第14話 帰って来る場所
リックは上を向き、自身に向かって来る、ヌシの腹に目を向けた。ヌシの巨大な白い腹が迫り、影になったリックの周囲が薄暗くなり、リックの剣だけが白く光っている。自分を仕留めようと迫る、白いヌシの腹にタイミングを合わせ、リックは右手に力を込め、剣を勢いよく振り上げた。
「リッリックーーー!」
アイリスの叫び声がしてリックの視界が暗くなった……
貯水槽にズシンという大きな音が響いた。アイリスの目の前には、リックを押しつぶしたヌシの姿が……
「うっうそ…… リック…… クッ!」
目をつむって悔しそうに、目をそらすアイリスだった。
「ぼわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ヌシの声が貯水槽に響き、アイリスは呆然と目の前のヌシの背中から、閃光が天井に走っていき、真っ二つに裂けていく光景を見つめていた。
リックの目の前の視界が、左右にさけ光が差し込んでくる。彼のまわりにぽたぽたと赤い鮮血、管のような物体や肉片が散らばっていった落ちていく肉片の中にキラっと何かが光った。
ヌシの血と肉が散らばる真ん中に右腕を突き上げた姿勢でリックが立っていた。剣に巻きつけていた雷はなくなっていた。
「ふぅ……」
息を吐いたリックは、ゆっくりと右腕を下して、剣を軽く動かし血を拭い鞘におさめる。イーノフとアイリスの二人がリックに駆け寄って来る。
「すごい…… リック! 君はどうやって魔法を!?」
「えっ? ソフィアがさっき矢に魔法を乗せてたからヌシの魔法で試してみたら…… うまくいきました!」
「はっ!? ソフィアのを見ただけで…… はははっ、君はメリッサの言ってた通り面白い人だ! 一つ言っておくよ。そういうのは敵の魔法じゃなくて、自分の魔法で威力を調整してするもんだよ」
「えぇ!?」
驚くリックにイーノフは呆れた顔で、肩を叩いていた。イーノフ後ろから何かが飛び出してきた。
「すっごーい! かっこいい! やっぱり私の王子様だーーー!」
「こら離れろ! 苦しいだろ!」
「やだーーー!」
飛び出してきたアイリスで、リックに抱き着いたのだ。リックはアイリスの肩をつかんで必死にはなそうとする。イーノフは二人の様子を見て、首を横に振り何かを思い出したような顔をする。
「二人とも! 早く指輪を探さないと」
「そうだわ」
「えっとそれなら」
リックはさっき落ちて行った、光が向かった場所を見た。三人から少し離れた血だまりに、金色に輝く指輪が落ちていた。
「多分…… あれじゃないかな? アイリスほら取れよ!」
「やだぁ! リック! 取ってよ! 気持ち悪い…… わたし女の子だよ!?」
「いやいや。お前が依頼を受けたんだろうが!」
目の前で指輪をどっちが拾うか、押し付けあう二人にイーノフは首を横に振った。
「わかったよ僕が取るからもう喧嘩しないで! はぁ……」
イーノフが肉片から金属を拾う、ハンカチで拭いて笑顔をアイリスに向ける。
「はい! アイリスさん!」
受け取ったアイリスがしばらく手を見つめる。アイリスの目が次第に涙目になっていく。指輪を見つめるアイリスを見て、イーノフは満足そう笑う。
「帰ろうか、リック、アイリスさん!」
「はい!」
三人は地上に向けて下水道をまた歩きだした。
「リックが、私の助けてくれたのって? やっぱり私のこと好きだから?」
「違う! 絶対に違う!」
「えぇーーー! ひどい! イーノフさーん! リックがいじめますぅ! やっぱりあなたが私の王子様なの!? 指輪を渡してくれた時に私キュンキュンしちゃいましたーー!」
「えっ?! 違います! 王子様は違うと思うよ! リック、助けて!」
イーノフに抱き着いたアイリス、必死にイーノフはリックに助けを求める。リックは手慣れた様子で、アイリスをイーノフからはなす。
「もうちゃんと面倒みててよ。リック」
「なんで?! 俺にちょっと怒ってるんですか!?」
