第6話 初任務

 詰め所の外へと急ぐリック、彼が扉を開くとすぐに何かにぶつかった。軽い衝撃と茶色の髪が視界に映り、わずかに鼻に入り込んだ髪の先端から、なんとも言えない良い香りとこそばゆい感覚がリックを襲う。

 

「うわ!」


 詰め所を出たすぐところで、メリッサさんが急に立ち止まっており、リックはそこへ突っ込んだようだ。


「すみません。なんで止まってるんですか? 急ぎま……」


 急いで南門に向かおうとするリック、だが、メリッサはその場で動かず振り向いて彼の言葉を遮る。


「こらリック! 危ないじゃないか。気を付けなよ。あたしが先だよ! そこでまってな!」

「先って? 急がないとまずいんですよね? 行きましょうよ」


 急行しなければならない状況で、立ち止まっているメリッサ、リックは不思議に思いながらも、彼女の横を通り抜けようとする。


「えっ? ちょっとあんた待ちな。歩いてなんか行かないよ?! 南門まで遠いんだからさ! まさか…… あんたこれはもらった?」


 驚いた顔のメリッサが手に持った、小さな青い丸い玉をリックに見せる。リックは青い玉を見て首をかしげた。


「なんですか? それ?」

「やっぱり…… ソフィアに何も聞いてないのかい? しょうがないね…… これはテレポートボール。これに王国の地図を記憶させれば瞬間移動魔法で王国の主要施設にいけるのさ

「へぇ、それはすごい」


 納得したように、リックが軽くうなずく。彼が所属する第四防衛隊は、王国全域が管轄で徒歩での移動は現実的ではない。まじまじとテレポートボールを見る、リックにメリッサが尋ねる。


「あんたはこれもらってないのかい?」

「はっはい。えっと…… ソフィアからは制服と鎧しかもらってない……」


 テレポートボールを渡されてないと答え、リックは念のために制服の腰や胸などを触って探してみる。


「うん?!」


 リックはズボンの後ろのポケットに、何か入っている感触がして手を止めた。とがってなく丸い感触、これはテレポートボールに違いないと、確信したリックがポケットに手を突っ込み、テレポートボールを取り出した……


「えぇっ!?」

「あんたのはすごい色したテレポートボールだね……」


 リックのズボンのポケットの中から、ところどころに赤いシミのようなものが付いた、テレポートボールが出てきた。


「もう…… ソフィア…… 洗濯するときはちゃんとポケットの中身を見ないと…… って…… これさぁ。うへえぇ……」


 不規則なまだら模様の赤いしみ、この制服を使用していた者は矢を受けて死んだ。導きされる答えは一つ、この赤いしみは血である。このテレポートボールを使うのにリックは嫌悪感が湧き出て顔を歪ませる。


「ちょっと待っててください。ソフィアに取り替えてもらってきます」

「はっ!? それ高いから予備なんてないよ。別にいいじゃない。壊れてないみたいだしさ。それ使いなよ」

「えっ!? だってこれ!? 血じゃ……」

「はいはい。いちいち細かいことを気にするんじゃないよ! さっさと行くよ!」


 メリッサに強引に促されて、リックは血痕がついたテレポートボールを使うことになった。


「使い方はテレポートボールを握って行きたい場所を言うんだよ。わかったかい?」

「はっはい」


 力なく返事をしてリックは、右の手のひらに置いたテレポートボールを見つめていた。


「じゃあ私は先に行くからね! さっさと来ないと腕立て二百回だよ」

「えぇ!? そんな!?」

「ふふ。グラディア南門」


 メリッサは笑顔でテレポボールを握り、行き先を言う。直後に彼女の体は、白い光に包まれて消えてしまった。


「すっすごい。本当に一瞬で移動できるみたいだな…… 俺も早く行かないとな。でも…… これを……」


 リックはまた右手に置かれた、テレポートボールを見つめる。他人の血がついた物を、握りしめるのにはやはり抵抗がある。


「クソ!」


 首を大きく横に振り、意を決してリックはテレポートボールを握った。彼の指や手に血痕によりテレポートボールのデコボコした感触が伝わる…… 彼は強く任務から戻って来たら、手を洗うことを決意するのだった。


