【FILE007】スプーキー・レイクサイド・ホテル

 〜〜〜


 皆さん、こんにちは。

 土野子夏っていいます。改めましてよろしくお願いします。


 私は私立忌野高校に通う女子高生で、オカルト研究部に所属しています。

トラブルメーカーの部長と、切込隊長の祢津さん。そして副部長の私……。

 オカルトが絡むと体力が無尽蔵になる部長の調査に付き合っているせいか、ちょっとやそっとのことでは疲れなくなった今日この頃です。

 例えば、夜中に神社巡りをして丑の刻参りを目撃するまで帰宅禁止だとか、深夜三時三十三分に出没する亡霊を調査するだとか──。

 そのほとんどがハズレなんですが……ごくたまにアタリがあるんです。

 今回はその「アタリ」の話をしようと思います……。


 突然ですが、夏休みって最高ですよね。

 面倒な課題はあるけれど、それを差し引いても余りある長期休暇、学生だけに許された至福の時と言って差し支えないでしょう。

 海、山、夏祭り、温泉……避暑地なんかに旅行するのも良し、部屋にひきこもってダラダラするのも良し、楽しいことづくめです!

 ただ、夏休み中に絶対に行ってはいけない場所が一箇所ありまして……どこだかわかりますか?

 それはお墓でも、夜の海でもなく──。


 〜〜〜


 夏休みが始まって二週間目の末、昼下がり。

 冷房の効いた部屋でゴロゴロして、好きな音楽を聴いて、好きな映画を観て、アイスを食べて、たまに思い出したように課題を少し進めて、またクーラーの効いた部屋でゴロゴロする。そんな無意義な夏休みに、若干の物足りなさを覚えていた頃。

「オカルト研究部」と書かれたチャットグループから、突然着信があった。

どうせろくな連絡ではないと分かってはいたが、いい加減この退屈な毎日にも飽きてきたところでもあった。胸を躍らせながら、しかしそれを悟られないよう通話に参加すると、おそらく私と同じ気分だったのだろう、祢津さんがアイコンに設定している三メートルの宇宙人が、私のUFOアイコンとほぼ同時に、通話画面に表示された。


「久方ぶりだな土野くん、祢津くん!」


スマートフォンのスピーカーから、音割れするほどバカでかい挨拶が飛び出す。相変わらず声だけはよく通る人だ。この暑いのに、容赦がない。


「急ですまんが、今週の金曜と土曜を空けておいてくれ!」

「部長、そういうことは普通、疑問形で尋ねるんですよ」


まぁ空いてますけど、と私は答えた。

期待はしていたが、すぐに飛びついて見え見えの罠にかかるのも癪だったからだ。


「あたしも特に予定ないけど、もしかして遥人の奢りでどっか連れてってくれんの?」


 祢津さんも相変わらずクールに答えた。

私たちが暇を持た余していることを確認した途端、端末から「うはは!」と不敵な笑い声が漏れてくる。部長のモスマンアイコンの縁取りが不気味に点滅していた。


「よくぞ聞いてくれた祢津くん、その通り! 来たる八月十五日に、宿泊代は我輩もちで、隣町にある砂波戸湖が見えるホテルに一泊二日のバカンスへ行くぞ! 三人でパジャマパーティーでもしながら、のんびり過ごそうではないか!」


 予想外に嬉しい誘いを聞いた私たちは、二人揃って歓声を上げた。


「部長! 一生ついていきます!」

「最高! めっちゃくちゃ楽しみ!」


 流石の部長も、夏休みという一大イベントにははっちゃけたいのかもしれない。常日頃から目に見えないオカルト探しに奔走していて忘れかけていたが、私たちも華の女子高生なのだ。

なんなら毎日パジャマパーティ―をして、ファッションや恋愛について語らい合ってもいいくらいだった。

 待ち合わせ場所や集合時間を決め「持ち込むお菓子の金額に上限はつけないぞ!」という部長の宣言を最後に、通話は終わった。

 ――頭の中では、私も祢津さんも「絶対に裏があるな」と考えていた。

あの部長が、何の怪現象も起こらない「ただのバカンス」を楽しめるような人間でないことは、部員である私たち二人が一番よくわかっていた。

しかし部長の口から発せられた「パジャマパーティー」というキラキラしたイベントの誘惑は、高校生活初日からオカルト漬けの毎日を送っている私にとって、到底抗いがたいものだった。

