【FILE0010】ブレイキングアップ・ホラーショー

 ~~~


 どもども。こんにちは。

土野子夏っていいます。改めましてよろしくお願いします。


 私は遊府桜町の私立忌野高校に通う女子高生で、オカルト研究部に所属しています。

 トラブルメーカーの部長と、切込隊長の祢津さん。そして副部長の私……。

 好奇心に足が生えて動いてるような部長と、時々それに悪ノリする祢津さん。そんな二人に振り回される毎日なんですが、なんだかんだ充実した学校生活を送っています。

 例えば、隣町の川に人面魚を釣りに行くだとか、ネットで噂されている幻のホラーゲームを探すだとか──。

 そのほとんどがハズレなんですが……ごくたまにアタリがあるんです。

 今回はその「アタリ」の話をしようと思います……


 皆さん、音楽は好きですか? と言っても、嫌いと答える人なんかほとんどいないと思いますが……もちろん私も大好きです。邦楽も洋楽も、ロックもクラシックも、心を豊かにしてくれるので。

 もうひとつ質問です。最近はサブスクリプションっていう、月額いくらで音楽が聴き放題なんてサービスもありますが、皆さんは加入してますか?

 実は私、サブスクリプションにはちょっと抵抗があって……。いや、便利なのは分かるんですよ、分かるんですけど……好きな曲はCDを買って聴きたいし、データとしてではなく物としてそばに置いておきたいなっていう所有欲みたいなものもあるんです。分かって頂けますかね……あ、そうだ。

「CD」と「所有欲」といえば――。


 ~~~


 薄暗く、薄汚れた、薄気味悪い、いつものオカルト研究部室。

私たち三人は額を寄せ合い、机の中央に置かれた紙きれを見つめ続けている。この膠着状態が始まってから、既に三十分が経とうとしていた。その紙には、英語の筆記体を手の中でこね回してもう一度伸ばしたかのような字が連なっており、見れば見るほど頭痛がしてくる。何語で書かれているのかさえもはっきりしていない文字を睨み続けて、何か意味はあるのだろうか。いやない。

それにしたって、二人ともよく集中力が続くな……私は辟易しながら、脳内でこの苦行を強いられるに至った原因を探った。

今朝、古本屋で売られていた「世界の呪術大全」とかいう胡散臭い本を、部長が手に取らなければ……。それを授業中に読んでいた部長が、ページとページの間に挟まれていた紙きれを発見しなければ……。そして三十分前、部室に入ってきた部長が「今日はこれに書かれた文字の解読をするぞ!」などと言い出さなければ……。

意味不明な文字列から視線を外し、全ての諸悪の根源であるモサモサ頭のチビを睨む。するとあろうことか、奴は頬杖をついて、こっくりこっくりとうたた寝をしているではないか。

私は奴のボリューム有り余る髪に顔を近づけ、その奥に隠れた耳元めがけ、喪黒福造よろしく叫んだ。


「……ドーン!」


途端に、船を漕いでいた部長の身体が跳ね上がり、辺りをきょろきょろと見回す。

一瞬、左隣の祢津さんも飛び上がったように見えたのは気のせいだろうか……?


