第2話 真面目な変態さんだ……

 村から少し離れた場所。この村に古くから祀られている神の祭壇の元へと向かった。


 そこは石でできたステージのようなものがあり、奥には十数段の階段。その頂上に祭壇はあった。


「ここに、神様が?」

「はい。オトノと呼ばれる神様を祀っています」


 しかし、これがナギさんの言う危機と、どのように関係あるのだろうか。


「今ではパッとしない普通の祭壇ですが、元は宝玉が置かれていました。しかし、ある日気づくと宝玉が落ち、割れていたんです。理由としては、おそらく嵐によるものかと。あの日はとても強い雨と風でしたから。誰にも外出は許されず、人為的に破壊を行うことは不可能でした」


 なるほど。つまりは不幸な事故、というわけだな。そうなったらもう仕方がない。ナギさんもそう言って受け入れただろう。


「その日から謎の存在、おそらくオトノ様に襲われるようになりました」

「ありがちな展開ですね。とはいえ、それにしては子供達が元気でしたね。何か対策をされているんですか?」


 ナギさんは頷いてから持ってきていたカバンを漁る。


 そこからできてきたのは、割れて半分になったでろう宝玉だった。カバンの大きさと見合わないが、これも錬金術の技術か?


「これを持ってる人しか襲われないと気づいてから、宝玉は常に私が持つようにしてるんです。この村で自衛できるのって、道具を持ってる私くらいですから」


「正直危ないと思いますが、村のことを考えるなら良い判断かと」


 さて、とりあえずやるべきことは見えたか。ようは、宝玉を直せという神からの命令を遂行しろと。


「解決案は宝玉を直す以外にありません。錬金術師の私なら、それも可能かと。……素材があれば、ですけど」


 ということは、素材が無いんだな。そういうのは多分、集めるだけでも危険なものだろう。彼女の本業は戦闘ではなく、あくまで調合。一人じゃ素材集めも難しかったというのも納得できる。


「そういうことならご安心を。俺はこれでも勇者です。戦闘や危険な地への冒険するのに、俺ほど適任な者はそう居ません。なんでもお手伝いしますよ」


 一瞬、ピクッと、肩を跳ねさせたナギさん。


「えっと……本当に、なんでも、手伝ってくれますか?」

「ええ。それが俺の仕事ですから」

「じゃ、じゃあ……本当に、頼みづらいんですけど……その……オカズに、なってもらえませんか?」


 そう、とても言いづらそうにしながら放たれた言葉は、それはもう、理解に苦しむモノだった。


 俺は少し呆然としつつ、聞く。


「すみません、分かりません」


 オカズって何? 主菜とか副菜とかそういうこと?


「えっとつまり、俺が素材となって美味しく頂かれれば良いんですか?」

「ひぇっ⁉︎ いや確かに言ってることはつまりそういうことなんですけど!」

「じょ、冗談ですよ。普通に考えて、俺が食べ物になるって訳分かりませんし」

「う、うう……」


 ナギさんは恥ずかしそうに唸りながら両手で前髪を引っ張り、赤くなった顔を隠す。


「や、やっぱり、説明しなきゃかなぁ……」

「申し訳ございません。聞いておかないと上手くできないでしょうし、そうなると仕事が成り立ちませんから」


 そして、ナギさんは、呟く。


「……せい……意味です」

「え?」

「性的な意味で、オカズになってほしいんですっ!」


 ……は?


「え?」


 ん?


 思考が固まる。


 さらに耳まで赤くしながらそっぽ向くナギさん。


 勇者として鍛えられた頭脳と判断力が、彼女の真に伝えたい事柄を理解し……


「はぁぁぁぁぁ⁉︎」


 絶叫した。


「ななななな何をおっしゃ、仰っているんですか⁉︎」

「だってなんでも手伝うって言ったじゃないですか!」

「そんな子供みたいな揚げ足取らないでくださいよ!」

「うるさぁぁぁい! そもそもあなたが妙にタイプなのが悪いんですよ!」

「余計に恥ずかしくなること言わないでください! どう反応すれば良いのか分からなくなるでしょう⁉︎ いや元から分かってないけど!」


 なんだよ! 俺はそれなりに強いモンスターと戦うとか、それなりに危険な地に行くとか、そういう命を賭けるという意味で言っていたんだ! それが、性的に見られてくださいなんて言われるとは思わないだろうが!


