【FILE008】最後の投稿者

 〜〜〜


 皆さん、こんにちは。

 土野子夏っていいます。改めましてよろしくお願いします。


 私は私立忌野高校に通う女子高生で、オカルト研究部に所属しています。

トラブルメーカーの部長と、切込隊長の祢津さん。そして副部長の私……。

 荒唐無稽な噂話を信じ込み、調査と称して私を巻き込みたがる部長に困り果てているんですが、最近はそれが少し楽しみになってきてたり……。

 例えば、人に化けるタヌキがいる動物園に行くだとか、学校の裏山に双頭の大蛇が出るだとか──。

 そのほとんどがハズレなんですが……ごくたまにアタリがあるんです。

 今日はその「アタリ」の話をしようと思います……。


 皆さん、動画サイトってよく見ますか? 私は結構ハマってまして、寝る前にちょっとだけのつもりで開いたのに、気づいたら夜中の三時……みたいな経験が何度かあります。

 食べたことはないけど美味しそうな料理。触ったことはないけど可愛い動物。プレイしたことはないけど気になってるゲーム……。そういった「未体験」の数々を手軽に視聴できて、知識や情報として取り込めるのが、動画サイトのいいところですよね。

 ただ、もしもその未体験な物事が、自分の目と鼻の先にあると仮定します。そしてそれが「興味は惹かれるけど訪れたことはない場所」だった場合、動画で観るだけに留めておくことをオススメします……。

