第11話 あなただから
森に戻り、再びテントに入る。
「さて、お話を聞かせていただきましょうか」
「はい。分かっています。ちゃんと、全部お話いたします」
そして取り出したのは、一つのバッジのようなモノだった。
「これは?」
「洗脳装置です」
こんな小さなモノで……それに装置だなんて、まるで機械の概念を知っているような……いや、ナギさんが錬金術師である以上、技術力については気にしても意味はないな。
それよりも重要なのは、事実。
「本当に、洗脳していたんですね」
「はい。申し訳ないとは思っています」
「いえ、そこを責めるつもりはありません。ただ、どうして洗脳してまで村に侵入したのか、教えてください」
「はい。……私がこの村にやってきたのは、偶然でした。旅をしていたのですが、嵐に襲われてしまって。テントも建てられず、近くの祭壇に身を寄せたんです」
その祭壇っていうのが、オトノ様が祀られているっていうアレか。
「そして、宝玉が壊れ、宝玉に封じ込められていたのか、小さな少女が出てくるところを見てしまったのです。村を壊すと口にしていたので、よく分からないまま咄嗟に庇って、結果呪いを受けたわけです。あとは私は近くにあったアーシュ村に潜入して、対応策を調べていたというわけです」
つまり、呪いを解くにはアーシュ村に調査に入るしかなかったと。しかしアーシュ村は元々外部との交流を絶っていた。
俺のように立場や信頼があるならともかく、まったく知らない者がいきなり調べさせてくれだなんて言っても怪しまれるだろう。あの村長が不用心なことをするとも思えないし……
「それは……災難でしたね」
うん、それは仕方ない。洗脳はやりすぎだとも思えるが、他に方法も無かっただろうし、仕方のない。
「そのような事情があるならば、ナギさんが責められる理由はありません。あの村長、警戒しているだけで、話は分かる方です。和解自体は容易でしょう」
容易と言っても、もちろん準備すべきことは多い。
「では、どうすれば受け入れていただけるでしょうか。私は洗脳し騙して仲間になった身、こんなことを求めるなんておこがましいとは思います。しかし、それでも良いというのなら……認めてもらいたい。数日ではありましたが、アーシュ村が良い場所だということは分かりました。思い入れもあります。できれば、仲間として認めてほしい。こんな寂しい形で逃げ去るのはとても寂しいと思うので」
……そうだな。
俺は強く頷く。
呪いから解放される為、自分の為。しかし、同時に村の為にも働いていた。それは間違いのないことだ。その気持ちと努力が報われないなんて、許せない。
「ご安心を。これは勇者としても手を差し伸べるべき案件です。どんな方法でとか、決まっていることは何もありませんが、俺がアーシュ村とあなたを繋いでみせます」
方法……といっても、基本的には対話になるだろう。既に村民に妥協や譲歩してもらうまでもなく、ナギさんは受け入れられている。それなら真っ当な理由さえ説明すれば良い。
となると、ナギさん的に心配なのは信じてもらえるか。ここだろう。
これが日本なら現場検証やら何かで証明できるのかもしれないが、今の俺達にナギさんの言葉の真偽を証明する方法はない。
「とりあえず……信頼を得ましょうか」
「信頼ですか?」
「はい。何の証拠もなくても、ナギさんが言っているならそうなのだろう、という風に思ってもらえるよう、信頼を得ます」
「……もしかして、それってとっても大変じゃないですか?」
俺はそっぽ向いた。
大変だろうなぁ。そりゃそうだ。ようは俺は、ナギさんの話が嘘だとしても受け入れてもらえるようにしよう、と言っているのだ。
普通なら、どれだけの好感度を得たとしても容易ではない。
「これの当事者が、ナギさんで良かったですよ」
「私で?」
「ええ。ナギさんなら信じたくなりますから。実際俺も、何も証拠が無いのに信頼していますからね。ナギさんの人柄が良かったのでしょう」
「……」
その人柄をみんなに知ってもらえる術があれば良いんだけどな。
というかナギさんの人柄は知れ渡っている。時間はかかるだろうけど、これまで通り村民を助け続ける。これだけでもいつかは受け入れてもらえるだろう。
あとは、この問題にどれだけの時間を使えるか。俺もずっとこの村にかかりきりというわけにはいかない。それはもちろんナギさんも。
その時が来たら、この村との関係に見切りをつけることも考慮しなければ。
「……ん?」
ふと、ナギさんが妙に黙り込んでいることに気が付いた。いや、話し合い中に余計なことを話す人ではないけれど……違和感というか、疲れている? ように見える。
「大丈夫ですか? 少々顔が赤いようですが」
「へっ!?」
こちらからもアーシュ村へ交流を……と、思っていたが、今日は休みにしようか。まだ昼だが、俺は俺でできることを探せば良いし。
「い、いえ! なんでもありません! お気になさらず続けてください!」
ぐいぐい押してくる。まるで何かを誤魔化すように。
