第13話 貯水槽にたたずむヌシ
貯水槽に向かって進むリック達。彼らが持つ地図には貯水槽のについてメモ書きがあり、かなりの大きなスペースのある四角く天井がドーム型の部屋のようだ。先頭にイーノフ、真ん中にアイリスをはさむようにして、最後尾にリックの順で進む。
先頭を行くイーノフが立ち止まって前を指す。立ち止まった、イーノフの右にアイリス、リックが並び、彼が指した方に視線を向ける。そこには巨大な金属の扉があった。
「あの扉の向こうがヌシの住処だけど、いきなり正面から行くのはまずいと思う」
「にゃは! イケメン二人に囲まれてる! 私! 幸せ!」
リックとイーノフの間に立ったアイリスが嬉しそうに、二人に腕を絡めてきた。イーノフは困った顔してリックに助けを求めるような顔を向けた。リックがイーノフに気付いてアイリスの腕をつかんだ。
「すみません。イーノフさん! ほら、アイリスもまじめに考えろ」
「まじめだもん! 確かに正面からじゃ何がいるかわからないもんね……」
腕を絡めたまま話を進めようとした、アイリスの腕をリックは無理矢理にほどく。アイリスはプーと口をとがらす。ホッと安堵の表情を浮かべるイーノフだった。アイリスは、右手の人指し指を顎にあて、金属の扉を見つめている。リックはアイリスの横で地図を開いている。
「どこか別の入口とかあればいいんだけどなぁ……」
リックが持つ地図を背後から覗き込むアイリス、リックはジッと地図を見つめて考えている。
「うーん…… あっ! イーノフさん! 地図を見るとこの水道管がヌシの住処につながっているみたいです。人は通れそうですし上っていってみますか…… えっ!? どうしたんですか!」
地図を見ながらリックがイーノフに話しかけると、彼の目にはうっすらと涙を浮かべて笑顔を向けている。
「あぁ! なんかさっきからうれしいな! 作戦とかメリッサと相談するとすぐにうるせぇって言って槍もって突撃しちゃうから……」
「ははっ」
リックが複雑な表情を浮かべ、話が理解できないアイリスは首をかしげていた。昨日の歓迎会ではイーノフの方が主導しているように見えたが、普段はメリッサの行動に彼が振り回されているようだ。嬉しそうにイーノフはリック達の作戦を聞いて頷くのだった。
三人は話し合いの結果。今いる場所から数十メートル手前にある、大きな排水管が貯水槽へと通じているため、そこを使った強襲することにした。三人は道を戻り排水管の中へ入った。排水管はアーチ状の巨大なもので、人が並んで立って歩けるほど巨大だ。この排水管は水を貯水槽から出し入れするもので、東西南北に四つ同じものがある。水がわずかに流れる排水管を、三人ならんであるく、途中でアイリスが足を止めた。リックとイーノフはアイリスが立ち止まったのに、気づいて振り向いた。
「イーノフさん、リック、ありがとうね…… わっ私、こっこれが…… 勇者としての初めての依頼で、実は…… 怖くて……」
声を震わせて二人に礼を言うアイリス、リックとイーノフは顔を見合わせて笑った。
「大丈夫ですよ! アイリスさん! 僕達、防衛隊は勇者や冒険者や安心して冒険できるようにサポートするのが仕事ですから! ねぇリック!?」
「はい」
リックに同意を求めたイーノフは、優しく微笑みアイリスに近づいていく。リックは動かずにジッとしている。まるでこれから起こることを予想しているかのように……
「きゃぴ! 私のことをそんなに思ってくれるんですね! イーノフさん、やっぱりあなたが私の運命の人ですね?!」
「ちっちがう! リック、見てないで! 助けて!」
イーノフに絡みつくように抱き着いたアイリスだった。イーノフは、リックにすぐ助けを求める。かっこつけたことをした、イーノフの自業自得だと思ったが、リックは小さく息を吐いて彼を助ける。
「もう…… ほらいい加減にしろ!」
