勇者編エピソード1

第8話 歓迎会の悪魔

 リックはしばらくはみんなと楽しく食べたり飲んだりしていた。楽しくにぎやかな時間がすぎていき、やがて会話も少なくなり静かになっていった。対面に座るメリッサだけは、楽しそうにグイグイお酒を飲んでいた。


「リックー! 助けてください」

「どうしたの? ソフィア…… えっ?!」


 リックの隣に座っているソフィアが、急に彼にもたれかかるようにして助けを求めてきた。彼女の大きな胸がリックの腕にあたり、彼はその心地よさと恥ずかしさから頬を赤くする。


「こら! ソフェ…… ソフェア! にげりゅな! まちぇ! ヒック!」

「私はソフィアです。ソフェアじゃありません!」


 赤い顔をして目がトロ~ンとして、ろれつのまわっていないメリッサが、お酒の入ったコップもってソフィアに抱き着いてきた。さっきまでの凛としたメリッサの面影はなく、ソフィアに抱きついた彼女はフニャフニャしている。意外なメリッサの一面に驚くと共に、あまりの変わりように若干の薄気味悪さを感じるリックだった。


「(なんだ? この状況…… なんかめんどくさいことになりそうな気がするけど…… あっ!)」

 

 酒をテーブルに置き、ソフィアのほっぺたにメリッサが、キスをした。


「ふぇぇぇぇん!」


 メリッサに吸い付かれたソフィアのほっぺたが、引っ張られてるのがわかる。女性にキスされてるのを見て、うらやましくないの光景をリックは初めて見た。


「うーん! ソフェア… チュー! はーーー! へへへっ! ごちそうさま! おいちかった!」


 ぷはーと豪快にソフィアのほっぺから唇を離した、メリッサは次の獲物を狙うように、首を横に動かしてキョロキョロと周りと見渡している……

リックの背筋が冷たくなる、どう考えてもこの流れから次に狙われるのは……


「うぅ…… お酒くさいです……」


 解放されたソフィアは、ハンカチで顔を一生懸命に拭いている。スッとリックはメリッサの、視界からソフィアを盾にして消えた……


「(ソフィア…… ごめんね。でも、俺達は相棒だから助け合わないとな)


 リックはソフィアに申し訳なさそうにする。


「ソフェア! うまかっちゃ! ちゅぎは! たいちょおおお!」

「わっ! やめっ! 来るな! メリッサ……」

「ふぅ……」


 カルロスが次の標的に選ばれたようで、メリッサは嬉しそうに彼の顔をつかんだ…… そしてカルロスの顔も蹂躙されていく。リックはまた視界に入らないように、こっそりとソフィアの影に……カルロスの顔を、さんざん蹂躙したメリッサは立ち上がって、次の標的を求めて隣のテーブルに向かっていく。


「(おいおい。大丈夫なのか!? 他のお客さんたちと揉めることになるんじゃ…… あれ!? でも、隣のテーブルの人達はメリッサさんが近づいても笑顔で盛り上がっているな)」


 リックの心配をよそにメリッサが向かった先のテーブルは盛り上がっていた。それを見たナオミが慌ててメリッサの元へ向かう。

 

「もうママ! だめー!」

「ニャオミーーー! ママとチューしよう!」

「お酒臭いからやだ! えっ!? ママ! やめて、やめてーーー!」


 止めに入ったナオミに抱き着いてメリッサは、ソフィアとカルロス同じようにキスをしていた。ナオミは必死にメリッサの顔を抑えて半泣きでいやがってる。


「ねぇ!? ソフィアあの惨状は……」

「メリッサさんは酔うと誰彼かまわずキスしてくるんです…… しかも、ここの常連さんたちはみんなそんな酔ったメリッサさんを面白がるんですよ! いつもはイーノフさんがいるんでこんなに野放しには……」

「げっ!? そうなの!?」


 面倒くさそうな顔をするリック、ソフィア達には申し訳ないが、この厄災が終わるまで彼は、他人の振りをすることを決意した。幸い彼は今日メリッサと会ったばかりで自分が標的にされる可能性は低い……

 

