逝け!忌野高校オカルト研究部!

高巻 渦

プロローグ

 私は何故、こんなところにいるのだろう。

 隣には超がつくほど小柄な、もさもさ頭の変な生き物が、腕を組んで立っている。

その奥にはもう一人、冷めた顔をした高身長の女がいて、彼女が静かに口を開く。


「遥人、ここに出るってマジなの?」

「部長と呼びたまえ祢津くん。我輩の調査に間違いはない。マジもマジだ」


 二人の会話を聴きながら、私は考える。

今日は夢にまで見た、高校生活の初日だったはずだ。

適当な相槌を打ちながら授業を聴き、仲良くなったクラスメイトの女子たちと、放課後カラオケに行ったり、クレープなんかを食べたりする。

それなりに充実した、ごく普通の学園生活が幕を開ける、はずだったのに……。

私は何故、今日知り合ったばかりの二人と、心霊スポットにいるのだろう……。


事の発端は、今朝まで遡る――。


 しわひとつないブレザーに、汚れひとつないローファー、新調したばかりのカバンを片手に、晴れやかな気分で校門をくぐる。高校一年生の私、土野子夏は、ここ遊府桜町の私立忌野高校で始まろうとしている学園生活に、胸を躍らせていた。

第一志望の忌野高校から合格通知が届いたときは、喜びすぎて隣にいた母親の心臓を破裂させかけた。親子揃って、天にも昇る気持ちだった。

入学式の最中は緊張と不安でいっぱいいっぱいだったが、一晩寝て再び制服に袖を通せば、それらはあっという間に期待へと変わっていた。

いよいよ今日から、指折り数えて待ち焦がれていた私のスクールライフが幕を開ける。

部活は何に入ろうか。運動部もいいし、思いきって軽音学部もいいな。文化祭でライブとかして、それを観ていたイケメンの先輩と付き合っちゃったりなんかして――。


「待ちたまえそこの君! 今から我輩の出す問題に――ぐぶっ!」


 バラ色の妄想に浸りながら歩いていた私は、突如目の前に立ちはだかった何者かに気づかず、思いきり跳ね飛ばしてしまった。


「あっ、ごめんなさい!」

「な、なに、構わん……」


 慌てて手を差し出し、片膝をつきながら鼻を押さえている変な生き物を引っ張り上げる。すると「それ」は、拍子抜けするほど軽々と持ち上がった。

 改めて目の前に現れたのは、膝下辺りまで伸びたモサモサの黒髪に身を包まれた、身長一五〇センチに満たないほど小柄な女子だった。普通の人間と同じだけの内臓が入っているとは思えないほど細い身体には、一番小さいサイズのブレザーさえダボついている。そもそも私と同じ制服を着ていなければ、きっと小学生と見間違えていただろう。

前髪まで異様に長く、顔の上半分をもっさりと覆い隠しているため、両目はこちら側からほとんど見えず、表情が読めない。彼女が纏う異様な雰囲気に気圧され、私はおずおずと尋ねた。


「あの……大丈夫ですか?」

「問題ない。この程度のことで故障していては、今後の任務を全うすることなど夢のまた夢だからな」


 彼女は鼻声で答えた。任務……とは、なんだろうか。

そんな思考を巡らせている間に、彼女はスカートについた砂を手で払い、その細い指で私をさして、言い放った。


「では改めて……今から我輩の出す問題に答えてもらおう!」

「はあ……?」

「第一問! 一九七〇年代のアメリカで、牛などの家畜が全身の血を抜き取られるという、人間業とは思えない方法で惨殺された事件のことを何という?」


それを聴いた瞬間、雷でうたれたような衝撃が襲った。

私はこの問題と答えを知っていた。

この感覚は言うなれば、頻繁に聴いているバンドがカブった二人が、お互いの好きな曲を教え合う際、相手よりマイナーな曲を挙げて密かに「自分の方が詳しい」とアピールするかのような、謎の対抗意識だった。