「我輩の安眠を妨げるな土野くん! フー・ファイターの空爆かと思ったぞ!」

「ごめん子夏……あたしもめっちゃ寝てた……」


 私はどでかい溜め息をついた。


「祢津さんはまだしも、言い出しっぺの部長が寝るのはいかがなものかと思います! 大体こんなきったない字、解読できるわけないでしょう!」

「寝起きに喰らう説教はなかなかキツいものがあるな……しかしだな土野くん、我輩の予想では、この書物には強大な呪いの言葉が記されているように思えてならんのだが……」


 呆けた目を擦りながら減らず口を叩く部長のことなどお構いなしに、私は説教のギアを上げる。


「そんな都合のいい話、あるわけないじゃないですか! どうせ前の持ち主のイタズラですよ! こんなものとっとと捨ててきて――」


 その瞬間、部室の扉がバァンと音を立てて開かれ、今度は私も飛び上がった。

見ると、男子生徒が三人、眉間に皺を寄せて立っていた。すかさず祢津さんが立ち上がった。


「おかげ様で目が覚めたわ。あんたたち、誰?」


彼らは順に小川、小泉、長谷川と名乗った。

訝しむ私たちを睨み返しながら、襟足の長い男子、小川さんがぶっきらぼうに言い放った。


「俺ら隣の軽音部のもんだけど、結論から言うわ。お前らここから消えてくんねーか?」

「断る。貴様らに我々の拠点を奪う権限などない。わかったらとっとと来た道を引き返して自分の巣に戻り、不協和音でも奏でるがよい」


 彼の言葉を、部長が秒で突っぱねた。

この人は何故いつもこう、一言多いのだろうか……。もっとやんわり断ればいいのに、毎回煽るような物言いで、相手の怒りを爆発させないと気が済まない、ニトログリセリンみたいな人間だ。


「調子乗りやがって、このチビ……」


案の定、部長の煽りを受けた小川さんが怒りに満ちた表情で吐き捨て、舌打ちした。

一触即発の雰囲気に、私は慌てて祢津さんに視線を送る。しかし彼女は既に、長谷川と小泉の二人を相手取り、バチバチに睨み合っていた。今にも胸倉を掴まんとするような威圧感だ。

挑発がライフワークの部長と、武闘派の祢津さん。二人をこれ以上放置していたら、部室がめちゃくちゃになる危険もある……しかし私も、苦労して手に入れたこの部室から出ていけと言われて、黙っているわけにはいかなかった。

私はなんとか穏便に事を済ませようと、言葉を選びながら考えを伝えた。


「あのー、皆さん。一旦落ち着いて話し合いませんか? 突然消えろなんて言われたら、誰だってムッときます。軽音の皆さんがオカ研の撤退を希望する理由を話してくれないことには、検討もできないので……」

「土野くんがそう言うなら、話だけ聞いてやろう」


 部長の言葉を皮切りに、他の人たちも次々と臨戦態勢を解除する。小川さんもフンと鼻を鳴らし、肩の力を抜いたようだ。

ほっと胸を撫でおろしていると、祢津さんが彼に問いかけた。


「で、なんであたしたちに出てってほしいわけ?」


 小川さんは誰とも視線を合わせず、部室の傍らに飾られた水晶髑髏を横目で睨みながら、もう一度舌打ちをして言った。


「……最近、軽音部室で変なことが起きてんだよ。それでよくよく考えたら、それが起こり始めたのはお前らがここに来てからだ。ちょっと前のカタギリさん騒動もお前らが絡んでるんだろ? お前らが毎日やってる『オカルト研究』ってやつが、俺たちの部室にまで浸食してきてんだよ!」


 話しながら再びイライラしてきたのか、小川さんの語尾に怒気がこもる。はっきり言って、とんでもない八つ当たりだと思った。しかし彼には、それが八つ当たりだという自覚がないようだった。彼をここまで焦燥させるほどの大きな問題が、軽音部で発生しているのだろう。

しかし他人の気持ちがわからない部長は、呆れたようにそれを一蹴した。


「言いがかりも甚だしいな。土野くん、ここ三日間の我々の活動を言ってみたまえ」

「えー、三日前は池で巨大人面魚探し、おとといは公園の芝生でミステリーサークルの作成、昨日は校庭の隅で異世界へ行く儀式を行いました。どれも失敗に終わりましたが……」


 私の回答に部長は満足気な顔をして、小川さんの方へ向き直った。


「と、このように、我々オカルト研究部は大概部室を空け、出払っている場合がほとんどだ。部室に引きこもって、弦とかいう細長い物質を弾いてるだけの、根暗人間とは違うのだよ!」

