第2話 呪物とモブNPCの相性
「おお、街の中はゲームの世界まんまなんだな」
前世の記憶を思い出した俺は、街を見て回っていた。
街の名前が同じというだけで、ここが『月夜に浮かぶ乙女の魔法』の世界だと決めつけるのは早計な気がしたので、その確認をしていたのだが、どうやら街の造りも『月夜に浮かぶ乙女の魔法』の『始まりの街、ロルン』とほぼ同じらしい。
『始まりの街、ロルン』はゲームの初めに出てくる街のテンプレのような街だ。
冒険者ギルドや武器屋、食品や薬屋に飲食店、宿屋と街の人たちが住む家が並んでいる。
俺は街並みを確認しながらここからは見えないダンジョンと魔法学園の位置を何となく確認する。
「確か、初めにあるダンジョンがここから北に行った洞窟で、魔法学園がここからしばらく東に行った街にあるんだったよな」
『月夜に浮かぶ乙女の魔法』は魔法学園という学校を舞台にして物語が展開する。この物語の主人公やヒロインたちはそこで時間を共にするのだ。
せっかくゲームの世界に来たのなら、その主人公達と共に学園生活を過ごしてみたい。そう思うのは至極当然のことだろう。
「でも、魔法学園って貴族たちが通う学校だったよなぁ。俺が通えるのか?」
俺は誰に言うでもなく独り言を漏らして頭を掻く。
転生して時間が経ってきたこともあってか、これまでのモブNPCの記憶が頭に流れ込んできていた。しかし、思い出したところで何も意味はなかった。
思い出したのは立て看板を持って、やってくる人たちに街の名前を告げるだけ。家もなければお金もなく、いつから街の入口にいたのかも分からない。
おそらく、俺の転生先となったモブNPCは、ゲームのシステムとして作られただけの人間なのだろう。
……それなのに腹が減るのはなぜなのだろうか。
もしかしたら、何も考えずに言われたことをやるだけのモブNPCから、転生先としてこの体が作り替わったからだろうか?
何かを食べたいけど、金がないしなぁ。
俺は鳴り出した腹を押さえながら、ちらっと裏通りを見る。
「そういえば、ゲームでは裏の通りは入れなかったんだよな」
『月夜に浮かぶ乙女の魔法』では表の通り以外に入ろうとすると、見えない壁によって裏路地への侵入を阻まれていた。
もしかしたら、今なら入れるかもしれない。
俺は少し考えてから、裏路地に一歩足を踏み入れてみた。すると、そこにはゲームであったような見えない壁がなく、侵入を阻まれるようなことはなかった。
俺はふむと考えてから小さく頷く。
もしかしたら、金目のものが落ちているかもしれない。
今日のご飯代をどう稼ぐかも決まっていない今の状況。未知のアイテムが落ちていれば、それを換金してお金に変えることができる。
そんな状況だというのに、ここで裏路地をスルーするなんてことができるはずがない。
俺はそう考えて、そのまま裏路地の方も捜索することにしたのだった。
「参ったな。何も落ちてない」
それから、俺は裏路地に金目のものが落ちていないか見て回っていた。しかし、都合よくアイテムが落ちていることはなく、必要以上に腹を空かせるだけになってしまった。
諦めて裏路地を後にしようと思った時、きらりと光る何かが壁際に落ちていた。俺は小走りでその光る物を拾おうと手を伸ばす。
「おっ、なんだこれ? 指輪?」
手にしたそれを光に当てると、それがシルバー色の指輪であることが分かった。かなり小さいが黒色の宝石のような物が埋め込まれているみたいだ。
「もしかして、これ売れるんじゃないか?」
「おいガキ。何してんだ、こんなところで」
俺がやっと見つけたアイテムを前に感動していると、ドスの効いた声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには二十代くらいの短髪でがっしりとした体をしている男が立っていた。
右腕に大きく入っている傷跡が特徴的で、左手にはサバイバルナイフを持っている。
そして、その男の目はどこか目が虚ろな感じがする。
すると、様子のおかしな男から何か禍々しいオーラのような物が漏れていた。俺は目を見開いてその男を見る。
「……あれは、妖気?」
俺はゲームで見たことのある禍々しいオーラを前にして、そんな言葉を漏らしていた。
この世界には昔、妖怪や悪魔などがいたとされている。そして、その影響は今もこの世界に残っている。
その一つが妖気と言われるものだ。妖気は精神的に弱っている人間に入り込むと言われている。
そして、妖気に憑りつかれた人間は言動が荒々しくなったり、悪事に手を染めたりするようになるとのこと。
『月夜に浮かぶ乙女の魔法』の作中でも、妖気に当てられてしまったという学園の生徒たちが何人か登場していた。
当然、それは強い主人公やヒロイン達が相手にするような存在だ。始まりの街で街の名前を言うだけのモブNPCがどうにかできるような相手ではない。
……まさか、いきなり妖気に憑りつかれた男に絡まれることになるなんて。