そう、何を隠そう私は、今しがた彼女が出題した事件のような、いわゆる「オカルト」に目がないのだ。いや「目がなかった」と言う方が正しいのかもしれない。

 私はつい数ヶ月前、中学卒業と同時に「女子らしくないから」という通俗な理由で、オカルト趣味を捨てたのだ。


「あの変な奴、まだやってるよ」

「急にわけわからんクイズ出してきてさ、コミュニケーションの取り方間違ってるだろ」


 周囲の人間が小声で話しながら、昇降口へと向かっていくのが見えた。どうやら彼女は目についた新入生全員にこのオカルトクイズを出題しているようだった。

問題を解ける相手が見つかるまで、彼女は毎日こんなことを繰り返すのだろうか……。

 私の脳内に浮かび上がった選択肢は、出された問題がわからないフリをしてオカルト好きの同志を見捨てるか、それとも正解を答えて健全な女子高生像を捨てるかの、二者択一だ。


「やはり君も、わからんか……」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、彼女が悲哀を帯びた声で呟いた。

そのとき私の中に芽生えたのは、奇妙な質問を投げかけて回る彼女に対する幾ばくかの侮蔑と、一度捨てた生きがいを拾い直す機会が与えられた喜びだった。

二つの感情が胸中で激しくぶつかり合い、それぞれがイエスとノーの言葉となって喉元にこみ上げてくる。

僅かに後者の「喜び」が上回り、私は意を決して、口を開いた。


「キャトルミューティレーション……ですよね?」


 彼女がはっと息を呑んだ。顔の上半分が隠れた読みづらい表情が、ぱあっと輝くのを、私は確かに見た。そして彼女は、ようやく同志を見つけた興奮を、微塵も隠さぬまま続けた。


「で、では第二問! 一八七二年にポルトガル沖で発見され、まだ温かいスープなどを船内に残したまま、船に乗っていた十名が忽然と姿を消した──」

「メアリー・セレスト号」

「第三問! カナダブリティッシュコロンビア州のオカナガン湖で目撃される水棲のUMA──」

「オゴポゴ!」

「最後の質問だ、君の名前は?」

「え? 土野子夏ですが」

「土野くん、今日から君を我がオカルト研究部の副部長に任命しよう!」


 オカルト研究部……。

薔薇色のスクールライフは送れそうにないが、私の心は確かに弾んでいた。

それに、せっかく拾い直したものを再び捨てるほど私は落ちぶれてはいないし、オカルトにも無礼というものだ。


「ところであなたのことは、なんて呼んだらいいですか?」

「岡田遥人だ。気軽に部長と呼んでくれたまえ」

「えっ? 失礼ですけど女性……ですよね?」

「本当に失礼だな! 見ればわかるだろう!」


 そう言われて、私は改めて岡田遥人と名乗った人間をまじまじと見つめた。

胸はないけど、髪はおそろしく長い。名前と喋り方は男っぽいが、顔や声は女の子。制服の首元には、私と同じリボンではなく男子生徒用のネクタイが下がっている。しかし下半身には、スカート。


 ははーん、さてはこいつ変態だな。

 あまり気にしないことにした。


「ところでへんた……部長、この学校にオカルト研究部なんてありましたっけ?」

「ない! しかし、なければ作ればよい! 今から申請しに行くのだ!」

「私、まだ存在してない部活に勧誘されてたんだ……」


 申請用紙を片手にひらつかせながら、意気揚々と職員室へ向かう部長の背中を、私は不安げな面持ちで追いかけた。



【設立を希望する部活動の名前】

 オカルト研究部

【希望理由】

 オカルトという素晴らしい、しかし近年失われつつ文化を後世に伝えていくため。

【主な活動内容】

 UMA、都市伝説、幽霊、宇宙人、オーパーツなどを日々調査・研究し、それらが生み出す事件・事故・その他問題を解決し、地球の平和を守る。リンゴ送れ、C。




 そんな内容を記した申請用紙を教師に提出したところ「バカかお前らは。授業が始まるからとっとと教室へ戻れ」と、ありがたい言葉で一蹴された。多分私が教師でも同じことを言っただろう。

 つい数十分前まで晴れやかだった私の心に、たった数分で暗雲が立ち込め始め、その後の授業にはまったく集中できなかった。。


 ホームルームが終わり、放課後。

 今ならまだ間に合うとばかりに軽音学部の見学へ行こうとしていた私の制服の裾が、何者かに引っ張られた。恐る恐る振り返ると、貞子ともずくが合体したかのような毛の塊がそこにいた。前髪の間から覗く目だけが、らんらんと輝いている。