抱き着かれて疲れた顔した、イーノフがリックに向かって面倒をみろと言ってくるのだった。リックは不満そうに口をとがらせるのだった。地上に戻った三人にカルロスとソフィアが駆け寄ってくる。
「遅かったじゃないか! 大丈夫か!? おお! この娘が勇者か?! よくやったぞ! リック、イーノフ!」
「キャー! 渋めのダンディーなおじさま!」
「こっこら! 君! やめなさい私に大事なかみさんが……」
「アイリス! 隊長にも抱き着くなよ。やめろ!」
リックがカルロスからアイリスを引き離すと、カルロスに拒絶された、アイリスは涙を目に浮かべ、上目つかいでイーノフの元に向かっていく。今度はイーノフと腕を組もうとして拒否されるが、しつこく腕を組もうと繰り返す。リックは面倒くさくなり、しばらくイーノフにアイリスの相手を勝手に託した。
「あれ、メリッサさんは? ソフィア?」
「二人が勇者捜索に言った後、回復魔法で少し回復したんですけどすぐもとに戻っちゃいました。もうだめだからって家に帰りました。でも、勇者さんは元気みたいでよかったですね」
「そっか……」
残念そうに返事をするリック、彼は今のイーノフをメリッサに見せてみたかった。まぁメリッサが怒って二人が槍で串刺しになるだけだが……
イーノフを追い回すアイリスを見てリックが笑っていた。アイリスはイーノフとカルロスを交互に向かって行く。ふとアイリスが視界から消えた。
「あれ!? あいつ!? どこ行った?」
「うわぁぁん! みんな逃げるーー! やっぱり私にはリックしかいないのーーー!」
「うわ!?アイリス! 後ろから抱き着くな」
リックの背後に回り込んだ、アイリスは彼に後ろから抱き着いたのだ。
「ふぇ!? なんですか! この女の子は!? 私と言うものがありながら…… ひどいです! リック!」
「おいおい…… ソフィア! 何を勘違いしてるか知らんが! アイリスは男だぞ!」
「こら! リック! 女の子の秘密を簡単にバラしちゃダメーーー!」
手慣れた様子でアイリスを、引きはがしてリックは冷静に淡々と話す。アイリスはリックに向かって、指を交差させ不満そうにしている。ソフィア、イーノフ、カルロスの空気は止まっていた。
「えっ? ええぇぇぇぇーーー! 彼女?! 男なの? 嘘だよね! リック!?」
「大丈夫です。イーノフ様! 心は清純な女の子ですから…… うふ!」
アイリスはイーノフに駆け寄り、彼の胸に顔を摺り寄せ胸に指を立ててる。勇者育成の教育しか受けてないはず彼が、どこでこのような行動を覚えたかは謎である。
「ほんとかい?! リック? 彼女は…… 男なのかい? お前さん!? 僕に嘘はいけないよ!」
「はい! アイリス・ノームは正真正銘の男ですよ。まぁ本人いわく心は女の子らしいですけどね」
当たり前のように話すリック、カルロスは信じられないという顔でアイリスを見ていた。見られたアイリスは妖艶な笑いをカルロスに返すのだった。その姿は女性そのものだが…… そうアイリス・ノームは男勇者だ。彼女…… いや彼はリックと同じマッケ村出身の、限りなく女性に近い男勇者なのだ。昔からアイリスは、神様が間違えたと言って、女の子の服装で過ごしていた。勇者適性があるってわかった時は、通常なら驚いたり苦難な運命に嘆くのだが、アイリスはすごく喜び魔王を倒し、神様からのご褒美をもらうと喜んでいたという。そのご褒美とは幼馴染の大事な彼と結婚すること……
「ソフィア。大丈夫?」
リックはソフィアに声をかけるが、彼女もアイリスが男である事実に、驚いた表情で固まっていた。すぐにリックの右手を誰かがつかんだ。
「わっ!? なんだ?」
手をつかんだのはアイリスで、笑顔でリックに向かって口を開く。
「ねぇ。リック。一緒に指輪を届けに行こう」
「いやだよ。俺はもう任務終了なの」
「わっ!? こら!? やめろ」
拒否したら泣きながら、リックを引っ張って連れてい行こうとする、リックは踏ん張って動かない。
「やめろ。一人で行けよ。俺はお前を助けるまでが仕事なの!」
「やーだー! リックは私と一緒に行くの!」
