第4話 ラブコメを越えてきそう

 剣を抜き、片腕で振る。


 斬撃が飛び、それはゴーレムへと直撃したが……びくともしない。傷がついているようにも見えないし、いくら本気の攻撃でないにしても、勇者の斬撃を受け止めるだなんて……


「ダメですね。俺では斬れません」

「はっ!? で、では、どうしましょうか?」

「逃げます」

「逃げるんですか」


 そもそも今はモンスターと戦えるような精神状態ではない。このまま無視して洞窟を出られるならヨシ。無理なら一旦引いて、落ち着いて状況を整理しよう。


「そういうわけで、失礼しますね」


 剣を鞘に納め、ナギさんを抱える。


「おっ、お姫様ッ……!?」

「少し激しい動きをするかもしれません。決して離れないように」

「はぃ……!」


 その返事は今にも消えそうなものだった。もしかして、ナギさんも怖いのだろうか。


 うん。ナギさんについてはいろいろ気になるところもあるが、まずは守ることだけを考えよう。何を隠していたとしても、それが今の俺の仕事なのだから。


 まずは試し。


 まっすぐゴーレムへと走り、振りぬかれた拳に足をかけると、大きく跳躍してゴーレムの頭を飛び越えた。


「あっ、いけるんですね」


 これならこのまま洞窟の外まで逃げた方が良さそうだ。


 途中横に開いている道はあったが全て無視して、とにかく真っ直ぐ道を進む。


「ナギさん、この洞窟に入ったことは?」

「以前、父と共に」

「道は覚えていますか?」

「はい。……そこの道を右に」

「承知しました」


 右に曲がる。


 目の前に鉄のコウモリの群れ。


 全力で引き返し、左の道へと進んだ。


「すみません、アレは無理です」

「いえ、仕方ないかと……チッ、せっかく騙して……」

「何か仰いましたか?」

「いいえ、何も」


 しかしどうしよう。このまま間違った道を進み続けても迷うだけだ。せめてどこか休憩できる場所があれば良いのだが……


「あっ、勇者さん。そちらに扉が」

「木製の扉? よく分かりませんが、何かの部屋がありそうですね」


 このまま逃げ続けていてもジリ貧になる。ここは一つ、賭けてみるのも良いだろう。


 急いで扉を開き、部屋に入る。


 扉を閉じると同時に聞こえて来た、荒い足音。どうやら追いかけてきていたゴーレムは先の道へと行ってしまったらしい。


「ゴーレムの方はなんとかなりましたね。それで、この部屋は一体……」


 中を見回すが……何もない。本当に、ただの空洞のようだ。この扉も誰かが付けただけで、文字通り仕切りを立てるだけの目的しかなかったのかもしれない。


「……ひとまず、休みましょうか」


 ナギさんを降ろし、俺はその場に座り込む。

 そんな俺の隣にナギさんも腰を降ろし、そっと寄り添ってきた。


「ごめんなさい、ちょっといろいろあって怖くなって……少し、傍に居させてもらえませんか?」

「構いません。どうぞ」

「ありがとうございます」


 怖い、か……先程妙な違和感を覚えたが、もしかすると勘違いだったのかもな。ナギさんも本来は普通の女の子だ。俺が思いついても、彼女は思いつかず、勝手に一人で背負い込んでしまった……なんてこともありえるだろう。


「さて、これからのことを考えましょうか」


 そう言うと、ナギさんの腕を抱く力が強くなった。


「俺達の目的は、この洞窟を抜けることです。そしてそれには二つの障害があります。一つはゴーレム。これに関しては、直接戦わなければそれほど脅威ではありません。しかし、もう一つの鉄のコウモリ。彼らが道を塞いでいる以上、これはきっちり対処する必要があるでしょう」


「そうですね……では、どうやって倒しますか?」


 倒すのは、難しいだろう。おそらく一匹一匹の強度が高い。あくまで道を通れるようにすることが目的だし、少し散らすくらいを目指した方が良いかもしれない。


「追い払うだけで構いません。超高音を出したり、炎を撒き散らしたりできる道具はないでしょうか」


「広範囲の攻撃ができる道具、ということですか……レシピは知っていますが、なにぶん使い道が限られていましたし、最近は作っていなかった……あっ」


「何か、思いつきましたか?」


「思いついたはついたんですけど……もしかしたら、反対されるかもと思いまして」


「それなら大丈夫です。なんでも仰ってください」


 多少ハードな任務だろうと、勇者としてこなしてみせる。


「では……道具を、ここで作るのは、どうでしょう」


 多少どころの話ではなかった。


 ナギさんは顔を赤く染め、上目遣いでこちらを見てくる。


「そ、それは……調合を行うということ。そして、この場には我々二人しか居ないこと……何を意味しているかは、分かっているんですよね?」


「はい。巻き込んでしまうこと、申し訳なく思っています。しかし、この場を斬り抜けなければ、アーシュ村が危機に陥るかもしれません。村を守る為なら、私は、どんなことでもやり遂げたいと、思うんです」


 それはもちろん、俺も同じ気持ちだ。村も世界も俺が守るし、その為ならなんだってやる。


 ……他に方法はない。俺がもう少し強ければ、ナギさんに負担を掛けなくても良かったのに……


 俺は少し……だいぶ躊躇ったが、頷いた。


「分かりました。やりましょう」

「はい、ありがとうございます」


 一瞬、ナギさんの顔が歪んだ気がした。しかし気づくと張り詰めた表情になっていたので、おそらく見間違えたのだろう。いけない。ナギさんのことを、妙に意識してしまっているのかもしれない。オカズになるとしても、俺にやれること、やることは何も無いのだ。無心で臨まなければ。


「で、では、ナギさん。早速準備をお願いできますか? それと、俺がどうすれば良いのかも教えていただけると」

「分かりました。ひとまず錬金釜や素材の準備をしますので、それまでは待っていてください」


 そう言って、ナギさんはカバンから釜を取り出した。

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