第6話 あぁつおい
「村の為、村長代理の私に休んでいる暇はありません。早く洞窟を突破しましょう」
「どの口が……いえ、行きましょう」
ナギさんが目を覚ますまで待ったので、かなりの時間が経ってしまったが、これで準備も整った。
コウモリ対策の道具は手に入ったし、作戦を立てた上なら余裕をもって突破できる。
早速俺達はコウモリの集まる場所へと向かい、道具を使った。
ナギさんが投げる爆弾。その名称は、『超音波爆弾』とのこと。
この真っ直ぐ伸びる道で、弾けるように響く超音波。
俺達に人間にとっても気分の良い音ではないが、コウモリにはより劇薬だったようで、その場から飛び去る者も居れば、地面に落ちたまま動かなくなる者も居る。
ここまで大きく歪んだ音だと、一歩間違えれば俺達も一緒にダウンしていたかもしれない。
諸刃の剣だということは初めから分かってたので、その点は作戦会議でも議題に上がっていた。
……まあ、気合で逃げ切れという結論に至ったわけなのだが。
コウモリに爆弾が効いたことを確認し、すぐにナギさんを抱える。
いつまでも続く超音波。俺はその下をすぐさま駆け抜けるのだった。
「勇者さん、私を抱くのに抵抗が無くなってきましたね」
「いつになったら性格戻るんですか? 普段ならともかく、仕事中なら恥ずかしがらずにやりますよ」
ナギさんと出会ったのは今日が初めてなのでよく分からないが、調合の前と後で性格がかなり変化した印象を受ける。
呪いの影響なのか、それとも元からなのか。
まあ、ひとまずナギさんの変化については放っておくとしよう。なんだか突っ込むとまた面倒なことに巻き込まれる気がするし。
特に調合中に見せた俺を襲うような性格が再び表に出てきたならば、俺に上手く対処できる気がしないし。
ひとまず俺はそのままナギさんを抱えた状態で、最深部まで走り抜けた。そして止まり、訝しむように空間を見回した。
なんというか、最深部というには、あまりにも……狭いな。まるで貫禄が無い。一応大きく重そうな扉があるし、その先が洞窟の外だということなのだろうけど。
この空間で、ただ一つだけ豪華そうな扉。それは家なんかでよく見る小さなものではなく、壁として使えるほどに大きなもの。その真ん中に大きなくぼみがあるが、そこに何か収めることで道が開かれるということか。
しかし、これを埋められそうなモノを、ここまで一度も確認できなかった。
「ナギさん、これはどうするべきでしょうか。何か心当たりはありますか?」
「心当たり、ですか……先程は逃げるのに精一杯でよく見えませんでしたが、ゴーレムがこのような形のモノを持っていませんでしたか?」
ゴーレムが? アレは素手で俺達を攻撃しようとしていたし、道具どころか武器も持っていなかったように見えたが……
瞬間、背後から響く鈍い足音。
来てしまったか……
振り返り、音の正体を確認する。
迫っていたのはやはり、ゴーレムだった。
ここまで来たのに万事休す。あまり取りたくない選択肢だが、ナギさんの安全が最優先。もう一度逃げに徹するとしよう。
「やっぱりです。ゴーレムの額に何か埋め込まれています」
言われてそちらを向くと、確かに宝石のようなモノが嵌められている。赤い石……ルビーだろうか。
「つまり、ここを突破し外に出るには、ゴーレムを倒して宝石を奪う必要があると?」
「そうなりますね」
逃げるという選択肢は無くなった。代わりに浮上したのは、ここで戦うという選択肢。
やるしかない、か。こんな理不尽も仕事には付き物だ。諦めて大人しく戦うとしよう。俺も勇者だし、多分ゴーレムの一体くらいならなんとかできるはず。
「仕方ありません。ナギさん、お下がりください。ここは俺が」
「何を仰るかと思ったら……私の自慰まで見られたんです。こうなったら一蓮托生。最後サポートしますよ」
「それは語弊があります。俺は別に見たくありませんでした」
「まあまあそう言わず。硬いモンスターを倒すには爆弾だと相場が決まっています。私がトドメを刺しますので、それまで抑えていただけますか?」
「分かりました。それでは作戦の方、よろしくお願いします……!」
俺は剣を抜き、今度は直接ゴーレムの腕へと振るった。
