第9話 下水道

 棚と小さなベッドがあるだけの殺風景な部屋で、リックはベッドに腰かけ、いろいろあった今日一日の疲れを吐き出すように小さく息を吐きだした


「ふぅ…… ここが俺の部屋か……」


 視線を上に向けたリックに、ここは第四防衛隊の寮の一部屋だ。視線を動かすリック、田舎で使っていた自分の部屋よりも狭いが、王都での新たな生活の拠点となる場所ができて、彼は嬉しそうに微笑む。


「(今日はいろいろとあったな…… 騎士団の入団試験はダメだったけど、俺は防衛隊に入ってこれから実績を残して騎士団から声をかけてもらって騎士になるんだ! さぁ! これから一生懸命頑張っていこう。でも……)」


 リックは視線を横に向ける、そこには体を横に向け、膝を曲げて寝てるソフィアが居た。


「ソフィアはなんで俺の部屋にいるの? しかも俺のベッドで寝てるの?」

「えっ? せっかくリックが来たんですよ? 一緒に寝ましょうよ!」

「いやいや! 俺が来たから一緒っておかしいでしょ?!」


 歓迎会がお開きとなり、王都で家を確保してなかったリックは隊長に言われて、ソフィアが住んでいる第四防衛隊が寮として借りている家に彼女と帰った。寮は詰め所から少し離れた、第九区画の外れにある平屋の一軒家だ。玄関を入ってすぐ横にお風呂とトイレがあり。玄関から上がって廊下の先に大きめの広間と併設されているキッチンがある。広間には大きいテーブルと椅子が置かれ、四つある個室へは広間に扉がありつながっていた。リックはソフィアに四つある、個室の一つに案内してもらい、自由に使っていいと言われていた。

 その後、案内を終えたソフィアは、自室に戻った後に、着替えて戻って来てリックのベッドに居座っている。


「やっと私一人じゃなくなったのに…… なんで、ダメなんですか? 私は寝相良いですよ?」

「そういうことじゃなくて! さっき、麻痺魔法でって……」

「えっ!? あれはリックが私にエッチなことをした場合ですよ?」


 エッチなことをした場合というソフィアは、首をかしげて体を起こして近づいて来る。ソフィアは制服から胸元が大きく開いて、裾が短くて太ももがバッチリ出てる白いジャマに着替えていた。パジャマは古くなってるのか薄く透けており、彼女が身に着けている青と白縞模様の下着がはっきりと見えている。近づいていくる、ソフィアの肩をつかんで止め、リックは視線をそらす。


「うん! ごめん! エッチなことしない自信がないから! 出て行ってくれるかな?」

「ふぇぇぇぇん! さみしいよう! リックが我慢してくれればいいのに……」


 右手で部屋の扉を指すリック、目を潤ませてベッドから立ち上がった、ソフィアは不満そうに頬を膨らませる。


「ぶぅ! メリッサさんとはキスしたくせに! 私と一緒には寝てくれないんですね!? ケチ!」

「いやいや、あれは別に俺が望んだわけじゃ…… それに口ではキスしてないよ」

「はっ!? もういいです!」


 大きな音が部屋に響く、ソフィアは部屋から出ていくときに、思いっきりドアを強く閉めたのだ。


「もう…… なんだってんだよ」


 閉じられた部屋の扉を見てつぶやくリック、ベッドに横になった彼だったが、ソフィアの姿を思い出し悶々として夜を過ごすのだった。

 翌朝…… リックはソフィアに部屋のドアを激しくたたかれて起こされた。


「ぶぅぅぅぅぅ! なんで部屋に鍵をかけたんですか! 早く起きてください! 遅刻しますよ!」

「やっぱり……」


 ドアを開けると、頬を膨らませたソフィアが、部屋から出ようとしたリックに詰め寄って来る。ソフィアが部屋に鍵をかけて、寝たことに怒ってるところみると、どうやら彼女は夜中にリックの部屋に忍び込もうとしていたようだ。リックはそれを見越して、ソフィアが出て行った後、こっそりと部屋に鍵をかけていた。

 ぷくっと頬を膨らませて目を潤ませているソフィアをリックは見つめていた。 


「(しかし…… よくそんなに寂しがり屋で今まで一人で…… ちがうか?! ずっと今まで一人だったから反動で近くに来た固執してるのかな。でも…… さすがに会ったその日に一緒に寝たりするのは…… もう少しお互いをよく知り合ってからならね)」

