O殺、不死鳥館にて —不死騙りたちと、しがない手品師—

女良 息子

01.嘯く嘘つき —Att ees—

 だんッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 わたしの首は刎ねられた。

 重々しい切断音が《不死鳥館ふしちょうかん》の大広間に響き渡る。

 胴体との繋がりを断たれた頭は重力に導かれるまま落下し、真っ赤な血の線を描きながら床を転がった。鏡面のように滑らかな断面が露わになる。「ひっ」。観客の誰かが溢した小さな悲鳴。わたしだって両手両脚を縛られてギロチンにかけられるバニーガールなどという悪趣味なものを見せられたら、同じようなリアクションをしただろう。不快な思いをさせてしまったことを申し訳なく思い、出来ることなら頭を下げて詫びたくなったが、残念なことに今のわたしには下げる頭がなかった。二重の意味で面目ない。

 断頭されたわたしは手の付けようがない死体である。この場にブラックジャック先生でもいない限り、蘇生は不可能だろう──普通なら。


「だけど佐須瀬さすせ走馬そうまは普通じゃない」


 男の声。

 シギタニだ。


「稀代のイリュージョニストである彼女は、研鑽の果てに奇術ならぬ奇跡を会得した。《死からの復活》という奇跡を」


 立板に水とは、まさにこのことだろう。

 先ほどギロチンのロープを切って、わたしの首を落とした張本人だというのに、そいつは動揺も緊張もない声で流暢にMCをこなしていく。


「まっ。ここに集われた皆さんにとっては《死からの復活》なんて、見慣れているかと思われますが──どうか余興程度に、お楽しみください」


 シギタニはそう言うと予め用意していた垂れ幕を下ろし、わたしの死体を覆い隠す。たった一枚の布により、観客たちは首無しバニーを見失った。


「ファイブ、フォー、……」


 シギタニがカウントダウンを刻む。

 事前に打ち合わせた通りの段取りだ。あとはカウントがゼロになるタイミングに合わせて首から上と下が元通り繋がった格好を披露するだけ。その際に両手を頭上に掲げて「ぴょんぴょん」とおどければ、先ほどの断頭でやや冷えてしまった場の空気も和やかに温まることだろう。

 そんな風に考えつつ、わたしは四肢の拘束から縄抜けマジックの要領で抜け出した。


(それにしても……)


「稀代のイリュージョニストである彼女は研鑽の果てに奇術ならぬ奇跡を掴んだ」──シギタニの言葉が脳裏に蘇る。

 よくもまあ、あんな大嘘が言えたものだ。

「稀代のイリュージョニスト」も「研鑽」も「奇跡」も──なにもかもがこのわたし、佐須瀬走馬には縁がない言葉なのに。

 おかげで観客が見ている前だということを忘れて「はあ? なにを言ってるんだ」とツッコミを入れてしまいそうになったじゃないか。

 ……まあ。

 詐欺を生業とするアイツにとっては大嘘なんて、挨拶よりも言い慣れた言葉なんだろうけれど。


 ◆


 わたしが《不死鳥館》で断頭イリュージョンを披露する数週間前のことである。

 その日は記録的な猛暑だった。

 肉どころか骨の髄まで炙るような熱波が空から降り注ぎ、全国各地で今年の最高気温が更新され、情報番組やネットニュースに目を遣れば『熱中症』の文字が舞い踊る──老人も、子供も、善人も、悪人も皆等しく、地獄の火刑を生きながらに体験させられているかのような一日だった。

 こんな日に外をわざわざ出歩く者なんて稀であり、故に都内は日比谷の野外ステージに観客が少ないのも仕方のないことなのである。これは地球温暖化が招いた悲劇であって、べつに、わたしのショーに魅力がないことを意味していない。

 いないのだ。

 いないんだってば。

 ……そんな風に自分を慰めながら、わたしはバニーガール姿で舞台の上に立っていた。実に注目を集めそうなコスチュームだし、実際それが狙いで着ている一張羅ではあるのだけれど、感じる視線の数はひどく少ない。

 空きが目立つ客席はがらりとしていて風通しが良かったが、そうなったところで通り過ぎるのは肌を舐め回すような生温い風だけである。最悪の居心地だ。一刻も早くこの場から帰りたくなったが、帰ったところで待っているのはエアコンすら置かれていない六畳一間だけである。そもそもショーを全うして出演料ギャラを貰えなければ今日の晩御飯すら危ぶまれる懐事情なのだ。