「グラディア南門」


 地面が光だしてその光がリックを包むと、一瞬にして彼の周囲の風景が変わっていた。

 詰め所があった西門付近は石造りの建物が多かったが、今リックが立っている場所は、木製の家が多く屋根もカラフルで雰囲気がちょっとやわらかい。

 すぐ近くには大きな城壁と門が見た、どうやらここが南門のようだ。リックは王国の西部にあるマッケ村から、王都グラディアに来たので西門を使ったので南門に来るのは初めだった。


「来たね?! ほら行くよ! ついてきな」


 近くにいたメリッサがリックに声をかけてきた。彼女はすぐに門の方を指さして、ついて来るようにリックに指示をだす。


 二人が南門の近くまでくると、城門の兵士たちが俺たちの姿を見るなり、合図をして門を開け始めた。

 門があくまでの間に一人の兵隊がメリッサに話しかけてくる。


「おっ!? 今日の第四防衛隊の出動はメリッサか。なら安心だな」

「違うよ。このうちの新人リックが担当だよ。状況は?」

「新人さんがサーベルウルフとやりあうのかい? まぁメリッサがついてればとは大丈夫だと思うが…… 状況はあまりよくはないぞ。森に侵入した冒険者パーティがサーベルウルフの巣を中途半端に刺激して逃走した。怒ったサーベルウルフが十頭程の群れとなってこちらに向かって来ているみたいだ」

「そうかい。また、森に行った冒険者がクエストに失敗したのか……」

「また今回も新人だろう。サーベルウルフ退治なんて金にならないからな。ギルドも依頼人からのプレッシャーに負けてすぐに動けるやつらを向かわせたんだろう」

「はぁ。最近少しはましになったのに…… ちょくちょくこういうことやるんだから……」


 兵士が現在の状況を細かく伝えてくる。リックは門番の彼が、冒険者のギルド依頼のことなど、詳しく知っているのに驚いた。


「随分、詳しくわかりますね?」


 リックの問いかけに門番ではなくメリッサが答える。


「そりゃあ。見回りの兵隊とか冒険者から情報はもらえるからね。それに宮廷魔術師が水晶透視をして城内や施設を監視もしてるしね」

「そうなんだ」


 納得したように首を縦に振るリックだった。


「ほら! 門が開いたよ。行くよ」

「あぁ! 待ってください」


 門が開くとメリッサは南門の外へ勢いよく飛び出していく。リックは慌てて追いかけるのだった。南門の外は青々とした緑の絨毯が広がる草原で二人は森へと続く街道をあるいていく


「あっ! あれは?」


 街道の先から数人の人間が歩いてくる。人間達は寄り添うように歩いて、徐々に二人との距離が近くなる。


「ひどい……」


 歩いて来たのは襲われた冒険者達だった。冒険者は五人で、魔物に襲われたのかその姿は痛々しかった。腕を食いちぎられた青年や服がボロボロで傷ついた少女、仲間に肩を抱かれ足を引きずってくる少年もいた……すれ違った彼らはリックと同じくらいかかなり年下だ。その凄惨な光景に思わずリックは黙って彼らを見つめていた。すれ違うパーティを横目に見ながら厳しい表情でメリッサがつぶやいた。


「装備は新しいし門のやつが言ってた通り、初心者の冒険者パーティだね。まったく自分の力量を見誤った結果がこれだよ。ギルドのやつらもいい加減に注意してくれないと…… こうして尻拭いするのは、いつもあたしたちなのさ」


 メリッサはイラついた様子で頭を掻きながら話をしている。リックは彼女の横で気まずそうに立っている。


「あっあの! 兵士さん! まだ一人逃げ遅れて…… 助けてあげてください」


 二人を見た冒険者の一人が声をかけて来る。立ち止まりメリッサは彼女をみつめてため息を少しついた。


「はぁぁ。男の子? 女の子? どんな格好してるの?」

「女の子で…… 剣士で…… ヒック。その子は自分がクエストに誘ったからって…… だから責任を感じて…… ヒック…… 先に行かせて…… 一人で残って… ヒック……」


 女の子は泣きながら事情を説明するので、言葉途切れて声も小さい。彼女の途切れた言葉をつなぐと、どうやら冒険者の一人が残ってサーベルウルフをひきつけて戦っているようだ。事態を理解したメリッサは口をとがらせ不満そうにつぶやく。


