【FILE001】廃校の怪談
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皆さん、こんにちは。
土野子夏っていいます。以後よろしくお願いします。
バラ色のスクールライフを夢見て私立忌野高校に入学した私だったのですが、授業開始初日に、岡田遥人と名乗る変な喋り方のチビガリ黒髪モサモサ人間と目が合ってしまったことで、その夢はあっという間に打ち砕かれました。
ひょんなことから気に入られてしまった私は、彼女が部長を務める「オカルト研究部」に、半ば無理やり入部させられました。というか、そもそもそんな部はこの高校に存在すらしておらず、まさにゼロからのスタートを余儀なくされてしまったのです。
当然ながら部活動の新規設立を二つ返事で拒否された私たちは、秘密裏に活動するための拠点となる部室を確保しようと考えました。そこで目星をつけた演劇部の部室で、祢津椎奈という巨大な女性と邂逅したのです。
ここぞとばかりに祢津さんをオカ研に勧誘する部長でしたが、彼女が提示してきた入部の条件は「その日のうちに心霊体験をさせてくれ」という、滅茶苦茶なものでした。
果たして私たちは、祢津さんに幽霊を見せることができるのでしょうか──。
と、ここまでがオカルト研究部設立までの経緯です。
話は変わるんですが、教師がよく言う「二人一組作って〜」っていう常套句、皆さんはどう思いますか?
私アレが凄く苦手で……あ、いや別に私はいつも余ったりとかはしてないんですけど、ほんとに……。
で、一人余ったりすると教師がその生徒を指して「しょうがないからどこかのグループに入れてもらって、三人一組になりなさい」とか言うじゃないですか。だったら最初から四人組でも五人組でも自由に組ませてくれよ、って思うんですよね……。
……さて、無駄話はこれくらいにして、本題に入りますね。
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「どうするんですか部長、心霊体験なんてそうそうできませんよ。しかも今日中にだなんて、意図的に心霊現象を起こしでもしない限り無理じゃないですか……」
そう耳打ちした私に対し、部長は余裕綽々の表情を崩さずに、むしろ先ほどよりも悪い笑みを浮かべて、答えた。
「もし、意図的に幽霊を出現させる方法があり、それを我輩が知っているとしたら?」
「は、はあ……」
部長は小さい身体なりに精一杯の大股歩きで部室の隅へ行き、積み上げられ埃かぶった机のひとつを下ろそうとした。しかし押しても引いても、机はびくともしなかった。
非力すぎる……ちゃんと生活できてるのかなこの人……。
私と祢津さんで机と椅子を三つずつ下ろし、中央に説置する。するといつの間にか、演劇部が使っていた小道具であろう、ボロボロになったマントを身にまとった部長が、一冊のノートを目の前の机に叩きつけた。
怪訝な表情を浮かべる私たちに向けて、部長は朗々と語り出した。
「よいかね諸君。この岡田遥人、物心ついた頃から遊府桜町で起きた死亡事故及び事件を血の滲むような努力によって調べ上げ、更にその後、怪奇現象が起こるようになったと噂される事故及び事件現場……いわゆる心霊スポットをほぼ全てリサーチ済みだ。つまり、その日のうちに近場で幽霊を見物しに行くということに関して、我輩はプロフェッショナルなのだ!」
「えぇ…………」
「はぁ…………」
「ふん、この岡田遥人の偉大さに声も出ないか。まぁ無理もなかろう」
「いえ、単純に引いてるだけです」
「不謹慎に足が生えて歩いている」
「祢津くんを我が部に引き抜けるなら、この際なんと言われようと構わん。本題に戻ろう、今回我々が向かうのは――ここだ」
部長がノートの中ほどを開き、人差し指をびしっと叩きつける。そこにでかでかと書かれた「如月第一中学校」という名前に、私は見覚えがあった。
「この中学、確かちょっと前に廃校になった……」
「その通り。少子化の煽りを受けて入学生徒が減少し、七ヶ月と十二日前に廃校となった如月一中だ。校内の面積や立地の都合上、ここに通っていた生徒たちは如月第二中学校に吸収される形で現在も勉学に勤しんでいるのだが……」
部長は一息ついてから、先ほどよりトーンを落とした声で、再びまくし立てた。
「最近になって、妙な噂を聞いたのだ。過去にこの中学校で、自ら命を絶った三人組の女子生徒の霊が未だに取り残されている、という内容なんだが――どうだね諸君、今からこの噂を究明しに行こうではないか」
「いいじゃん、行こうよ」
思った以上に怖っ……!