 それはなぜかと言うと――。

 



 ~~~




 夏休みが明け、二学期が始まった。

暇を持て余していた私の日常に、再び学校生活という途方もないスケジュールが組み込まれ、授業が再開される。

数日前までの退屈さが既に恋しいが、いつまでも夏休み気分ではいられない。何故なら学業と同時に、オカルト研究部としての活動も再開されるのだから。前期よりも一層ハードな日々になることを予期し、私は気合いを入れ直して始業式へと臨んだ。

 しかしその翌日、オカ研のチャットグループに投下されたメッセージを見た私は、盛大な肩透かしを食らってずっこけた。


『課題を全て白紙で提出したら補習を受けろと言われた、まったく腹立たしい』


学生の本業に指一本触れることなく、オカルトの探求だけに約一ヶ月の休暇を捧げたアホの姿が、そこに見えた。文章と共に送られてきたヒバゴンのスタンプは、チャット画面の中で、いつまでもプンプンと怒っていた。




始業式から三日が経っても、部長は姿を現さなかった。


「遥人、早く補習終わらせてくれないかなあ」

「夏休みの課題をひとつもやらずに登校してくる度胸、見習いたいです」

「ほんとに」


トラブルメーカーを失った私と祢津さんは、その日も二人きりの放課後をのんべんだらりと満喫していた。

スマートフォンを弄りつつ、オカルト要素ゼロの気の抜けた雑談に興じ、時折思い出したように部長の話をする。そんな締まりのないルーティンが、もう何度も繰り返されている。

オカ研のために入れ直した気合いが盛大に空回りし、モチベーションだけが、既に終わった夏休みへと逆行していく感覚。授業で出された課題を黙々と進めている祢津さんを見ながら、部長は彼女の爪の垢を煎じてガブ飲みするべきだと思った。

きっと「退屈」が表情に出てしまっていたのだろう。筆記用具と解きかけのプリントをしまった祢津さんが、私に尋ねた。


「子夏はさ、最近ハマってることとか、ある?」


 突然の問いに、私は少し考えてから答えた。


「そうですね……最近は動画サイトで廃墟を探索する動画をよく観てますね」

「へー……それって面白い?」

「面白いですよ! 住む人がいなくなったその瞬間から時間が止まってるみたいで。動画を観ながら、この建物にはどんな人が住んでたんだろう、どんな人が利用してたんだろう、とか考えてるといつの間にか二時間くらい経ってます……」


 そう言って私が自嘲すると、祢津さんが立ち上がった。


「なるほどねえ……なんかオススメの動画教えてよ、一緒に観よ」

「いいですよ! 私が夏休み中にずっと観てたのはこの『にゃみの廃墟チャンネル』なんですけど、結構若めの女の人が一人で廃墟探索してるんです」

「女の人が一人で? それって多分、結構珍しいんじゃないの」

「そうなんですよ、その意外性もあって、割と人気のチャンネルなんです」


 祢津さんの小さな顔が、私の操作するスマートフォンの画面を覗き込む。彼女が使っている柑橘系の制汗剤の香りが、一瞬ふわりと鼻腔をくすぐった。

 不意に祢津さんが、羅列されたサムネイルのうちのひとつを指さした。


「この動画、他と比べて再生数凄いじゃん」

「ああ、これ一番最新の動画なんですが、動画内で心霊っぽい現象が起こってて、今話題なんですよね」


 私がそう言うと、祢津さんは「ふーん」と呟いてから、おどけたような声を上げた。


「遥人がいなくても、オカ研らしいことはしないとね」


 やや身を乗り出した祢津さんが、その細い人差し指を少し前に突き出す。彼女の指先が画面に触れ、最新の動画が再生された。

 既に四十万回再生されているその動画は、チャンネルの持ち主である二十代ほどの女性「にゃみ」が、朽ち果てた一軒家を探索するという、十五分程度の動画だった。


『こんにちはー、にゃみでーす。今日は、某所にある廃墟を探索しようと思いまーす』


 間延びした声で挨拶を行った彼女が、草の生い茂る庭の周辺を数分ほど撮影する。続けてハンディカムで自分の顔を映し『それでは早速、家の中にお邪魔しようと思いまーす』と宣言し、再び手入れのされていない庭と、蔦の絡まる小さな家にカメラを向けた。

廃墟内に足を踏み入れ、一階の探索を終えた彼女が、二階へ向かう旨を伝えようと自身の顔を映した。

私は祢津さんに「この辺です、よく聴いててください」と言って、音量を上げる。祢津さんが固唾を飲んで画面に顔を近づけたとき、その動画の再生回数を増やす要因となった現象は起こった。


