狼男の、お正月!

崔 梨遙(再)

1話完結:900字

 大晦日、智則は妻の恵里香と地元では有名な蕎麦屋に入った。大晦日じゃなくても、智則と恵里香がよく来る店だった。店の大将とも顔馴染みだ。何故か、恵里香は男物のコートを手にしていた。


「お! ご両人! 今日も来てくれたのかい! 嬉しいねぇ」

「来ました。やっぱり蕎麦はこの店が1番美味しいので」

「お! 嬉しいことを言ってくれるねぇ」

「いやいや、本当のことだし」

「私はたぬき蕎麦」

「俺もたぬき蕎麦」

「はいよー! たぬき蕎麦2つね!」


「いつも来てくれるから、今日は卵サービスだよ」


 たぬき蕎麦が、月見たぬき蕎麦になった。智則はたまらず外へ出た。


「お代はここに置いておきますので」


恵里香は智則を追いかけて行った。


「わおおおおおおおおん!」


 近所の人通りの無い児童公園、智則は2足歩行の狼男に変身していた。通常の状態よりも二回りか三回りほど大きくなっている。着ていた服はビリビリに破れて散っていた。智則は、実は狼男だったのだ。恵里香は、それを承知で結婚している。基本的には、仲の良い夫婦だった。そう、基本的には。ただ、智則が満月だけではなく月を連想するものでも変身してしまう。そういう時、智則は恵里香に叱られる。


「もう、智則さん! 月見蕎麦で変身していたらキリが無いでしょう? ほら、また服を破いちゃって! 漫画やアニメみたいに、破れた服は自動修復しないのよ。漫画やアニメなら、巨大化してビリビリになったはずの服をまた着られるけど。現実はそうじゃないのよ!」

「ごめん、申し訳無い」

「服代がかかって仕方ないわよ! 家計的に苦しいんだからね! あなたの破れた服の代わりを買わなくちゃいけないから」

「ごめん、申し訳無い」


 その時、お寺の鐘の音が聞こえてきた。


「ほらぁ、除夜の鐘よ。年越しになっちゃった」

「うん、ごめん」


 智則は人間の姿に戻った。服は変身したときに全てビリビリに破れたので。全裸だ。そんな智則に、恵里香は持っていたコートを渡した。智則は裸にコートという、変質者寸前の姿になった。


「その恰好じゃあ外を歩くのは無理だから、家に帰りましょう」

「初詣に行くつもりが、申し訳無い」



「でも、私は毛深い男が好きなんだけどね!」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狼男の、お正月! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画