噂の内容もさることながら、祢津さんが乗り気なのも怖かった。
私はここで待機しているので、お二人で行ってきてください、と早く言わなければ、絶対に大変なことになる――。
しかし部長が目ざとく私の表情を読み、言った。
「なんだ土野くん。行きたくないと顔に書いてあるな。そんな及び腰では我がオカルト研究部の副部長は務まらんぞ」
「そんな不名誉な役職、祢津さんにくれてやるので引っ張らないでください! ちょっ、こんなときだけ力強いなあんた!」
「あたしまだ入部してないんだけど……」
恥も外聞もなく机にしがみつくも、部長に腰を捕まれてずるずると引っ張られる。
それを真顔で見下ろしている祢津さんの顔は、どこまでもクールだった。
「絶対に行きませんからね! 大体なんで……」
そう言いかけた私の言葉を遮って、未だ私の腰から手を離すことなく、部長が諭すように言った。
「土野くん、君はこう言おうとしているだろう。大体なんで、その噂を聞いた時点で部長は単身で如月一中へ調査に行かなかったんですか、と」
こ、心が読まれている……!
ぐうの音も出なくなり、視線を右往左往させるだけの私に、部長は続けた。
「答えは明白だ。実は三人組の幽霊を呼び出すには条件が必要でな、グラウンドの中央で三人の人間が手を繋ぐ必要があるらしいのだ。なので土野くん、君が来てくれないと、祢津くんを仲間にできんのだ! たとえ君が死体洗いのバイトで多忙を極めていたとしても、我輩は君を如月一中へ連れていく!」
「いやああああああっ!」
【FILE001 廃校の怪談】
三十分ほど電車に揺られ、街の中心部に比べて数段寂れた無人駅で下車する。
更に十分ほど歩いていると、如月第一中学校は私たちの目の前にその姿を現した。
既に日が沈みかけ紫色になった空に、所々塗装が剥がれた校舎が溶け込んで、不気味な雰囲気を漂わせていた。
「おお! これが如月一中か! なかなかよい廃校っぷりではないか。人が立ち入らなくなってから半年足らずで、ここまで建造物は朽ちるものなのだな!」
「十八時四十五分。うん、時間も丁度いい感じ。とりあえず侵入できる場所、探そっか」
「祢津さん、さっきからノリノリですね……怖くないんですか?」
「全然。あたし幽霊信じてないし、今回もどうせ出ないと思ってるからね」
「聞き捨てならんな祢津くん! 晴れて心霊スポットとなった如月一中を侮辱するなど言語道断だ!」
「はいはい、この目で見たら信じるってば」
「幽霊なんて出ない」という言葉に反応した部長が、子どものように怒り出す。祢津さんはそれを軽く受け流して、続けた。
「で、遥人。あんたどうせ幽霊の視認以外は全部リサーチ済みなんでしょ? 侵入経路教えてよ」
「我輩を空き巣扱いするな! 断じて不法侵入などしていない!」
「本当は?」
「グラウンド裏のフェンスを一箇所外してある」
あっさりと口を割った犯罪者の姿がそこにあった。
「部長……」
「どうした土野くん、まるでニューネッシーの死骸を見るような目で我輩を見て」
軽蔑の眼差しを向ける私に、部長はきょとんとした表情でそう言った。
犯罪者、もとい部長が用意しておいた侵入ルートを使い、私たちは無事に如月一中の敷地内へ足を踏み入れた。
伸び放題の雑草に足を取られながらも、校舎を正面から捉えられる位置まで歩を進めた。荒れた花壇の周囲には土が散乱し、割れた窓ガラスの向こうに、伽藍堂と化した幾つもの教室が見える。しかしどの光景よりも不気味なのは、この広い敷地内に私たち以外居ないことを思い知らせる「静寂」だった。
