第7話 リックの弱点
女の子を抱えたメリッサは、女の子を地面に寝かした。目をつむりわずかにメリッサの口が動いた。すると彼女の手が緑に光りだした。メリッサが回復魔法を女の子にかけ始めたのだ。
「ふぅ。これで彼女も安心か。でも……」
リックが目の前に視線を向けた、三人の前にはまだ五匹のサーベルウルフが立っている。
「さっ! 後は全部あんたが対応するんだよ」
「はっはぁ……」
「ほら何事も経験だよ、経験!」
「(経験っていきなりこんなことさせるから三日で新人が死んだりするんじゃ……)」
回復魔法を女の子にかけながら、メリッサは左手でサーベルウルフを指してリックに指示を送っていた。
「はぁ。行くか!」
「ガルルルル」
静かに息を吐いたリックは、サーベルウルフの前に出た。サーベルウルフ達は体を低くして威嚇するように喉をならし身構える。リックは剣を抜いて、剣先を下にして右足を少し引いて構える。
「あの構え…… リック? あんた……」
サーベルウルフがいきり立ち、グルルと牙をむきながら、ジリジリとリックとの距離を少しずつめてくる。
「来る……」
目を大きく開くリック一匹のサーベルウルフがとびかかって来た。よだれを垂らし大きな口を開けてリックにその長い牙を突き立てようとする。リックはサーベルウルフの動きを視線で追いながら、右足を大きく引いて体を斜めして攻撃をかわし、足を斜め前に出し体を入れ替えサーベルウルフの横へと移動する。リックは下に向けていた剣を、振り上げサーベルウルフの体の下まで持ってくる、剣を水平に振りぬいた。体の下をリックの剣が滑るようにして、サーベルウルフの前足と後ろ脚を同時に斬りつけられた。リックの剣が降りぬかれると同時に、ボタボタと音を立て四本のサーベルウルフの足が地面に落ちて体は地面に叩きつけられた。
「ごめんな」
「キュイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン」
剣を戻したリック、腕を引いて地面に落ちた、サーベルウルフの腹に剣先を向ける。そのまま右腕を伸ばし、サーベルウルフの腹に剣を突き立てた。甲高い叫び声がしてサーベルウルフが息絶えた。
「ふーん。意外とやるじゃない… 後四頭だね。頑張れ」
「メリッサさん……」
手をたたいてうなずきながら、リックに声をかけるメリッサ、彼女から楽しそうな雰囲気が伝わって来る。初任務で魔物と対峙して必死なリックは横目で彼女の顔を睨んでふうと小さく息を吐いた。視線を前に向けたリックは、再び剣を下してサーベルウルフと対峙する。
残ったサーベルウルフ達は、鋭い眼光と長い牙をむき出しにしてグルルと喉をならしている。リックは王都までの道程で、何度か魔物と対峙したことはあるが、ここまで敵意を向けられたことはない。サーベルウルフを見ながらメリッサが静かに口を開く。
「冒険者達が、自分の家族を殺したもんだからすごい怒ってるでしょ?」
「そりゃ怒るでしょうけど……」
「あいつらはクエスト成否にかかわらず町に帰ったら終わりだけど、狩られた魔物の一族は人間を恨んで凶暴化して近くの町を襲うようになるんだよ……」
「えっ!? そんな…… 冒険者ギルドは何をやってるんですか?」
リックは驚きメリッサに尋ねる声が思わず大きくなる。メリッサは静かに首を横に振って冷静に淡々と答える。
「あそこは依頼者と冒険者を仲介するところだ。後の処理を頼みたきゃ。あんたが依頼を出すんだね」
悔しそうにするリック、彼の表情を見てメリッサ静かに笑う。彼女はどこか嬉しそうだ。
「それにね。人間を恨む魔物が暴れれば冒険者ギルドに依頼が増えるから逆に冒険者は喜ぶんだよ」
「えっ? それじゃあ…… おっと!」
話の途中でサーベルウルフが四頭まとめてかかってきた。リックは冷静に一体ずつ攻撃をかわし、最後の一頭が彼の間合いに入ってきた。
「さっきのと同じに足を…… だめだ! それじゃあ間に合わない!」
リックが視線と少しずらすと、攻撃を終えた三匹が次の攻撃にうつろうとしていた。視線を動かしリックは、目線が間合いに入ったサーベルウルフの首に固定される。右足を引きながら、右腕を体と交差するようにして左腕の近くへ持っていく。嚙みつこうとしたサーベルウルフの体が彼の横に近づくと同時に右手に持った剣で首を斬りつける。
「キュイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン」
首を斬られたサーベルウルフが、鳴き声をあげ地面に叩きつけられる。すぐにリックは体を反転させ、残ったサーベルウルフをにらみつける。次の攻撃をしようと構えていたサーベルウルフ達は、リックに睨まれると攻撃をやめて威嚇を始める。
「へぇ…… やるじゃん! さぁ、早く片づけなよ」
笑顔でリックにさっさと片付けろと、メリッサがまた煽るように指示をだす。だが、少しのにらみ合いのあとサーベルウルフは威嚇をやめてあきらめたのか反転してトボトボと森の方に戻っていく。その様子を見ていたメリッサは少し驚いた表情をしていた。
「リック。あんた! なんで何もしないのよ?」
「えっ?! あっ…… サーベルウルフは逃げ出したからいいかなって……」
「ふーん、まっいいよ。じゃあ戻るよ」
メリッサは目を細くして、ジッとリックの顔を見つめていた。気まずそうにリックは顔をそむけるのだった。二人は怪我して気を失っている女の子を連れて王都へと戻る。衣服が破れた女の子にはメリッサの制服がかけられメリッサの上半身は白いシャツに直接胸当てをつけていた。メリッサの体は細身が、筋肉でしまっており、シャツはパツパツで隠れている肩や背中には、無数の細かい傷が浮き上がっている。
「メリッサさん…… 冒険者ギルドは魔物が町や人を襲って平気なんですか?」
街道で前を行くリックが、前を向いたままメリッサたずねる。
「あぁ。さっきの話かい。あんたの背中に背負ってるやつに期待するだな」
「えっ!?」
「そいつらがみたいなひよっこが無事に成長して依頼を完璧にこなせるようになったら今日みたいなことは減る…… あたしら兵士はそれを見守るしかできないのさ」
「そうですか…… わかりました。じゃあ今日はそれに少し近づいたんですね」
気を失ったままの女の子を背負った女の子に笑顔を向けるリック。メリッサはリックの背中を見て満足げに笑っている。王都が見えてくると剣士を助けるように、依頼した女の子が駆け寄ってきて涙を流しながら喜んでいた。
メリッサとリックの二人は顔を身わせて笑い、怪我した女の子を渡した。その後、女の子はメリッサから身の程を知れって怒られるのだった。
説教が終わり、冒険者の女の子たちが、王都に戻るのを確認した、二人が自分たちも引き上げようとした、その時である。
「ちょっと待ってリック」
「なんですか?」
袖を通さずに制服を、羽織っただけのメリッサが槍を出して、すばやく構えるとリックに向かって突き出した。槍はリックのわき腹を狙っている。リックはとっさに反応して、体をひねりながら剣を抜刀すると同時に、槍をなんとかはじき軌道をずらす……
「なっ何をするんですか!?」
「あんたの能力にちょっと気になってさ。ほら構えて!」
槍を素早く引いたメリッサがまた、槍でリックを突いてくる。メリッサ攻撃をかわしても、彼女の鋭い攻撃を連続で繰り出されたら、次の一撃でリックは確実に仕留められる。彼は槍を剣で受け止めた。大きな音が周囲に響く。
にやりと笑ったメリッサが槍を引こうと…… だが、リックは前に出て、槍の刃の部分を受け流しながら、メリッサが槍を持つ手へと剣を滑らしていく。ハッと目を大きく開いてリック狙いに、気付いたメリッサはとっさに槍から片手を離す。
「ひっかかったな。いまだ!」
槍をリックは空いてる左手で、つかんで引っ張り自分のほうに彼女を引き寄せる。急に槍を引っ張られ、体制が崩れて前に傾いたメリッサに、リックは剣をメリッサが羽織った制服の肩辺りに軽くあてる…… ふわっと制服が地面に落ちた。メリッサは落ちた制服と、自分の肩に置かれたリックの剣を見て、驚いた表情をしている。
「くっ…… あたしがやられた?! へぇ! やるじゃない…… こんどはあんたから攻撃してごらんなさい」
「えっ? おっ俺から!?」
落ちた制服を拾い、再び肩に羽織って、リックに次は向かって来いというメリッサだった。むかって来いと言われたリックは目を見開く明らかに動揺していた。