「やだー! もっと! ぬくもりがほしいの!」
アイリスをイーノフから引きはがすリック。アイリスは床にしゃがんで抱き着きが、足りないと不満げにじたばたしていた。
「こら! 濡れるぞ」
リックはアイリスの腕をつかんで強引に立たせるのだった。イーノフは抱き着かれた胸を辺りをさすって一息をつくのだった。
再び排水管の中を三人は進む、先の方から少し光が見え来た。イーノフはヌシに見つからないように、周囲を照らしていた光の魔法を解除した。排水管の先端までいくと、少しうす暗いがヌシの部屋がゆっくりと見えてくる。
「あれは…… ヌシ……」
「そうだよ」
「へぇ。おっきいお魚みたいだね」
三人はしゃがんでこっそりと水道管の影から頭をだして様子をうかがう。貯水槽の中は、作業照明用にランプが壁に置かれて、真っ暗ではなく薄暗い。中央に丸い大きな平たい床があり、周りには水が張られている。水門を操作した影響なんだろうか、その周りの水はかなりの深く床の縁にあふれそうに波打っていた。丸い床のちょうど真ん中に、大きな平べったい口の横からひげを生やした、大きな濃い緑色の魚が丸くなっていた。この魚が下水道のヌシだ。ヌシは邪悪な魔力を帯びた巨大なナマズで、十メートルと巨大な体に、体色は緑、腹は白く長いひげは電気を帯びており、獲物をしびれさせて食べる。
「ほっほら…… あそこ! なにか光ってる!」
アイリスがリックの横から指さした。リックが視線をアイリスの指したところへ向けた。そこには大きな魚の前に置かれた皿に、小さく丸い光る物がみえた。光り具合から金属だろうが、遠くてリック達にはよく見えず、指輪かどうかはわからない。皿の両脇には槍を持ったサハギンが立っている。
「ねぇ!? リック、あの光ってるのが指輪かな?」
「ここからじゃわからないな。とりあえずもっと近づいて…… あ!」
皿を見た大きな魚が口を大きくあけて、息を吸い込むと皿の光っている物を飲み込んでしまった。
「食べられちゃった…… うぅ。これじゃあもう……」
「どうしましょうか? イーノフさん」
「しょうがない。アイリス、リック、僕らでヌシを倒して確かめよう」
「えっ?! でも、俺達だけで倒せますか?」
リックの問いかけにイーノフは少し考えてから笑顔で口を開く。
「じゃあ、ここであきらめるかい?」
「いやです! 私はおばあさんと約束したんです! 指輪を見つけるって!」
「だったら三人で倒すしかない。なぁに大丈夫さ。僕たちならね」
首を大きく振って拒否するアイリスに、笑顔のイーノフは励ますように声をかけていた。アイリスはがぜんやる気になり気合が入った表情をする。リックは不安だったが、イーノフが大丈夫というならできるような気になっていた。
「とりあえず、まず、僕達が居る水道管はサハギンの右後ろにある。まずは飛び下りて近くにいる二匹のサハギンを……」
イーノフが二人に指示を出す。彼の指示内容は、水道管から飛び降り、二匹のサハギンを素早く倒し、三人でヌシを倒すという簡単なものだった。
「じゃあ悪いけど僕とアイリスがサハギンを片付ける間、リックがヌシを引き付けてくれるかな?!」
「わかりました!」
「リック、今こそ二人の愛の結晶である口づけをして勝利を誓いましょう」
口をすぼめてチューってしてくるアイリス…… リックは顔を背けてアイリスを無視する。リックに無視されたアイリスは不満げに口をとがらせてすぐに顔を横に向けた。
「じゃあ! イーノフさん! んー!」
「……」
イリックと同様に口をすぼめ、イーノフにキスを迫るアイリスだった。イーノフは顔を引きつらせて、何もせずにリックと同じように、無視するのだった。
「遊んでないで準備しろ!」
「チっ……」
リックの言葉にアイリスは舌打ちし、なんか言いたそうだったが、腰につけている短剣を抜いて準備し始めた。リックは静かに腰にさしていた剣を抜く。アイリスはリックの剣を見て首をかしげた。