「??」


 にこっと笑うリックにソフィアが首をかしげるのだった。ソフィアはリックの扉を持つリックの手をつかんだ。


「早く出て来てください。朝ごはん作りましたから食べたら一緒に出勤しましょう」

「えっ!? ごめん。手伝いもしないで……」

「大丈夫ですよ。私は料理も洗濯も掃除も大好きなんで任せてくださいね」

 

 ソフィアはリックを部屋から広間へと引っ張り出して、置いてあったテーブルに手を向けた。リックがテーブルの上に視線を向けると、そこには焼き立てのパンに、ハムの乗った目玉焼き、さらにはサラダなどの豪勢な朝ごはんが用意されていた。


「すごい…… これソフィアが全部作ってくれたの?」

「へへへ。そうですよ。さぁ召し上がれー!」


 両手を広げて俺に食事を促すソフィア。椅子に座ったリックはさっそく料理を口に運ぶ。料理を口に運んだリックは目を大きく見開いて嬉しそうに笑う。


「すごい。おいしいよ。ソフィア」

 

 料理を褒められると、ソフィアはホッと安堵の表情を浮かべている。


「良かった! もし口合わなかったらどうしようかと…… リックに喜んでもらえてうれしいです」

「でも、ソフィアばっかりにやってもらっても悪いから明日からは順番に家事をしよう」

「えっ!? 家事を順番って…… リックが私の下着を洗う…… やっぱり麻痺魔法ですかね」

「うわわぁぁぁ! ちがう! ちがう! やめて!」

 

 この後、魔法を発動しようと身構えたソフィアを、リックは必死に説得するのだった。彼女の機嫌が直るまで、リックの股間には寒い風が吹き続けるたのだった…… 二人の話し合いの末に洗濯は、各自で行い掃除と料理は当番制となった。

 食事が終わりソフィアと二人で詰め所に向かったリック、詰め所に到着すると、青い顔で気持ち悪そうにしているメリッサの向かいに不機嫌なイーノフさんが机に座っていた。カルロスは自分の机で、何かの書類を書いていた。


「おはようございまーす」

「おはようございます」


 ソフィアとリックは挨拶をして詰所の中へ。

 

「お前さんたち来たか。おはよう! もうっちょっと待ってな。これを書いたら下水道管理に向かおう。仕事の説明は現場についてからするからね」


 カルロスは右手をあげ、二人に答えるとまた机に向かって書類を書き始めた。二人が席に座るとメリッサが、フラフラとカルロスの机に向かって行く。


「あっあの隊長…… あたしは今日…… 気持ち悪くて下水道の匂いが……」

「こら! メリッサ! ダメだよ! 自分が悪いんだから! 行くよ! ほら酔い止めポーション飲んで!」


 隊長の机の気持ち悪そうに話す、メリッサの背後からイーノフがやってきて、ポーションを無理やり飲まそうとしていた。


「ちょっとイーノフ! イジワルなこというなよ! ねぇ、リック?!」


 話を振られたリックだったが、彼も自業自得だと思っているので、聞こえない振りをする。メリッサはリックを睨みつけるのだった。


「よし! 終わった。ほら下水道管理に行くぞ」

「はっは~い」


 カルロスが机に手をついて立ち上がり、メリッサは力なく返事をするのだった。第四防衛隊は全員で詰め所を出た。リックは詰め所を出てすぐにある、城壁の近くの半地下の扉へとやってきた。ここは王都の下水道の入り口だ。

 扉の前にカルロスが立ち、メリッサ、イーノフ、ソフィア、リックの順に並ぶ。


「リック以外の人は知ってると思うけど、今日はリックが初めてだから説明するよ……」

 

 カルロスが下水道管理について説明を始めた。まず、下水道とは王都グラディアの生活排水を川などに排出するための施設だ。下水道は広く王都の地下に張り巡らされ外まで続いている。中には強力なモンスターがいたり、誰かがアイテムを隠したりと、王都の施設とはいえダンジョンと化していた。町の人が迷いこんだり、冒険者や勇者達がクエスト等で、侵入して施設を勝手にいじることが多いらしい。

 いくらダンジョン化しているとはいえ街の人の大事な施設である。そのため月に一度、防衛隊で下水道管理を行って、状態を元に戻している。なお、広い王都の下水道を一つの部隊で一気に戻すことははできないため、四つの地域に分けそれぞれの地域を、月一度防衛隊の部隊で持ち回りに担当する。今回、リックが所属する第四防衛隊は、西門付近の下水道管理担当ということだ。

 ちなみに下水道のへの出入りは自由だが、この作業の間は区画担当の防衛隊員が、入り口を前日の夕方から封鎖するとのことだ。冒険者ギルドも作業前日から、下水道関連のクエストの受付を停止する。