いや、もしかしたら自分も既に部長と同じようになっているのかもしれない、と思った。

彼女と出会ってから体験した出来事の刺激があまりにも強すぎて、常人よりも「退屈」に対する耐性がなくなってきている感覚は、この二週間でひしひしと感じていた。


 だから旅行当日に、隣町へ向かう電車の中で部長が「実はホテルから見える湖に巨大未確認生物が出るという噂を聞いてな……」と話し始めたときも、私は「そんなことか」程度にしか思わなかった。

それを聴いた祢津さんも「ふーん」とそっけなく呟いたきり、車窓の外を流れる風景に視線を戻した。もしかしたら彼女も、不本意ながら、部長のオカルト探求に振り回されていないと気が済まない体になりつつあるのかもしれない。

八月十五日、金曜日。照りつける太陽がアスファルトを焦がす午後一時。

隣町に降り立った私たちは、一時間ほどの道のりをはしゃぎながら歩いていた。

どうせ今回も「ハズレ」だろうと思っていた。ホテルの一室から向かいの湖を眺めつつ、存在するかどうかもわからないUMAの出現を待ちながら、三人でワイワイ楽しい二日間を過ごすものだと思っていた。その日の夜までは――。


【FILE007 スプーキー・レイクサイド・ホテル】


 道中の喫茶店で軽い昼食を済ませ、歩くこと数十分。

緑に囲まれる雄大な湖を正面に構えた「ストロンゼイホテル」が見えてきたとき、時刻は既に午後三時を回っていた。

バケットハットに半袖のパーカー、身長のせいで脛辺りまで丈があるハーフパンツという、少年のようないで立ちの部長が、背中のリュックを揺らして「おお! あれが我々の観測地だ!」などと喚きながら走って行った。


「後ろ姿だけ見たら小学生みたい」


そう言って笑う祢津さんは、キャミソールにゆったりしたシアーシャツ、ウエストラインの高いストレートパンツ、更には丸縁のサングラスといった、部長とはまったく対照的なファッションに身を包んでおり、普段よりずっと、見惚れてしまうほどに大人びて見えた。

こうして二人の私服姿を見ることも、全てが初めての体験で、私はワクワクしながらホテルの入口へ向かった。


「ストロンゼイホテルへようこそ」


 上品な制服がよく似合う四十代くらいのホテルマンが、うやうやしくお辞儀をしてオカルト研究部を出迎えた。

高い天井に、広々とした洋風のフロント。私たち以外の客は見当たらなかったため、部長がつま先立ちでカウンターで手続きを済ませている間、私は祢津さんと一緒にふかふかのソファに腰を沈め、一息ついた。


「思ったよりいいホテルだね。この分だと部屋も期待できそう」

「確かに、部長に感謝しなきゃ……」


 小声でそんなことを話していると、無事にチェックインを終えた部長が、長方形のキーホルダーが付いた鍵を振り回しながらこちらに向かってきた。


「君たち、一足先に休憩とはズルいぞ! 早く部屋へ行こう!」

「部屋は何階ですか?」


 私の問いに部長は「よくぞ聞いてくれた」という風に、これみよがしに胸を張って答えた。


「我々の部屋は六階! 最上階だ!」


 エレベーターで最上階へのぼり、部長が六〇三号室のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に、私は息を呑んだ。隣に立つ、いつもクールな祢津さんでさえも、感嘆の声を漏らした。

二十畳ほどの小綺麗な部屋の、ちょうど出入口の正面に位置する奥の壁に、幅三メートルほどの出窓が設置されていた。そこから見える大きな砂波戸湖は、周囲を囲む森林が湖面に反射し、見事なエメラルドブルーに輝いていた。先ほどまでは高い木々に遮られよく見えなかったが、六階の高さにいる今、その景観を邪魔するものは何もない。徐々に視線を下ろしていくと、真下にはホテルの前を通る道路が見える。ガードレールの合間に設置されたカーブミラーと、時折そこを通り過ぎていく人や乗用車があまりにも小さく見え、軽い優越感を覚えた。


