第12話 意外な関係
半地下の階段の先にある、自分達が出て来た扉をジッとリックは見つめて、何かを考えている。彼のすぐ後ろにはカルロスが居て、すぐ横には静かにソフィアが寄り添うように立っている。
「(勇者のくせに水門作業に巻き込まれて行方不明なんて…… ドジな勇者だな…… あれ?! でも…… 確か今日は下水道って?!)」
リックは出発前に、カルロスから受けた説明を思い出した。確か、その時の説明では、今日は下水道の出入り口は……
「下水道って今日は入口封鎖してたんですよね? 冒険者ギルドも仕事依頼しないって……」
振り向いてすぐ後ろに居た、カルロスに尋ねるリックだった。カルロスは彼の問いに、小さくうなずいて答える。
「そうなんだ。昨日の夕方から入口の封鎖はしてある。しかも勇者は冒険者ギルド経由じゃなくて、独自に街の住人から依頼を受けて古い井戸から侵入したみたいなんだ。それじゃ冒険者ギルドにも僕らにも情報は来ないからね」
「えぇ…… その古井戸も封鎖したり、町の人にも下水道の管理の日時を知らせれば良いのに」
「誰がその予算と人員を確保するんだい? 僕らはいつだってギリギリなんだよ」
なぜか力強く胸を張るカルロス、リックは彼の言葉に呆然としていた。勇者は冒険者ギルド自分で町の人から、依頼を受け封鎖されていない、入り口から下水道に侵入したようだ。呆れた顔でたたずむ、リックにカルロスは話を続ける。
「その勇者の情報だが…… 依頼した住民が帰りの遅いのを心配して保護を依頼した。住民から聞いた限りだと勇者村から旅に出たばかりみたいだな。つまり経験も浅く戦闘能力も低いだろう早急に保護が必要だ」
心配そうにするカルロス、勇者村とはグラント王国に居る勇者の才能を持つ子供が、両親と一緒に強制移住させられる村だ。そこでは子供たちに魔法や戦闘の訓練をして、魔王を倒す勇者として世界に送り出していた。村というよりは育成機関に近い。
「勇者がどの辺りにいるかって検討はついてるんですか?」
「井戸に落とした結婚指輪拾ってくれという依頼らしいんだが、落とした井戸の位置と水門を考えると流されたのは…… この辺りだな」
カルロスは地図を取り出し、リックとソフィアに見せて指をさす。カルロスが指したのは、貯水槽とかかれた広い場所だった。ソフィアが地図をジッと見つめている。
「あれ…… 貯水槽ってたしか…… 下水道のヌシの住処じゃないですか!!」
「そうだ。だからすぐに出発するんだ。メリッサ!」
カルロスが振り向いてメリッサを呼ぶ。だが…… メリッサはしゃがんで口を押え、傍らにいるイーノフは立ったまま背中を懸命にさすっていた……
「うっ…… また、行くのはちょっと…… 気持ち悪い! 臭いが…… ダメ」
二日酔いで口を押えたまま動けないメリッサだった。カルロスは、首を横に小さく振り、ソフィアに顔を向ける。
「しょうがない。ソフィア、メリッサに回復魔法を頼む。リックとイーノフは二人で下水道に戻って勇者の捜索を頼む」
「えっ?! はい、隊長! よろしくね、リック! メリッサはおとなしくしてるんだよ」
返事をしたイーノフはメリッサに声をかけ、リックの元へ駆け寄って来て彼に右手を差し出した。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
リックは手を出してきた、イーノフと軽く握手をした。にっこりと微笑むイーノフから、穏やな雰囲気が漂っていた。二人にカルロスが声をかける。
「お前さんたちいいかい? 任務は勇者の保護が最優先で、もし勇者が死亡していた場合はすみやかに死体を回収するか、不可能な場合は身元の分かるものをもって帰って来てくれ」
「「はい!」」
