リハビリ中…

プラス

燃やす にんにく

後悔に"後"という文字を選んだ人は賢い。大抵後悔するような行動をしている最中は、後から悔やむだなんて気が付かないものだ。


大学のサークル仲間とのバーベキュー会。特別な土曜日の高揚感にやられたのか、私は生にんにくを持ち込んだ。刻んだにんにくを肉で巻いてひと口だなんて、買っている最中は天才だと思っていた。そこまでが先、ここからが後。生にんにくの皮を剥き、みじん切りにして頬張ったのだが、ただ焼けた肉とにんにくを同時に食べた味にしかならなかった。そんな無意味な手間を喜ぶ人間もおらず、私の思い付きは手についた強烈な臭いと後悔を残すだけに終わった。


そして厄介なことに、後悔してもにんにくは消えない。責任を取って自分から持ち帰った生にんにく四個を眺めつつ、誰がこんな大量に生にんにくを購入する必要があるんだと内心悪態をつく。いや自分が買ったのだけれど。『にんにく レシピ 簡単』の検索結果は大量の洗い物とほかの食材を要求するものばかりで、とても貧乏大学生の懐で何とかなりそうにない。フライドにんにくを作っても乗せるステーキが居ないのだ。

「お、ホイル焼き・・・」

そんな中でようやく『にんにくのホイル焼き』と出会った。アルミホイルでにんにくを包んで油をかけ、トースターで焼くだけでいいらしい。これなら私でもなんとかなりそうだ。トースターは家に無いけれど、大家さんに聞いてみたら持っているかもしれない。


◇◆◇


「トースター?あるよ。何に使うん?」

細い目をさらに細めながら、大家さんは台所をちらりと見やった。大学指定の下宿ということもあり、大家さんは学生である私たちの世話をいろいろと焼いてくれている。最初は遠慮していたが、大家さんの方から押し切られて厄介になるうちに、自分からも甘えるようになっていた。実際親元を離れた環境で頼りになる大人がいるというのはありがたいものだ。

「実は生にんにくを余らせてまして――」


「アッハッハ。そりゃ生にんにくは辛かったやろ。ほんでホイル焼きね」

ケタケタと笑いながら大家さんは手早くにんにくをホイルに包んでいく。私の話がよっぽど愉快だったらしく、後ろ姿でもわかるほどに楽しそうだ。

「すみません、こんなこと」

「ええんよ、ちょうどお酒のアテも欲しかったし」

よいしょと小さく呟きながら私の前に麦茶のグラスをコトンと置き、自分は酒の缶をカシュッと開ける。未成年である私に酒の味はわからないが、大家さんがへらへらと笑いながら口にするそれは、いつも美味しそうに見えた。

「んで?今日はなんかおもろい話はあるん?」

大家さんの問いかけを合図にして、そこからはダラダラと他愛のない話をする。大学の裏に猫が出たとか、あの教授の口癖が変だとか。

お礼と言うと傲慢かもしれないけれど、お世話になるときはこうして話のネタを提供するのが恒例になっている。私もニコニコと相槌を打ちながらお酒を飲んでいる大家さんと過ごすこの時間が好きだ。夕方のニュースをBGMにしながら、穏やかな時間が流れていく。


◇◆◇


ペコン、と軽い音を鳴らしながら缶を潰すのと同時に、トースターのチンという音が聞こえた。いつの間にか調理が終わったらしい。いそいそと立ち上がった大家さんは皿に乗せたアルミホイルをテーブルに持ってくると、わざとらしく私の前でその蓋を取ってみせる。ホカホカと上がる湯気の奥に現れるのは茶色く蒸しあがったにんにくたち。ツンとしていた臭いはまろやかな薫りに変わり、ハチミツのようなツヤと焦げ目が食欲をそそる。

「うおお・・・」

「へへ。これキミの箸な」

二本目の缶と二人分の箸を持ってきた大家さんにお礼を言いつつ、私はさっそく一粒口に放り込んだ。


ホクホクとした食感をかき分けるたびに現れる薫りとうま味。口の中が飽和したところを冷えた麦茶で流すと、いくらでもいけてしまいそうな気さえする。

「これ美味いっす!」

「私が作ったんやから当たり前やろぉ。まあ油かけてトースターに放り込んだだけやけど」

軽口を言う大家さんもにんにくを少しかじり、お酒を飲む。少しずつ楽しむその姿は余裕があってカッコいいけれど、今回は憧れよりも食い気が勝った。いつの間にか渡されていたバゲットににんにくを塗り、岩塩をかけて味変を楽しみ、気が付けば丸四つあったにんにくは残り数粒になっていた。


「いやあすみません、私ばかり食べちゃって」

「ええんよええんよ。元々私はトースター貸しただけやしな」

くぷ。と洗い物をする大家さんに聞こえないように小さく息をつく。体の中から上がってくるにんにくの薫りも幸せだ。なるほど、このために生にんにくは売られているわけだ。

手を拭きながら再度着席した大家さんは私にバニラアイスを渡すと、変わらぬ調子で続ける。

「しかし若いってええなぁ。にんにくってたくさん食べるとお腹壊すし、体臭も凄いことになるやろ?誰とも会えんなるわ」

「へ?」

「え?知らんで食べよったん?」


◇◆◇


この日何度目か分からないトイレに座りつつ、改めて昨日の記憶を反芻する。

腹の中で熱い何かが暴れるような感覚と、自分でもわかる強烈な体臭。やることがなくてほじりだしたヘソのゴマの臭いは一生忘れないと思う。

代返を依頼した友人から私の"腹痛"を心配したSNSが届き、罪悪感に襲われる。

今ならドラキュラに襲われても大丈夫だな、なんて現実逃避をしていると、腹痛の波が再度やってきた。

後悔するような行動をしている最中は、後から悔やむだなんて気が付かないものである。

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リハビリ中… プラス @konoyarou3562

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