「最高のロケーションだな! UMAの観測にはうってつけの場所だ!」


 リュックから双眼鏡を取り出した部長の言葉に、私は本来の目的を思い出した。そうだった、UMAを見つけるために来たのを忘れていた。しかしこの素晴らしい景色が見える部屋に泊まれるなら、部長のオカルトに付き合ってもお釣りが来るだろう。

 それから私たちは順番にシャワーを浴びて汗を流し、持ち寄ったお菓子を食べたり、持参したゲームを部屋のテレビに繋いで遊んだり、突如始まった怪談大会に震え上がったりして、充実した時間を過ごした。もちろんその間も交代でUMAの観測は行った。


「土野くん、今何時だ? アッ、またやられた!」

「まだまだ修業が足りないね、遥人」

「部長と呼びたまえ!」


 祢津さんと格闘ゲームに興じていた部長に尋ねられ、私は部屋の壁に掛けられたアナログ時計に目をやった。


「もうすぐ八時です……あれ?」


 そう返してから、ふと違和感を覚えて時計を二度見する。


「あれ、この時計、日付が間違ってますよね……?」


 壁掛け時計には日付を示す液晶画面も中央下部に埋め込まれていたが、その部分には「10月13日」と表示されていた。

祢津さんがすかさずスマートフォンを開き「時間の方は合ってるから、多分日付の部分だけ電池が切れてんじゃない?」と言ったので、私もそれ以上は気に留めず、部長に借りた双眼鏡を再び構え、砂波戸湖を見た。

既に真っ黒く染まった湖面を、太陽と交代で現れた青白い月が、ぼんやりと照らしている。数時間前に見た美しさは完全に鳴りを潜め、今は僅かに恐怖を覚えるほどの静けさを孕んでいた。その様相を見て私は「ほんとにUMAが出てきてもおかしくないな」と、自分の考えを改めつつあった。


「もう十一時か……ふわぁ……」


 部長が大きな欠伸をして、両腕を伸ばした。楽しい時間が過ぎるのは、あっという間だ。

太陽が照りつける中、駅からホテルまでを徒歩で来たせいか、私も若干の睡魔に襲われ始めていた。カーテンの隙間から砂波戸湖を観察していた祢津さんが振り返り、双眼鏡を指さした。


「これ、寝るときはどうすんの?」

「そうだな……じゃんけんで順番を決めて一時間毎に交代、というのはどうだ?」

「げー、ゆっくり寝たいのに……」

「何か言ったか、土野くん」

「いえ、何も……」


 慌てて口に手を当て、飛び出しかけた不満を呑み込む。

宿泊代は部長もち――つまり私たちに拒否権はないのだ。三人で過ごすひとときが楽しくて、すっかり忘れていた。

 じゃんけんで順番を決め、部長、祢津さん、私の順に観察を行う運びとなった。一人勝ちしたにも拘わらずトップバッターを選んだ部長に、私たちは苦笑しながらベッドに身を預けた。




「子夏、子夏、起きろ、交代だぞー」

「んぁ……ああ、祢津さん……どうでした、何か見つかりました?」


 そう言って時計を見ると、きっかり午前一時。私の言葉に祢津さんは「なーんも」と言い残し、二つあるベッドのうちのひとつに倒れ込んだ。横で寝息を立てていた部長の身体が衝撃でポーンと弾み、私は笑いをこらえつつ窓辺へ向かった。

双眼鏡を目に、カーテンの隙間から砂波戸湖を覗く。途端に、塗りつぶされたような漆黒が視界を覆う。周辺に街灯のひとつもない自然のままの湖を、深夜に遠目から観察できるはずもなかった。