「お前らのやってることの方が百倍根暗だろうが!」

「なんだと! 土野くん! 祢津くん! 何か言い返してやりたまえ!」

「いえ、小川さんの言う通りです部長」

「改めて活動記録を列挙されると、めちゃくちゃ恥ずかしい……」


 何の反論もできず、俯くばかりの私たちを見て、部長が歯噛みしながら言った。


「ならば現在、貴様らの部室で起こっている怪奇現象を我々が解明してやろうではないか! それなら貴様らも滞りなく部活動に専念でき、我々もここから退かなくて済む。win-winだとは思わないか!」


 すると小川さんは押し黙り、他のメンバー二人を手招きして、何やらこそこそと会議を始めた。しばらくして、彼は私たちの方に向き直り、言った。


「……本当に解決できるんだな?」

「任せておけ、我々の専門分野だ」


躊躇いがちな彼のそれとは対照的な、部長の顕然とした声が部室に響き渡った。



【FILE0010 ブレイキングアップ・ホラーショー】


 小川さんたちに連れられ、オカルト研究部室の隣に位置する、軽音楽部室へと足を踏み入れた。そこはお世辞にも綺麗とは言い難い、というより私たちの部室よりも乱雑とした場所だった。

 そこかしこに立てかけられたレスポールやストラトキャスター。大きい物から順に積み上げられた、重量感のある真空管アンプ。奥に鎮座するドラムセット。床に転がる無数のエフェクターや、欠けて使い物にならなくなったピック。二度と巻かれることのなさそうなシールドが、くたびれた蛇のように、そこら中で伸びきっていた。壁に隙間なく貼られた防音用のマットが、部室全体に圧迫感を与えていた。


「す、すごい設備ですね……」

「あたしらも人のこと言えないけど、ここ、散らかりすぎじゃない……?」

「ここにある物、全て売ったら三十万くらいにはなるだろうか?」

「全部必要な機材だからな、触るなよ」


 三者三様の声を上げる私たちに、小川さんが釘を刺した。しかし、時すでに遅し。


「わはは! 見ろ二人とも! 我輩が令和のブライアン・メイだ!」


 部長がそんな忠告を聞き入れるわけもなく、いつの間にかその辺にあったエレキギターを肩から下げ、意味不明なポーズを取っていた。


「Fコードが押さえられん! 小川、教えてくれ!」


 そう言って、Emも押さえられないようなちっこい手を必死で伸ばしている部長を見ながら、小川さんは深いため息をついた。


「岡田って、いっつもあんな感じなのか……?」


 私と祢津さんはヘッドバンギングをするかの如く、首を大きく縦に振った。

 ひとしきりギターで遊んだ部長が「それで、怪奇現象はいつ起きるのだ?」と言うと、小川さんが無言でケースに入ったCD-Rを取り出した。

ディスクには黒いマジックで「あの娘とクリームソーダ」と書かれている、おそらくこのCDに収録されている曲の名前だろう。


「俺らはいつもここで曲を録音するんだ。録音した音源を長谷川が自宅に持って帰ってミックスして、このCDが完成するんだけどな……音源では問題ないのに、CDにすると毎回音飛びするんだ」

「機材が壊れているだけではないのか?」


 部長の呑気な問いに、長谷川さんが首を振って答えた。


「そんな簡単なことじゃない。友達のPCを借りたりして、何度も作り直したけど、毎回音飛びすんだよ……あれ全部、音飛びでダメになったCDなんだぜ」


 そう言って彼は、うんざりしたように部室の奥に置かれた棚を指さす。その上には、山となったCD-Rが、怒りに任せたような乱雑さで積み上げられていた。


「次の高校生バンドオーディションに応募しようと思ってる新曲でさ。期限までに録音が成功しないとマズいんだよなあ……」


 悲痛を孕んだ小泉さんの言葉に、小川さんも頷く。

なるほど、彼らが焦っているように見えたのは、こういう事情があったのか。


「だから早いとこ解決してくれないと困るんだ。オカ研ならできるよな? 名前だけじゃないってとこ、見せてくれよ」


 そう言った小川さんに向かって部長は「相わかった」と返した。


「貴様らがこれまでに作成したCDを数枚と、それを再生できるものを貸してくれ。この案件は一旦我々が引き取らせてもらう!」


 オカ研の部室に戻ってくると、借りてきたCDコンポを祢津さんが机の上に置いた。部長が手早く、三枚のディスクのうち一枚をコンポの中に押し込む。幾拍かの間を置き、やかましいギターリフがかき鳴らされ「あの娘とクリームソーダ」が始まった。