横に立つ部長と祢津さんも流石に気圧されたのか、黙ったまま朽ちた校舎を見据えていた。
「腕が鳴るな、土野くん、祢津くん」
「日が完全に沈むまでもう少しかかりそうだから、先に校舎内を探検してみない?」
前言撤回、なんだこいつら。
祢津さんの言葉に、私は全力で異を唱えた。
「廃校の探索なんてぜっっったい嫌です! それこそ二人で行ってきてください!」
「遥人、侵入経路は?」
「部長と呼べ祢津くん。西側、保健室の窓の鍵が開いている」
「いやあああああああっ!」
二人に引っ張られながら泣く泣く校舎内に侵入した私は、保健室に降り立った。
身長が低いせいで着地点を見失い、窓のへりに引っかかってじたばたしている部長のスカートのポケットから、何かが落ちた。
「部長、これ演劇部室の鍵じゃないですか。なんで持ってきたんですか」
「生きて帰ったら、鍵屋へ寄ってそれの合鍵を作ってもらおうと思ってな……それよりすまんが降ろしてもらえるか」
「用意周到さと今の状況、二つの意味で抜け目ないですね。あと死亡フラグ立てるのやめてください」
部長を保健室へ引き摺り込むと、辺りを見回していた祢津さんが、気の抜けた声を出した。
「当たり前だけど、ベッドもデスクもないね」
「必要な備品は全て二中の方に回されて精査され、使えないと判断された物は廃棄されたのだろう。一応、三手に別れて探索してみるか」
私の腕の中にいた部長がとんでもないことを言い出したので、慌てて叫んだ。
「バラバラになるのだけは本当にダメです! ホラー映画でもグループから外れた人から真っ先に襲われていくって部長なら知ってるでしょ! ここで独りになったら絶対に死にますよ!」
「まったく、臆病だな土野くんは……仕方ない、我輩は一人で二階を探索してくるから、土野くんと祢津くんは二人で一階を回ってくれ」
「子夏、もたもたしてると置いてくよ」
「ひいい! ちょっと待ってください祢津さん!」
部長の言葉を聴き終えずにとっとと保健室を出ようとした祢津さんを、私は慌てて追いかけた。
スマホのライトに照らされたリノリウムの廊下が鈍く光り、周囲には私たちの足音だけが響き渡っていた。
誰もいない夜の校舎に、祢津さんと二人きり。
言いようによってはロマンチックな響きだが、ここは心霊スポットの廃校で、相手は同性だ。こんな場所にロマンを感じているのは、現在二階を絶賛探索中の変態だけだろう。
「祢津さんて本当に怖いの大丈夫なんですね……尊敬します」
「まあね、スリルがあるものが好きなんだ。スポーツもワンサイドゲームより接戦の方が燃えるじゃん? 逆に子夏は、なんで苦手なの?」
「そりゃあ、本で読んだり動画で観たりするのと、実際に体験するのとは違いますから……」
「なるほどねえ……あ、理科室だってさ。入ってみよ」
「嫌だなぁ……」
たてつけの悪くなった扉を祢津さんが力づくで開ける、その音にも体がビクリと反応してしまう。つま先立ちで祢津さんの肩越しに見た理科室も、案の定もぬけの殻だった。
「蛇口が付いてる長机も、ホルマリン漬けの標本も、なーんもなし。つまんないな」
室内の奥にはもうひとつ扉があり、その上には「理科準備室」と記された札が貼られていた。づけづけと理科室へ足を踏み入れた祢津さんは一直線にそこへ向かい、理科準備室のドアノブを回した──。
「ひっ──!」
祢津さんが短い悲鳴を上げ、尻餅をついた。
「な、何があったんですか祢津さん!」