 ええい、仕方ない。

 ショーマストゴーオンあるのみだ。

 演目はマジック。

 オープニングでまずは様子見とばかりにロープの結び目を一瞬で消失させてみたけれど、客席からは歓声ひとつ聞こえてこない。痛々しい沈黙だけが場を支配しており、居た堪れない心地である。並のマジシャンならば、この時点で心が折れ、手に持つロープを再び結んで輪を作り、首を括っていただろう。

 気を取り直して次のマジックを披露すべく、わたしは、まだ封が開いていない新品のトランプを取り出し、人影がまばらな客席を見渡した。


「次のマジックには助手がひとり必要なんですけれど「我こそは!」という方はいらっしゃいませんか?」


 挙手を促すが、ボランティアを志願してくれる人はいなかった。

 問題ない──こういうパターンも想定済みだ。


「じゃあ、わたしから指名させてもらいますね。ええと……、そこのお兄さん!」


 と、ステージに一番近い席に座っていた男性に呼びかける。無視された。聞こえなかったのかな? 無視されたことを無視して再び声を掛ける。反応ナシ。更にもう一度呼ぼうとしたが、それよりも早くワイヤレスイヤホンを取り出して、わざとらしい動作で両耳に装着した。「話しかけるな」という頑なな意思表示だった。じゃあそんな位置に座るなよ。

 その後はプログラムを変更して、わたしひとりでもやれるトランプマジックを披露したのだけれど、客席は相変わらず静かだった。観客が熱中症で全滅したのかと思いそうになるくらいだ。

 エンターテイメントという概念の対極のような雰囲気にどっぷりと浸された会場と三〇分近くに渡る悪戦苦闘を繰り広げたのちにどうにか終演まで辿り着くと、わたしは密度の低い客席に向かって頭を下げた。

 アンコールを求める声は言わずもがな、拍手の音さえ聞こえない。わたしは死にたくなった。

 最悪の気分で舞台を降りると、待ち構えるように佇む人影があった。

 出待ちのファンかな?

 と、分不相応な勘違いをするまでもなく、その人物がわたしが先ほどまで立っていたステージのオーナーであることは一目で明らかだった。

 オーナーはわたしを見るなり口を開いた。


「きみ、名前なんて言ったっけ?」


「佐須瀬です。しがない手品師、佐須瀬走馬」


 名前を覚えてもらおうと熱のこもった声で答えるわたしだったが、オーナーは冷ややかな声で


「そう、佐須瀬くんね。きみ──もう来なくていいから」


 と告げた。


「ちょ、ちょっと待ってください……!」


「待たない」


「今日は調子というか、状況というか、……巡り合わせが悪かっただけなんです! こんな炎天下でさえなければ──」


「どんな状況でも臨機応変に観客を楽しませるのが芸人だろ」


 オーナーは「はあ」と呆れたように溜息を挟み、


「そもそも君さあ、センスがないんだよ。あれだけ客席と距離があるステージでトランプマジックなんか披露しても観客がカードの違いを判別できるわけがないだろ。彼らはきっと、ハートのエースがクラブのキングに変わったって気づきやしないぞ?」


「それはそうですが……」


「他のマジックだって、どれもぱっとしないものばかりだしさあ。舞台でやる必要性を感じないんだよね」


 もっともな正論である。ぐうの音も出ない。

 しかし、ここで黙りこくってしまえば、それそこ芸人としては廃業だ。


「……ひとつだけ、とっておきのマジックがあります」


「ほう? なんだいそれは?」


「人体切断マジック」


 わたしは断言した。

 断頭するように、すっぱりと。


「それだけは得意なんです」


 ◆


「コンプライアンスが厳しい昨今に『専門家の指導の下でおこなっています』の注意書きも無く、そんな危険な演目を許可できるわけがないだろ。万が一のことがあったら評判が落ちるのはうちのステージなんだぞ。『専門家』と呼べるレベルのマジシャンになってから出直してきなさい」