大方、祢津さんもスマホか何かを弄りながら時間を潰したのだろう、小さく溜め息をつき、私は双眼鏡から顔を離しつつ、視線を落とし――。


今、確かに何かがいた。

 視界の端に、何か見慣れないものがちらついた気がする――。


 心臓の鼓動が途端にうるさくなり、呼吸のしかたがわからなくなる。双眼鏡が両目から離れ、視線が下りたあの一瞬、私は間違いなく何かを見た。

もう一度、今度は恐る恐る双眼鏡に顔を近づけ、カーテンの隙間を覗く。そして湖ではなく、その手前に見える道路……カーブミラーが設置してある場所を見た。

 そこに、髪の長い女がいた。こちらに背を向けて立ち、一心不乱に「何か」をしていた。それは腕を振りかざし、勢いよく下げる、そんな動作の繰り返し。

それを理解し、その異常さに気づいた瞬間、全身の産毛が逆立ち、鳥肌が立つ感覚。

慌てて窓から離れ、寝息を立てている祢津さんを揺すった。


「ね、祢津さん、起きてください!」

「ええ……もう二時間経ったの……?」

「ち、違います、違いますけど、とにかく起きて!」

「……まさか、出たの?」


 仏頂面で上体を起こした祢津さんだったが、私のただならぬ様子からすぐに何かを悟ったようだ。二人で窓辺に向かい、カーテンの隙間から祢津さんが双眼鏡を覗いた。


「湖じゃなくて、もっと下! 手前の道路です……!」

「道路……?」


 祢津さんの顎が下がり「それ」を捉えた。

「うわっ」と小さな悲鳴を上げたあと双眼鏡を放り出し、窓から後ずさりする。何かに気づいた彼女の歯が、ガチガチと震えていた。


「み、見えましたよね、女が……何してたか、わかりましたか……?」

「カ、カーブミラーを叩いて……いや、殴ってた……?」


 私たちが見たのは、こちらに背を向け、円形のカーブミラーを殴打し続ける女だった。

ただ、それはカーブミラーの構造上、有り得ないのだ。六階から見下ろすと分かりにくいが、カーブミラーの高さは通常、二・五メートルもあるのだから。あの女の大きさは、異常すぎる。


祢津さんが切羽詰まった表情で、熟睡している部長の元へと向かった。


「遥人、起きて!」


 目を擦りながら起きた部長も、私たちの様子を見てすぐにベッドから飛び降り、双眼鏡を片手に窓辺へ向かった。私たちもそれに続き、三人揃って道路を見下ろした。

カーブミラーを叩き続けていた女の動きが、不意にぴたりと止まった。背中に嫌な汗が伝い、自分の身が硬直するのがわかった。

お願いだからやめて……そんな祈りを嘲笑うかのように、女がゆっくりと振り返り、はっきりとこちらを見上げた。

水浸しの髪を振り乱した女の、どろりとした目が、私たちを見た。


「まずい、気づかれた。二人とも荷物をまとめるんだ! 逃げるぞ!」


 私たちは弾かれたように飛び出し、各々の荷物を抱え、着の身着のままで廊下に出た。それを見計らったかのように、廊下中の電灯が派手な音を立て、一斉に割れた。まるで湖の底のような暗闇が私たちに覆いかぶさり、階段の方から――。


「ヒッ……ヒッ……ヒッ……」


しゃくり上げるような声と共に、ぴちゃ、ぴちゃ、という水分を含んだ足音が聴こえた。

本能的に、さっきの女のものだとわかった。あり得ない、さっきまで外にいたのに、こんなに早く近づいてくるなんて……。


「エレベーターに向かうぞ! こっちだ!」


 部長の声だけを頼りに、私は悲鳴を上げることも忘れ、無我夢中でエレベーターへ急いだ。そうしている間にも「ヒッ……ヒッ……」という女の嗚咽は、確実に私たちの方へ近づいてきていた。

 部長が階下へ降りるボタンを押すと、逆三角形のランプが光り、扉が開いた。

慌ててエレベーターに乗り込んだ直後――突然、見たこともない勢いで扉が閉まった。鉄が激しくぶつかり合うガァンという音が響き、それと同時に女の泣き声と足音も止んだ。三人とも無事に乗り込めはしたものの、あれに挟まれていたらと想像すると、身体の震えが止まらなかった。

一階に降りたがフロントも真っ暗闇で、従業員は一人もいなかった。その様子を見て確信した。砂波戸湖ではなくこのホテル自体に「何か」があるのだ。

ホテルの門を出たとき、視界の端にあのカーブミラーが映った。恐る恐るそれを見たが、そこには何もいなかった。しかしミラーの部分には、無数の手形が残されていた。


私たちは駅に向かう途中で通りかかったタクシーを拾い、駅まで送ってもらうことにした。服やバッグを乱雑に抱えた、パジャマ姿の私たちを、初老の運転手は不審そうに一瞥したが、何も言わず乗せてくれた。