『ちょっと怖いかもー。みんなコメントで応援してねっ。続いて二階に向か……と思います』


 彼女の「向かおうと」という言葉に重なって、低い男の声で「おい」と聴こえる。動画のコメント欄は、そういった内容の指摘と、それらを起点とした考察で溢れ返り、侃侃諤諤の論争を生み出していた。


『これは間違いなく心霊現象、寺生まれの俺にはわかる』

『にゃみちゃんの声がノイズで歪んだだけだろ、そうだと言ってくれ、怖くて寝られない』

『ちょっとまって7:32の辺りに顔映ってない?』

『このチャンネルの更新がこの動画以降止まってるのが一番怖い……』


 そんなコメントを眺めながら、祢津さんはやっぱり「ふーん」と呟いて、言った。


「この動画、遥人に送ってみるのはどう?」


 ああ、祢津さんもやっぱりオカ研の一員だ。

彼女の問い私は「それは私も考えたんですが……」と言ってから、答えた。


「部長の補習の邪魔になるんじゃないかなと思って、送ろうか迷ってるんですよねー……」

「なるほどね……でもあたしの予想だと、あいつはそんなタマじゃないよ」


 祢津さんに言われるがまま、私はオカルト研究部のチャットグループを開いた。チャット画面の中には相変わらず、激怒するヒバゴンが閉じ込められていた。


『@岡田遥人 これ、今ネットで話題になってる廃墟探索の動画なんですが、6:21辺りで聴こえる男の声って心霊現象ですかね?』


 そんな文面と共に動画のURLを送信した数分後、とてつもない勢いで部室のドアが開かれ、自前のノートPCを小脇に抱えた部長が姿を現した。


「土野くん、祢津くん! 我輩は今、猛烈に感激している! 君たち二人が、我輩がいなくとも主体的にオカルト研究に精を出していてくれたことにだ! てっきり授業で出された課題なぞやりながらグダグダしているだろうと考えていた我輩を許してくれ!」


 後半の言葉にギクリとしつつも、私は部長に尋ねた。


「お久しぶりです部長、あの、補習の方は大丈夫なんですか?」

「ああ、秒で終わらせてきた」


 祢津さんは半ば呆れたような、しかし嬉しさも混じった表情で「ね?」と言い、私の肩に手をぽんと置いた。オカルトが絡んだときの部長の底力を舐めていた。


「それで件の動画だが、三人で今一度観てみようではないか」


 素早い手付きでバッテリーを挿し、PCを立ち上げた部長は『にゃみの廃墟チャンネル』へアクセスする。動画が再生され、廃墟の庭先が画面に映し出された。部長がシークバーをクリックし、問題のシーンへジャンプする。


『では、続いて二階に向か……と思います』


「……どうですかね?」


 私の問いに答える代わりに、部長はシークバーを操作して、何故か動画の冒頭を映した。一時停止をしてから、画面を指さす。


「二人とも、ここをよく見てみたまえ」


 画面上部をよく見ると、朽ち果てた廃墟の向こうに、僅かに見切れた建物が見えた。


「これは……団地、か何かですかね……これがどうかしたんですか?」

「いや、これは校舎だ。そして我輩の記憶が確かならば、ここは――」


 言葉よりも先に、何かを察した祢津さんが「マジ……?」と呟く。部長がそれに大きく頷いて、続けた。


「ここは如月一中だ。つまりこの廃墟は、遊府桜町に存在している。そうと決まれば話は早い。今から向かって、確かめてみようではないか!」


【FILE008 最後の投稿者】




 如月第一中学は五ヶ月前、私たち三人が初めて訪れた心霊スポットだった。まさかその近所に問題の廃墟があるなんて、思いもしなかった。


「方角はこちらで合っているはずだが……もう一本奥の道か……?」


動画のスクリーンショットと地図を見比べ、ぶつぶつ呟きながら歩く部長を追いかける。隣を歩く祢津さんが「今度は何も出なきゃいいけど」と、不安げな呟きを漏らした。


「土野くん、例のチャンネルの投稿頻度を教えてくれ、おおまかでよい」

「えっ? えーと……大体二日、三日に一本は投稿されてますね」

「それで、件の動画が投稿されてから数週間更新がない、か……」


 部長は何か考え込むような様子で、歩を進めていった。

 

私たち以外に人気のない細道を、もう何本行き来しただろうか。

夕陽が完全に沈みかける寸前、暗く滲み始めた私の視界に、それは現れた。


「着いたぞ、ここが件の廃墟だ」