私は慌てて彼女に駆け寄り、理科準備室の方を見た。
半開きになった扉から覗いていたのは、臓物を丸出しにしながら仁王立ちしている、人間の半身だった。
「ギエエエエエエエエッ!」
「うるさっ!」
私の悲鳴と祢津さんの声が、校舎中に響き渡る。少し間を置いてぱたぱたと足音がし、部長が理科室に飛び込んできた。
「我輩が音楽室で暗い日曜日を聴きながらくつろいでいる間に何があったんだ!」
「ぶぶぶぶ部長、あああああれ」
「ん? なんだ、ただの人体模型じゃないか。こんな所に取り残されて可哀想に。よーしよしよし」
部長に頭を撫でられているそれを改めて見ると、確かに人体模型だった。
「あたしも一瞬ビビったけど……すぐ横で自分以上にビビってる奴がいると、なんか冷めるんだよね。子夏、あんた声でかすぎ」
「す、すみません……でも、どうして人体模型だけが置き去りに……?」
「忘れ物か、はたまた置き土産か……まあよい、日も沈んだ頃だろう。グラウンドへ戻るぞ、早く立ちたまえ土野くん!」
「む、無理です、腰が抜けました……」
数分後、なんとか立ち上がった私は再び部長と祢津さんに引っ張られ、グラウンドの中心へと向かった。四月の強い風が地面の砂を巻き上げ、一瞬のうちにどこかへ連れ去っていった。
「ほ、本当にやるんですか、部長」
「ここまで来たのだ、やるったらやる」
「あたしの入部がかかってるしね~」
おどけたような口ぶりの祢津さんを一瞥し、部長は「その余裕がいつまでもつかな」と呟いてから、続けた。
「噂によると、校舎の方角を向きながら、三人で手を繋いで横一列に並ぶらしい。この辺でよいだろう」
グラウンドの中心に立った私たちは、部長を真ん中に手を取り合い、三人揃って校舎を見据えた。校舎の輪郭が僅かに見えるほどの暗闇が眼前に広がり、風の音が聴こえるほどの静寂が訪れた。
五秒経ち、十秒経ち……一分経っても、何も起こらなかった。
半笑いの祢津さんが、沈黙を破った。
「ほらね、何も出なかったでしょ。悪いけど入部は見送らせてもらうわ」
「部長……もう帰りましょう」
「まだだ……もう少し……」
「いい加減にしてください、この構図ロズウェル事件にしか見えないんですから」
「なんだと貴様! 誰が宇宙人だ!」
怒った部長が私の手を振り払ったときだった。
どうっと強い風が吹き、グラウンドを囲む木々が激しく揺れる音が響いた。
舞い上がった部長の髪が顔面にまとわりつき、私の視界が完全に黒で覆われる。
ふと、左手が強く握られていることに気づき、微かな痛みを覚えた。
私の左手に握られているのは、祢津さんの右手。その手が、微かに震えていた。
彼女が小さく呟いた「マジか」という声にはっとし、私は部長の髪を振り払って視界を晴らした。
私たちの十数メートル先。校舎を背にし、青白いもやに包まれたような三つの物体がいた。
目を凝らしてよく見るとそれは、首や手足、腰までもが不自然に折れ曲がった、三体の異形だった。一歩、また一歩とこちらに近づいてくるごとに、赤黒いシミの付着したセーラー服を身に纏う彼女たちの四肢が嫌な音を立て、更にあらぬ方向へ曲がっていくのが見えた。
「で、で、出たああああああッ!」
「ウヒョオオオオオオ!」
「マジかよ! マジかよおおおおお!」
三者三様の叫び声を上げ、私たちはグラウンド裏の出口へ向かって全力疾走する。真っ先に辿り着いた祢津さんが、半ばパニック状態で叫ぶ。
「ヤバい! 出口がなくなってる!」