「……なんですか、元部長」

「元とはなんだ元とは!」

「すみません、訂正します。オカルト研究部なんてそもそも存在しなかったので、あなたは元部長ですらない、ただの変態でした」


私が悪意たっぷりにそう返すと、変態は何故か得意げな表情になり、言った。


「この岡田遥人を侮ることなかれ。我がオカルト研究部は確かに存在している。何故なら拠点の目星をつけてあるからな」

「拠点……というと、部室のことですか?」

「そうだ。こんなこともあろうかと、我輩は昼休みに学校中を巡り、数年前に演劇部が廃部になったという情報を得た!」


 そう言うと部長は「本当は校舎の真下に地下基地を作りたかったんだが……」と呟いてから、高らかに宣言した。


「只今より、演劇部の部室を秘密裏にジャックし、我がオカルト研究部の拠点とする!」

「はぁ……」

「どうだね土野くん、営業とオカルトは足で稼げとはよく言ったもんだろう」

「都合の良い要素を付け加えてドヤ顔されても……それに、いくら廃部になったとはいえ、部室には鍵がかかってると思うんですが、どうするんです?」

「簡単だ、我々が今から演技力を身につけ、表向きは演劇部として活動すればよい」

「手段の目的化が凄まじい……とりあえず職員室へ行きませんか? 多分、というか間違いなく、鍵を見つける方が手っ取り早いですよ」


 私たちはいかにも別件で用があるような顔をしながら、再び職員室に潜入した。

近場にいた教師と適当な雑談をしながら、各部室の鍵が吊るされた壁を横目でちらりと見たが「演劇部」と書かれたフックには、何も掛かっていなかった。

 すごすごと廊下に退散し、再び作戦会議を行う。


「ぐぬぬ……鍵がなければ部室も開けられないではないか……やはり地下基地を作るしかないか!」

「諦めるのはまだ早いですよ部長。こうも考えられませんか。演劇部の部室は既に物置きと化していて、誰でも開け放題になっているため鍵が不要になり処分した……とか」

「なるほど、確かめてみる価値はありそうだな。部室へ行ってみよう!」


 写真部、文芸部、軽音楽部……校舎の一階、北側に位置する長い廊下に、文化部の部室が並んでいる。その一番奥の扉に「演劇部」と書かれた部室はあった。


「頼むッ! 開いてくれ──!」


 ドアノブを握った部長が固く目を閉じ、祈るように手首をひねる。

 カチャリと音がして、扉が動いた。


「やったぞ土野くん! 流石副部長だ!」

「演劇部の副部長はやりませんからね」


 そんなことを囁き合い、部室へ入った私たちの目に飛び込んできたのは、積み上げられた椅子や机、薄汚れたボロボロの衣装、放置され日に焼けた台本のコピー……。

そして、身長一七五センチはあろうかという、鋭い目つきをした女の姿だった。

カビ臭い部室内に新鮮な空気が循環し、舞い上がる埃の向こうで、その女が目を細めたのがわかった。


「ウヒョオオオオオオ!」

「ギエエエエエエエエ!?」


 部長の狂喜と私の絶叫が部室に響き渡り、まだ床に残っていた埃を更に舞い上げた。


「どうしたんだ土野くん! まるでフィラデルフィア計画でエルドリッジ号と一体化した船員の如く壁に張り付いて!」

「ぶ、ぶ、部長……! 実は私、オカルトは好きだけど怖いものが苦手なんです……矛盾を孕んだ人間なんですううう……!」


 後ずさりした勢いのまま壁に張り付いた私に、部長が檄を飛ばす。


「せっかく幽霊が見えているというのに、そんなことじゃ副部長は務まらんぞ! きっと彼女は演技が下手なことを悔やみながら死んでいった演劇部員の地縛霊に違いない! しかしデカい霊だな! ぽぽぽって鳴いてみろ! ほら!」