「ふぇ?! ダメです! リックは私と詰め所に帰るんです!」
「おっおい。イーノフさん! 隊長!」
ハッと我に返ったソフィアがリックの左手をつかんで引っ張る。リックはイーノフとカルロスに、助けを求めようとするが、二人は驚いたまま呆然とたたずんでいる。
「だいたい! 何なの!? リック! このエルフメガネ女は?! こんな胸にだけ栄養がいってそうな女にだまされて!」
「ふぇ?! ひどいです! 下水勇者!」
「なんですって!?」
リックの手をつかんだまま、顔を突き合わせてにらみ合うアイリスとソフィア。
「いいから! 二人とも手をはなせ! もう!」
二人に向かって大声で叫んだリック、二人は慌てて手をはなすのだった。リックはソフィアに向かって微笑む。
「ソフィア、とりあえずみんなと先に行ってていいよ。俺はアイリスを見送ったら詰め所に戻るから」
「ふぇ!? リック…… わかりました! 待ってますね」
さみしそうな顔をしたソフィアは、ゆっくりと詰め所に向かって歩きだした。リックは彼女の背中を優しい表情で、見つめるとアイリスの方に顔を向けた。リックの顔はソフィアに向けた、優しい顔から真面目な表情になっていた。
「アイリス、もう行けよ。勇者としての役目があるんだろ?」
「リックーー! 私と一緒に指輪を届けてそのまま仲間になって魔王を倒しに行こうよ」
「いやだよ! 俺は騎士になるの! そのために防衛隊で実績をあげるの。勇者の仲間になったって騎士になれないし王女様から離れたくない……」
「もう! 昔っから私より王女様! 王女様って! もういやだよ…… みんな私を追い出そうする…… 勇者だから魔王のところに早く行けって…… 勇者になれて最初は嬉しかったけど…… もうやだよ……」
涙になったアイリスは、うつむいて声を震わせる。アイリスは強制移住や、勇者としての使命に重圧を感じているようだ。リックはアイリスの肩に手を伸ばそうとしたが、首を横に振って腕を下した。勇者になることも、アイリスの仲間になることもできないリックには、アイリスにしてあげることなどなかった。ただ…… 彼ができることは……
「アイリスの気持ちは…… ごめん。俺は勇者じゃないからわかんねえよ。でも、これだけは言っとく。王都は俺達が守ってるから! いつでもここに戻ってこい」
「私…… ここに帰って来ても…… 良いの?!」
「あぁ、別にお前が帰りたい時に帰って来いよ! 俺たちは勇者が帰る場所を守るのが仕事だからさ!」
「ありがとう…… リック! 私、行くね! おばあさん待ってるもんね。ごめんね。勇者が弱音なんか吐いて!」
顔をあげて指輪を見て笑うアイリス、先ほどまでの暗い表情とは違い少しだけ表情が明るい。リックは嬉しそうにうなずく。
「そうだ! 魔王討伐の旅を続けて…… 転送魔法を覚えたら毎日帰って来る! そしたら毎日リックと一緒だ!」
「げっ!? それはやめて!」
「えぇー!? いいじゃん! ケチ!」
アイリスは目にたまった涙をこすり、笑いながらリックに向かって文句を言う。
「リック! あのメガネエルフ女と浮気しちゃダメだからね」
「いやいや、ソフィアとはなんでもないよ。後、お前に浮気とか言われる筋合いもないけどな」
「ふーん、ほんとに? まっいいわ! ほっとくと私も旅先で良い男捕まえてリックのこと忘れちゃうからね」
「おっ! いいね! それはぜひ! かっこいい男を見つけて幸せになってくれ! 応援するよ!」
「べー! リック嫌いだよー」
舌を出してリックに向けるアイリスだった。しばらくすると二人は顔を見合わせて笑い、アイリスはリックに向けて右手を上げた。
「じゃあね…… 行って来る」
「いってらっしゃい。気をつけてな」
「うん」
アイリスは手を振って、依頼人のおばあさんが待つ町へ向かって駆けて行った。リックの目に映るアイリスの顔は、下水道で再会して時よりも少し頼もしく見えたのだった。
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