元恋人の女性と喫茶店で飲んだクリームソーダの味が忘れられない、という旨の内容をボーカルが歌い出すと、確かに所々で音が飛ぶ箇所があった。

続けざまに二枚目、三枚目とCDを入れ替えていき、その全てを聴き終わった部長が、私と祢津さんを見た。


「気づいたか?」

「はい」

「うん」


おそらく軽音楽部のメンバーは、CD化されたこの曲を、一度しか最後まで聴いていないのだ。二枚目以降は、序盤の音飛びだけを聴いて、すぐに再生を停止したのだろう。

――だから、気づかなかったのだ。

どのCDもまったく同じ部分で音飛びしていることに。


 今度は私たちが軽音楽部の扉を開け放つ番だった。

 各々の楽器をチューニングしていた三人が、ぎょっとした表情でこちらを凝視する。小川さんが何か言おうとする前に、部長が口を開いた。


「曲は聴かせてもらった。これの作詞者は誰だ?」


 すると三人の表情が、わかりやすく曇った。


「ボーカルの尾崎だけど、あいつはいま入院中だ。頚椎椎間板ヘルニアでな」

「なるほど、ボーカルの急病も貴様らを焦らせていた理由の一端というわけか。彼の入院先は?」

「鮫島病院の、307……いや、403号室だったかな……」

「わかった」


 部室を出ていく際、私は小川さんに呼び止められた。彼の「何かわかったのか?」という問いに「はい、専門分野ですから」と答えて、扉を閉めた。


 消毒液の匂いが立ち込める鮫島病院を訪れ、403号室の扉を開けると、ウルフカットの襟足だけを白く染めた男子がベッドに腰掛けていた。こちらを見て驚いている彼のことなどお構いなしに、部長がつかつかとベッドに歩み寄った。


「忌野高校軽音楽部のボーカル、尾崎だな?」

「ええっと……ごめん、お見舞いに来てくれたのは嬉しいんだけど……君たち誰?」

「我々はオカルト研究部だ、貴様の同級生であり、お隣さんだ」


 部長の言葉に、尾崎さんは警戒を解き、弱々しい笑顔を見せて言った。


「へぇ、君たちがオカ研か、はじめまして」

「土野くん、例の物を用意してくれ」


 部長に促された私は、ベッド脇の床頭台にコンポを置き、CDを押し込んだ。

その間も、部長が尾崎さんに説明を続ける。


「軽音楽部のCDが何度作っても音飛びする怪現象については、貴様もよく知っているだろう。我々は小川に頼まれ、その謎を解明しに来たのだ。貴様の書いた曲の歌詞を見せてくれないか」


 尾崎さんは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに「ちょっと待ってな」と呟き、スマートフォンを取り出して、メモ帳を開いた。

部長はその画面を凝視しながら、凄まじいスピードで歌詞を自前のノートに写していく。

数分後、こちらに合図を送ってきた部長を見て、私はコンポの再生ボタンを押した。


 もはや聴き慣れたイントロが始まり、尾崎さんの歌声が曲に乗って聴こえ始めた。

 そして、音飛び、音飛び、音飛び――彼の歌声が途切れるごとに、部長がノートにペンを走らせる。

曲が終わり、病室が再び静寂に包まれた直後、部長は彼にノートを突きつけた。


「貴様らがこれまでに作成したCDは、全て同じ箇所で音飛びしていた。小川のギターがうるさくて歌詞が不明瞭だったが、たった今ようやく解読できた。我輩が〇を付けた部分が該当箇所だが……この言葉に心当たりはあるか?」


