第4話 仲間

     ◆


「はあ、はあ、はあ……か、帰らないと……。彼女の元に帰らないと……。オレのことを待ってくれている、彼女の元に……」


 よろよろと路地裏を歩くオレに――


「それはどうかなー、兄ちゃん?」


 路地裏の影から野太いオヤジ声がかけられた。


「誰だッ!」


 振り向くと、影の中から1体の人形が現れた。


「クマ!」


 ボロボロの熊の人形が近づいてくる。


「よう、ご同輩」


「ご同輩? おまえも『付喪神』か?」


 熊の人形はお腹を抱えて笑い出す。


「あひゃひゃひゃひゃっ! 付喪神か?……だと……ひひひひひひっ」


「なにを笑っていやがる!」


 睨みつけると、不快な笑いを止め――


「オレたちは『ゴミ』だろ?」


 ニヤニヤと告げた。


「………そうか、オレはもう行く。待ってくれている人いるんだ……」


 嫌味な熊の人形を無視して歩き出した。


「捨てられたんだろ、おまえ? どこに戻る気だよ

? まさか、また捨てられに戻る気か……? ええ、おいおい?」


「……違う。と言っても、おまえは信じるのか?」


「あひゃひゃひゃひゃっ、やめとけやめとけ。どうせ帰っても、おまえのことなんて忘れて新しいパンツを買ってるぜ。それに、ドロだらけのおまえが帰ってきても、ゴミ袋に捨てられるのが落ちだぜ。やめとけやめとけ。戻ろうとする努力なんかせず ここで楽しく暮らそうぜ」


「そうやっておまえは諦めたのか?」


「あん?」


 オレの言葉に、雰囲気がガラリと変わった。


「おまえは捨てられたことを受け入れられず。ここで不貞腐れて生きているのか? 無意味な時間だな」


 怒りの形相で熊の人形が、オレの胸ぐらつかんだ。


「おいっ、調子こいてんじゃねェーぞ、ゴミ野郎ォ。テメェーに何がわかる。俺のこの絶望がよォ……」


「戻れたんじゃないのか?」


「――っ!」


「俺たちは付喪神だ。長い時の間、持ち主に愛され、その愛によって意志を持った存在だ。捨てられた後、戻れたんじゃないのか? その持ち主の元に?」


「ハッ、捨てた張本人の元にか……また捨てられにか? また絶望しにか? バカかおまえは……?」


「おまえの心には、愛されたいって気持ちは残っていないのか?」


「…………っ」


 熊の表情が複雑に歪む。


「オレには残っている。心を掻きむしるくらいの この想いが。それがあるかぎりオレは何度でも戻ってやるさ。オレに愛をあたえてくれた者のところに……。なんたってオレたちは付喪神。妖怪だ。気味悪がられるくらいが丁度いい」


 ニヤリとつげると、クマは暗く落ち込んだ。


「どうせもう愛してくれやしないさ……」


「一度は愛してくれたんだぜ? 全力で誠意を見せれば、気味が悪いも反転してくれるかもしれない。それまでオレは戻り続けるさ。 破り捨てられ、この魂が燃え尽きるまでな」


「い、イカれてやがる……」


 動揺して熊は後ずさった。


「イカれてる? 当然だろ。オレたちは人間じゃねぇー、命を持った『物』だ。最初からイカれた存在だ。人間に愛を貰い狂った存在だ。オレは物としてのプライドと本能に従うぜ」


 胸ぐらをつかんでいた手を離して、背中を向けた。


「ったく、パンツのくせに一丁前のことを……だが……」


 横目で穏やかに微笑んだ。


「兄ちゃん、頑張れよ。応援してるぜ。オレももう一度、この物としてのプライドと本能に従ってみるぜ」

 

「おう、お互い頑張ろうぜ。ご同輩」


 ガッシリと握手を交わした。


 初めて仲間だと思える存在にあった気がした。

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パンツくんは女の子の〇〇〇に帰りたい。 佐藤ゆう @coco7

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