第6話 人の営みは難儀なり

我らが話をしていると、正面から見知らぬ男が入ってきた。


「誰だ貴様!」


 もしかしたら盗人かもしれぬ。我はその場で男へ吠えた。


「ひっ! す、すいませんでした〜!」


 ふんっ、やはり盗人だったか。我の目を誤魔化せる者など存在せんのだよ。


「あ! ちょっとグラディ! ダメだよお客さんにあんなこと言っちゃ〜!」


「客? 盗人ではないのか?」


「あれはお客さんだよ! お客さんがお店に入ってきたら、『いらっしゃいませ』って言うんだよ」


 むっ……我を勘違いさせる方が悪いのだ。


 だが、次からは気をつけよう。




「あ! ほら、お客さん来たよ!」


 今度は……新人冒険者か? だが、あれを言えば良いのだな。


「いらっしゃいませ」


「ひっ、ひ〜っ! 化け物〜!」


「な! なぜ逃げるのだ! 言われた通りにやったではないか!」


 すると、ミルが我の顔を見ながらアドバイスをくれた。


「グラディ、顔が怖すぎるんだよ。もっと笑顔で接客しないと!」


 むう、面白くもないのにどう笑顔を作れというのだ。




「え〜! ここ武器屋だったんだ〜!」


「まじ〜? なんか買ってこ買ってこ〜!」


 今度はチャラついた女が2人入ってきた。


 笑顔か、そう言われると難しいな。


 我は女に近づき声をかける。


「いらっしゃいませぇ」


「ひっ! 変態!」


「きゃ〜! 助けて〜!」


 そう言いながら女は帰っていってしまった。


「なぜだ! 笑顔で接客とやらをしたではないか!」


「う〜ん、流石に今のはちょっと気持ち悪かったかな〜」


 ぐっ! 接客とはこうも難しいものなのか……いや、人間が貧弱すぎるのだ!




 今までの失敗は全て我の顔のせい。


 ミルは奥から箱を持ってくると、我の頭に被せた。


「ミルよ、これでは何も見えぬぞ」


「ぷふっ! い、いい感じだよっ」


 ぬ、今明らかに笑っておったろう。見えぬが感じたぞ。


「あ、グラディ、お客さん来たよ!」


 何!? 客か!


「いらっしゃいませ」


「……」


 お? 逃げ出す声は聞こえぬ。ついに成功したのか!


 すると、我の前のカウンターに物が置かれる音がした。


「お会計、銀貨5枚になります!」


 お! 今はミルが会計をしておるのか! これは我もようやく役に立てたと言うわけか!


「グラディ、この剣をお客さんに渡してあげて」


 我の耳元で、ミルが小さく囁く。


 というか、何も見えぬぞ。どう渡すというのだ。


 我はとりあえず剣の持ち手を握る。


「おっと!」


 その瞬間、我は床に落ちていた布切れで足を滑らせ、剣を持ったまま前に倒れてしまった。


 すると、前からビリビリと何かが切れる音がした。


「ひっ、ひ〜っ! 助けて〜!!!」


 何!? まさかまた逃げ出したのか!?


「ミルよ! 何があったのだ!」


 我は何も見えておらんかったから、ミルに何が起こったのかを尋ねた。


「グラディ、持ってた剣でお客さんの服を切っちゃってたよ! お客さん前がガッツリ開いちゃって、中身丸見えだったよ!」


 全く! また失敗か!


「ミル! これでも全くダメではないか!」


「ご、ごめんごめん! ちょっと面白くてつい……」


 すると、また入口から足音が聞こえてきた。


 しまった、箱を被った人間が大声で怒鳴り散らかしていたら、また客が逃げていってしまう!


 だが、そこにいた人物は、客ではなかった。


「何してるの? お兄ちゃん?」

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