 動画で観たものと同じ、伸び放題の雑草が揺れる庭先。そしてその奥には、やはり動画と同じ、壁が所々ひび割れた小さな一軒家がぽつんと建てられていた。しかしそれが放つ、威圧感にも似た不気味さだけは、直接目にしなければ味わえない感覚だった。

 すると部長が不意に振り返り、私たちに言った。


「さて、これからこの廃墟を探索するわけだが……君たちはここで待っていてもよいが……どうする?」

「何言ってんの。ここまで来たんだし、あたしは行くけど」


予想だにしていなかった部長の言葉に、祢津さんが返す刀で答えた。拍子抜けした私も、慌ててそれに同調する。学期明けから三日も放置されていた私に、その場で待つという選択肢は毛頭なかった。


「わ、私も行きますよ! 一人で待ってるのも怖いですし……」

「わかった。では三人で行こう、二人とも、よく耳を澄ませておくように」


 雑草で脚を切らないように気をつけながら庭を抜け、玄関に辿り着く。一呼吸おいた部長が意を決したように引き戸に手を掛けると、軋んだ音が響いて戸が開いた。

 正面に伸びる廊下には所々穴が空き、その両隣には居間と寝室がある。どちらも和室で、腐りかけの黒ずんだ畳が、玄関からでも確認できた。

水分を含んだ土や木の匂いが鼻をつき、湿気に満ちたぬるい風が肌をべたつかせる。眼前に広がる光景自体は動画と変わらなかったが、視覚だけでは感じることのできない、まるで海の底に沈んでいくような重苦しさがあった。どんよりとした空気が、私たちを押し潰すかのように頭上で滞っていた。


「まずは一階から調べるぞ、ついてきたまえ」


 部長に促され、私たちは土足で玄関から廊下に上がる。この家は一体、どれだけの期間放置されているのだろうか。一歩踏み出す毎に嫌な音を立てる廊下を恐る恐る歩きながら、居間と寝室を交互にライトで照らしていった。

 破れた襖、ボロボロの布団、埃だらけの仏壇……。室内に置かれていた家具の類は全て朽ちて果てており、どれも数ミリほどの埃が積もっていた。


「あとは、二階か……」

「二階に上がろうとしたときだよね、声が聴こえたのって」


 祢津さんの言葉に部長は頷き、一言だけ「行こう」と発した。

廊下の奥へ向かうと、一段一段の幅が狭く勾配の急な階段があった。心許ないスマートフォンの明かりは途中で闇に呑まれ、上りきった先に何が待ち受けているのかわからない。今にも流れ落ちてきそうな漆黒に向かって伸びる階段の様相は、大口を開けて獲物をじっと待つ、巨大な生き物を想像させた。

部長が踏み板の一段目に、ゆっくりと足を掛けたときだった。


くるな。


 どこからともなく、そう聴こえた。身体がびくりと跳ね、喉の奥から短い悲鳴が漏れた。心臓を鷲掴みにされたような感覚が私を襲い、急速に血の気が引いていく。思わず周囲を見回すと、目を見開いたままの祢津さんと目が合った。


「今、聴こえたよね?」

「は、はい、聴こえました。くるなって……」

「ああ、我輩にも聴こえた、だが……」


 部長が一段上からこちらを見下ろし、私は頷いた。

あの動画とは決定的に違う新たな問題が、たった今発生したのだ――。

私たちが聴いたのは、女の声だった。


「……行くの? 遥人」

「部長と呼びたまえ祢津くん。我輩は行くが、君たちにはもう一度尋ねる。ここで引き返してもよいが、どうする?」


祢津さんと私は、揃って首を横に振る。


「あたしはさっき、あんたについてくって決めた」

「ここまで来たんですから、行きますよ」


 それを聞いた部長は黙って正面へ向き直り、一段、また一段と階段を上り始めた。私たちもそれに続き、鈍く軋む階段をライトで照らしながら上がっていった。

 階段を上り終わると、一層強くなった湿気が身体に纏わりついてきた。

一階と同じく正面に伸びる廊下と、両隣に一つずつの部屋――。唯一違っていたのは、どちらの部屋も襖が閉まっていたことだった。今この場でそれを開ける勇気を持ち合わせているのは、たった一人、部長だけだ。

 部長は注意深く廊下を進み、右の部屋の襖に手をかけた、その瞬間――。


くるなって言ったのに。


 今度は耳元ではっきりと女の声が聴こえ、私は思わず両耳を塞いでしゃがみ込んだ。祢津さんにもそれが聴こえたようで、彼女は悲鳴を上げ後ずさり、壁に背中をぶつけた。

 しかし、部長だけは違った。彼女はまるでその声と対話でもするかのように、言った。


「すまない、確認せねばならんのだ」


