血涙の少女
三坂鳴
第1話 少女の赤い涙
マンションの一室には、不自然なまでの静寂が漂っていた。
ドアを開けた森山健二は、胸の奥に冷たい違和感を覚える。
靴を脱ぐ間も惜しんで部屋に踏み込むと、奥のスペースに倒れ込んでいる若い男性の姿が目に入った。
床はうっすらと赤い液体で汚れているように見えるが、散乱した物や凶器は見当たらない。
工藤彩音がそっと遺体に近づき、顔を覗き込む。
「両目から血が流れてる。何か変な感じね」
声を押し殺すような口調だ。
遺体の瞳は見開かれたまま固まっており、その頬を伝っている赤い筋が生々しい。
外傷や争った跡はどこにもない。
森山は被害者の手元に落ちていたハガキを拾い上げた。
そこには着物姿の幼い少女の絵が赤い版画として刷られている。
透き通った瞳が印象的だが、その目尻からははっきりと赤い涙が筋を描いていた。
「まるで、最初から血を流していたみたいだな」
森山がそうつぶやくと、工藤がハガキの裏側を確認する。
差出人も宛先もなく、真っ白なままだ。
部屋の外で待機していた鑑識員が入ってきて、遺体やハガキを調べ始める。
数分後、小声で森山を呼び止めた。
「これ、ちょっと変わった赤色ですよ。普通のインクとは違う成分が混じっているみたいです」
森山は軽くうなずくと、改めてハガキの少女の瞳をじっと見つめる。
見ているうちに、胸の奥がざわつくようだった。
管理人室から事情を聞いて戻ってきた工藤は、ため息混じりに報告する。
「被害者の友人が言うには、差出人不明のハガキが届いたあとからずっと落ち着かなかったそうよ。何か怖い絵が送られてきて、それが気になって眠れないって」
彼女は現場をぐるりと見渡すと、窓の鍵やドアのチェーンがしっかり施錠されていることに目を留める。
乱雑になった跡はない。
しかも、致命傷らしき傷痕も見つからない。
「これが殺人事件だとしたら、手がかりが少なすぎる」
森山はハガキをビニール袋に入れながら、曇った表情を隠そうともしない。
先ほどから胸を締めつける妙な感覚が薄れないのだ。
工藤はその横顔をちらりと見やり、決心したように口を開く。
「鑑識結果が出るまで、もう少し現場を調べるわ。あなたは周辺住民からの聞き込みをお願い」
森山は黙ってうなずき、部屋を出る前にもう一度だけ倒れた被害者の顔を振り返った。
血の涙が目に焼き付いて離れない。
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