「あれ? 前に村で使ってたやつより少し長い?」
「そりゃあ俺だって身長が伸びたからその分長くしたんだよ」
「そっかよく二人で遊んだよね! 戦いだーって! あはっ。懐かしいね」
懐かしそうに話すアイリス、二人は幼馴染でよく遊んだ。幼いころから勇者の才能を持つ、アイリスとの長時間に及ぶごっこ遊びが、戦闘訓練となりリックは鍛えられた。
「そうだ! みてみて私の短剣かわいいでしょ? 勇者村でもらったの!」
「あぁ。よかったな……」
自慢げにアイリスはりっくに自分の短剣を見せて来た。アイリスが持つ鞘に宝石が埋め込まれて、柄にもきらびやかな装飾が施された綺麗な短剣だった…… リックはその短剣を見ても特に驚くこともなかった、実はその短剣を彼は何度も見たことがあるのだ。
アイリスがリックに見せたものは、勇者村を卒業した勇者が、王都へと旅立つ際に配られる短剣だ。短剣は貴重な宝石などを使った装飾品で、戦闘の役にあまりたたないが、価値が高く勇者が近くの村で売り払い、新しいの武器を購入するのに利用する目的で配布されている。そのため王国にはかなりの数が流通しており、彼の故郷マッケ村にも商人が売りに来ていた。
「(うん!? でも王都までその短剣だけで来たってことは…… アイリスは……)」
リックは短剣から視線を上に向け、アイリスの顔を見た、首をかしげてアイリスは笑っている。
「準備はいいかい?」
「はっはい。行くよ。リック」
「あぁ」
イーノフが二人に声をかけた。三人は水道管の縁に並んで立った。
「二人とも無理しないようにね、危なくなったら逃げるんだよ。飛び下りる時も気を付けてね。あの水は深いし汚いし……」
下を見たリックとアイリスの二人は息をのんだ。中央に浮かぶ床まで距離が数メートルあり、下水の水が真っ暗で不気味に波打っていた。飛び下りるのに失敗したら深く汚れた水の中へ落ちることになる……
「じゃあお先に」
右手をあげたイーノフは飛び下りた。イーノフは身軽にふわっと浮かぶようにして床に着地した。リックとアイリスはイーノフを見て、顔を身わせた。
「俺達も行くぞ」
「うん」
二人は数歩下がって、助走をつけて飛んだ。飛び上がったリックの頬を湿った空気が流れ、視界に貯水槽の天井が近づいてすぐにはなれていく。押し付けられるように、体が徐々に下がっていく視線をしてに向けるとギリギリ、床の端が見えた。
「(届けーーーー!!!)」
必死に形相で走るようにして前へ前へと足でこいでいく。壁が下から上に流れ行き、リックの足に衝撃が走り、小さな音がした。リックはなんとか無事に床まで飛んで着地した。
「キャッ!」
悲鳴と同時にバチャっという音が響く。リックのすぐ横では縁のギリギリに着地したアイリスが、衝撃でバランスを崩して片足を水に落としていた。腕を振り回してなんとか耐えるアイリス、必死の抵抗もむなしく体が斜めに倒れる。
「おっと!」
「リッリック……」
リックがアイリスの左腕をつかみひっぱって何とかささえる、彼の顔を見たアイリスはにこっと笑うのだった。
「ふぅ。ギリギリってとこね」
「いや…… ダメだろ」
「ぶぅ!」
右手で額の汗をぬぐうしぐさする、アイリスに小さく首を振ったリックだった。
「ほら! 二人とも来るよ!」
イーノフの声がして二人が前をむく、サハギンが槍を構えてリック達に向かって走って来る。ヌシはひげをゆらゆらと向けて口をあけて空中に浮かび上がった。
「アイリスさん。行きますよ」
「はい」
短剣を構えて二匹のサハギンの間にアイリスが飛び込んでいく。一匹のサハギンが素早く向きをかえ、アイリスに向かって槍を突き出した。
「キシャーーーーーーーーーーーーーーー!」
「もう! 危ないじゃない! レディには優しくしなさい!」