何とか逃げれないかと考えてみるが、あいにくここは袋小路になっていて逃走経路は男の後ろにある道しかない。
そうなると、どうにか隙をついて男の後ろの道から逃げるしかないよな。
俺がそう考えていると、男はサバイバルナイフの切っ先をこちらに向けてきた。
「金目の物を置いて行ってもらおうか。そら、今持ってるそれを渡しな」
「これのこと? いや、これはやっと見つけたアイテムだ。渡すわけにはいかないって」
俺は男が指輪を見ていたことに気づいて、慌ててそれを後ろ手に隠した。
俺は腹も減っているし、今晩の宿代だって持っていないんだ。このアイテムを換金しないと飢えと寒さで死んでしまうかもしれない。
俺が男を強く睨むと、男は仕方なしと言った様子で大きくため息を吐く。
「交渉決裂か。じゃあ、仕方ないよな!」
「え?」
すると、男は突然俺に向かって突っ込んできた。そして、距離を詰めるなりサバイバルナイフを持っていない右手で俺の頬を勢い良く叩いてきた。
パチンッと良い音がして、俺はむりやり顔を右に向かされる。
嘘だろ、こいついきなり子供の俺にビンタしてきやがった。
「いった……くない? え、全然痛くないぞ」
しかし、良い音に対していつまで経っても痛みがやってこなかった。
俺は目をぱちぱちっとさせ、まったく痛くない頬を撫でてから首を傾げる。
「は、はぁ? 結構力込めたはずだぞ」
驚く男の反応を前にして、俺は自分のステータスのすべてが未定義だったことを思い出した。
そっか、HPが減らないって言うことは、痛みも感じないってことなのか。
俺がニヤッと余裕の笑みを浮かべると、男は俺の表情が気に入らなかったのか今度はこぶしを握って俺の頬を殴ってきた。
バキャッ!
「うん。まったく痛くない」
「こ、こいつ!」
俺がまた顔をにやけさせると、男は怒りに駆られるように何度も俺を殴ってきた。サバイバルナイフを使わないのは、子供の俺に凶器を使うのが負けている気がするからなのかもしれない。
しかし、いくら俺に殴りかかっても、男のダメージはまったく俺に入らなかった。
当然と言えば当然だろう。攻撃を受けてHPが減って初めてダメージが入るのに、そのHPが定義されていないのだから。
つまり、HP未定義と言うのはダメージを全く受けないと考えてもいいみたいだ。それに、まったく息切れしない所から察すると、スタミナも無尽蔵と見てもいいだろう。
……これは、随分とチート体質だな。
すると、殴りすぎて疲れたのか俺を殴っていた男が膝に手を置いて息を整えていた。
どうやら、スタミナ切れでも起こしたのだろう。
「ぜぇ、ぜぇ、な、なんあんだお前は!」
男が息を荒くしながら俺を睨みつけてきたので、さすがに俺は少しムッとなった。
勝手に絡まれて殴られている訳だし、俺は被害者だ。睨まれるいわれはないでしょ。
俺はそう考えながら、いつまでも殴られ続けるのは癪な気がしてきた。このまま男から逃げてもいいけど、一発くらい何かやり返してやりたい。
どうした物かと考えていると、さっき拾った指輪が目に入った。
もしもこれが攻撃力を高めるアイテムなら、この男に一泡吹かせられるかもしれない。
どんな効果があるのかは分からないが、着けてみれば分かるだろう。
俺はそう考えて、その拾ったばかりの指輪を左手の中指に着けてみることにした。
すると、指を装着するなりパッとステータスを表示するような画面が現れた。
『装備品 棘黒指輪……攻撃力+250の代わりに、HP-80になる呪物』
「呪物? え、これ呪物なのか?」
俺は思いもしなかったテキストを前に、間の抜けた声を漏らした。
もちろん、この世界に呪物と言われるアイテムがることは知っていた。
呪物と言うのは名前の通り呪われた物。この世界にある怨念や妖気など、負の感情が物に宿ったものとされている。
そして、それを身に着けたとき、普通のアイテムとは比にならない力を得られるものだ。しかし、実際は呪物は装備アイテムではなく、コレクターアイテムとされていた。
理由は単純で、力を得る代償がでかすぎるからだ。
呪物は基本的に、HPやMP、スタミナを多く消費する物ばかりで実用向きではない。それでも、中二心を刺激するという理由で人気のコレクターアイテムだった。
……ん? まてよ。
それって、今の俺にぴったりの強化アイテムじゃないか?
今の俺はHPが未定義だからダメージが入らない。つまり、ぶっ壊れ性能の呪物を使ってもHPもMPも削られないで済むってことか。
となると、この世界にある呪物を俺はデメリットなしで使い放題ってことか?
……それって、最強過ぎないか?
攻撃力も防御力もHPも未定義。そんなモブ過ぎるNPCが生き残るための術を、最強になる術を俺はこの時見つけてしまったのだった。
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