重苦しい雰囲気が漂う車内で、最初に口を開いたのは祢津さんだった。


「遥人、あんた、あのホテルのこと、知ってたの?」

「いや、誓って言うが、知らなかった。我輩が知ってたのは砂波戸湖に出るUMAの情報だけだ。砂波戸湖が一番見やすいホテルを探して予約したんだ、このサイトで……」


 そう弁解してスマートフォンを触り始めた部長が、にわかに首をかしげ始めた。何か嫌な予感がした。


「……どうしたんですか?」

「我輩がホテルを予約したサイトなんだが……ページがなくなってるんだ……」

「そ、それって……」


 私と祢津さんが顔を見合わせていると――。


「あんたら、さっきからホテルホテルって言ってるが、そんな格好して、一体どっから来たんだ?」


 我慢の限界という口ぶりで、運転手が尋ねてきた。


「どこって……湖の正面にあるホテルです。確か名前は……なんだったっけな」

「まさかとは思うが……ストロンゼイホテルか?」

「あ、そうです! よくわかりましたね――」


 そう言った瞬間、急ブレーキが踏まれ、私たちは揃ってつんのめった。運転手が物凄い剣幕でこちらを振り返る。その表情は怯えの色で満ちていた。


「あんたら……落ち着いてよく聴けよ」


 まるで怪談話でも聞かせるようなその口調に、私はごくりと唾を呑んで、言葉の続きを待った。


「ストロンゼイは数十年前にとある事件が起きて、取り壊されたんだ。そんなホテル、もうないんだよ」


 何を言おうとしても、口がぱくぱく動くだけで、言葉が出てこない。背中に凄まじい悪寒が走る。祢津さんの顔は蒼白になり、その身体は再びがたがたと震え始めた。


「……とある事件とは?」


 部長が尋ねると、運転手は前へ向き直り、車を再発進させてから、ゆっくり話し始めた。


「数十年前、あのホテルのエレベーターが故障してな、男の子が一人死んだんだ。扉に頭を挟まれた状態で動き出して、即死だったらしい……悪いことに、母親と一緒に乗り込むところだったんだ。息子の顔が潰されてくのを目の前で見た母親は、精神を病んじまってな……しばらくして砂波戸湖に身を投げて、自殺したんだよ。遺書にはホテルへの恨みつらみがびっしり書かれてたって噂だ……そんなことがあったから、客足は遠のいてホテルは閉業。そのまま取り壊されたのさ。あんたら……戻ってこれて良かったな」


 その話を聞いて私は、エレベーターの扉が勢いよく閉まったのを思い出していた。

もしかすると階段を上がってきていた足音は罠で、あの女は私たちにエレベーターを使わせようと、誘導していたのかもしれない。

「そういえば……」と呟いて、未だ震えが収まらない祢津さんが、ひとりごとのように言った。


「廊下でずっと聴こえてたあの『ヒッヒッ』って声……」


 車内にいる全員が耳を澄ませた。


「泣き声じゃなくて、笑い声にも聴こえた……」


 それを聞いて、私はもう一度ぞっとした。

あの女に息子を失った悲しみは既になく、私たちが死ぬことに対する喜びを見出していたのだろうか。

 傍らでスマホの操作を続けていた部長が言った。


「事件が起きた日付は、一九九三年の十月十三日らしい」


 それは、部屋の時計に表示されていた日付に違いなかった。

まるでパズルのピースがはまっていくように明かされた「ストロンゼイホテル」の真実に、車内はしんと静まり返った。

それっきり、誰も口を開くことなく駅に着き、私たちはタクシーを降りた。

運転手は「じゃあ、気をつけてな」とだけ言い残し、アクセルを踏んだ。

まるで逃げるように走り去っていくタクシーを見つめながら、部長がおもむろに口を開いた。


「UMAは見られなかったが、実に刺激的な体験ができたな!」

「遥人、夏休みが終わるまで二度と連絡して来ないで」

「祢津さんに同じくです」


私たちは始発の電車に飛び乗り、隣町をあとにした。

こうして、オカルト研究部のバカンスは終わった。

『夏休みは退屈であって然るべきである』という教訓だけを残して――。


FILE007 スプーキー・レイクサイド・ホテル おわり

FILE008 につづく

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