を見ても、第三者の侵入や争った形跡は見つからない。

いずれの被害者も、生前に不可解な不安や恐怖を口にしていたとの証言だけが散発的に集まっている。

工藤彩音は隣で新しい鑑識報告を確認しながら、眉をひそめた。

「ハガキの赤色はやっぱり特殊インクみたい。でも成分がはっきりしないらしいわ」

森山は資料のページをめくり、ため息をつく。

「被害者の一人が骨董市で古い版画を探していたって情報がある。妙に気になるんだ」

工藤は首を傾げながら、ハガキのコピーに視線を落とした。

「あの少女の絵と関係があるのかな」


二人は古美術関係の情報を得るため、瀬川美樹の経営するギャラリーを訪れた。

店内は静かで、照明に照らされた浮世絵が壁を飾っている。

瀬川は落ち着いた雰囲気の女性で、来訪者に丁寧な笑みを向けながら森山と工藤を奥のテーブルへ案内した。

「うちのお客さんでも、時々珍しい版画を探している方はいます。けれど、血の涙を流す少女の版画が実在するとは聞いたことがありません」

彼女はそう前置きすると、倉庫から古い資料を取り出して二人の前に広げた。

「ただ、昔の民間伝承に“血涙の少女”という逸話があるんです。ある家で亡くなった少女の姿を版木に映し取ったという噂ですが、いつしか行方知れずになったらしくて。この文献も断片的にしか載っていないんです」

工藤は興味深そうにそれを覗き込み、森山に目配せをした。

「本当にあるかどうかもわからないような代物が、なぜ今の時代に…」

瀬川は口元に手を添え、申し訳なさそうに言葉を続ける。

「この話は私も詳しくないんです。伝承はあやふやで、作者も版木の所在も曖昧なままなんですよ」


森山は椅子に深く腰掛け、資料の文字をじっと追う。

「失われた作品か…。もしそれが復活したとしたら、誰が何の目的で?」

工藤は視線を上げて瀬川に問う。

「この“血涙の少女”に似た絵を最近扱った人はいませんか?」

瀬川は首を横に振りながら、思案げに書棚を見つめる。

「少なくとも私の店にはそんな依頼はありません。たとえあったとしても、こんなに恐ろしい噂のある版画を扱おうという人は滅多にいないと思います」

森山は唇を引き結んで立ち上がり、工藤とともに瀬川に礼を告げる。

店を出る直前、彼の胸の中で小さな疑問が生まれた。

事実がどうあれ、誰かが意図的に動かしている気がしてならない。

もしかすると、その“誰か”が姿を隠したまま版画を世に放っているのかもしれない。

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