カルロスに返事をする二人、ソフィアはメリッサの横に座って、手を振りメリッサも寝ながら、申し訳なさそうに手を振っている。リックはメリッサを見つめて口を開く。
「イーノフさんって魔法使いですよね。残らなくて良いんですか?」
リックがイーノフが腰に視線を移して尋ねる。彼の腰には銀色で、竜の鱗をかたどった模様の柄に、先端に赤い宝石がついた杖がさしてあった。
「あぁ。僕は攻撃魔法や補助魔法専門の魔法使いだからね。回復魔法は苦手なんだ。だから、ソフィアの方が適任なんだよ」
「そうなんですね」
イーノフの回答にうなずくリックだった。魔法が使えない彼には馴染みがないが、魔法は使用目的によって攻撃、回復、補助などの分類があり、魔法使いによって得意な魔法が異なるのだ。
リックはイーノフに連れられ、再びじめじめとした下水道の階段をおりる…… 下水道につくと、ソフィアの時と同じようにイーノフが、周りを照らしてくれる魔法をかけた。ただ、その光の範囲が、ソフィアよりもかなり広かった。
「明るい! ソフィアも同じ魔法使ってましたけどこんなに違うものなんですね!?」
「そりゃあ一応ね。僕の方がベテランだし純粋な魔法使いだからね。ソフィアのエルフで魔力は高いけど本職は魔法使いじゃなくて射手だからね」
イーノフはリックの問いかけににこやかに答えてくれてる。メリッサを叱る時以外の、イーノフはずっと穏やかで優しく、メリッサのように厳しくされないだろうと、リックはふと安堵するのだった。
「リック、ちょっと待って! こっちへ」
「えっ?! なにかありましたか!?」
何かに気付いたイーノフがリックの手を引いて壁際に連れて行く。イーノフは背中を壁につけ、リックはイーノフを真似する。二人は並んで張り付いた。小柄で制服の上からマントを付けた、イーノフが腰につけたら杖を構える。
「どうしたんですか?」
「静かに! しゃべっちゃだめだよ!」
イーノフが杖を上にかかげるとやさしい白い光が二人を包む。直後…… 二人の進行方向にあった曲がり角から、サハギンが現れて目の前を通っていく。
「こっこれは……」
驚いた顔で目の前を通りすぎていくサハギンを見つめるリック。サハギンが見えなくなるとイーノフは笑った。
「幻惑魔法で僕たちを敵から見えないようにしたのさ。これで目的地まで無駄な戦闘はしなくてすむしね」
「すっすごい。さっきからサハギンがこの辺をうろついてますよね……」
「あぁ。そうだね。急いだ方がいいかな。ヌシは下水道のサハギンを下僕として従えていたはずだ。彼らが活発に動いているということはヌシの住処で何かが起きているはずだ」
「はっはい!」
リック達は急いでヌシの住処と言われる下水道の貯水槽へと向かう。彼らは何度か魔物と接触したが、の魔法のおかげで、戦闘になることなく貯水槽の近くまで来た。
「リック! そこで止まって!」
イーノフがさっきのようにリックを壁際に引っ張った。イーノフは少し先の曲がり角の方をジッと見つめていた。
「さっきと気配が全然違う。強大な魔力の存在を感じるけど…… これは…… いや。でも、一応警戒をしないといけないな。リック戦闘の準備を」
「はっはい」
リックは自分の細い片刃の剣を抜き、ゆっくりとイーノフが気配を感じた曲がり角へ歩いていく。緊張した面持ちで歩くリックに、イーノフが背後から彼の肩をつかんで止めて小声でしゃべりかけてくる。
「止まって。リック…… こっちにくるみたいだから僕が飛び出して魔法で攻撃するよ。君は僕が攻撃したら飛び出した相手を押さえてくれ」
「わかりました」
「よし! じゃあいくよ」
イーノフがリックを追い越し杖を構えてゆっくりと先にむかう。曲がり角の先で振り返り、リックに待てと合図を送った彼はすぐに飛び出し角を曲がった。リックから曲がり角を曲がったイーノフの姿が見えなくなった。
「きゃー! なになに?! あっ! すごい! 金髪のお兄さんが飛び出してきた! かっこいい! 私ついてるー!」
元気で明るく、少し興奮したような女性の声が、下水道に響き渡る。
「(あれ!? この声は……)」
リックは下水道に響くこの声に聞き覚えたがった……
「君は…… 大丈夫ですか?」
「怖かったーーーー! さぁ! 抱きしめてー!」
「えっ!? わぁ! ちょっとなんですか!? 君!?」
慌てたようなイーノフ声が聞こえた。自分が居る位置からは、彼の姿が見えないリックは、慌てて声をかける。
「イーノフさん? どうしたんですかー?」
「ちょっリック! 助けて! きっ君! 離れなさい!」
「防衛隊の方ですか!? 私を助けに来てくれたんですか! すごい感激ですーーー!」
助けに来たという言葉から、おそらくイーノフが遭遇したのは探していた勇者のようだ。リックは剣を鞘におさめてイーノフの元へと向かう。
リックは下水道の角を曲がるとそこには……先端が丸まった特徴的な緑色の長い髪で、丈夫そうな布の青い上着と、同じ色の丈の短いスカートをはいた勇者にイーノフが抱き着かれていた。
「お兄さん髪さらさらだしさっき飛び出してくる姿、かっこよかったですーーー!」
くりくりの黒い瞳を、キラキラさせて勇者が、イーノフの頭をなでてほめている。
「あっ! あれ? でも、まさか?」
リックは目を見開き驚いた顔で二人に近づき、イーノフに抱き着いている勇者の手を掴んだ。勇者リックの方を見た振り返る……
「なっなにすんだよ! 燃え上がる二人の恋を邪魔するんじゃ…… あーーーー!」
黒い丸い瞳と眉毛を吊り上げ、リックを睨む勇者だったが、すぐに目を見開いて驚いた顔する。
「やっぱり…… お前! アイリスだろ?」
「リック?! そうだよね! リックだよね! 久しぶり! 大好き! 会いたかったーーー!」
先ほどまでとうって変わって、目を輝かせて笑顔でリックを見る勇者だった。イーノフは二人の顔を交互に見た。
「えっ!? 知り合いなの?! リック…… とりあえずこの子を離してくれるかな!?」
「あっ、すいません! ほら、アイリス、イーノフさんから離れろ!」
「ちぇーーー!」
アイリスをイーノフからはなすリック。腕を組んでプクっと頬を膨らませる勇者だった。
「昔と何も変わらないなこいつは……」
勇者を見てつぶやくリック。プニっとほっぺたに黒い丸い瞳、緑色で波打ったようで先端が丸まった特徴的で、長く腰まで届きそうな髪、勇者の名前はアイリス・ノームという。アイリスはリックと同じ年の幼馴染で、マッケ村に住んでいた。二人は幼いころからずっと一緒に遊んでいた親友でもあった。しかし、王国民の義務である勇者適性検査を受けた結果。勇者適性を見出されたアイリスは五年前に村をでて、勇者育成のため施設である勇者村に家族で強制的に移住させられた。
「リックのその格好は? 王国の防衛隊なの!?」
「そうだよ! アイリスは指輪を探してるんだろ?」
「すごーい! なんでわかるの? やっぱり二人は離れていても心が通じ合って……」
「違う。任務内容の詳細を隊長から聞いたから知ってるだけだ!」
すごい期待した顔でリックを見たアイリスだったが、彼から出た言葉に不満そうに口をとがらせる。アイリスの行動にリックが、行方不明の勇者がアイリスで心配して損したと思うのだった。
「そういえば流されたって聞いたけど元気だな」
「そうなの! びっくりしたのーー! 急に水が増えて巻き込まれて私なんとか通路に上がって、さっきまでそこで服乾かしてたんだよ! リックも、もう少し早くくれば私の裸みえたのに残念だね!」
頬を赤くしてくねくねしながら、アイリスが裸だったことを語る。
「いや…… そんなのは見たくないからいいよ」
「えぇ!? ひどーい!」
