第10話 嘘……?
アーシュ村へと戻った俺達は、一度家に帰ろうということになった。
「早速調合いたしましょうか」
「い、いきなりですね……ちょっと休憩してからにしませんか? 俺にも心の準備が……」
「安心しろ。それには及ばない」
背後から話しかけられ、俺達は振り返る。
「あっ、お父さん」
お父さん、ということは、彼がアーシュ村の村長か。
「話は聞いている。宝玉を直す為、素材を採取しに行っていたようだな」
「はい。勇者さんにもご協力いただき、採取も危なげなく完了いたしました。っと、まずはご紹介しなければいけませんね」
ナギさんとのアイコンタクト。俺は一つ頷き、村長へと手を差し出す。
「初めまして。マテリアル王国から来た勇者です。村長代理である娘さんには大変お世話になりました。村長にもお話したいことがいろいろとござますので、お時間いただけますか?」
「勇者か。昔、伝承で聞いたことがある。どうやら、世界の文明が破壊されてしまったようだな。この危機に際して、神が勇者を召喚したといったところか」
村長、文明が破壊されたことを知っていたのか。それとも、勇者が現れたことで察したか? なんにせよ、すんなり受けいれてもらえたなら、こっちも都合が良い。
「仰る通りです。現在、世界中の人間が協力し合えるように交流を促している最中でして、この村に来たのも、その活動の一環です」
「なるほど。我が村はマテリアル王国含め、他の集団との交流をそれほど活発には行っていなかった。しかし、それには別段理由があったわけでもなく、強いて言うなら必要無かっただけ。我々に不利益が無い限りはキミに協力しよう」
「ありがとうございます」
「なに、キミには借りができてしまったからな」
借り?
瞬間、俺は村長に腕を引っ張られ、庇われた。
なにから?
多分、ナギさんから。
「村長? どういたしましたか?」
「すまない、私の不手際だ。まさか、この村に私の娘を名乗ってまで侵入してくる外敵が居ただなんて」
娘、では、ない……!?
村長はカバンから何かを取り出す。それは、剣。
「村長、さすがにそれは!」
「キミは悪くない。村民も悪くない。皆騙されていた。未知の洗脳能力によって、村長代理だと信じ込まれされていたんだ」
では、ナギさんは、俺を騙して宝玉を……? だとしたら、俺の違和感にも多少は説明がつく。なぜ村長が動かなかったのか。
村長が何も知らなければ、動きようがない。
「アトリエに籠っていたから、分からなった。この村に村長代理、そして、俺の存在しないはずの娘が誕生していただなんて。だが、アトリエに籠っていたから、分かった。洗脳にかからずに済んだ」
「ナギさん、どういうことですか?」
俺を騙していた……本当にそうなのか? 俺に見せてくれた好意も、あの暴走気味な性格も、
「……俺に、助けを求めたあの言葉も、嘘だったのか……?」
「クッ……!」
おい、待ってくれ。本物だったと言ってくれ。
「その宝玉を破壊したのも、おそらくお前だろう。自分で直そうとしている理由は分からないが、どうせ罠でも――」
「待ってください!」
「……勇者、何か意見でも?」
そうだ、ナギさんは宝玉を直そうとしている。自慰行為を見せるなんていう、普通は誰もが嫌がることを受け入れながらもだ。素材もおかしなモノは集めていなかった。
ナギさんに対する信頼は、高い。それが俺の感情によるものであり、理屈も論理もないワガママだったとしても……
「俺は、信じたいです。真偽はさっぱり分かりませんが、ナギさんはこの村の為に、宝玉を作ろうとしているんです。それを嘘だったとは思いたくありません」
「キミの言いたいことは分かる。だが、キミの言う通り、真偽は分からない。それで彼女を信じろという説得は、通用しないぞ」
「構いません。それでも俺は戦います。彼女の努力を、無かったことにさせたくないから」
「キミは……随分と、お人好しなのだな」
「人々を救う、勇者ですから」
これが正しい行為なのかは分からないが……それでも、俺の正義ではある。
まったく、こういう時は文明が破壊されていて良かった思ってしまうな。誰も俺を咎められる者は居ないし。
「分かった。好きにしろ。だが、今後彼女をこの村に入れることは許さん。何か活動を行うにしても、キミ一人で村に来ることだ」
「承知しました。そこまで許していただけるだけでも十分ありがたいです」
「キミの善性は、ここまで言葉を交わしただけでも十分理解できたからな。それに、騙されたとはいえ、キミもこの村の為に動いてくれたし、子供達からの評判も良い。たった一日でよくここまで受け入れられたものだ」
「そう言っていただけると幸いです」
昨日助けたあの子達か。小さな村だと噂も広がりやすい、ということかな。
「では、俺達は一度、森に戻ります。今後も何かしらご迷惑をかけると思いますが……」
「ああ。その時は私のところに来い。それと、キミの言う他国との交流については、別で進めよう」
「承知しました。ありがとうございます」
……この人、もしかしてめっちゃ良い人だな? こうなると批判なんかで事を進めるわけにもいかない。ナギさんのことを信じられるだけの材料を集めて納得させる。俺達にできるのはこれしかないか。
「ナギさん、聞いた通りです。行きましょう」
「えっ……わ、私のことを、信じて、いただけるんですか?」
「信じている、というよりかは、信じたい、という方が正しいです。俺は個人的にナギさんのことを好ましく思っているので、今はナギさんにつくことにしました」
「ッッ!」
おお、抱き着いてきた。そんなに嬉しかったのか、それとも怖かったのか。
「とにかく話を聞かせてください。さあ、行きますよ」
俺は抱き着いたまま離れないナギさんを連れて、森の方へと歩き始めた。
「あ、あの!」
ん? もしかして、村民が話しかけて……?
見ると、そこには昨日助けた姉弟が。それに……
「勇者様、でしょうか。先日は子供がお世話になりました」
「お母さま、ですよね。我々一応、この村の外敵ということになっているのですが、村長からお話は?」
「伺っております。ただ、村民一同、理解はしていても、否定はできないんです。なにせナギちゃんには、ずっと助けられていた記憶しかないんですから」
そうか……それが本物の記憶なのかは分からないし、偽物かもしれないと理解はしている。だが、抱いてしまった感情は変えられるものではない。村民然り、俺然り。
「私達、できることならお手伝いしますので、いつでも仰ってください」
「皆様……ありがとうございます。私にも、何かあれば言ってください。錬金術でお役に立てることがあれば、なんでも」
村民からの信頼も厚い。これなら、例え洗脳が本当だったとしても、受け入れてもらえるかもしれない。
「お話を聞いてからにはなりますが、頑張りましょう、ナギさん」
「はい……よろしくお願いします……!」
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