「ナギさん、何か困ったことがあれば仰ってください。今の俺の仕事は、あなたの悩みを解決することなのですから」
「な、なんでそういうことをサラッと……!」
「はい?」
「良いので、続けてください……!」
ふむ。ずっと俺をからかうようなことを言っていたのに、今日は随分としおらしい……やはり、村長に拒絶されたことがショックだったのかな。
「よく分かりませんが、分かりました」
「……やっぱり、もっと近くに行っても良いですか?」
「それは構いませんけども」
ナギさんはテントの中なのに周囲を確認するような素振りを見せ、そりゃ誰も居ないだろうと気づいたのかまた恥ずかしそうにしながら、膝同士を合わせるように寄って来た。
「……ぎゅっ」
「そこまで密着するとは思いませんでした」
確かにこれならとても近い。
……やはり、疲れているようだな。今日はこれくらいにして、明日から頑張ろう。
「ナギさん」
「……なんでしょう」
「俺も少し、ナギさんに触れても良いでしょうか」
「……! どうぞ。勇者さんなら、いくらでも……」
俺なら、か。そんなことを言われたのは初めてかもしれないな。
俺はゆっくりと手を伸ばし、髪に触れる。
調合中はこんなことよりも恥ずかしいことをしていたが……それでハードルが下がることはないようだ。とても、照れる。
「勇者さん、なんだか鼓動が早いですね」
「そりゃ、ナギさんのような魅力的な方に抱き着かれているんです。照れもしますよ」
「私、勇者さんにとって魅力的なんですか? それにしては勇者さん、私のこと避けますよね」
「避けていますか?」
「はい。調合の時、手を出してくれませんでした」
「それは避けているに入りませんよ……性的興奮を覚えるまでは仕方なかったことでしたが、それより先に手を出すわけにはいきません」
「魅力的なのに?」
「魅力的だから、です」
ナギさんの言葉を信じるなら、ナギさんもおそらく初めてだった。そういうこと、初めてが仕事で仕方なく、なんていうのはあまり良くないだろう。他の人がどう思っているかは知らないし、そもそも俺自身知識も経験もないから語れないが……多分間違ってないだろう。
「……私、それほど愛されてきた自信がないんです」
「それは、旅に出る前の話、ですか?」
「はい。親ともあまり時間を共にしてませんでしたし、こうして誰かを抱きしめるのは、勇者さんが初めてです。……だから、自信がありません。勇者さんの言う通り、村の方々が受け入れてくれるのか。正直、勇者さんの話はできすぎなんじゃないかとも思っています」
「そう思われるのも仕方がないでしょう。意外と自分のことほど信じられないものです」
……困ったな。こういう悩み相談を受けたことはあまりない。どんな対応をするべきだろうか。勇者として、困っている様子を見せるわけにもいかないし……
「これからも不安は続くと思います。そういう時はいつでも仰ってください」
とりあえず……抱きしめた。
「俺も、一緒に抱えますから」
「……それがどんなに大きく、醜くても、ですか?」
醜い……?
「はい、もちろんです。……ナギさん。俺はあなただから、受け入れたいと思っているんですよ。ナギさんのことなら、どんなことでも頑張ります」
「そう、ですか……その、私、本当は――」
んっ、外から激しい風が……
「テント、少々危ないかもしれませんね。まさかこの風がずっと続くなんてことはないでしょうが……」
言っていると、今度は雨音のようなものが聞こえてきた。
雨……テントでも大丈夫だったっけな。世界が終わってからというもの、王国では雨がなかなか降らないという話だったし、油断していた。
……いや、無理じゃないか? なんか凄く、強くなって……
「ゆ、勇者さん。この雨、前の嵐みたいな……」
「……その時って、どのくらい強かったんですか?」
「祭壇に隠れていたのでちょっと……確か、村でも被害が出たとか……」
瞬間、テントが持ち上がる。
俺は慌てて抑え、ナギさんに一度外に出るよう指示した。
「これ、ちょっとマズいな……」
「勇者さん、この嵐、前より強いですよ」
強すぎる。明らかに尋常じゃない。
空を見上げると、ここら一帯を覆うような丸い雲が見られた。
そして、外側で一斉に雷が落ちる。それはまるで包囲するようで……
「意図的……?」
素人だし確実なことは言えないが、それでも自然現象としては違和感を覚える。
「ナギさん、嫌な予感がします。俺、村に様子見に行ってきますので、ナギさんは洞窟で雨を凌いでいてください」
洞窟が絶対に安全とは言えないが、それでも外に居るよりかはマシなはず。
「いえ、私も行きますよ。もしかしたら錬金術が必要になるかもしれませんし、状態確認しなければ」
……こんなことを考えるのは不誠実だが……ナギさんには積極的に村の助けに入ってもらうべきか……
「分かりました。行きましょう」
俺達は急いでテントやらを片付け、それから村へと向かった。
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