「ガキの頃さんざん見てるからな。もういいよ」
「なによ! 私だって色々成長してるのよ」
「はん」
右手を頭の横に置き、左手を腰に当て、リックに体を見せるような、姿勢をするアイリスをリックは鼻で笑った。アイリスは両手をあげて怒り、リックは相手をしないように背中を向けた。
リック達の様子を見ていた、少し疲れた表情のイーノフが話しかけてくる。
「はぁ…… とりあえず勇者も保護できたし…… リック! 彼女を連れて地上に戻ろうか」
「えっ?! ダメですよ! 私まだ! 指輪を見つけてないの!」
アイリスが首を大きく横に振って戻らないと主張する。リックはイーノフに視線を向けた、イーノフは困った表情をしている。アイリスは、リックとイーノフの様子を見て、リックの手を強く握った……
「リック…… お願い! 私ねこの町のおばあちゃんと約束したの! おじいちゃんとの思い出の結婚指輪を見つけるって! だから!」
「それはわかるけど指輪がどこにあるかわかってるのか?!」
「水門から出された水は貯水槽に集まるからでしょ。多分…… 貯水槽にあるはずよ! お願い!」
通路の奥を指さすアイリス、貯水槽は下水道のヌシが居る場所だ。イーノフは困った顔でアイリスに声をかける。
「アイリスさん…… 僕は防衛隊のイーノフです。君はそこにこの下水道のヌシがいるってわかる?」
「ヌシ? 魔物ですか? いたらなんだっていうんですか?! 私は勇者として訓練を受けました! だから! 魔物くらい」
「無理だよ。確かに君から感じる、潜在的な魔力は僕達とはくらべものにならないだろうけど…… 今の君は駆け出しの勇者で能力の半分もだせないだろ? それじゃとても一人では行かせられないよ」
悔しそうな顔をしているアイリスを説得するイーノフ。アイリスは自分の肩に手を置こうとしたイーノフの手をはたく……
「ほっといてください! 私は一人でも指輪を取りにいきます! 勇者は困っている人を見捨ててはいけないんです」
「でも、君のことを保護するように依頼したのはそのおばあちゃんなんだよ?!」
「えっ…… だったら安心して待ってるように伝えてください。じゃあ!」
「ちょっと待って!」
アイリスはそのまま振り返ると、イーノフが止めるのを聞かずに歩き始めた。アイリスは前に進み姿が見えなくなっていく
「(はぁ…… 行っちまった。昔から一度決めたら動かない頑固なやつだからな。さて)」
暗闇に消えていくアイリスの背中を見たリック、彼はチラッとイーノフの方に視線を向ける。イーノフは下を向き顎に左手を当てて何かをずっと考えていた。本人が防衛隊の保護を拒否している以上は彼らの任務はここで終わりになるはずだった……
「リック! 僕はあの子についていくよ。君は戻って隊長に保護対象が拒否したと伝えなさい! それでわかるはずだよ」
「えっ?! イーノフさんなんで?! そこまで……」
「ごめんね、リック! あの子を待ってる人がいるなら、僕は無事にその人のところに連れて帰りたいんだ。もう待ってる人が悲しむ姿は……」
顔を上げたイーノフはさみしそうにリックに笑いかけると、彼に背を向けてアイリスを追いかけて行ってしまった。リックの視界から二人の姿が消えていく。リックは下を向いて少し考えから顔を上げた。
「もう! はぁ…… しょうがない!アイリスは幼馴染だし、イーノフさんには昨日はすんでのところを助けられたからな。まぁ俺が役に立てるかわからないけど……」
二人を追いかけるリック、二十メートルほど走ると、歩く二人の背中がぼんやりを見えた。
「待って! 俺も行く!」
リックの声が聞こえ、振り向いた二人は、笑顔で頷くのだった。
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