「まったく…… しょうがないね! リック! 急ぐよ!」

「はっはい!」


 メリッサとリックは小走りで街道を急ぐのだった。二人が冒険者とすれ違ったところから、街道を少しいくと大きな木が、ある。その木の根元に動く複数の影が見えた。どうやらあそこに女の子と、サーベルウルフがいるみたいだ。根元の影を見た先を行くメリッサが、振り向いてリックに声をかける。


「もうすぐだよ。あんた。武器はあるね?」

「これです」


 リックはメリッサさんに自分の剣を抜いてみせた。彼のお手製の少し曲がった薄く細長い片刃の剣である。


「へぇ…… 面白いもん使うね」

「でも、メリッサさんも武器なんか……」

「あたしの武器はあるよ…… ここにね」


 メリッサは胸に着けている丸いペンダントに手を当てる。すると光がでて光の中から刃が銀色で持ち手が青の槍が出てきた。とくに目立つ装飾もなく青い金属の柄の先に磨かれた四十センチほどの刃がついた質素な槍だ。出てきた槍を片手で何回かグルグルと回すとメリッサはさっそうと槍を構え走る。リックはメリッサの颯爽としてふるまいに目を奪われていた。

 木に近づいていくとサーベルウルフ八頭が、木を取り囲むようにしている様子がわかる。

 サーベルウルフは普通の狼が森の大型モンスターに対抗するために自分もモンスターへと進化したものだ。普通の狼より体格が少し大きく身体能力も向上している。そして最大の特徴は上あごの長く伸びた犬歯で、普通の狼と比べてもかなり長い十五センチほどの牙が口から下がっている。長年生きたサーベルウルフは牙に魔力を宿して強力な魔物に進化することもある。


「いやぁ! こっこないで……」


 微かに叫ぶ声が聞こえた。木の根元で一人の女の子が、折れて半分になった剣を構えている。彼女は頭から血を流し鎧はほとんど破壊され服もほとんど破られて上半身ほぼ裸だった。服が破れた合間から血が流れ木の根元を赤く染めていた。

 サーベルウルフはジリジリと近づき、上あごの筋肉をあげ牙をみせてうなっている。


「まずいねこりゃ、サーベルウルフはかなり興奮してるよ。いい?! リック、私がやつらに先制するからあなたがあの子を保護するんだよ」

「えっ?! はっはい!」


 取り囲んでいたサーベルウルフのうち何頭か足を引いた。女の子にとびかかる準備を始めた。


「きゃぁーーーー!」


 三頭のサーベルウルフが一斉に女の子にとびかかる。素早く槍を逆手に持って引いたメリッサはその三頭に向けて槍を投げつけた。

 空気を切り裂き音を立てながら、一直線にサーベルウルフへとメリッサの槍は向かって行く。


「うわあああああ!!」


 リックはメリッサが槍を投げると、同時に木の根元にいた女の子に向かって飛び込む。彼は女の子に抱き着いて倒れ込むと一緒に転がっていく。女の子を抱えながら一緒に地面を転がり、顔をあげるリック……


「うおおお!」


 横からサーベルウルフ三頭の腹を貫いて串刺しにして地面に突き刺さっていた。投げた場所からニコッと笑ったメリッサが軽く手首を上下に動かすと地面に刺さった消え彼女の手元に戻っていった。槍が消えた場所に三頭のサーベルウルフの骸が静かにころがる……

 リックは静かに女の子をかかえて起き上がる。


「(すっすげえな…… メリッサさんって何者なんだ?! おっと! 大丈夫か?)」


 抱きかかえていた女の子を地面に下そうとしたリック、だが、彼女は一人で立てずに体に力が入らず頭が下がり倒れそうになる。慌ててリックは彼女の肩をつかんで支える。


「おい! しっかりしろ!」

「うっうーん……」

「よかった…… 生きてるな」


 肩をつかんでリックが声をかけると少しの反応が返ってくる。どうやらサーベルウルフが飛びかかった恐怖で気を失ってるだけみたいだ。


「彼女は大丈夫みたいだね。リック、代わるよ」


 メリッサが近づいてきてリックに、女の子の介抱を代わると告げた。リックは彼女をメリッサに渡した。

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