 そう言って、襖にかけた指に力を込め、勢いよく開け放った。。


「うっ――!」


 部長の短い呻き声が聴こえた刹那、彼女の姿が、部屋から飛び出してきた黒い塊に吞み込まれた。

闇が生命を宿して部長に襲いかかったのだと、本気で思った。しかしその直後、静寂を真っ二つに切り裂くような大きさで聴こえてきたのは、虫の羽音だった。

 その黒い塊は、おびただしい数の蝿だった。途端に鼻をつく、強烈な腐臭。


 私と祢津さんは、喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げながら、転げ落ちるように階段を下り、我先にと玄関へ向かった。もはや床が抜ける心配などしていられなかった。ただただ外が恋しかった。部長はこのことを予期して、私たちに待機を促したのだとようやく理解した。

大量に産みつけられた蝿の卵は、真夏の気温と廃墟内の湿度も相まってあっという間に孵り、蛆虫を成長させたのだ。そしてその苗床となっていたのはおそらく――廃墟の二階にある「にゃみ」の死骸だろう。それを想像しただけで、胃の奥から酸っぱいものがこみ上げてきた。

 少し遅れて廃墟から出てきた部長は、半狂乱の私たちに向かって言った。


「だから待っていてもよいと言ったんだ」

「う……えっ……」


 祢津さんがえずく声が背後から聴こえる。


「ど、どうするんですか……アレ……」


やっとの思いで吐き出した私の言葉に、部長はスマートフォンを取り出して言った。


「まずは警察に通報だ。事情聴取は我輩が受けよう。調査の方も進めておくから、君たちはもう帰宅して休め。道中気をつけてな」


 この岡田遥人という人間の底知れない探求心は、一体どこから来るのだろうか。

祢津さんの背中をさすりながら電車に乗り、帰路につくまでの間、私はそんなことを考えていた。




 翌日、今までになく重苦しい雰囲気が漂う放課後のオカルト研究部室で、私と祢津さんは部長を待っていた。


「祢津さん、昨日、大丈夫でしたか……?」

「……大丈夫なわけないでしょ……耳元で羽音の幻聴がずっと聴こえてて、全然眠れなかった……」

「奇遇ですね、私もです……」


 ぐったりする私たちの心中などお構いなしとばかりに元気よく扉が開かれ、顔を出した部長が開口一番に叫んだ。


「事件の真相が大方掴めたぞ!」


 正直、真相を聴かずに帰りたかった。

前日の一件と、何の変哲もない部長の様子に辟易した私たちの姿を見て、彼女は首を傾げた。


「どうしたんだ、二人とも死んだような顔をして。まるで浜辺に打ち上げられたグロブスターのようだぞ」

「あのねぇ……こっちが異常みたいな言い方やめてくれる? あんな目に遭った翌日にそんな元気でいられるの、遥人だけなんだから」

「……何をきょとんとした顔してんですか……普通の人間ならPTSD不可避ですよ……」


 一斉に上がった不満の声に、部長は口を尖らせながら言った。


「では手短に話そう。昨日、我々が訪れた廃墟の二階、押し入れの中から遺体が発見された」


 薄々予想はできていたが、改めて真実を伝えられると、途端に気分が悪くなってくる。祢津さんも同様、苦い顔をしながら余計にぐったりとした。

しかし部長は私たちに追い打ちをかけるかのように、ピースサインを作って言った。


「しかも二体」

「に、二体も!?」


 私たちは跳ね起きて顔を見合わせ、同時に身震いした。部長は相変わらず、平然とした様子で続けた。


「一体は二十代の女性だったそうだ。遺体の腐敗が激しく身元はまだ割れていないが、例のチャンネルの投稿者とみて、まず間違いないだろうな」

「じゃ、じゃあもう一体は……?」


 祢津さんが恐る恐る尋ねると、部長はスマートフォンを取り出した。


「ここからは警察も知り得ない我輩の調査の結果になるが……動画投稿者……にゃみと言ったか。我輩は彼女のSNSを洗った。フォロワー欄を古い順にソートし、彼女のチャンネルを昔から視聴しているユーザーに、片っ端からダイレクトメッセージを送ったのだ」


そこまで言ってから部長は持っていた端末をこちらに向け、古参のファンとのやりとりが行われている画面を見せた。


「そして得た情報なのだが……彼女は廃墟探索をメインに活動する以前、恋人との生活を動画にして投稿していたらしい。所謂カップルチャンネル、というやつだな」


 画面に視線を落とし、ファンとのやりとりから判明した事実を、部長は淡々と続けた。