 という至極もっともな反論に打ちのめされたわたしは、追い払われるようにして日比谷の野外ステージを去った。

 このまま富士の樹海に赴いて首つり自殺を決行したい気分だったけれど、今のわたしの懐事情ではそこまでの交通費さえ捻出が難しかったので、仕方なく帰宅する。

 何本かの電車を乗り継ぎ、深夜アニメ一話くらいなら倍速視聴せずとも観終わりそうな時間をかけて歩いた先にある、古めかしい木造アパートの106号室。

 そこが、わたしの住処だ。

 ドアノブを回し、玄関を開ける。

 一人暮らしなので「ただいま」の言葉は必要ない。

 三和土たたきで靴を脱ぎながら照明のスイッチを入れる。

 室内に明かりが灯り──人影が浮かび上がった。

 黒にも茶にも金にも見える曖昧な色のマッシュヘア。整ってはいるけど、なぜだか印象に残りづらい顔。馴れ馴れしいニヤケ面。視線を覆い隠すように掛けられているサングラス。首から上が漂わせている胡散臭さを掻き消すように折り目正しい紺のスーツ。『嘘』や『虚飾』や『欺瞞』といった概念が人の形を取ったような存在──そんな男が、六畳一間の中央で胡坐をかいていた。

 一人暮らしの自室に不審者なんて、悲鳴を上げるべきエンカウントなのかもしれないが、しかしながら、その時わたしの口から出たのは


「はあ」


 というため息だった。

 まったく──厭な奴に遭ってしまった。

 こんなことなら本当に樹海に行って首を吊っておいたほうが良かったかもしれない。


「来るなら来るって連絡入れなよ、シギタニ」


 批判的な視線を投げる。

 けれどもシギタニは「ごめんソーマ」と口先だけの謝罪を述べるだけで、


「てっきりもう電話を止められていると思ってさ。アポ無しで来ちゃった」


「いくら貧乏だからって、そこまで窮しとらんわい!」


 実を言うと電話代の支払いは毎月ギリギリなのだけれど、これまでコネと縁故だけで食い繋いできたわたしにとって、他者との連絡手段の喪失は仕事の喪失とイコールになるので、どうにか死守している。


「まあ座りなよ」


 促すシギタニ。

 わたしは彼に勧められるまま床に座──らない。

 まるで自分がこの部屋の主であるかのように振舞うシギタニの態度が気に食わなかったからというのもあるけど──それよりも大きな理由があった。

 彼の職業だ。

 シギタニ──四木谷しぎたにしたい

 職業、詐欺師。

 いつわり、欺く、師。

 手品師と似ているようで対極に位置する存在だ。

 機密情報を所持している官僚の懐にだって舌先三寸で這入りこめる彼にとっては、こんな骨董アパートに這入りこむなんて朝飯前だっただろう。いまさら不法侵入の罪状が増えたところで、これまで彼が積み上げてきた罪と比べたら微々たるものである。

 そんな奴が吐いた言葉に大人しく従う人間がどこにいようか?

 いたとしたら絶好のカモだ。

 あるいは馬鹿だ。


「いい儲け話を持ってきたんだ。親友のソーマ限定でね。冷蔵庫の中に土産の寿司があるからさ。それを食べながら聞いてくれよ」


「ふうん? そうなんだ? 儲け話にも、寿司にも興味なんてちっともないし、いつのまにあんたと親友になったんだって感じだけれど、とはいえ思い返せばあんたとは大学からの仲だからね──話だけでも聞いてあげる」


 わたしはシギタニと向かい合うように着座した。

 瞬間移動マジックさながらの速度で冷蔵庫から取り出していた寿司桶は金の装飾で彩られており、その中身は種々様々な寿司ネタで満たされていた。宝石箱の如き様相だ。わたしにとっては年単位で久しく見ていない御馳走である。

 ……仕方ない。

 詐欺は立派な罪だけど寿司に罪はない。

 この場は一旦、シギタニの言葉に耳を傾けてあげようじゃないか。


「あ、安心してね。わさびはちゃんと抜いてもらったよ。ほら、ソーマって苦手だったでしょ? わさび……というか口にすると痛いものが」


「あんたとはかれこれ七年以上の付き合いになるんだし、食卓を共にした回数も両手の指では足りないくらいあるんだから、そりゃ知られていても不思議じゃあないんだけれど……それでも他人に食の好みを把握されているのって、けっこう気持ち悪いな」


