雪の彼方。
@kabotya139
序章
東京が静寂に包まれる冬の夜。
普段は賑やかな街も、この日は降り続ける大雪によって音を失っていた。
街灯に照らされた雪の結晶が闇の中で舞い、
凍てついた空気が肌を刺す。
小学生だった僕は、雪の中を一人で歩いていた。
手袋も帽子も忘れてきた僕の手は真っ赤に腫れ、
息は白く、足取りは重い。
すっかり迷子になり、家がどちらなのかも分からなくなっていた。
「寒い……」
呟いた声は雪に吸い込まれるように消えた。
僕はもう立っているのも辛くなり、
ついに足を止め、その場にしゃがみこんでしまった。
「ここで眠っちゃダメ。」
ふいに、柔らかな声が耳に届いた。
顔を上げると、白い着物を纏った少女が立っていた。
長い黒髪が雪の中で揺れ、
彼女の大きな瞳が僕をじっと見つめている。
「……誰?」
僕は震える声で尋ねたが、少女は微笑むだけだった。
次の瞬間、彼女がそっと手を伸ばし、僕の頬に触れる。
その手は冷たいはずなのに、どこか安心感を与える温かさがあった。
「怖がらなくていい。すぐに暖かくなるから。」
そう言うと、彼女は空に手をかざした。
ふわりと風が吹き、雪が舞い踊る。
次第に僕の周りが不思議な光に包まれ、
寒さが薄れていくのを感じた。
眠りに落ちるような心地よさの中で、
僕は少女の顔を最後にもう一度見上げた。
「ありがとう……。」
その言葉を呟いた直後、僕の意識は途切れた。
目を覚ますと、僕は家の布団の中にいた。
両親が心配そうに僕を見守り、
おばあちゃんが「よかった、無事で」と涙を流していた。
「雪女が助けてくれたんだよ」
おばあちゃんがぽつりと呟いたその言葉を、
幼い僕はぼんやりと聞いていた。
雪女――それが何を意味するのか、そのときは深く考えなかった。
ただ、雪の中で見たあの少女のことだけは、
どこかで覚えているような気がした。
そして、その記憶は時間とともに雪のように薄れていき、
やがて心の奥底に埋もれていった。
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