「そ、そういうわけで、私にはオカズが無かったから、ずっと宝玉を作れなかったんです!」

「そういうわけって……もう少し事情を教えてください。まさか、ずっとオカズを求めていたわけでもないでしょう? なぜそんな状態に?」

「それは……呪いです」


 呪い? 


 それは、この世界に来てからというもの、ずっと耳にしてこなかった概念だった。


「この宝玉が壊れた時、オトノ様に言われたんです。『我に逆らったことを後悔させてやる。手始めに、性欲が昂った時でないと調合できない呪いをかけてやる』……と」

「失礼を承知で申し上げますが、カスみたいな神様ですね」

「オトノ様も悪くないんです! お互いに何もできなかった、不幸な事故なんです。ただ、オトノ様への誤解は一向に解けず……呪いもどうやら本物のようで……」


 ……試したのかな?


 俺は自分の頬を殴り、驚くナギさんを横目に血を吐き捨てながら言った。


「ひとまずは分かりました。仕方がありません、これも仕事です」

「あ、あの……大丈夫ですか? 凄い血が出てますけど」

「大丈夫です」


 ハンカチを取り出し、そっとを頬に添えるナギさん。そんなナギさんの顔が、とても近くにやってくる……!


「大丈夫です」


 ハンカチを持つ手をゆっくり離させ、微笑む。


「ありがとうございます」

「はぅっ!」


 なぜか胸を抑えるナギさんに背を向け……自身の左手を見た。

 ……す、すげぇ、柔らかかったな……


「違うだろ!」

「ちょおっ!?」


 顔面を殴り、煩悩を払う。


 ダメだ。こんなことを考えていてはダメだ。俺は勇者だぞ? これはただ、性的な話をしてちょっと脳にダメージが入ってしまっただけ。本来彼女は取引相手。ちゃんと仕事モードで臨まなくては。


「……素材は、既に手に入っているんですか? いえ、オカズではなく、その他の素材という意味です」

「わ、分かってますよ! それよりも怪我! 一体どうしたというんですか!?」


 何かビンのようなモノを片手に正面まで回ってくるナギさん。そうして自分なんかのことを心配してくれる姿に俺は……後ろを向いた。ぐるぐると回り、やがてローキックで脛をやられて無理矢理顔を固定されて何かを飲まされる。


 そして、みるみる内に痛みが引いていった。


「ナギさん、これは?」

「回復ポーションです。自慢じゃないですが、私は何かを作ることには自信がありまして」


 それからナギさんは、無理矢理固定していたのを緩め、優しく包み込むように抑え、撫でた。


「こんなにも綺麗なんですから、粗末にしてはダメですよ?」


 慈愛に満ちた目。真っ直ぐ俺の顔を見てくる彼女。


 そこでようやく、彼女をしっかり見た。


 身長だけ見れば小動物のような印象を受ける反面、一部スケールのデカい身体つき。


 髪は切らないのか地面にもつきそうなほど長く、前髪だけ避けるようにピンをつけていた。


 そして、丸く幼い顔。勝手な偏見、こんなことを思うのは失礼だと思う。しかし、正直……この子に村を背負わせるのは、重すぎると、そう感じた。


 オカズとかそういうデリケートなことを、この子に平気で背負わせる神に、怒りが湧いた。


 俺のことを好いてくれる彼女に、報いたい。


「……ナギさん」

「はい。なんですか?」

「タイプと、仰っていましたよね?」

「そこ掘り返しますか!? ま、まあ、そうですよ。私、勇者さんのことを見て、カッコいいと思ったんです。それに、真面目な方だなとも。あなたは本気でこの村の力になろうとしている。ファーストコンタクトがこれなら、あとは好きになるだけだと、確信したんです。だから私は、恥ずかしくてもあなたに助けを求めました」


 ナギさんが、俺に助けを求めている。


 こんなにも俺を認めてくれた人が、俺を信頼してくれている。


 なら……


「分かりました。宣言通り、あなたを助けます」


 立ち上がり、対等な取引相手として、手を差し出す。


「ナギさん。我が国、マテリアル王国の勇者として、申し入れます。どうか我々と、同盟を結んでください」

「……分かりました。アーシュ村村長代理として、その申し入れをお引き受けします」


 そうして俺達は手を結んだ。

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