 よく見ると桶の中身のラインナップも、わたしが好きなものばかりだ。

 親友を自称する詐欺師が醸し出す気持ち悪さに食欲が若干減退したが、その程度では胃が訴える空腹を撃退できそうにない。一貫手に取り、口に放り込む。……うっま。一瞬、舌が痙攣したので何事かと思ったけれど、どうやら久々に摂取したまともな栄養に驚いただけのようだった。先程まで身を取り巻いていた希死念慮が吹き飛ぶほどの美味である。

 わたしが久方ぶりの饗膳にひとしきり感動したのを見届けると、シギタニは口を開いた。


「『赤良々せきららグループ』って知ってるかい?」


「え? そりゃあ……、知ってるけど」


『赤良々』。

 かつて存在していた財閥のひとつを祖とする企業集団である。

 その事業は工業、食品、交通、不動産、保険、金融、IT、さらには宇宙開発……と手広く展開されており、この国の経済と財政を語る上では欠かせない存在だ。


「そこの創業者一族の末娘に赤良々安寿あんずという子──といってもとっくに二十歳を超えているんだけれど──がいるんだ」


 それは知らなかった。

 わたしにとって『赤良々グループ』は常に暮らしの傍にある大資本に過ぎず、その中枢に位置する創業者一族のことなんて、これまで一度も考えたことがない。自分が小市民であることを再認識して劣等感で死にたくなるだけだからね。

 なので、この時もわたしの考えは大富豪の跡取り娘ではなく、「いい儲け話」という前置きの後にその名前を出したシギタニの意図に巡らされた。


「つまり──今回はその子を詐欺にかけるの?」


「そうだよ」


 けろりと事も無げに答えるシギタニ。きっと「この寿司ってけっこう高かったんじゃない?」と尋ねても同じような調子で返すに違いない。


「結婚詐欺でも仕掛けるつもり?」


「馬鹿言うなよ親友。ぼくは愛にだけは噓をつかないって決めているんだぜ」絶対嘘だ。「ぼくは──ぼくたちは、これから彼女と恋人になるんじゃない。彼女の友人になるんだ」


 なりすますんだ、と詐欺師は語った。

 あるいは騙った。

『ぼくたち』って……、すっかり今回の詐欺にわたしを巻き込む気満々じゃないか。

 まだ差し出された寿司しか食べていないのに──『友人』?


「安寿女史は経済界では有名な変人でね。ある『条件』を満たす友人を求めて、業界の内外に手広く声を掛けているらしいんだ。財閥令嬢のご友人となれば小国がひとつ建てられるくらいの立候補者が集まるのは必至。中でも見込みがあるとされた者たちが近々、彼女の別荘に招待されて、そこで『友人審査』を受けることになるんだってさ」


 なんだそりゃ。

 友人の候補者だけで途轍もない数が集まるのも、友人にするかどうかで審査を実施するのも、どれもこれもがわたしの常識からかけ離れている。異世界の話を聞いているような気分だ。


「その審査にぼくたちふたりも参加して、彼女の友人になり──財政界との太い繋がりを獲得しようじゃあないか」


「つまり彼女そのものがメインの標的ターゲットなんじゃなくて、彼女と友人になることでゲットできる肩書が狙いってこと?」


「まあ、そんなところだね」


 国を代表する令嬢の友人になれたら、周囲から得られる信頼は従来の比にならないだろう。

 極端な話、銀行から巨額の融資を担保無し・無期限で受けられたって、不思議ではない。


「なるほど。人の信頼の上に成り立つ仕事である詐欺師にとっては、喉から手が出るほど欲しい肩書ってわけだ」


 そりゃあ、わたしもなれるものならなってみたいものだ。金持ちの友達に。なんなら金持ちだけでも可。


「それで、その安寿ちゃんが友人に求める『条件』って何なの? 家柄? 教養? 名声?」


 どれであっても、しがないマジシャンには縁のないものだけど。

 平々凡々ではボンボンが求める条件を満たせそうにない。

 そもそも『友人になる』という時点でハードルが高い。

 元来、わたしは仕事を抜きにした交友関係が豊富ではないのだ。元から乏しかった友人は、貧乏が常のマジシャン稼業を始めた際に『金の切れ目が縁の切れ目』を証明するかの如く激減してしまった──今でも交際がある知り合いなんて、目の前にいる嘘の擬人化みたいな男くらいである。全然うれしくねー。