 尾崎さんの両目が、ノートに書かれた文字を追っていく。そして次の瞬間、彼は布団をはねのけ、ガタガタと震え始めた。


「どうやら何か知っているようだな」


 部長は私と祢津さんにも見えるようノートを向けた。

〇の付けられた箇所を順に読んでいくと――。


『ユ・ビ・ワ・カ・エ・セ』


 尾崎さんが悲鳴とともに、首から何かを外し、叫んだ。


「こっ、これだ! この指輪のことだ……!」


 一見して何の変哲もない指輪だったが、彼が続けざまに打ち明けた話の内容に、愕然とした。


「実はちょっと前に、軽音の奴らと肝試しに行ったんだ……そこでこの指輪を拾った……。それで、つい出来心で持って帰って来ちまったんだけど、どの指にも嵌らなかったからネックレス代わりにしてて……」


 すると突然、コンポから大音量のギターリフが響いて、私たちは悲鳴を上げた。


「わ、私なにも操作してませんよ!」


 ひとりでに再生された曲は、さきほどよりも音飛びがひどくなり、ノイズまで混じり始めていた。ひどくざらついたイントロが終わり、聴こえてきたのは――。


『カ・エ・セ・カ・エ・セ・カ・エ・セ・カエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセ』


「うわぁっ!」


 尾崎さんが再び悲鳴を上げた。音飛びによって返せ返せと繰り返す彼自身の声に重なるように、はっきりと女性の声が混じっていた。半ばパニックになった私に駆け寄った祢津さんが無理やりコンセントを引き抜くと、ようやくその声は止まった。


「あんた、一体どこでその指輪拾ったの?」


 コンポのコードを握ったままの祢津さんが震える声で尋ねると、尾崎さんは「浦江須トンネル……」と呟いた。その名前を聴くや否や、部長が怒気を含んだ声を上げた。


「浦江須トンネルだと? あのトンネルは昔、恋人に別れを告げられた女が焼身自殺した場所だ。あんな所で拾ってきた物を身に着けるとは、命知らずにもほどがある! お前が今入院している原因も、その指輪のせいで間違いないだろう! とっとと返してくるのだ!」


 ここが病院だということも忘れて声を荒げる部長のスカートのポケットから、不意に何かが落ちた。拾い上げてみると、それは私たちが解読しようとしていた例の紙きれだった。


「まだこんなもの持ってたんですか! 早く捨ててくださいよ!」

「何を言うか! 我輩にはこれを解読する義務があるのだ!」

「遥人……今のあんたが他人に物を拾うなって説教垂れても説得力ゼロだよ……」

「部長と呼びたまえ祢津くん!」


 私たちが小競り合いを始めたときだった。


「それ、トルコ語だろ……?」


 尾崎さんが、紙に書かれた文字列を指さして言った。祢津さんが驚いた声で彼に問いかける。


「あんた……これが読めるの?」

「ああ、父さんがトルコ語の翻訳家で、子供の頃教えてもらってたんだ。少しくらいなら読める」


 途端に目を輝かせた部長は「我輩は今、ヴォイニッチ手稿の解読が進んだときよりも感動している」などと呟きながら、尾崎さんに紙きれを渡した。

彼はそれを受け取り、しばらく読んだあと、まるで毒でも触るかのように紙の端をつまんで部長に突き返した。必死でシーツに両手を擦り付けながら、彼は言った。


「この世の残酷さを全て詰め込んだような文章だった……ここに書かれているのは、何かとんでもない力を持ったモノを異界から呼び出して、対象を殺す呪いの言葉だ」


 それを聞いた瞬間、部長が勝ち誇ったような表情で私を見た。ムカつく。

しかし部長は、再びそれを尾崎さんに押し付け、言った。


「解読感謝する。しかし今これが必要なのは、我輩ではなく貴様だ。貴様が持っているのだ。そして再び浦江須トンネルへ行った際、何かあったらこれを読み上げるのだ。指輪は身に着けずに置いておけ、そうすればじきに退院できるようになるだろう。それでは」