その言葉に慌てて周囲を見渡してみると、彼女たちを包んでいたような青白いもやが敷地中を包み込み、フェンスや校門などが完全に消失していた。さっきまで吹いていた風も、今は完全に止んでいた。
そうこうしている間にも、ゴキン、ボクンと、彼女たちが全身の骨を歪めながらこちらへ向かってくる音が遠くから響いてくる。恐怖で気を失いそうな私とは対照的に、部長はあまりにも冷静な口調で、祢津さんに問いかけた。
「さて、約束通り入部を決めてくれるかな、祢津くん」
「そんなこと言ってる場合じゃない! どうすんだよ遥人!」
「祢津くん、君はもう我がオカルト研究部の一員だ。我輩のことは部長と呼びたまえ」
「わ、わかった! わかったからなんとかして!」
「よし、まずは保健室へ戻るぞ」
震えの止まらない脚を必死で動かし、私たちは再び如月一中の校舎内へ飛び込んだ。
パニック状態の私は、部長に掴みかからんばかりの勢いでまくし立てた。
「また校舎内に戻ってどうするんですか部長! 捕まったら絶対ただじゃ済みませんよ!」
「子夏、静かに! あんたの声でバレたらどうすんの!」
「二人とも静かにしたまえ。ここから脱出する方法は必ずある」
「早く教えてください!」
「それを今から考えるのだ」
「大丈夫かよ……」
絶望的な状況に置かれてもなお、部長は普段と同じ飄々とした口調で、しかし声をひそめて続けた。
「よいか、彼女らは必ず三体一組で行動している。これは我々にとって好都合だ。彼女らがバラバラになって我々を探すよりも、見つかる確率は低くなる。挟み撃ちにされる心配もないだろう」
「でも、あの子たち──むぐっ!?」
何かを言いかけた祢津さんの口に部長が突然手を当て、先ほど入ってきた窓の真下へ私たちを追いやった。
──ゴキン、ボクン。
数拍の間を置いて、あの不快な音がはっきりと聴こえた。
背中が痛くなるほど壁に密着し、必死で気配を殺す私たちの真後ろで、不意にその音が止まり、背中から嫌な汗が吹き出した。
それが纏う青白い光が窓から差し込み、保健室の床に、首の捻じれ曲がった異形の影を写し出す。思わず口から溢れそうになった悲鳴をすんでのところで呑み込み、恐怖で震える身体を自らの両腕で抑え込んだ。
ややあって、それは再びグロテスクな音を立てながらゆっくりと歩き出し、窓の向こうを通り過ぎていった。
永遠とも思える静寂のあと、部長が口を開いた。
「……間一髪だったな……」
「ちょっと部長! 今がっつり単独行動してましたよ!」
「想定の範囲外もたまにはあるのだ。祢津くん、話の腰を折ってすまない。続けたまえ」
「えっと……今のを見て確信したんだけど、あの子たちの制服、それぞれちょっとずつ違うんだよ。あたしはてっきり同年代の仲良し三人組の霊だと思ってたんだけど、まったく違う年代に、各々別の理由で死んだ三人なんじゃない?」
「なるほど、それなら単独で行動していることにも説明がつくな。素晴らしい洞察力だ、やはり君を我がオカルト研究部に勧誘して正解だった」
「褒めるのはあとでいいから、あんたはさっさとここから出る方法を考えて」
祢津さんの言葉に、部長は片方の口角を僅かに上げて、言った。
「なに、既に考えてあるさ。成功するかどうかは賭けになるが……彼女らを呼び起こしたときの条件を、覆してやればよい」
「つまり……どういうことですか?」
「我々の人員をもう一人増やして四人組にすれば、彼女らは消え、校舎を覆っているもやも消え去るだろう。おそらくな」
「バカ言わないでよ、ここにはあたしたちしかいないのに、一体どうやって人を増やすの!」