 恐怖するどころか煽り始めた部長に対し、巨大な女の幽霊は唇をへの字に曲げて私たちを見下ろし、無言の圧を与え続けている。

茶色がかったボーイッシュなショートヘアー。眉にかかる程度の位置でふわつく前髪は、女がその冷え切った目を瞬かせる度に揺れていた。


「なんだ、喋らんタイプの幽霊か、つまらんな」

「部長……こっち睨んでますよ……は、早くここから出ましょう……!」

「他に拠点の候補がない以上、ここを出るわけにはいかん! むしろ幽霊の一体や二体くらい見える場所の方が、我々にとって都合がいいだろう!」

「これから三年間幽霊と同居は無理ですって! 絶対呪われますよ!」


 私たちが言い争いを始めたときだった。


「あのさ……あんたら演劇部員? 盛り上がってるとこ悪いんだけど、あたし幽霊じゃないんだよね。勝手に入っちゃってごめん」


 そう言って彼女は右手を掲げて「演劇部」と書かれたタグ付きの鍵をこちらに見せた。

一拍置いて、私は深い深い安堵の溜め息をつく。誤解が解けたことを確認した彼女が、続けて言った。


「あたし、祢津椎奈っていうんだけど……あんたらも一年だよね?」

「いかにもそうだが」

「えっ! 部長も一年だったんですか!? ずっと敬語使ってた……」

「部長を敬うのはよいことだ、引き続き敬語で頼むぞ、土野くん」

「何様だこのチビ……」

「なんだァ貴様……」

「おーい、あたしも喋っていい? あたしが何でここにいるか、弁解したいんだけど」


再び勃発した醜い言い争いに彼女……祢津椎奈さんが口を挟むと、部長は我に返り、正面に向き直った。


「そうだ、部外者が何故ここにいる。納得のいく説明が聴けるまで帰さんぞ」

「私たちも部外者なんですが……」


 祢津さんは、つんとした表情のまま、ことのいきさつを説明し始めた。


「あたしバスケ部に仮入部したんだけど、しきたりみたいなものがあってさ……気を悪くしたら申し訳ないんだけど、一年だけでじゃんけんして、負けた人が演劇部の見学に……悪く言うと冷やかしに行く、みたいな罰ゲームがあって……それであたしが負けたんだよね」


それを聞いた私たちは、思わず顔を見合わせた。


「祢津さん、それ先輩たちに担がれてますよ……」

「演劇部は数年前に廃部となったのだ。我々が来なければ、祢津くんはずっとここで放置プレイをさせられていたわけだな」

「マジかよ、最悪……あれ、じゃああんたらは何者?」


 不思議そうに尋ねた祢津さんの言葉にギクリとし、慌てて言い訳を考えていると、部長は何故か誇らしげに口を開いた。


「我々は本日結成したオカルト研究部だ! 部の設立を認められなかったため、秘密裏にこの演劇部室を乗っ取りに参上したというわけだ!」

「全部言うじゃん……」


私は頭を抱えたが、祢津さんは一応納得したようだった。


「ふーん、オカ研ね……じゃあ鍵はあんたらに返すわ。あたしはバスケ部に戻るから」


 しかし、部室を出て行こうとした祢津さんの背中に向け、部長は言った。


「待ちたまえ祢津くん! ここで会ったのも何かの縁だ、君も我がオカルト研究部に入らないか! ちょうど君のような、運動神経に優れた切込隊長を我が部に入れたいと考えていた!」


唐突な部長の勧誘にも祢津さんは動じず、むしろ鼻で笑ってこちらを見下ろし、答えた。


「……あたし小学一年から今までずっとバスケやってきて、高校でも当たり前に続けるつもりだったんだけど……あたしが積み上げてきたキャリアを壊すだけの価値が、オカ研にあるの?」


 絶対にない、と私は思ったが、部長は真っすぐな馬鹿だから「もちろんある!」とか言いそうだな、とも思った。


「もちろんある!」


 ほらな、馬鹿だろ?

 部長の言葉に、祢津さんは意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「ふーん、なら手始めに……幽霊、見せてみてよ。あたしが納得するくらいの心霊体験をさせてくれたら、入部したげる。タイムリミットは今日中ね、バスケ部もあるし」


 その無茶振りに私は焦ったが、何故か部長は不敵な笑みを浮かべていた。


「言質は取ったな土野くん! これから祢津くんと、ついでに土野くんに、極上のオカルトを味わってもらうぞ! ウヒヒヒヒヒ! 楽しくなってきたな! 忌野高校オカルト研究部の、初仕事といこうじゃないか!」




プロローグ 終わり

第一章へ続く

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