「そうだよ! 早く来な!」
槍を構えたメリッサが叫ぶ。リックは右手に力を込める、緊張しているのか彼の持つ、剣が小刻みに震え出した。
「えい!」
リックは少し後ろに下がって距離を取り、剣を構えて攻撃を開始する。走ってメリッサに近づきリックが剣を振り下ろすとあっさり槍で防がれる。リックの攻撃をはじいた彼女は、驚いた表情をしてすぐに不機嫌そうな顔に変わった。
「なに? これ? 冗談でやってるの? はぁ…… まじめにやりなよ! もう一度」
「あっ…… はい……」
リックは自信なさげに返事をし、剣を戻すと再び構えてメリッサに打ち込む。こんども彼女は手を動かすだけで止める。
「やっぱり…… あんた、さっきのサーベルウルフも攻撃させてばっかりで自分から攻めないなと思ったんだけど… まさか攻撃できないの?」
「今ちゃんと攻撃したじゃないですか!」
「いやいや…… こんなの誰でも防げるわよ! あたしの突きを防いで反撃した動作はどう見ても一流なのに……」
静かに剣を下してうつむくリックだった。
「だっだって、騎士は王女様を攻撃から守るのが務めだから、俺は敵の攻撃を受け流して反撃をする練習ばっかして…… 自分から攻撃するのは……」
「はぁ?! 王女様の為に攻撃の受け流しを? それでこんな攻撃しか? だから、その剣もそんな形なんだ? …… あははははは! あんたやっぱ面白いね」
大きな声で笑うメリッサ、リックは少し悔しそうに彼女を見た。彼は十分自覚しているのだ、自分が
「ははは…… 毎日十五分!」
「はっ? なんですか?」
「勤務の時とかに時間作ってあげるからあたしと訓練しなよ! 防衛隊って名前でも攻撃できないんじゃ話にならないからね」
「えぇ!? はっはい。ありがとうございます」
メリッサはそういうと胸元に右手手を当てる槍は彼女の左手から消えた。リックも剣を納め二人で詰め所にもどっていく。
帰ると隊長のカルロスとソフィアが出迎えてくれた。うきうきした雰囲気で笑顔の二人を見て、訓練場でひっかけられたのを思い出し少し疑いの目で見るリックだった。
「おっ! 帰ってきたか! 今日はもう二人もあがりだからな。イーノフももうすぐかえってくるし! これからリックの歓迎会だよ」
「リックをおもてなしですよ」
「えっ? はっはぁ……」
「やった! 酒だよ! 酒! リック! 歓迎会なら隊長のおごりですよね」
驚くリックに横に立っていたメリッサが彼の背中を叩く。
「いやメリッサ…… リックの分は僕がだすけど他の人は自腹……」
「あぁん!?」
メリッサの眼光がカルロスを捉える。リックの体が恐怖でビクッと痙攣する、なぜならその眼光はさっきのサーベルウルフを見た時より鋭かったからだ。
「はぁ……」
ため息をついたカルロスは、メリッサの視線から逃れ、ソフィアの隣の席で何か作業を始めた。
「よし! これでイーノフには伝言を残したし。さぁみんな行こうか」
一枚の紙切れのメモを机の上におき、カルロスは顔をあげるとリック達に声をかけた。首をかしげたリックは隣に立つソフィアに口を開く。
「ソフィア。さっきも言ってたけどイーノフさんって誰?」
「イーノフさんはもう一人の第四防衛隊の隊員です。メリッサさんの相棒なんですよ。今日は出かけていて帰るまでもう少しかかるから、先に歓迎会を始めようって隊長が言ったんです」
「そうか。ありがとう」
小さくうなずくリック、ソフィアから説明があったように、第四防衛隊では二人一組の行動を基本としている。ソフィアの相棒がリックなら、メリッサにも相棒はいるはずである
リックの頭の中でメリッサは一人でなんでもできそうだから、相棒などいらないのではという考えが浮かび視線を彼女へ向けた。すぐにメリッサと目があい気まずい思いをするリックだった。
「ほら! リックが主役ですから早くいきますよ」
「えっ!? うわ!」
ソフィアに腕を引っ張られて、リックは詰め所の外へ連れ出された。カルロスの先導でリックは、詰め所をでてすぐある路地を抜けて裏通りに行く。第四防衛隊の詰め所の裏手には、鍛冶屋や薬屋といったお店が並んでいる通りがある。
