雪の彼方

薄暗い部屋の中で目が覚めた。

夢を見ていた気がする。けれど、それがどんな内容だったのか、あまり思い出せない。

ただ、一瞬だけ暖かさを感じたような気がした。


目をこすりながら布団を抜け出すと、冷たい空気が肌に触れて、ようやく現実に戻る。

引っ越してから半年。慣れたとはいえ、朝の冷え込みは生まれた地のそれとはまた違う。


窓の外を見ると、乾燥した冬の空気に包まれた灰色の空が広がっている。

新潟で見慣れた湿った雪景色とは異なり、この街の冬はどこか無機質だ。

昨日もニュースで、今年は例年より寒い冬になると言っていた。


顔を洗い、朝食を済ませると、いつものように学校へ向かう準備を始める。

制服を着て鞄を肩に掛け、玄関を出る。

アパートの階段を下り、街の喧騒がまだ静かな朝の空気に溶け込んでいる中を歩き始めた。


東京に引っ越してから半年が経った。

僕――月島海人は、少しずつこの街での生活に慣れてきた。

生まれ育った新潟とは全く違う景色、絶えず行き交う人々の流れ、そしてどこか冷たいけれど活気のある空気。

それでも、慣れというのは不思議なもので、今ではこの街が当たり前の日常になりつつある。


冬が訪れた東京の空気は、新潟のそれとは違った。

あの湿った雪に覆われた風景はなく、どちらかというと乾燥した冷たさが肌を刺す。

僕はそんな冬の街を歩きながら、漠然と日常をこなしていた。


高校生活は平凡そのものだ。

部活には所属せず、勉強もそこそこ。

目立たないクラスメイトとして、特に大きな出来事もなく毎日が過ぎていく。

友達は数人いるけれど、特別深い付き合いというわけでもない。


冷たい風が吹き荒れる朝だった。

学校に着くと、教室の後ろに見慣れない姿があった。

長い黒髪に、雪のように白い肌。担任の先生が前に立ち、その人物を紹介する声が聞こえた。


「みなさん、今日からこのクラスに入ることになった柊結奈さんだ。」


彼女は静かに一礼し、教室を見渡した。

どこか落ち着いていて、それでいて周囲から少し距離を置いているような雰囲気だった。

その瞳が僕と一瞬だけ交差する。


「よろしくお願いします。」


控えめな声でそう言った彼女に、クラスのみんなが拍手を送る中、

僕はどこか不思議な気持ちを抱いていた。



その日の放課後、僕は教室でノートを片付けながら彼女のことを考えていた。

隣の席に座ることになった彼女は、授業中もほとんど視線を上げることなくノートにペンを走らせていた。


「ねえ、柊さんって、どこから来たの?」


同じクラスの女子が話しかけているのを耳にした。

だが、結奈は少し驚いたように顔を上げただけで、言葉を返さなかった。


「なんだか話しづらい子だよね。」


女子たちの声が小さくなるのを聞きながら、僕は席を立った。

教室を出ようとしたとき、廊下の窓越しに結奈が一人で机に向かっている姿が目に入る。

その姿がどこか孤独に見えたのは気のせいだったのだろうか。


その夜、東京の街に薄い雪が降り始めた。

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