 聞けば聞くほど不安にしかならない儲け話について、わたしは断る意向を九割がた固めていたのだけれど、シギタニが


「『不死身』だよ。赤良々安寿は不死身の友人を探している」


 と言った瞬間、十割になった。


「古今東西の貴族がそうであったように、珍品を蒐集する感覚で探しているんじゃあないかな。あるいは、これまた古往今来の権力者がそうであったように、自分自身が不死身になりたくて、成功例を探しているのかもね」


「…………………………………………」


「そんな条件の友人候補に手を挙げる奴らは不死身を自称していることになるんだけど、その殆どが偽物だ──だけど中には『見込みあり』ということで別荘に招待された者もいる。そこに僕たちも加えてもらおうってワケなのさ」


「…………………………………………」


「『奇術を極めた結果、死を超越したマジシャンとその助手』って設定で参加するんだよ。もちろんソーマがマジシャンで、ぼくが助手ね──人体切断マジックをいくつか披露すれば、審査なんて余裕で合格さ」


「いや……………………、


 心中の不安は、閾値を大幅にオーバーしていた。


「気が知れないよ。令和の今になって不死なんかを大々的に探しているお嬢様も──そんな奴が開く審査に乗り込もうとしているあんたも」


「だけど、こんなおいしい話は滅多にないぜ?」


「うわ出た! お決まりの常套句!」


 ヒステリックな叫び声が室内に木霊した。


「何度その言葉に乗せられて、ひどい目にあったことか!」


「それでも未だに付き合いを続けてくれるあたり、さすが親友って感じだよな」


「本当に親友だと思っているのなら、犯罪行為に巻き込もうとしないでもらいたいね!」


 目を閉じるだけで鮮明に思い出せる。四木谷慕に振り回されてきた半生を。

 学内のサークル相手に仕掛けた協賛金詐欺に始まり、その後もゼミの教授や地元議員、ついには隣県の奥地で活動していた宗教法人に至るまで──じつに多種多様な人物・団体を詐欺に嵌めてきた。

 彼の被害者が新聞の見出しを飾った回数は一度や二度では済まない。

 ……自己弁護をさせてもらうと、わたしが自分から進んで彼の活動に加担したことは一度足りとてない。弱みに付け込まれたり、口車に乗せられたり、知らぬ間に巻き込まれていたりと、とにかく毎度、不本意な形で共犯に──彼に言わせれば『親友』か──させられてきたのだ。

 協力の見返りにおいしい思いをしたことなんて、もっとない。

 嘘ばかりのシギタニに関わった結果、得たものより、失ったもののほうが多いのは嘘偽りない事実だ。

 だから──わたしは万全の警戒と完全な拒絶でもって言い放った。


「というわけで今度の今度こそ、あんたに協力なんてしないから! 分かったら帰った帰った! あとお寿司ありがとう! 大変おいしゅうございました!」


 空の寿司桶を叩きつけんばかりの勢いで返し、退室を促す。

 シギタニは「わかったよ」と呟くと、おもむろに立ち上がった。


「ぼくが悪かった。お互いもう社会人なんだし、学生じみた付き合いは続けられないってことだね」


「反社会的な仕事を生業としているあんたを社会人に分類していいのかについては議論の必要がある気がするけれど──まあ、その通りだよ」


「いくら血を分けた肉親よりも強い絆を感じる親友といっても結局は他人なわけで、ソーマにはソーマの人生があるんだよなあ……。そんなきみに財閥令嬢所有の別荘で開催される催しに参加してくれと急に頼むなんて……正気じゃあなかったよ。どうせ、明日も仕事が入っているんだろう?」


「え」脳内でスケジュール帳を開く。イメージされるのは白紙だけだった。「ま、まあ……、その通りだよ」ステージの上でのトークを日常とする舞台人とは思い難い上擦り声が、喉から這い出た。


「やっぱりね──やれやれ。こんな簡単なことにさえ考えが及ばないなんて、ぼくはきみの親友失格だ。寿、それは愚考の極みだったらしい。、それもきみにとっては関係のないことだったかな。それじゃ、失礼するよ。きみの今後益々の活躍を親友として祈ってる──」


「ちょ、ちょっと待って!」


 クールに去ろうとするシギタニの背中を、いつの間にかわたしは呼び止めていた。


「や、やっぱり……わたしも行く! その審査に! 行くってば! 行かせてください!」


 飛び込み営業でもするような必死さで。

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