 尾崎さんは観念したように紙きれを受け取り、それを指輪とともに床頭台に置いた。


 翌日、私たちは再び軽音楽部を訪れ、三人に全てを説明した。

 音飛びする箇所のこと、指輪のこと、尾崎さんは快復するということ……。

 そして部長が、震え上がる三人に怒号を浴びせた。


「貴様らも連帯責任だ! 浦江須トンネルへ行ったことを隠し、我々にその罪をなすりつけるなぞ、許しがたいことだ! 尾崎と共にもう一度、浦江須トンネルへ行ってくるのだ!」


 うなだれる三人を尻目に、私たちは軽音楽部をあとにした。

部長は未だ怒りが収まらないようで、口をとがらせながら言った。


「まったく、濡れ衣もいいところだ! 我々のせいではなく奴らの自業自得だったではないか!」

「ほーんと、何かしてもらわないと割に合わないよねぇ」

「文化祭で、彼らに客引きしてもらうってのはどうですか?」

「お、子夏、それ名案」

「……それは叶わんかもしれんがな」


 部長の不穏な言葉に、私たちは顔を見合わせた。


「浦江須トンネルは、我輩がこれまで訪れてきた心霊スポットの中でもブッチギリの恐ろしい場所だ。正直、我輩でも二度目があるかどうか悩ましいほどだ。にも拘わらず、現在そこに居着いている霊を怒らせている四人が、再びそこに赴くのだ、つまりそれは自殺行為としか言いようがない。果たして無事でいられるかな……」


 クククと不気味に笑う部長を、私は鬼だと思った。


 一週間後、軽音楽部の四人が血相を変えてオカ研の部室になだれ込んできたとき、私は全員が無事で良かったと心の底から思った。


 ここからは彼らから聴いた話なので、真実かどうかは定かでないが、指輪を元の場所に置いてそそくさと帰ろうとした四人の前に、真っ黒に焼け焦げた女の霊が現れたらしい。

 人肉の焼ける不快な匂いを漂わせ、笑みを浮かべて近づいてきた女に向けて、半狂乱の尾崎さんは、例の紙きれに書かれていた字を読み上げた。するとその直後にもうひとつの巨大な黒い影が現れ、苦悶の表情に歪んだ女を跡形もなく消し去った。そして紙きれもまた、まるで役目を果たしたかのように、彼の手中で焼け落ちたという。

 人目もはばからず泣き叫びながら話す彼らを、嘘つき呼ばわりすることは到底できなかった。

 部長はオカ研に濡れ衣を着せて撤退を迫った件と、音飛びを解明した件、そして浦江須トンネルに棲む霊から四人を守った件を挙げ、私の提案通り、文化祭当日の協力を要請した。


「それと、我輩に上等なギターを一本寄越すこと。もうひとつは、我輩にギターを教えること」


 部長が付け加えた注文を、彼らは二つ返事で了承した。こうして部長の趣味がひとつ増え、オカルト研究部室にはその場に似つかわしくないワインレッドカラーのGibson-SG Standardが置かれる運びとなった。

小川さんからギターを譲ってもらった際、部長は言った。


「小川、貴様のギターはうるさすぎて尾崎の声が聴こえないから、もう少し音量を抑えた方がいいぞ」


 その後、尾崎さんは「あの娘とクリームソーダ」をボツにし、今回の体験から新曲を一本書き上げ、それをバンドコンテストに応募したそうだ。おどろおどろしくも、どこか悲哀を含んだイントロと、絶叫にも似たボーカルの歌声は審査員の魂を揺さぶり、彼ら四人が作り上げた世界観に酔いしれた。書き下ろされた新曲『Breaking up Horror-Show』は、無事に一次審査を突破したらしい。


FILE0010 ブレイキングアップ・ホラーショー おわり

FILE0011へつづく

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