「リッキューーー! みーーーちゅけた!」


 甘ったれた声がリックの背後から聞こえる。彼の淡い期待はもろくも崩れさった。

 誰かに首をつかまれゆっくりと振り返るリック、そこには…… うつろな瞳でにんまりとした口をしたメリッサが居て口をすぼめていた。近づくメリッサの口から、チューっという音が漏れている。


「えっ!? うそ!? 力がつよすぎる……」


 強引に顔をつかまれたリックは、メリッサの口の方に引き寄せられる。


「あっ!? いや! いや! やめてください」

「リッキューーー! リッキュ! チュウーーーーー!」

「ぶちゅううぅぅぅぅぅーーーーー!!」


 激しくリックが座れる音が店内に響く。リックにはほっぺたに生暖かい感触と…… ほほをつたう液体がべっちょりとした感触が……


「ううう…… 酒くさい! やだ……」

「ちゅぎはリッキュと口でチュッチュする!」

「えっ? なっなに? ちょっとメリッサさん?」


 両手でリックの頭をつかんで、強引に自分の方を向かせるメリッサ、彼女はにやりと笑うと口をすぼめて顔を近づける。


「ちょっとメリッサさん! 俺…… 初めてなんですけど…… だからやめてください!」

「やっちゃー! リッキュー! ファースキシュもりゃーい!」


 リックの言葉に嬉しそうに、舌なめずりしてメリッサは、力強く彼を引き寄せていく…… リックは必死にメリッサの顔や肩を手で押さえつけるが、力が強いメリッサに抗えずに、徐々に彼女の唇が近づいてくる。


「えっ!? ダメでーす!」


 ソフィアが助けようと、メリッサの腕を引っ張っているが、メリッサはビクともしない。リックの目の前に目をつむり乙女の顔になったメリッサさんが……


「やだ! やめてくだ…… やめろーーー!」


 必死に抵抗するリックの目の前が暗くなる。あきらめた彼は目をつむったのだ……


「こら! 何をしてるの!? メリッサ!」


 突然、男の叫び声が店内にこだました。目を開けたリック、メリッサは嬉しそうな顔をして振り返る。リックとがメリッサが向いた方に目をやると店の入り口に背は小柄で、耳までくらいの長さの、金髪で前髪がおかっぱの青年が立っていた。瞳の色は青で目の形は丸く目つきは優しく雰囲気はおとなしそうな感じの人だ。青年はリック達と同じ茶色の防衛隊の制服に身を包んでいた。青年はリック達のテーブルに近づいてくる。


「イーニョフだ! イーニョフ! きょれちんじんのリッキュ! リッキュ!」

「はいはい。わかった、わかった。もうそんなに酔ってダメだよ。メリッサ」

「ひゃい! ダメでしゅ! イーニョフ!」


 イーニョフではなく彼の名前はイーノフ。彼がメリッサの相棒であるイーノフだ。


「たっ助かった……」


 イーノフの姿を見たとメリッサはリックへのキスをやめ、まるで子供が先におもちゃをみつけた時のように、無邪気にリックのことをイーノフさんに見せて自慢げにしていた。優しい表情をしてイーノフは、メリッサの頭を少しなでると、メリッサさんはおとなしくなってイーノフさんに促されて自分の席へと戻る……


「なっなんだ!? メリッサさんが素直に従ってる…… この人は猛獣使いかなんかなのか?」


 リックのがメリッサを手懐けるイーノフを見てつぶやく。


「あっ?! ごめんね。いきなり大きな声出して。僕はイーノフ! 君がメモに書いてあった、新人のリック君かな? よろしくね」

「はい。俺はリック・ナイトウォーカーです。今日から第四防衛隊に入りましたこちらこそよろしくお願いします」


 丁寧にリックに向かって挨拶をするイーノフ…… リックは自分よりも小さくて優しそうな彼が、メリッサを制御するのが不思議でしょうがなかった。


「ははっ、ごめんね。驚いたろう? 昔からメリッサはお酒を飲むとああなるんだよ」


 ナオミがリック達の席へとも来て、メリッサの様子をみてからイーノフに近づく。


「イーノフおじさん! もうママ大変だったのよ! なんで一緒にいてくれなかったの?」

「今日はおじさんは別の町に用事で出かけててね。今、帰ってきたんだよ。ごめんね」


 笑いながらイーノフはナオミに答えている。


「ママはおじさんが居ないとすぐ調子のるんだから! ずっと一緒に居なきゃだめだよ。早く結婚してずっとそばにいてあげてよ。私もイーノフおじさんならパパになっていいよ」