拳と剣を交え、拮抗する。
勇者になって身体能力は高くなったが、それでも俺は日本人だ。戦闘にはやはり不向きか……
「ですが、誰かを守ることに関しては、それなりに自信があります」
結局俺が使える最大の武器は根性一つ。今はとにかく、ナギさんを守ることだけに集中しよう。
ゴーレムの右腕が引かれると、今度は左腕が。その猛攻に気圧されそうになりながらも、とにかく耐える。
ナギさんはその脇を通るようにゴーレムの背後へと回ると、何かを肩の関節へとくっつけた。どうやらアレが爆弾らしい。
だったらくっつけやすいように抑え込むか。
放たれた剣を捨て、迫り来る右腕にしがみつく。これを好機と見たのかすり潰さんと伸ばした左腕。それに対して両足を伸ばし掴ませる。
さらに調子づいて俺の身体を引きちぎろうとするゴーレム。しかし、それを全力で耐えることによって、実質的にゴーレムが動きを止めることとなった。
「勇者さん無茶しすぎ……仕方ありません! 速攻で片づけます!」
ナギさんの動きが見えないほどに早くなる。
……ここまで動けるのなら、俺が居なくても良かったのではないだろうか。多分俺よりナギさんの方が身体能力高いぞ。
「爆破します!」
ナギさんがゴーレムの左腕を蹴ると、俺の足はすぐに解放される。その強靭的な脚力に疑問を抱きながらも、俺は剣を拾いつつゴーレムから離れた。
そして、爆破される。
舞い上がる土埃。ナギさんを庇い、剣圧で埃を一掃。
そして、フラフラとよろめくゴーレムの姿を見た。
「勇者さん!」
「お任せください!」
傷だらけのゴーレム。これなら俺でも斬れる。
まずは右腕を斬り上げながら跳躍し、振り下ろして左腕を。それから着地の勢いでしゃがみ込み、両足を横薙ぎで一気に斬り離す。足という土台を失い胴体が落ちてくるので、それと合わせ、最後に首を刎ねた。
「凄い……勇者さん、ここまでできるんですね」
俺はただ、用意された切り取り線に沿って剣を振っただけ。それを用意できたナギさんの方が凄い。
本当に、何者なんだ? ナギさんと一緒に居ると、疑問がどんどん増えていく。
「……とりあえず、宝石を取ってしまいましょう」
ゴーレムの額から宝石をくりぬく。
「お願いします」
ナギさんに渡すとすぐに扉へと向かい、くぼみへとはめ込んだ。
……鈍い音を立てて、開かれる扉。
俺は剣を鞘に収めながら向かい、待ってくれていたナギさんと共に、先へと進んだ。
そして、見た。
「これは……」
「金銀財宝、といったところですね」
これがダンジョンの報酬、といったところだろうか。
「この洞窟、一体なんなのですか?」
普通の洞窟にこんなものがあるか? この財宝、多分ずっと昔から用意されていたものだ。となると、ここは何かの遺跡だったとか……?
「いろいろ気になりますけど、とりあえずこれは勇者さんのモノですよ? お宝がたくさん手に入ったことを、まずは喜びましょうよ」
「いえ、俺は結構です。所有権も全て、ナギさんに差し上げます」
「そんな、私のことは気にしないでくださいよ。ここまで来れたのも全て、勇者さんが助けてくれたおかげです」
「申し訳ないのですが、そもそも我が国には必要無いのですよ。宝があったところで復興の役には立ちませんし、他国に譲るにしても、そもそも現世界には財宝という概念がありません。どうぞ、ナギさんが持っていてください」
「あー……そういえばそんな話でしたっけ……」
「あれ? ナギさんも話は聞いてらしたのですか?」
「あっ、いえ! なんでもありません! それよりも、お宝の件は一旦置いておきましょうか!」
「そうですね」
どうせここから外に出るんだ。帰りもここを通るし、その時に回収すれば……
「……ナギさん」
「はい?」
「出口は、どちらに?」
「……な、無い、ですね」
……俺達はこんなゴミの為に、苦労してゴーレムを倒したのか。
「ナギさん」
「は、はい!」
「この宝、欲しいですか?」
「えっ? い、いえ、いりませんけど……」
俺はこの、何の役にも立たない無意味な財宝部屋へと斬撃を放ち、その場を後にした。
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