アイリスは体をそらして華麗に槍をかわすと、相手の懐に飛び込み、サハギンの手を斬りつけた。槍から手をはなし叫び声をあげながら右手を押さえるサハギンだった。槍の転がる音が貯水槽に響く。
「リック! 今よ」
「あぁ」
リックはアイリスの前を駆け抜けてヌシの元へと向かって行く。もう一匹のサハギンが後ろからアイリスを槍でついてくが、アイリスはすぐに振り返り槍をかわす。アイリスは体を斜めにみしなが短剣を振り上げると、サハギンの肩を狙って短剣を投げつけた。
音がして短剣が、サハギンの右肩に突き刺さる。サハギンの顔が苦痛に歪む。
「下がって! アイリスさん!」
アイリスが動きをとめて、サハギンに向けてイーノフが杖を向けた。轟音とともに杖から炎の柱が噴き出してサハギン達へと向かって行く。
「「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」
うねりをあげて炎はサハギン達を包み込んだ。黒いサハギンの影が炎の中で踊るように動いている。赤い炎に頬を照らされながらアイリスは、少し寂しそうにその光景を見つめていた。
「すげえ…… サハギン二匹を一瞬で…… やっぱり第四防衛隊の人たちって…… うわ!」
リックの横をヌシのひげが通りすぎていった。ヌシはひげを鞭のようにしてリックに向けて叩きつけたのだ。接近してくるひげにリックは、すんでのところで気づき、足を引いて体を横にしてかわした。ひげは素早くもどっていき、叩きつけられた床が削れているの見える。
「あぶねえな!」
剣先をヌシに向けてリックが叫ぶ。
「気を付けてリック! ひげにに帯電してるから魔法を……」
イーノフの声がした。ヌシがもう一方のひげが天に向けていた。
「(あの光は…… 雷か!? あっ! そうだ! さっきソフィアがやってたみたいに…… よし! 俺もやってみよう!)」
リックは剣先を下に向け構える。彼の目の前が真っ白になり、直後に轟音に追われながら、青白い閃光がリックに向かって来た。ヌシは雷魔法をリックに向けてはなった。
タイミングを合わせてリックは腕を一気に振り上げ、剣の刃を閃光に向けて切りつけた…… 細いリックの剣はしなりながら真っ二つに閃光を切り裂いていく。閃光のちょうど真ん中くらいで、リックは刃を裏返し叩いて、回転させながら光を剣にまとわせるような仕草をする。
叩かれてグニュっと曲がった雷は、リックが剣を何度かひねると剣に巻き付いていく。
「あははは。思い付きでやってみたけど…… こんなことできるんだな!」
白い光に照らされ明るくなった顔を、さらに明るくさせリックは嬉しそうに笑っている。
「名付けて…… 他力魔法剣だ」
すべての雷を剣にまとわせ、ゆっくりと剣先を地面に向けたリックがつぶやく。
「えっ! リック!? なっ何をしたの!?」
イーノフはリックの行動に目を見開き驚いていた。リックはイーノフの問いかけには答えず、後ろを向いて笑いかけると、前を向いてヌシに向かって走り出した。
「ぼわあああああああああああああああああああ!!」
声を上げたヌシは、左右のひげをしならせると、交差させながらひげをリックに向けて叩きつける。
「おっと!」
体勢を低くくしたリックは滑り込むようにしてひげを避ける。リックの背中をかすめながら交差したひげが床に叩きつけられた。リックは浮かんでいるヌシの下へむかっていく。ヌシの視界からリックが消えた、彼は腹の下にまわり込んだのだ。
「ぼわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ヌシの鳴き声が貯水槽に響く。背びれと顔をあげ腹を突き出したような姿勢になったヌシは一気に急降下する。腹の下にもぐりこんだリックを、巨体で押しつぶそうとするつもりだ。
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