 説明を終えたカルロスはソフィアに声をかける。


「ソフィア。今月は特別な依頼とかあったっけ?」

「えっと…… 特にありません。いつもの通りですね。救命ボックスへのポーション、護身用の属性魔法攻撃道具の補充と、水門の操作と通路の戻し作業と生物調査です」

「ありがとう。じゃあ、メリッサ、イーノフのチームとリック、ソフィアのチームで二手に分かれて作業してくれ。ソフィアはリックに細かい作業内容を説明しといて」

「はい! じゃあリック。私たちがやることを説明しますね…… ちゃんと言うこと聞くですよ」


 なぜか少し得意げにお姉さんぶった、ソフィアがリックに話を始める。彼はソフィアから下水道管理の作業内容について説明を受ける。まず、救命ボックスとは迷い込んだ住人や、冒険者や勇者が利用できる箱で、中に傷薬や保存食等の道具がたくさん入れてあり、パッと見は普通の宝箱だという。この救命ボックスの中身は誰でも取って使って良いんだが、道具を複数いれてあると、一人一個と注意書きをしているにも関わらず、全部取っていってしまう人がいて足りなくなることがある。そんなわけで補充を月一回行っているという。さらに補充を忘れたりすると、たまに冒険者ギルドから、あそこの救命ボックスが空だったとかクレームがつくことがあるらしいので必ずやって作業者二人で確認しサインを残さないといけないという。

 水門と通路の戻しとは特に勇者や冒険者に多いらしいのだが、水門を開けたり勝手に通路を作ったりして下水道の通路を変えてしまって元に戻さないのでこれも月一回元に戻すそうだ。ちなみに今回はメリッサのチームが、水門操作を担当するのでリック達はおもに通路の戻し作業を担当する。

 生物調査は下水道に住みついている、魔物種類を調べて記録しておくこと。でも、魔物の駆除はせずに調査のみでいいらしい。なぜ駆除しないかというと、別に地上に出てきて町を侵略するわけでもなく、逆にネズミ等の害獣を駆除してくれるので必要はないらしい。冒険者や勇者達が、頻繁に着て魔物を倒すから、数も劇的に増えたりもしない。調査した魔物の記録は、冒険者ギルドや勇者に公開されて、未熟な人間が侵入したりしない目安にして、クエストのレベルの設定に使用する。


「あれ? 調査なんかしなくても、下水道の侵入させないように鍵とかつけて誰かが都度許可すれば……」

「実は前はそうやって代々の区画の区長が下水道の鍵を管理してたんですよ。でも、みんな鍵を貸しても返さないし貸すのに条件をつけたりしたら市長宅に侵入して盗んだり、下水道の壁に穴をあけてまで侵入しようとしたりするんです。だから、こうして下水道を管理して勝手に冒険させた方が冒険者ギルドも私たちも楽なんですよ」


 ソフィアがさみしそうに笑う。王都の冒険者とか勇者は意外とマナーが悪いようだ。


「じゃあ、これをお願いしますね。私も準備をするんで」

「あっあぁ。わかった」


 説明がおわったところでリックは、ソフィアから補充用のアイテムと、地図が入った袋を受け取った。リックは袋を見て少し嫌な顔する。袋には防衛隊とでかでかと名前が入っていたからだ。


「お待たせしました。準備完了です」


 ソフィアは胸当てを付け、小さい弓を担いで準備を始めていた。ソフィアの付けた胸当ては先端に胸の先端にだけ金属の胸当てがついてる。なのでソフィアが突けると胸の谷間が強調され、リックは少し恥ずかしそうに目をそらす。


「あっ! 忘れてました。この下水道にはヌシがいますからそのヌシには手をだしてはいけません。出会ったら逃げてくださいね」

「ヌシって…… どんな?」

「そうですね…… ガオーーー! って感じのです!」

 

 両手を顔の横で指を少しまげ、ソフィアはガオーっと魔物のマネをしている。無邪気で子供っぽいソフィアの行動にリックの表情が緩む。


「ソフィア、それじゃあ、どん魔物かよくわかないよ……」

「えっ!? だから…… ガオ……」


 もう一回同じポーズをとるソフィア…… リックはとりあえす彼女をその場に残し下水道に向かうのであった。


「ひどいです! 人にマネさせておいてかないでください! さみしいじゃないですか!」

「だってソフィアの説明じゃよくわからないから」

「だから! ガ……」

「あのさソフィア。これずっと繰り返すことになるからやめようか」

「えぇ!?」


 驚くソフィアにリックは首を大きく横に振る。リックとソフィアの相棒としての、初めての任務が始まるのだった。

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