「リック! 今日行く店は”樫の木”って言ってね。これから何度も通うこと多くなるから覚えておくといいよ」
笑顔で振り返りカルロスがご機嫌で話している。四人が向かっているのは酒場兼食堂の”樫の木”という店で、安くてうまい防衛隊隊員が頻繁に利用する店だ。
裏通りを歩いて数分で、赤い屋根に煙突がついた、石造りの建物で軒先にフォークとナイフが交差した看板がかかった建物が見えて来た。ここが”樫の木”だ。カルロス達は慣れた様子で扉を開け店内へ。リックはそれに続く。店内は木製の五人掛けくらいのカウンターと数席のテーブルという大きさで、すでに先客の防衛隊によりにぎわっていた。リックは食堂の大きさを見て驚いているが、王都で営業している酒場では小さい方だ。
「いらっしゃーい! あっ! ママだ。おかえりー」
トレイを持った女の子が、店に入ってきたリック達を見て声をかけてくる。彼女は走って来るとメリッサに抱き着いた。
彼女は、十二歳くらいの、ふわふわの黒い毛の猫尻尾と猫耳をした獣人の女の子である。黒い猫耳の短い黒髪で、つぶらな黒い瞳を持ってニカっと歯を出して笑う、元気のよさそうな子だ。メリッサに抱き着いた彼女はリックを見て不思議そうな顔をする。
「あれ? 初めて見る人だー! 新しい人?」
「そうだよ。今日はママ、ここでこの人の歓迎会をするんだよ。よろしくね」
「あっ! じゃあおばあちゃんが言ってた予約ってママ達だったんだね。よかった。そこに座って! ママたち来たっておばあちゃんに言ってくるね」
「ありがとうね…… あっ! こら気をつけなよ」
女の子はメリッサと会話を終え、元気よく走って行ってしまった。慌ててるのか他のお客さんにぶつかりそうになって、メリッサさんに注意されていた。
「メリッサ。相変わらず元気だね。ナオミちゃん、もう七年くらいか……」
「私もいつも彼女を見てると元気になります」
「誰に似たんだがお転婆でさ。少しはソフィアみたいにおとなしくしてくれるとねぇ。でも、しっかり育てないとあいつの…… あっ! リック、驚いた? ここは私の家であの子は私の娘のナオミよ」
メリッサの問いかけにうなずくリック。リックは何度かメリッサとナオミを見比べる、人間でナオミは獣人、種族も違うしほとんど彼女の面影がなく、とても彼女の娘というのが信じれなかった。
「はい。まさかメリッサさんに獣人の子供がいるなんて」
「あはは。あの子は養女さ。七年前にあの子が五歳の時にあたしが引き取ったんだよ」
「そうなんですね」
事情を聴いて納得したリックだった。ナオミとメリッサには複雑な事情があるようだ。メリッサはナオミが運んでくる料理や酒に目を輝かせている。
「ママ! 飲みすぎたらダメだよ」
「ナオミありがとうね。でもねぇ…… おばあちゃんの手料理はお酒にピッタリなのよね」
「私はお仕事だからママの面倒はみないよ!」
「あれ!? お酒がいっぱい!? ソフィア、リック! 勝手に頼んじゃだめだよ! 君たちにお酒はまだ早いよ」
「えっ!? 隊長、私とリックにはぶどうジュースが来ましたけど?」
ソフィアの言葉にリックがうなずく、二人の手にはぶどうジュースが注がれたコップが握られている。
「隊長! それはあたしんだよ。私が飲むの! あんたは支払いだけしてくれればいいからさ」
「えっ!? ちょっとそれは…… あっ!? ちょっと! まだ食べるな! いちおう挨拶をだな」
運ばれてきた料理にさっそく手を付け、酒をグイグイと飲んでいるメリッサにカルロスの言葉は届かない。ぷはーッと息を吐いたメリッサは、隊長を見て笑顔でジョッキを向ける。隊長はメリッサの行動をみてため息をつき呆れた表情をしていた。
「はぁ…… もういいよ。リック! ようこそ第四防衛隊へ! これからよろしくね。かんぱーい」
「これからよろしくです」
「よろしく頼むよ!」
「はっはい! ありがとうございます」
第四防衛隊のリックの歓迎会が始まった。リックは嬉しそうに笑って盃を傾ける。これが地獄の始まりになるとも知らずに……
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