「えっ!? それはその……」


 ナオミの言葉にイーノフは、頬を赤くして恥ずかしそうにうつむき、他の客から歓声が上がっていた。


「うーん…… 気持ちわるい」

「あっ! ナオミちゃん! お水を持ってきて」

「えっ!? もう…… わかったよ」


 イーノフはきちんと答えずに、メリッサさんの様子を見て、ナオミに水を持ってくるように指示をだした。ナオミはちょっと不満そうに水を取りに厨房へと駆けて行った。少ししてナオミが水を持ってきてメリッサに渡していた。水を飲んだメリッサにイーノフが、声をかけてから彼女に肩をかして抱きかかえて起き上がった。毎度のことなのか、手慣れた様子のイーノフだった。


「じゃあ僕は奥の部屋にメリッサを連れて行って寝かしつけてくるよ。ごめんね、リック! せっかくの歓迎会だけあまり話せなかったけど…… これからもよろしくね!」

「こちらこそよろしくお願いします!」

「そうそう。明日は下水道管理の日だからね。大変だよ。じゃあまた明日」


 笑顔でじゃあと挨拶をしてイーノフは、メリッサをかかえてお店の奥に行ってしまった。メリッサを抱えていく様子を見ながらリックは隣のソフィアに声をかける。


「イーノフさんとメリッサさんはずいぶん親しいんだね」

「はい。イーノフさんとメリッサさんは同じ村の出身で幼馴染なんですよ。」

「そうなんだ」

「メリッサも前の旦那が亡くなってだいぶ経つからな…… そろそろあいつとなら……」


 カルロスが少し寂しそうに、酒の入ったコップを口へと持っていく。リックは静かにカルロスの様子を見つめてハッと何かを思い出した顔をする。


「あっ! そうだ! 隊長。イーノフさんが言ってた下水道管理の日ってなんですか?」

「あぁ。明日は月に一度の王都下水道管理の日なんだよな……。まぁ詳細は明日話すよ。まわりはまだ食事中だしね。それにそろそろお開きにして家に帰らないと僕がカミさんに怒られる」


 店の大きな柱時計を指さすカルロス、時計は夜の九時をさしていた。


「家に帰る…… あっーーーー!!!」


 リックは思い出した。彼には王都で泊る家はない。騎士団試験で滞在していた宿はすでに引き払っている。


「たっ隊長…… 俺、泊まるところってか住むところ……」

「うん!? あぁ! 大丈夫だよ。ソフィアと一緒のところで部屋空いてるから」

「はっ? ソフィアと一緒?」

「第四防衛隊の寮があるんだよ」

「寮!?」


 驚くリックにカルロスが説明する。現在、ソフィアの住んでる家は、第四防衛隊の寮として借り上げた家で、部屋数がいっぱいあまっているとのことだった。


「ソフィア! そういうわけだから、家にリックを案内してやってくれ」

「リックも一緒に住むんですか? やったー! 私ずっと一人で広い家でさみしかったんです」


 嬉しそうに手を胸の辺りに組むソフィアだった。


「(えっ!? 拒絶しないのか…… 一緒に住むんだぞ。あんなことやこんなこと…… ぐへへ)」


 ソフィアに拒絶されずに喜ばれたリックに、少しよこしまな考えが起きる。それを見透かしたのか背後からカルロスが声をかける。


「ちなみにソフィアは魔法と弓の使い手だからな。手を出そうとして丸焼きにされたり矢で串刺しにされても文句言うなよ」

「えぇ? 私はそんな野蛮なことしません」


 リックの方を向いて、首を横に振るソフィアだった。ホッと安堵の表情をする、リックにソフィアが話を続ける。


「エッチなことする人は麻痺魔法で動けなくして少しずつあそこを削って…… 魔物の餌にするだけです」


 眼鏡の奥を光らせてにこやかに言い放つソフィア。リックに視線を向けニコニコと笑い始めた。彼の股間に涼しい風が吹いたような気がした。首を大きく横に振って、ソフィアに手を出さないと誓うリックだった。

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