森の地下洞窟 3

湿った空気を切り裂くように、帰還アイテムが光を放ち始める。掌の中で微かな震えを感じながら、全身の疲労が改めて押し寄せてきた。これほど小さなアイテムが命綱になるなんて、なんとも皮肉だ。光が視界を包み、空間がわずかに歪む感覚に足元を預けるしかない。目を開けると、そこには慣れ親しんだ帰還ポイントの景色。ダンジョンの湿気が体から剥がれ落ちたような気がした。


外の空気はひんやりとしている。それなのに胸が軽いのは、ここが「安全圏」だからだろうか。足を引きずりながら1階の換金所に向かう道中、全身の疲労がじわじわと重くなる。鞄の中には、さっきまでの戦いの痕跡が詰まっている。それを売って、次の戦いの準備をする。これが冒険者の日常。何も特別じゃない。そう思い込もうとするたびに、心のどこかが冷える。


換金所の列は、同じように疲労を抱えた冒険者たちで賑わっていた。全員がそれぞれの戦利品を抱え、どこか安堵した表情を浮かべている。自分の番が来るまで、頭を空っぽにしようと天井を見上げる。やがて順番が回ってくると、スタッフがにこやかに秤と端末を整えた。その手際の良さに少し救われる気がした。


バッグを開け、中から取り出した戦利品をカウンターに並べる。硬化甲殻、粘性毒液、そして巨大粘液核。あれほど苦労して手に入れたものたちが、目の前で数値に変えられていくのを眺めるのは、いつまで経っても慣れない。計算が進む音だけが静かに響く中、金額が示された。7万1200円。その額を聞いて、胸の中にわずかな余裕が生まれる。この金額が次の準備を支える。そのための努力だった。ほんの少しの達成感を噛み締める。


現金を受け取ると、体の重さがほんの少しだけ軽くなった気がした。このお金で何を整えるか。装備、消耗品、そして次の挑戦のための情報。考えることは多い。帰還ポイントを後にしながら、武器屋の方角へ足を向ける。次の準備が自分をどれだけ支えてくれるのか、それを確かめる必要がある。


武器屋の扉を押し開けると、金属の匂いが鼻をついた。店内は相変わらず所狭しと武器や防具が並んでいる。この空間は、まるで戦いの延長線上にあるようだ。無数の剣、斧、そして鎧。それらが、数え切れない冒険者たちの物語を語り継いでいるように見える。ここにある装備のどれかが、次の戦いで命を救ってくれるかもしれない。その思いだけが、足を店内の奥へ進ませる。


「強化鉄の剣」。その名が刻まれた札を見て、思わず手を伸ばした。重量感が少し増すが、切れ味と耐久性が明らかに向上している。自分の手に馴染むかどうかを確かめながら握りしめる。6200円か。この剣がどれだけ戦いを支えてくれるのか、確かめてみる価値はあるだろう。店主に購入を告げると、すぐに調整を始めてくれた。その手際の良さが、次の戦いへの一歩を少しだけ軽くしてくれる気がした。


剣が整うまでの間、消耗品コーナーへ足を運ぶ。戦いに備えるには、回復用ポーションが欠かせない。450円のポーションを2本手に取り、計900円を支払う。これで残金は1400円。ポーションをバッグにしまいながら、再び武器カウンターへ向かう。受け取った剣を握った瞬間、そのわずかな重さが自分を守る存在へと変わったように感じた。


装備を整えた後、体が次第に疲労を訴え始める。次に必要なのは、心と体を癒やすための食事だ。向かった先は冒険者たちが集う食堂。この場所は、ダンジョン帰りの冒険者が温かい食事を楽しむことで知られている。扉を開けると、中は活気に満ちており、談笑する声が絶えない。


メニューを眺める。目に留まったのは「ジューシーポークステーキセット」。分厚いステーキに、付け合わせの野菜とバターライスがセットになった一品だ。1200円のそのメニューを迷わず選ぶ。冒険を終えた自分への小さなご褒美。これくらいは許されるだろう。


運ばれてきたステーキからは、香ばしい香りが漂ってくる。一口頬張ると、柔らかい肉汁が口の中に広がり、体がじんわりと温まるのを感じた。この感覚こそが、ダンジョンでの疲労を癒すために必要なものなのだと実感する。付け合わせのバターライスと一緒に食べ進めるうちに、次の戦いへのエネルギーが少しずつ満ちていく気がした。


食事を終え、店を出る頃には、次の挑戦に向けた覚悟が心の奥底から湧いてきた。帰り道、自宅への足取りはやや軽く感じる。玄関の鍵を開け、装備を一つずつ丁寧に片付ける。洗濯機に汚れた服を放り込み、シャワーを浴びる準備を整える。熱い湯が全身を包み込むと、ダンジョンでの緊張感が少しずつ解けていった。


ソファに腰を下ろし、テレビを点けると、次のダンジョンに関する特集が流れている。「古代の遺跡」。その名が画面に映ると、次の挑戦がすぐそこに迫っていることを感じた。スマートフォンで情報を調べるうちに、心の中で再び闘志が燃え上がる。次の戦いに備え、強化鉄の剣を手にした自分が、どれだけの結果を残せるのか。期待と不安が入り混じる中で、その夜は静かに過ぎていった。



[Tips]

強化鉄の剣

高品質の鉄を用いて作られた剣。標準的な剣よりも耐久性と切れ味が向上しており、長期間の使用に耐える設計。重量が増している分、振り抜きの威力が強化され、対甲殻モンスターや硬質な防御を持つ敵に有効。鍛冶屋の技術によって微調整が可能で、戦闘スタイルに合わせたカスタマイズも施せる。


ポーション

基本的な回復用アイテム。消耗品として使用され、傷ついた身体を短時間で回復させる効果がある。少量の液体で構成されており、直接飲むだけで体力を一定量回復する。戦闘中の応急処置や長時間の探索で重宝される一品。比較的安価で手に入るため、冒険者のバッグには常備されていることが多い。


所持金:6万2900円

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