至極真っ当な祢津さんの問いに、今度は両の口角を上げ、部長は言った。
「いるではないか。今の我々と同じく、ここに置き去りにされていた、彼が──」
タイミングを見計らって保健室を飛び出し、廊下を全力疾走する。
極めて初歩的な校則違反を犯す私たちの足音が、静寂を切り裂く。それに気づいた三体が一斉に骨を軋ませ、更なる音が生まれる。
ゴキン、ボクン、ゴキン、ボクン。
耳を塞ぎたくなるような三重奏が、徐々に近づいてくるのがわかった。
恐怖と体力はとうに限界を迎え、破裂しそうになる心臓を押さえながら、なだれ込むようにして足を踏み入れたのは、先ほどの理科室だった。
三人で準備室から人体模型を運び出し、出入口に顔を向けて配置する。今、私たちを追って来ている異形たちに比べれば、人体模型すら可愛く見えた。彼の冷たい手を握り、絶え絶えになっていた息を少し整え、まとわりつく恐怖を振り払い、理科室の出入口を見据えた。
軟体動物のように全身を曲がりくねらせた少女の亡霊たちが、扉をすり抜けてこちらへ近づいてくる。
私たちはグラウンドのときと同じように手を取り合い、横一列で彼女たちを見た。
その刹那、私の視界はホワイトアウトした。
ふと気づくと、私は仰向けに倒れていた。漆黒に染まった視界に、小さくまばらに光るものが見えた。それが夜空に輝く星だと気づくのに、若干の時間を費やした。
不意に頬を何かが触れて、首を横に向けると雑草が夜風に揺れている。はっとして上体を起こすと、そこはグラウンドの中央だった。
辺りを見回すと、髪の長いチビがすぐ隣で伸びていた。
「部長、部長! 起きてください!」
「ん……ああ、土野くん、無事だったか。どうやら成功したようだな……祢津くんは?」
「それが、祢津さんの姿だけ見当たらなくて……」
「ここにいるけど」
「ひいっ!?」
突然背後から聴こえた声に飛び上がって振り返ると、祢津さんの姿があった。
「先に目が覚めちゃってさ。出口は元に戻ってたから、早いとこ退散しよっか、部長さん、副部長さん」
こうして私たちオカルト研究部は、如月一中を後にした。帰り道でしっかりと合鍵を作って──。
翌日、授業が終わり、部室の扉を開けた私の目に飛び込んできたのは、険しい表情をして腕を組んでいる部長と、祢津さんの姿だった。
「ど、どうしたんですか、二人して……」
「……説明してあげなよ、遥人」
「……部長と呼べ祢津くん。さて土野くん、我輩は今朝の登校途中、如月二中の方へ寄ってきた」
「そうなんですね……でも、どうして?」
「なに、ひとつ気になることがあってな。如月一中出身の生徒のみを対象に、簡単な取材を行ってきたんだが……」
昨日は余裕そうだった祢津さんの顔色が、真っ青だ。額には汗まで滲んでいる。
この胸騒ぎはなんだ……? 何かとてつもなく嫌な予感がした。
「取材の結果を報告しよう、落ち着いて聴いてほしいんだが──」
私はごくりと唾を飲み、部長の言葉を待った。
「──如月一中の理科室には、元から人体模型などなかったらしいんだ」
数秒後、私の悲鳴が部室中、いや、学校中に響き渡ったのは言うまでもない。
そのシャウトを聴きつけ、隣の軽音楽部から男子が二人訪ねてきて熱烈な勧誘を受けたが、もちろん丁重にお断りした。
FILE001 廃校の怪談 終わり
FILE002へ続く
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