第9話 朝チュンみたいなことしないで

 目が覚めた。黄色で薄い、テントの幕。


「今度は……現実ですね……」

「どんな夢を見られてたんですか?」


 ああ、起こしてしまったか? ……いや、既に寝袋から出ている。朝になって自身は起きても、俺のことは起こさず観察していた……といったところだろう。


 毛布で柔らかい床で横になっているナギさんに寄り添われ、頭を優しく撫でられ抱かれ、このまま近づいていくと、その勢いのまま……勢いのない、ゆったりとした甘いキスをしてしまいそう。


 俺も男だ。ここまでムードを作られ、好意を前面に出されては、仕事という名目も立たなくなる。


「……ところで、なんで俺は寝袋から出ているのでしょうか」


 ナギさんはニコリと微笑み毛布を首まで上げた。


「一緒の布団に入っていると、温かいですね」

「布団というには貧弱すぎますね。夜はさぞ寒かったことでしょう」


 俺が明晰夢を見ていなければどうなっていたことか。


「だ、大丈夫です。ちゃんと朝起きて様子を見てから脱がせましたから」

「そうですか。風邪を引かないようにとのご配慮ですね。ありがとうございます」

「えへへ、どういたしまして」

「喜んでいるところ申し訳ございません。皮肉です」


 襲われは……していないだろう。昨日寝る前にした遊び然り、ナギさんも別に、性交渉だけをしたいわけではない。こういうちょっとした日常……イチャイチャというのか? とにかく甘い会話とシチュエーションも楽しみに含まれているのだ。


 ……ピロートーク、好きそうだな。


「それで、どんな夢を見られていたんですか? 教えてください」


 どんな夢、か。彼女との会話内容。そもそも彼女と出会ったことを、ナギさんには伝えて良いものだろうか。


 彼女は詳しい話をこの世界の者にすると死ぬ……みたいなことを言っていた。まあ、あの夢が終わってしまった時点で彼女は……居なくなってしまったんだろうけど、それでも黙っておいた方が良いことではあると思うし……


「大したことのない夢ですよ。ただ、あなたを想っていただけです」

「ッッ!?!?!?」

「や、やめてください……首が……」


 思わず力を込めてしまったのか、俺が声をかけて気がつくとすぐに両手を離した。


 ……離したはずなのに、また抱き着いてきた。


「私を想っていたって、どういうことですか!?」


「あなたのことをいろいろ話していただけです。暴走気味で、とても困った方だと」


「そ、そんなこと、ないですよ? 私は村長代理ですから。今回はちょーっと不幸が重なっただけで、普段は冷静沈着の尊敬され村長なんですから」


「そうですか。俺が居ると暴走してしまうと。あなたは本当に、俺のことが好きなんですね」


「はい! 好きです!」


 ……予想通りの反応だな。まさか本当に、速攻で肯定されるとは。


「……それと、俺はてっきり他の男にも同じ対応をすると思っていたのですが、意外と俺だけを好きになってくださったと」

「それはそうですよ。私がそんなに、軽い女に見えますか?」

「見えます」

「心外ですね!?」


 そもそも昨日出会ったばかりの俺を、自身の自慰を見せられるほどに好きになってくれるのがおかしい。普通に考えたらちょろすぎるぞ。俺が相手じゃなかったら、あの調合時点でいろんなことが終わっていたかもしれない。


「勘違いしないでください。私は、あなただから好きになったんです」

「……なんで、ですか?」


 昨日仰っていた、タイプについて。それが全てなのかもしれないが、やはり納得できない。それだけで人を好きになれるほど、恋愛とは単純なのだろうか。これまで経験したことがないから、俺には分からないんだ。


「理由は……秘密です」

「秘密、ですか」

「はい。ただ一つ言っておくなら、私は本気で、あなたを好きになったということだけ、覚えておいてくださると、嬉しいです」

「……承知しました。心得ておきます」


 夢の彼女の言葉。目の前のナギさんの言葉。そのどちらも、俺には……


 その一言を思い浮かべないように、ナギさんから顔を反らす。


 俺は少し、疑心暗鬼になりすぎているのだろうか。こんな考え、彼女達に申し訳なさすぎる。


 ……どのみち俺は、ナギさんと共に生きることはできない。勇者である以上、関係を持ったとしても、いずれ離れて、世界を救う旅を再開しなければならないのだ。


 考えても、仕方がない。


「……どうしたんですか? その、あからさまにそっぽ向かれると、私も寂しいのですけど……」

「ああ、申し訳ございません。あなたを傷つけたかったわけではないんです」


 俺は慌てて、視線を合わせ直す。


 そんな俺の瞳がおかしかったのだろうか。ナギさんは小さく笑みを浮かべ、俺の目元にキスをした。


「可愛らしい方」


 俺は顔を反らすことも、彼女を拒絶することもできず、ただ顔を見られないように、自身の胸に彼女の頭を押し付けた。


 ……胸に当たる呼吸が荒くなり後悔したが、それはまた別のお話。

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