「ある日、そのカップルチャンネルの肝試し企画で、彼女一人が廃墟を探索することになった。他の企画の罰ゲームか何かだったのだろうが、その動画の再生回数は、思いのほかハネた。それに味を占めた彼女は恋人を裏方に回し、カップルとして投稿していた動画を全て削除、チャンネルの再始動を図った。そしてその試みは成功した」

「……全然知りませんでした」

「無理もない。恋人やカップルチャンネル関連のコメントは、彼女が自身の手で全て削除していたらしいからな」


 私の呟きに答えてから、部長はPCの前に座った。

件の動画を再生し、男の声が入り込んだシーンまでシークバーを動かす。


『ちょっと怖いかもー。みんなコメントで応援してねっ。続いて二階に向か……と思います』


今は亡き「にゃみ」の高い声が部室に響いたところで、部長はブラウザを閉じた。


「ここに混じっていた『おい』という声はおそらく、裏方として彼女に同行していた恋人の声だ。彼女は有名投稿者として名が広まり、広告収入でそれなりの稼ぎも得ただろう。しかし、恋人が自分に抱いていた不満には気づけなかったようだ。大多数の男性に注目され、それを良しとして媚び続ける彼女の姿に……ビジネスといえど、我慢ならなかったのだろう」

「つまり、にゃみを殺したのって……」

「彼女の恋人だろうな。そして廃墟にあった二体目の遺体も、恋人のものだと我輩は推測している」


 部長の答えに、祢津さんが再び疑問を呈した。


「でも、じゃあ、例の最後の動画は誰が投稿したの? 二人のどっちかが上げたにしても、なんのために?」


 部長は「これも我輩の推測だが」と前置きして、続けた。


「にゃみが殺されたあと、恋人の手によって投稿されたのだろう。それは彼女のファン全員に向けての、誇示……いや、復讐と言った方が正しいかもしれない。お前らが応援していたにゃみは俺が殺した、悔しかったら場所を特定して見つけてみろという、歪んだ独占欲が、最後の動画を投稿させたのだろう」


 その言葉を聴いて、私は全身に鳥肌が立つのがわかった。恋人を独占したいという、ただそれだけのために、人はここまで残忍になれるのか……。


「にゃみは恋人に殺され、恋人は最後の動画を投稿して自殺――これが正解だろうな。今夜にも報道があるだろう、祢津くんの気分が優れないようなので、本日は解散」


 そう言って部長は出ていった。

当の祢津さんは、青い顔をしながら「なんで平気な顔してあんな怖いこと言えるわけ……」と呟きながら席を立ち、ふらつく足取りで帰っていった。


 帰宅した私は、夜のニュースで二日前に訪れた廃墟が映されているのを観た。

部長の予想通り、遺体は「にゃみ」とその恋人のもので、痴情のもつれからの心中だろうという警察の見解を、アナウンサーが淡々と読み上げていた。

人気動画投稿者の死は世間にもそれなりのショックを与えたようで。SNSの急上昇ワードには「にゃみちゃん」「廃墟探索系投稿者」などという単語が上位に表示されていた。

それを見て私は、恋人の復讐は果たされたな、と思った。


 しかし翌日、事態は思わぬ展開を迎えた。

 放課後、前日と同じ様に部室の扉を開けた部長が、鼻息を荒くして言った。


「恋人の死因は自殺ではなく、絞殺だった! 首に手形が残っていて、それがにゃみの手の大きさと一致したらしい!」

「……それをあたしたちに教えて、何の意味があるわけ?」

「もう充分です部長……もう勘弁してください……」


 私たちの抵抗も虚しく、部長は「君たちにも知る権利がある」と言って、続けた。


「面白いのはここからだ。二人の死亡推定日時も判明したんだが……何度調べても、にゃみは恋人より先に死亡している、という結果になったらしい。これは警察と我輩しか知らないトップシークレットとなった情報だ。恋人を殺したのはにゃみの怨霊でした、なんてメディアで説明しようものなら、狂人扱いされること請け合いだからな!」


 それを聴いた祢津さんは、頭を抱えて「なんで知ってんだよ……」と呟いた。

 私は無言で席を立ち、未だ何かを言おうとしていた部長の口を、両手で塞いだ。


 それからしばらくして『にゃみの廃墟チャンネル』は、サイト上から削除された。


FILE008 最後の投稿者 おわり

FILE009 へつづく

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