第2話 明日は無いかもだが今日はある


「おい、蛇。俺に力を貸してくれるか?」


自分の中に問いかけるその言葉は、心の底から自然に湧き上がった。あの戦いで目の前に現れた幻影の蛇、その力を持て余しているわけではないが、今の俺にはその力をどう扱うべきか、まだ分からない。だが、どこかで感じていた。自分の中に眠る蛇の力は、ただ強大で恐ろしいものではなく、何か協力的な存在であることを。


それに気づいてから、少しだけ安心していた。


「どうしたの、アルベルトさん?」


アランが心配そうに声をかけてきたが、俺はその声に一度深呼吸をしてから答える。


「いや、ちょっとね。自分に問いかけてみたんだ。」


「問いかけて?」


「うん。蛇の力に、もっと協力してほしいって。」


アランはしばらく黙って俺を見つめた後、少し考えるように言った。


「もしかして、さっきの時の蛇みたいな力をもう一度使いたいってことですか?」


「そうだ。だけど、ただ力を使うんじゃなくて、うまくコントロールしたい。だから、どうやってうまく力を引き出せるのか、知りたかった。」


アランは頷いた。


「でも、どうやって聞いてるんですか?蛇に。」


その質問に少し驚いたが、すぐに思い当たった。


「たぶん、心の中で問いかければ答えが返ってくるんだと思う。」


「そっか…。でも、力を使うには覚悟も必要だよな。」


その言葉に少し驚くと同時に、アランの目が真剣であることに気づいた。彼はただの小さな少年だが、俺が助けたときから、彼の中にも何かしらの覚悟が芽生えていたようだった。


「そうだな。」俺は頷きながら、再び手のひらを見つめた。「でも、俺はまだ何も分からない。力を使うことに対して、怖さもある。でも、強くなるためには、使いこなさなければならないんだ。」


アランは無言で俺を見守っていた。しばらくの沈黙が流れた後、再び俺は手のひらに視線を落とし、心の中で蛇に語りかけた。


「蛇よ、力を貸してくれ。俺はただ、旅をしているだけだ。でも、出会う人々を助けたい。そんな時に、お前の力があればどれだけ助かるか分からない。」


言葉が心の中に響いた瞬間、右手に熱が戻ってきた。じっと見守ると、手のひらから微かな煙が立ち昇り、再び蛇の幻影が現れた。今度は、先ほどとは違う。より明確に、より強力に、蛇が俺の手のひらを覆い尽くしていく。


その蛇はまるで命を持っているかのように、しなやかにうねりながら、俺の周囲に集まってきた。蛇の体は俺の腕に絡まり、身体全体に温かい力を感じさせる。俺はその力を受け入れながら、心の中で再び言った。


「お願いだ、蛇。力を使わせてくれ。」


その瞬間、蛇の幻影はくるりと俺の周囲に広がり、同時に魔物が現れた。あたりを警戒していた魔物たちが、突然現れる俺の異常な力に気づき、少しずつその姿勢を崩し始める。しばらく静かな間が続いたが、やがて魔物たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。


「アルベルトさん!」


アランが叫ぶ声を背に、俺は動き出した。右手のひらに再び蛇の力が集まり、今回はそれを扱うことに少し自信が持てるような気がした。


「行け!」


そう声を出し、俺は手を振る。蛇の幻影が空中でしなやかに形を変え、光のように魔物へと迫った。今度は、先ほどのようにただ食らうのではなく、蛇が魔物を拘束するように、鋭い爪のような形に変化していく。


魔物の一体がその爪に絡まれ、動きが止まる。俺はその隙をついて、再度手を振り、蛇をさらに引き寄せる。今度は幻影の蛇がその魔物の体を覆い、絶対に逃がさないようにしている。


「もう逃げられない。」


その言葉を発すると、蛇の幻影が魔物を完全に呑み込んだ。しばらくすると、魔物はその力を完全に奪われ、動かなくなった。俺はその光景を見守りながら、蛇の力がどれほど強力であるかを実感した。


「すごい…!」


アランの驚きの声が聞こえる。しかし、俺の心の中ではまだ不安と疑念が残っていた。蛇の力を使うことで、この先どうなるのか。力を使いこなすためには、もっと多くの試練を乗り越えなければならない。


だが、今はその時ではない。


「とりあえず、今はこの力をうまく使って、次に進むべきだ。」俺はアランに向き直り、微笑みを浮かべて言った。「行こう、次の目的地に。」


その言葉にアランはうなずき、俺の後ろに従った。


────────────────────


「助けてもらった時から、ずっとアルベルトさんにお世話になりっぱなしですから。」アランは、目を少し伏せながら言った。彼の声にはどこか遠慮が感じられる。


その言葉にアルベルトは一瞬驚いたが、すぐに顔をほころばせた。「気にしなくていいさ。アランが無事でよかった。」そう言いながら、アルベルトは背中を向け、村の外れに向かって歩き出した。


アランは少しだけ躊躇いながらも、その後ろを歩いていった。しかし、アルベルトにはそれが当たり前のことのように感じられていた。彼は誰かを助けることに喜びを感じるタイプではなく、むしろそれを当然のことだと思っていた。


「アルベルトさん、これからどうするんですか?」アランが突然尋ねる。


アルベルトは少し考え込み、顔を上げて答えた。「とりあえず、この地方で一番大きな街に向かおうと思っている。そこでお前を教会に預けるつもりだ。」


アランはその言葉に少し驚き、そして少し寂しげな表情を浮かべた。「教会に預ける、ですか?」


「そうだ。」アルベルトは歩きながら、言葉を続けた。「教会にはお前と同じような立場の子供たちがいる。お前も落ち着けるだろうし、少なくとも俺のような旅人のところにいても危険だ。」


アランは少し沈黙した後、やっと口を開いた。「でも、僕はアルベルトさんと一緒にいたいです。どうしても、アルベルトさんと一緒に旅をしたい。」


その言葉には、どこか力強さがあった。アランは迷いを見せることなく、しっかりとした目でアルベルトを見つめている。


アルベルトはその目を見て、少し考えた後、肩をすくめた。「お前がそう言うなら、仕方ないな。一緒に行くか。だが、まだ危険な旅になるかもしれない。お前がそれでもいいなら、一緒に行く。」


アランはその言葉に、満面の笑顔を浮かべた。「はい!僕、頑張ります!アルベルトさんがいるなら、どんな困難でも乗り越えられると思います!」


アルベルトは微笑みながら、軽くアランの頭を撫でた。「よし、それじゃあ行こうか。次の街に向かうぞ。」


そして、二人は村の入り口を越えて、広大な草原を歩き始めた。風が心地よく吹き抜け、まるで新しい旅路が始まったかのような清々しい気持ちに包まれた。アルベルトは心の中で、これからどんな冒険が待ち受けているのかと考えながら歩を進める。


アランもまた、何か大きな決意を胸に秘めているように見えた。彼の目には、これから続く世界の広さと、その先に待つ未知の出来事が反映されていた。

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