第8話 夢のあなたは
目を覚ます。いや、これもまた夢の中なのか。
「うっ……!」
頭が痛い。大切な夢を、記録を見たはずなのに、何も思い出せない……!
頭を抑えながら、周囲を見回す。
俺が立っているのは王城のバルコニー。ありえない。確か俺は森に居るはずだ。この場に居るはずがない。
「こんばんは、勇者さん」
その声を、彼女の声を、今日一日でたくさん知った。
「ナギさん。こんばんは。夢にまで出てくるとは、半信半疑ではありましたが、本当に俺のことが好きなんですね」
「それ、言ってて恥ずかしくないんですか?」
「ご安心を。ちゃんと後悔しています」
「ふふふっ、お茶目なところ、あなたらしいですね」
確信した。彼女はナギさんではない。
あの自慰行為……もとい調合作業を経て、ナギさんは俺に対してとても馴れ馴れしくなっている。ナギさんなら今のセリフに対して、茶化すことなく真っ向から肯定してきただろう。自分で言ってて本当に恥ずかしくなるけれど。
「こんな状況でも、冷静なんですね」
「もしかして、思考でも読みましたか?」
「はい。この世界は夢の世界。いわばあなたの思考そのもの。夢の住民である私が思考を読み取ることも、容易です」
これは厄介だな。……いや、そんなこともないか?
思い返すと、ナギさんに対して不都合な思考をしたことがなかった。俺は元々嘘を吐くタチではないし、本物でもない彼女にバレても困らないな。
「さすが勇者さん。普通なら多少は狼狽えるものですよ」
「俺が勇者である所以でしょうね。すみません、心が綺麗なもので」
「そういう冗談、彼女にも言ってあげたらどうです? きっと仲良くなれたと喜びますよ」
「ナギさんは本気で肯定してくるのでダメです。カウンター喰らいます」
「彼女では遊べないと。真面目だと思ったら、意外なことを仰いますね」
「俺の仕事は世界に希望を与えること。笑顔を与えることです。俺自身が遊び心を持っていなければ」
「遊び心を持つ理由が遊んでいませんね」
「そこを突かれると痛いのでやめてください」
手すりへともたれ、景色を見る。
とても綺麗だ。だが、誰も居ない。これも俺の夢の中だからだろうか。
「登場人物は私と勇者さんだけです。しかし、これは本物の世界を絵としてそのまま映しただけ。人が居たら、動かずに固まっているでしょうね」
手すりに手をかける彼女は、寂しそうに呟いた。
「見えないのは、気のせいですか?」
「残念ながら、お察しの通りです」
居ない、か。これがどこのなんの世界かは知らない。このストーリー含め夢でしかないのか、それとも本当に存在している世界なのか。
ただ、どちらにせよ、意味がある出会いだ。
「賢い方ですね。私はこの介入に意味を持たなくても……覚えていなくても良いと、自己満足で構わないと、そう思っていたのに」
「何も分かりませんが、あなたはナギさんなんでしょう? であれば、あなたの言葉を無碍にするなんて俺にはできません」
「勇者さん、ずっと思っていましたが、意外と私のこと好きですよね」
「ええ。初めて俺を肯定してくれ、好んでくれた方ですから。まあ、彼女はこういうの慣れているでしょうし、俺のことを性的興奮を得る為に使える、数ある男の一人でしかないのかもしれませんが」
っと、なぜか彼女は呆然としてしまった。少し、愚痴のようなことを言ってしまったし、気分を害してしまっただろうか。
「まさか、そんな勘違いをさせていたとは……私はずっと、初めから最期まで、あなたを愛していましたよ。他の男になんて興味ありません。そこだけは、信じていただけると嬉しいです」
「そうですか……すみません、変なことを言って、困らせてしまって」
じゃあなんでそこまで俺のこと好きなのかという話にはなるがな。正直、あんまり信じられない。
「ゆ、勇者さん……」
あぁ、しょぼくれてしまった。本心だから変えられないんだ、すまない……
「まあ、良いです。あなたの気持ちを変えるのは、私の役目ではありませんし」
「ずっと気になっていましたが、まるであなたは、ナギさんではないようなことを言いますね。いや、彼女とは本当に違う何かだということは分かっているのですが、なんだか、その……まるで人生を一度終えているような……」
「……はい。そうです。私は別次元のナギですから」
別次元? それはいわゆる、パラレルワールドだとか、そういう意味なのだろうか。
「その通りです。私はこの世界が、終わってしまった世界線の……いえ、始まってしまった世界線のナギです」
そんなことが……
「それは、一体なぜ?」
「詳しいことはお教えできません。こうして接触するだけでも苦労しましたから、あなたの運命を完全に変えることはできないんです」
しかし、少し触れる程度なら。
「できます。頑張って、できるようにしました。おかげで、これで私は最期を迎えることになりましたけどね」
「なっ!? い、良いんですか!?」
「構いません。私の生きる全ては、あなたの為にありましたから。私は、間違えたんです。終わってようやく気が付いたんです。あなたが居なければ、私の意味がなくなると」
「……死んだ、ということですね」
「ご想像にお任せします。はっきりと申し上げられず、それに、不幸を知らせてしまい、すみません」
「いえ、知れて、良かったです」
この世界の勇者になった時から、覚悟はしていた。俺が死ぬことくらい、世界観と立場を考えれば十分ありえることだ。
彼女の存在した世界線でも、俺はきっと努力していたのだろう。少なくとも、彼女に好かれるくらいには。
なら、良い。
「……私の世界のことは、申し上げられません。しかし、これからのことなら、あなたのことなら、言えるんです」
「俺のこと?」
「先程申し上げた通り、これは自己満足です。自己満足で、お願いしたい。どうか、あなたのナギを救ってください」
……何があったのかは分からない。彼女が俺にとって敵だったのか味方だったのか。なぜ終わってしまったかも、どう間違えてしまったのかも分からない。
ただ、俺達には間違えないでほしいと、二人とも生きる選択肢を選ぶよう、望んでいる。
「……分かりました。この一言だけですませて良いものかとは思いますが、とにかく了解です。他ならぬナギさんの頼み。必ず遂行してみせます」
「勇者さん……ありがとう、ございます。私、あなたのことを、好きになって良かったです……!」
それはきっと、お互い様なのだろう。
「あなたに、教わったことでしたね」
俺へと抱き着き、呟く。
「大事なのは、行動」
俺が、彼女を変えたらしい。
「最期に、頑張って、良かった……!」
俺は、彼女を変えるほどの人間になれるだろうか。
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