第2話 信頼できる人
鈴木と会ったのは例のメールから3日後のことだった。
指定された個室のあるチェーン店の居酒屋に行くと、扉の前に革靴が置かれていた。
どうやら先に到着していたようだ。
社内で良からぬ噂を避けるため、鈴木はいつも個室の居酒屋を選んでくる。万が一個室でも価格帯の安いチェーン店ならデートと疑われることもないだろうという計算らしい。リスク回避を忘れないところも出世の大事な要点なのかも。と思いつつ扉を開ける。
「突然、悪いな。とりあえず生頼もうか」
何度も飲みに行っている仲なので早苗が飲めることを知っている。
”お酒が飲める人の1杯目は生ビール”という社会の掟にならい、早苗の返答を待たずに注文ボタンを押す鈴木。
「食べるものも適当に頼んでおくぞ。楠木は出し巻き卵好きだよな。あと焼きそば」
慣れた様子で私の好みの品を注文してくれる。
そして、同期という間柄だから二人の時はいつもよりフランクになるのが気を許してくれている感じで密かにうれしかった。
「飲みに行くのはいいんだけど、メールはびっくりした。合鍵って私でいいの?」
「俺の家を知っていて、信頼できる人って考えたら楠木だったんだよ。数か月に1回は帰ってくるから解約できないし、楠木だったら掃除もしてくれるかなって。笑」
なんで私?と聞かなかったのは、色恋めいた甘いセリフが出るのではという淡い期待を込めていた。
早苗は鈴木のことが気になっていた時期があった。
入社して間もないころは、同期でBBQをしたり、花火大会も行った。学生時代のノリが抜けておらず会社から近い鈴木の家で宅飲みすることも多かった。
その後、鈴木の先輩が早苗と仲がいい先輩を気になっているから誘ってほしいという理由で何度か集まった。
早苗は、自分の役回りを理解していたので最初の準備は周りに任せ、追加の買い出しや後片付けなど場が盛り上がり、動くのが面倒になる頃合いから働き脇役になることに徹底していた。
休日に会えることは嬉しかったが、仲のいい同期止まり。先輩も、勇気が出なくて誘えない…。と諦めてしまい自然となくなってしまった。
しばらくすると鈴木に彼女が出来たと周りから聞いたが、細身で清楚系の4個年下の女の子と知り、体育会系で長身の骨太で年上に間違われることの多い早苗は自分は恋愛対象になることはないと秘めた思いに蓋をしたのだった。
『家を知っている人は、ほかにもいるはずなのになぜ?』
泡が消えかけたビールを口にし、釈然としない気持ちと一緒に一気に流し込んだ。
鈴木の分もお代わりを注文し、早苗は鈴木の本心を聞くタイミングを待つことにした。
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