第3話 ラブコメが始まりそう

 オカズ云々は置いといても、まずは他の素材を集めないことには話にならない。


 使う素材は三つで、既に『水晶』、『研磨剤』は手元にある。その為残るは一つだけだが……


「『鈴鳴り草』……?」


 聞いたことのない植物だな。この世界特有のモノなのだろうか。


「二つに別れた葉に、小さな鈴がついている花です。動かせば鈴のように音が鳴るので鈴鳴り草と」

「ふむ。俺は見たことないですが、聞いただけなら素敵な花をイメージできますね。それがどこに咲いているのかは分かりますか?」

「はい。普段は村の周辺に咲いていますよ。しかし、どうやら嵐の影響で全て飛ばされてしまったようで……」


 ということは、少し遠出をして探さなければならないのか。


「遠出すれば、モンスターとの接触率は高くなりますね。ここらにモンスターはあまり居ませんが、おそらく一定の距離を離れたら出てくるでしょう」


「はい。普段ならそんなモンスターと戦うのも私の役目です。しかし、オトノ様を相手に数々のアイテムを使っているので、そろそろ道具の数が心配になってきました。呪いのせいで新たに道具を作るということもできなくなりましたし、こうなると私も村の外には迂闊に出られなくなり……」


「素材を集められないと。分かりました。そういうことであれば、俺が代わりに戦闘を行いますのでご安心を」


「勇者さんですもんね。これまでずっと一人で戦ってきましたが、人に守られることになるとは、なんだかむず痒いです。ですが、よろしくお願いします」


 それから俺達はまず、近くの森……いつもナギさんが採取地としているらしい、村近くの森を見て回ることにした。


 もしかしたら少しくらいは残っているかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたのだが……結果は想像通り。


「まあ、ありませんよね。すぐに生えてくるなんてこともないでしょうし、予定通り、一つ先の森まで探しに行くべきですか」

「はい。そこまで遠くになると、私もまだ確認していませんし、もしかしたら残っているかも」


 この森をより深くまで行き、最奥に辿り着くと洞窟がある。そして、その洞窟を抜けるとまた森があるのだとか。


 そういうことで、俺達はそのまま森を進み、しばらくして見つけた。


 大きく口を開いたような入口。その周辺は森とは思えないほど荒れており、まるで境界線が引かれているようだ。


「私も森に住んでいますから、森に出現するモンスターを相手にする程度なら、道具が無くても問題ありません。しかし、洞窟はあまり慣れておらず、道具も無しに挑むのは躊躇われます」


「そうですね。この洞窟からは妙な気配が感じられますし、強力なモンスターが住処にしていると見て、間違いない。そのようなモンスターを相手にするに、戦闘用の道具は必須でしょう」


 それに、土地にまで影響を与えるモンスターだ。道具があったところで、ナギさん一人で戦うのは無謀だろう。一人で突っ込む前に助けに来れて良かった。


「ナギさん、俺について来てください。決して離れないように」

「はい。よろしくお願いします」


 俺達は意を決して、洞窟の探索を始める。


「……暗いですね」

「暗いですね」


 少し歩いて気が付いた。大変な探索を始めてしまったと。


 日の光なんてさっぱり入らないので、すぐに前が見えなくなってしまった。


「失敗しました。野宿は確かにしてましたが、火を起こしていたのでランタンが必要無かった。ここは一度戻って松明を作るべきでしょうか」

「それなら大丈夫です。ランタンなら昔作ったことがありましたから」


 そう言って、カバンから小さなランタンを取り出し、火を点けて掲げる。ナギさんの作ったそれはかなり強力なモノだったようで、小さくても明かりは奥まで届いた。


「凄いですね。国で使っているモノでも、ここまで光は通りません。アーシュ村の技術力は我々も参考にしたい」

「ありがとうございます。私、何かを作ることには自信がありますから」


 これなら安全に探索できるな。


「ナギさん、俺が持ちますよ」

「いえ、勇者さんには戦闘をお任せしますから。その分、私がサポートしたいんです」

「……なるほど。では、お願いします。私も至らない点が多いので、支えてください」

「はい。お任せを。……な、なんか、共同作業みたいですね。えへへ……」

「すみません。急に恥ずかしくなることを言わないでください」


 この人もやっぱり年頃の少女ということか。こんな時でも恋愛関係に思考が飛ぶ。まあ、それも健全なことなのかもしれないな。


 そういえば、彼女には意中の相手は居ないのだろうか。いや、俺にあんなことを頼むのだから居ないのだろうけれど、同じ村で同年代の恋人を作り、その彼に例の頼みをするのが最善に想える。


「ナギさん」

「ひゃいっ!?」

「……どうしました?」


 まだ何も言ってないのに、なぜこんなに慌てているのだろうか。


「あっ、その……暗いままだったら、もしかしたら、危ないから手を繋ぐ……とか、できたのかなと、思いまして……」

「……それ、言って良かったことなんですか? 言ってて恥ずかしかったでしょう」

「良いんですよ! 恥ずかしいことならさっき散々言いましたから! それで、どうなんですか!? 私とそういうことしてくれますか!?」


 そういうことって……ただ手を繋ぐだけだよな? それくらい、オカズにされることに比べたらなんでもない。


「それならどうぞ。どちらにせよ、足元危ないですから。転ばないように俺に掴まっていてください」

「良いんですか!? では、失礼します……」


 俺が手を差し出すと、ナギさんはおそるおそるその手を取った。


「……大きい。それに硬い、ですね」


「そういうナギさんは小さく柔らかいです。つい潰してしまいそうで怖い」


「だからそんなにも優しく握ってくれるんですね。良いんですよ? もう少し強くて」


「自分ではそう言えても、他人だとさじ加減に困るんですよ。特に、あなたのことは傷つけたくない」


「へっ!? え、えっと……でしたら、私から強く握っても……?」


「どうぞ。このままだとふとした時に離れそうで、手を繋いでいる意味がなさそうですし」


「では……」


 ……より固くなったとは思うが、やはり力が弱い。勇者である俺に比べれば当然だが、こんなにも小さく弱い手で、これまで戦ってきたのか。それも、一人で。


「ナギさん。先程聞こうとしたことなのですが、意中の相手は居ないのですか?」

「……それ、あなたが聞きますか?」

「そうですよね、すみません。しかし気になったんですよ。恋人……せめてあなたに釣り合う対等の存在が居れば、あなたのことを守ってくれたのではと。……背負わせすぎだと、思ってしまったんです」


 ナギさんは少しの沈黙の末に、微笑んだ。


「心配してくれたんですね。ありがとうございます。でも大丈夫です。これは、私が選んだ道ですから。……アーシュ村の錬金術師は二人。私の父と、私です」


「それならお父様にお任せすれば良いのでは? 代理と聞いた時から気になってはいましたが、ナギさんはどうして、村長代理にならなければいけなかったのでしょう」


 今、お父様はどこに居るのだろう。


「父は、忙しい方ですから。今も工房に籠って錬金術師としての仕事をしています。アーシュ村がどことの交流も持たず、それでも豊かな生活を送れているのには二つ理由があって、その一つが、父が毎日道具を作ってくれているから、というものです。父が仕事をやめると村が回りませんし、必然的に誰かが代理をしなれけばならないんですよ」

「なるほど……」


 ……ん? なんかおかしくないか?


「正直、やめたいなとは思いました。モノを作る人って、みんな人付き合いが苦手ですから。私もその例に漏れません。しかし、今日になって村長代理になって良かったと思えたんです」


「えっと、そうなんですか? 今日こそ大変な一日だと思いますが」


「そんなことないですよ。今日はあなたに会えた。あなたに会って、悩みを話せた。生まれて初めて、仲間ができたんです」


 ナギさんは強引に俺の腕を引っ張り、身体をくっつけ、胸の中で俺を見上げる。


「普段立派な人間であれと頑張ってきた、反動ですかね。あなたと出会ってから、ドキドキが止まらない。きっと、呪いをかけられたのも、あなたと出会ったのも、運命だったんです」

「ナギさん……」


 ……いや、なんか流されそうになったけどおかしいだろ。


 錬金術師居るじゃないか。他に宝玉作れる人居るじゃないか。さすがにこんな事態になれば村長だって仕事やめて宝玉の調合に注力するはず。


 なんでナギさんだけが宝玉問題に当たっている? なぜ頑なに一人であることにこだわった?


 あまり考えたくないが……何か、隠していないか?


「勇者さん。どうか、私と……」


 瞬間、大きな咆哮が聞こえてくる。


 疑念は抱いたままだが、ひとまず彼女を抱きしめ、そちらを向いた。


「……ぎゅ、ぎゅー……」


 ドスドスと、荒い足音を立てながら近づいて来る巨体。


「……ちょっと、マズいかもしれません」


 早速見つかった洞窟の主。その正体は、金属で形成されたゴーレムだった。

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