第3話 扉
釈然としなかったが、あと1か月で異国の地にいく同期の鈴木。
数年の海外出張は加点評価となり帰国後の待遇に恵まれやすい。
しかし、良いことばかりではなく環境に適応できずホームシックになり社会人生活自体が嫌になり退職するケースもありリスクも伴っている。
鈴木なら適応してやり遂げるだろうと思いつつも、不安や環境の変化への戸惑いもあると思い聞き役に回ることにした。
以前から希望を出していたが、辞令として出たのは2週間前だったことや本来より新興途上国だったことなどを教えてくれた。
どことなく寂しげに見えたが、普段は用意周到に緻密な計画を立てて確実に結果を残すタイプのため急な辞令に準備が整っていないことが原因かと思い流していた。
そんな鈴木を励まそうと
「鈴木は、今も講習受けたり語学の勉強して影で誰よりも頑張っているから大丈夫。評価も成すべくしてなっているんだよ。私、鈴木かっこいいと思うもん。同期でよかったー。私の方が下だったら、ガクガク緊張して話せないもん笑」
冗談を交えて話すと、「ふっ」と小さく微笑んだ。
珍しく饒舌になりお酒が進んだ鈴木がトイレに立った際に、残っているビールを飲み干した。
『鈴木、大丈夫かな。いつもより飲んでいるけど、あんまり強くないから調子悪くなってないかな?明日もあるし、これ飲んだら切り上げよう』
帰宅の準備をしようとすると、早苗側の引き扉が開き横に鈴木が座ってきた。
酔っぱらっているせいか、いつもより距離がちかい。
掘りごたつの席で太ももはぶつかりあい、夜になって少し伸びたひげも見えるくらいの距離に鈴木の顔がある。
「もー鈴木、酔っぱらった?鈴木の席、反対側だよ??」
「知ってる。あのな、楠木があまりにも分かってないから隣に来た。お前は全く分かっていない」
お前と呼ばれたことに内心腹が立ったが、そのまま続けさせた。
普段はお酒に飲まれることはなく、冷静に回りをみて行動しているのに珍しく酔っぱらった鈴木は早苗の両腕をがっしりと掴み呟いた。
「あのな、合鍵を渡すって意味が分かってない。全然、分かっていない。家を知っているやつなんて他にもいるんだよ、だけど俺は楠木に待っていて欲しかったんだよ。その意味、分かる?」
思っていた甘い言葉とは違ったが、好意を持っていると感じるには十分だった。
『やっぱり思い違いではなかった。合鍵って異性の友人に渡すようなものではない。
ましてや社内の同期に預けるものじゃないよね。』
釈然とせずに心に引っかかったものが取れた気分になったが、突然の展開に早苗は「えっ、あ、はい…。」と短い返事をするだけで精いっぱいだった。
驚きと嬉しさが入り交じり、動揺してしまいうまくしゃべれなかったのかもしれない。早苗は恥ずかしさで顔をそらしうつむいた。そんな早苗を鈴木は自分の胸に引き込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます